『やあレイヴン。君の良き親友、ヴェスパー部隊のラスティだ』
神経接続による通信。
レイヴンは、通信相手が誰かわかると、今まで読んでいた絵本のデータをすぐに消して、車椅子の上で身構えた。
「ラスティ!」
『……いい傾向だよ、戦友。久しぶりだなぁ。随分感情豊かになった。さて本題に入ろう』
「お仕事のはなし?」
ほんのり声のトーンが落ちる。仕事の話とわかると見えてすらいない目を見開いて、口元を引き締めた。
『惑星封鎖機構がとうとう実力行使に出た。連中はルビコン全域に制圧艦隊を展開……』
脳内に送り込まれてくるのは、偵察ドローンらしき機体で撮影したと思しき、おびただしい数の空中艦艇である。艦艇には、PCA―――惑星封鎖機構のエンブレムが描かれている。
『うちもすでにいくつかの調査拠点を失った。ベイラムも同様のようだな』
「うん」
『レイヴン。これは機密情報のはずです。彼のリーク内容は恐らく正しいでしょうが、なぜリークするのでしょうか』
言われてみればそうだ。エアの言葉にレイヴンは頷いた。
これは紛れもないリークだ。相手にとって、ようはアーキバスにとって不都合な情報のはずだが、ラスティはそれをペラペラと喋っているではないか。怪しい、怪しいのだが。
(ラスティ、私に、優しくしてくれる。いい人)
と文字を描いて電脳モニタに表示すると、エアは確かにそうですがと返した。
『ルビコン解放戦線はこの状況をある意味では好機ととらえているようだが――私から言わせれば甘く見積もり過ぎている』
「うん」
『このままでは、企業も解放戦線もそれから独立傭兵も共倒れだろう。君にアーキバス系列からの依頼を回しておく。“壁越え”の傭兵の力、ぜひとも貸して欲しい』
「いいよ」
あっさりとした承諾であった。それでは、と通信を切ろうとしたラスティに対し、レイヴンは思い切って口を開いた。
「あのね、ラスティ」
『私に、なにか要件かな? 聞こう』
感情表現の薄いレイヴンから逆に声をかけてくるとは思わなかったのか、ラスティは驚いた様子であった。
「あそぼ?」
『………ふふっ……いや、済まない。あの壁越えの傭兵レイヴンからそんな言葉が聞けるとは思わなかった。いいさ、時間はある。何をして遊びたい?』
「あ、あーまーどこあ?」
『うーむ……いやわかっていたが、戦い以外も知っておくといい……いや、むしろこれは好機か。私も同意見だよ、戦友。模擬戦をやってみないか。オールマインドの提供するアリーナであれば、どこにいても、“遊べる”ぞ』
「いいよ!」
かくして、模擬戦闘が行われることになったのだが。
中量二脚型に戻したネームレスと、軽量二脚型スティールヘイズ。
戦いは一方的とは言わないまでも、スピードで撹乱しようとするラスティ機を、ぴったりマーキングして機動するレイヴンの構図で終わる。ただでさえ装甲の薄い機体である。狙いが正確で当てられるのであれば、撃墜は容易い。
『この動きに追従するか!?』
「そこ」
『やるな、戦友。だがまだまだだ!』
「逃さない」
『当てられはするが攻めきれんか!』
「おしかった、ね」
『降参する。ここまで格差があるものか』
「楽しかった!」
何度か戦ったがラスティはレイヴンに勝てなかった。流石はヴェスパー隊。ほとんどの戦場を無傷で帰ってくるレイヴンに弾を命中させることはあったのだが、決定打を与えられず逆にしてやられる。
ラスティは通信越しであるが、声が弾んでいた。
『いい経験をさせてもらった。戦友、君はあるいは匹敵しているかもしれん。いや、超えている』
「?」
『こちらの話だ。済まない。さて、遊びと言ったが、戦友、君は違うこともやったほうがいい。これは人生の先輩としてのアドバイスだ。普段、何をして遊んでいるか教えてもらってもいいかい?』
普段。エアがいない頃は真の意味で何もしていない時間があったが、最近はウォルターから勧められた本を読んだりしている。もっとも、難しい言葉はわからないので、絵本であるが。
自分が読んだことのある本のデータを送信してみる。ほほうとラスティが反応した。
「こういう本、読んだりしてる」
『絵本か。懐かしい。妹もそういう本が好きだった』
「いま、どこにいるの?」
『もういない』
「?」
『レイヴン。恐らく亡くなっていると思います』
いないの意味が分からず首をひねったレイヴンに、話を静かに聞いていたエアが補足を入れてくれる。
あっと、ようやく悟ったレイヴンは、小さい声で謝った。
「……ごめんなさい」
『いいんだ。気にさせてしまって済まない。私からもいくつかおすすめがあるから送っておく。旧世代、地球で作られた本だ。次、通信した時に感想を聞かせてくれると嬉しい。じゃあな戦友。体には気を付けてくれ』
データが送られてくる。
それでは、と通信が切れた。
さっそく本を読もうとしてデータを解凍してみる。確かに何冊かの絵本や、普通の読み物が出てきた。絵本もあれば、風景画を集めたものもある。ラスティの趣味なのだろうか。あるいは、ラスティが亡くしたという妹のものだったのだろうか。
レイヴンは、そのうちの一冊のデータに目を止めた。可愛らしいイラストのそれを読んでみようと思い、タイトルを読み上げる。
「The Little Prince………エア?」
『はい、レイヴン』
「一緒に読んでみよ」
『いいですよ。今度はどんなお話が読めるのか、楽しみです』
二人仲良く本を読む。その様子はまるで……。