スーツとは名ばかりの生命維持用のスーツ。
肌に張り付く薄手の生地で出来ており、赤と黒と黄色が使用されている。
耐火性能に優れるが、AC撃破時においては気休めに過ぎない。
自由に身動きが取れぬ621にとって機体は、自分の体と同一のものだ。
「ルビコンが近い。そいつを起こしてくれ」
ルビコンは惑星封鎖機構の衛星によって事実上封鎖されているが、突破できないわけではない。すなわち強行突破である。
だがウォルターにできるのは高速で大気圏突入を行うカプセルにACを乗せて突っ込ませることくらいだ。封鎖機構の所有する衛星に狙われることを考慮すると、これは分の悪い賭けであった。
絶句した。ハンドラー・ウォルターは追憶する。
「………まだ子供じゃないか」
「今更それを言うのかい、あんた。ガキが夢破れて強化人間素材送り。珍しくも無い」
拘束ケージを取り去り、パックを排除して見えてきたのは、まだ大人にも届いていない痩せた子供であった。皮膚を保護する為に幾重にも樹脂を巻かれ、むかつく匂いがする保護液に漬け込まれた状態でコールドスリープしていたのがまさか子供とは。
だが想定外というわけではなかった。度重なる戦乱。企業、解放戦線、惑星封鎖機構、それらがもたらしたのは大量の難民である。捨てられる子供など珍しくも無く、故にウォルターが動揺するはずもなかった。
のだが、ウォルターはかすかに眉間に皺を寄せた。
銀色の髪。こけた頬。青白さを通り越して、チアノーゼを起こしているかのような、死人の肌色。見ていると薄っすらと瞼が持ち上がり、真っ赤な瞳がここではないどこかを見つめた。
「機能に期待するもんじゃないが、まあ、最低限の処置は必要だ。最低限はね。しかし、初期投資分はやらせてもらうが、本当にここまでの処置が必要なのかね? また使い捨てればいい。強化人間はまだまだ在庫がある」
人を素材としか見ていない冷徹な声に対し、ウォルターは静かに返答をする。
「強化人間にも尊厳くらいはある」
言うと、真っ白く、かすかに膨らんだ胸元を覆い隠すようにコートを被せてやった。
『脳深部コーラル管理デバイス起動』
『強化人間C4-621覚醒しました』
【強化人間C4-621 メインシステム、通常モードで起動………】
【BMI L.I.N.K.S起動……80,90,100%、接続を確認】
【バイタルグリーン】
【メインシステム、戦闘モード、アップデートを確認……】
『621、仕事の時間だ』
「………」
『突入カプセルの電源を落とす。あとは合図を待て』
地球に良く似た星へと、カプセルが急激に落ちていく。
ACに搭載された621は、返事をすることすらなかった。処置を受けたとはいえ、既に人間性は死んでいる。話すこともできず、身動きもできず、棺桶とも皮肉られる狭い操縦席の中に据え付けられ、超高速で重力井戸に引き込まれていく大気圏突入カプセルに襲い掛かるマイナスGに耐えるしかない。
突入ポッドがブースタを切り離し、突入コースに入った。
途端に封鎖機構の所有する衛星が反応する。外界からではなく、内側に存在するものを射撃するという破綻した設計思想はしかし、確かにビーム砲の一撃でポッドの後方部分を吹き飛ばすことに成功した。
だが、カプセル本体は既に射程外へと退避していた。
成功だ。
『いまだ』
逆噴射がかかり、強烈なプラスGが身体に襲い掛かる。常人であれば、既に失神している。しかしそれは、強化人間であった。旧世代型とはいえその耐G性能は尋常な人間の比にはならない。
カプセルの爆砕ボルトが作動し、パーツをばら撒きつつ内部を放出。最後に散華する。
放出された機体は真っ逆さまに落ちていくと、都市の外装部を突き破って内部への密航に成功した。
『ISB2262 惑星ルビコン3に着陸』
突き破って来た外装部から、スクラップが雫のように落ちていた。
膝をついた降着姿勢のまま、機体は硬直している。
『座標は……グリッド135』
機体のメインカメラに光が灯る。
『誤差はあるが許容範囲だ。この先のカタパルトを使え。それで帳尻が合う』
【メインシステム、戦闘モード、起動】
【Main system combat mode active.】
【DISPLAY LATENCY】
【OVERBOOST CAP】
【WPN FCS】
【EN RECYCLING】
発砲。ごく標準的な普及型アサルトライフルが火を噴いた。
二脚型のガードメカは乱入者に気が付き反撃を試みるも、鉛弾をしこたま食らい、そのまま爆発して炎上する。
一機二機。まるで生物のような駆動は、強化人間特有の戦闘機動であった。
右へ、左へ。推力偏向ノズルと、肢体を使い、一発たりとも被弾しない。めくら撃ちされるガードメカの攻撃程度で被弾するならば、強化人間を名乗ることすら烏滸がましいであろう。
戦闘時間にして一分足らず。ライフル一丁でその空間内部を掃除した621は、跳躍し、次のエリアへと進む。
『見えるか? お前にはあの汚染市街に降下してもらう』
開けた場所に出た。広大な風景はしかし、巨大人工物によって覆い尽くされ、無機質な、空虚な感覚を、モニタリングしているウォルターにもたらした。
山岳地帯。ひっそりと、貼りつくようにしてある都市に向かって、カタパルトへ機体がブースタの小刻みな微調整で乗り込んだ。
『行くぞ、621』
アサルトブースト推力を変更。長距離巡航モード。ジェネレータ出力調整。
【リソース、ブースタに集約。姿勢を飛行状態へ】
背面の板が迫りあがってくる。
機体が、屈む。ブースタに集約された火が極限まで高まった次の瞬間、電磁カタパルトが作動し、瞬く間に音速を超える速度で放り投げられる。
その圧倒的加速にも、621は耐えた。
『この
『お前のような、脳を焼かれた独立傭兵でも人生を買い戻すだけの大金が得られるはずだ』
わずかに、621が反応する。閉ざされていた目が開き、その奥で光芒が輝く。
人生を買い戻す。
買い戻してどうなるのか。実際にそれが何をもたらすものか、忘れてしまっている。わかっているのは、自分が621という名前であること。そして、飼い主がハンドラー・ウォルターという名前であるということだ。
『仕事を続けるぞ。ACの残骸を漁り、生きている傭兵ライセンスを探せ』
着地。ブースタが高温の気体を吐き出す。金属製の機体がにわかな蜃気楼に包まれた。
薄雪の被った寒い、汚染された古い街並み。
名無しの機体に、名無しの傭兵。
こうしてルビコン3へと、彼女は降り立った。