『俺は、茶柱。お前は、何者だ』
『私は……』
エアの日常は、ほとんどが虚無だ。何せ話せる相手など存在しないに等しく、ただ時間だけが過ぎていくなか、人々の日常を、指咥えて見ていることしかできない。そこで自分なりに、コーラルの特性を使って、電子機器に潜り込むのが一種の趣味であった。
レイヴンという小さい女の子ととある領域に潜った際に得られた情報。その情報は、コーラルの一種の特性を導き出すものであった。
好奇心。それは、いつしか備わったもの。レイヴンの好奇心旺盛なところに、影響を受けたせいだろうか。
『……私は、エア』
電子機器へのアクセスを実施。惑星を覆うネットワークに侵入した際に、茶柱を名乗る人物とコンタクトを取ることができた。
『要件を聞こう』
『私に払える報酬は……あまり、ありません』
ないわけではなかった。レイヴンから、“お小遣い”としてお金を彼女のネットワーク上に受け渡されていたからだ。とはいえ額としては少なく、危険な仕事を発注できる程ではなかった。
ところが相手は快諾した。
『特に、求めない。“笑える”ことであれば、特に必要はない』
『それでは、封鎖機構のネットワークへの侵入を、手伝って欲しいのです』
封鎖機構。企業でも独立傭兵でもない存在。組織。彼らは、コーラルの監視者であり、惑星の管理者に等しい。既にその勢力を大きく減らしてしまっており、惑星軌道上にわずかにいるだけだけの小規模な艦隊に過ぎなかったが、その技術力は高く、コーラル技術に関しては企業を圧倒している。
それに侵入するということは相応にリスクが伴うことだ。回線を逆探知され、そのまま“焼かれる”こともそう珍しいものではない。
だがコンタクトを取れたその人物は嬉しそうに言った。
『生きていれば、危険が伴うこともある。そう、生きているということは戦うことだ。そして死ぬこともあるだろう。好きに生き、理不尽に死ぬ。それが人生だ』
『生きているということは、戦うこと……』
『生き続けることは生ではない。死ぬから、笑えるのさ』
『………』
『いいだろう。俺に任せろ。既に開始している。お前も、手を貸せ』
『あっ、は、はい!』
こうして、エアは封鎖機構のネットワークという“壁”に対して、攻撃を開始したのであった。
『レイヴン。すいません。少し、やることがあるのです』
「うん?」
『次のミッションには、付き合えないと思います』
「いいよ。エアも、たまには一人で遊びたいの?」
『遊びですか……そうですね、そうかもしれません』
近頃、エアが忙しそうだ。レイヴンは思った。
彼女に実体はない。故に要件もごく限られたものであるはずだが。時折交信に応じないことが出てきたのだ。聞いてみると、やることがあるという。やること。エアにそうした事情があるなど予想もしなかったが、彼女にも一人の時間がいるのだろうとすぐ納得する。
『621、仕事の時間だ。これより巨大地下施設、ウォッチポイント・アルファの探査を開始する』
神経接続による通信。ウォルターだ。
『アーキバスからは先行調査の依頼を取り付けておいた。連中は変わらず、独立傭兵を露払いに使う方針らしい』
「つ、つゆはらい? 先に敵を倒す人? みたいな? ………そのほうが、安全だから?」
『要するに、先行させて敵を倒させる役割ということだ……621、そういうことだ。ベイラムは先んじてレッドガン数名とMT部隊を突入させている。動きに焦りが見られるのは、アーキバスの戦力増強に対抗する意図からだろう』
「うん」
神経接続のオペレーションシステムに、図面らしい動画が送信されてくる。ウォッチポイント・アルファの調査結果によるものらしい。電波や音波などから割り出された大まかな地形図であろう。
『まずは深度1―――……この、縦穴区画をお前には降下してもらう』
表示されたのは地下数百mはくだらない巨大な空間であった。
惑星封鎖機構の自律兵器のデータも合わせて表示される。
『惑星封鎖機構が残していった自律防衛兵器が道中の障害になるだろう。特に注意するべきは―――』
データが切り替わる。
複数の砲身を備え、ミサイルランチャーまで抱えた、巨大な砲身。
『特に注意するべきは降下した先で待ち構える複合エネルギー砲台“ネペンテス”。突入したベイラム戦力のおよそ半数はこれに消されたと聞いている。ベイラムと同じ轍を踏むことはない。慎重に行け』
「わかった、ウォルター」
さて問題は、サポート無しで任務ができるかどうかだ。今までほとんどの任務をエアのサポートを受けてやってきている。
砲台。当然撃ってくるだろうから、運動性は高い方がいい。あるいは、耐えるか。脚部をタンクにすれば持ちこたえられないだろうか。
武器。砲台は耐久性が高いものであるが、先のデータを見る限り、根元の可動部は脆そうに思える。
結論。軽量二脚型で素早く突入し、片付けてしまうべきだ。
アセンブルに入る。神経接続。補助システムを使い、指示を送ってパーツを組み替えていく。
拠点型ヘリのマニピュレータがネームレスを組み替えていく。全てのパーツを組み替えているので、原形など存在しない。
任務に応じてパーツを組み替えると言っても全て組み替えて初見で対応できる傭兵は、事実上彼女くらいなものだった。しかし、彼女からすればそれは普通のことだった。
「エルカノにしよう」
エルカノ。鋳造を生業とする業者で、重量と強度を両立させた高度な設計で知られる企業だ。
その軽量二脚パーツで統一する。そして武装はアサルトライフル、そしてラスティの影響で近頃惚れ込んでいるレーザースライサー、軽量なプラズマミサイルである。瞬間的な速力は恐ろしく速い反面、撃たれ弱い。被弾すれば即死も十分ありうる。
エアのいないミッション。自分にできるだろうか。
「がんばる」
レイヴンは一人呟くと、車椅子から立ち上がった。そして、一歩を踏み出した。
「痛い!」
壁に頭をぶつけた。