ハンドラー・ウォルターが所有する部隊の通称名。
猟犬の名前を関された彼らは捨て身の攻撃を行うことで知られるが、そのことをウォルターは快く思っていない。
猟犬は狩りのパートナーであって、捨て石ではないのだ。
『くそっ、なんなんだこのACは!?』
『独立傭兵か! 所属を吐かせろ!』
戦場は混乱の渦に包まれていた。汚染市街。単機で突っ込んできたACが、MT部隊と戦闘ヘリを次々に撃破していく。
アサルトライフルの銃火がほとばしる度に一機、また一機と落とされていく。
『うわああああ! コーラルと共に……』
盾を持ったMTを背後からブレードで一閃。緑色のプラズマが晴れるよりも前に跳躍すると、戦闘ヘリのミサイルを空中回避しつつタクティカル・リロード。一発、二発、二機撃墜。
吐き出される薬莢が落ちるよりも早く、次々に敵を屠る。まさに、地に足を付けずに戦闘をしていく。機動兵器、アーマード・コア。その面目躍如であろうか。
『企業のACは足が付く。他を当たれ』
戦闘の合間に機体を解析していく。偽りの身分を手に入れる為に。ライセンスを取得すれば、独立傭兵として食っていけるようになるのだ。
『惑星封鎖機構の巡回か? 戦闘は避けろ』
ACを遥かに超える巨体が上空を闊歩していた。惑星封鎖機構の大型戦闘ヘリ。ACの比にならぬ巨体のそれに銃口を向け、しかし撃たずに見送りつつ、背後から襲い掛かって来たMTを、見ずに造作も無く撃ち抜く。
跳躍、アサルトブースト点火。次の目標地点へと急ぐ。
建築物の上に陣取る一団を検知。FCS、マルチロック。
『数が多い。ミサイルを使え、621』
「………」
返答がない。ウォルターもそれは承知の上で言っている。
機体右肩部ミサイルランチャーが起動すると、マルチロックした対象へと次々砲弾を吐き出していく。ロケットモーターに点火した弾頭が瞬間的に加速すると、対象へと食らいついて爆発を起こす。
倒れていくMTの群れを乗り越えて、名無しの機体が駆け抜ける。
垂直カタパルト起動。跳躍しつつアサルトブースト起動し、水平飛行に移行。開けた場所に出てきた621は、ウォルターの指示通りに残骸へと走り寄っていく。
『あれだ』
機体へとアクセスしつつも、センサー類で各所への警戒は怠らぬ。
621はまるで自分の体のように機体をしなやかに、繊細に扱っていた。とてもコールドスリープされていた廃人とは思えぬ程に優しく、いっそ女性的に。
『登録番号Rb23、傭兵ランク圏内……識別名は……』
遠方から飛来する不気味な影。
惑星封鎖機構の大型戦闘ヘリが、一目散に駆け抜けてくる。こちらの位置を把握しているらしく、一瞬隠れようと身構えた621に即座の迎撃を判断させた。
メインカメラが一瞬ピントを緩め、そしてまた引き締まる。
【高熱源反応検知 データベース該当 AH12 HC 大型戦闘ヘリコプターです】
【敵は複数のミサイル兵器を装備 距離を離すと危険です】
コンピュータの声に従うが如く、アサルトライフルを巧みに、ほとんどマニュアル操作でミサイルポッドに指向して撃ちまくる。誘爆し、機体がぐらりと傾いた。
反撃がやってくる。機関砲が五月雨式に流されるのをひらりひらりと回避し、スラスタとブースタを巧みに使い踊る。わずかにヴェイパーを曳くその機体を、大型ヘリのミサイルは捉えきれずに旋回半径をオーバーしてしまっていた。
パイロットがいたら恐慌状態であったかもしれぬ。空中で踊る、その異常な、狡猾とさえいえる戦闘機動を前に一発たりとも当てられない。ポッドが爆発し、機体が傾いた、その刹那、既に接近は終わっている。
一閃、二閃、そして空いた隙間へアサルトライフルをねじ込み、速射。
『止めを刺せ、621』
「………」
左腕部ブレード冷却完了。腕をねじ込み、振り回すのではなく、最大出力で励起させた。
動力部をプラズマが貫き、そして爆発。機体が制御を失い、ローターが止まる。
名無しの機体――さしずめネームレスがヘリを蹴っ飛ばして離れると、空中で振り返ることもなく着地、その背後にヘリが墜落し、つい今しがたデータを抜き取ったACもろとも爆発炎上、火柱と化した。
『惑星封鎖機構SG。大型武装ヘリの撃墜を確認した。621、今日の仕事は終わりだ。手に入れたライセンスの識別名を伝える』
「………」
かつて、そのライセンスを使っていた主はもはやこの世にはいない。そしてそれを知るものもいない。
『レイヴン……これがお前の、ルビコンでの名義だ』
「………けほっ」
「621」
帰還した621を待っていたのは、杖を突いた初老の―――ように見える―――ウォルターであった。
機体を格納している大型ヘリの内部にて。
コックピットブロックがレールに沿って出てくると、キャットウォークからアクセスできるようになる。
【BMI L.I.N.K.S接続解除】
操縦席内部。コードの伸びたヘルメットを被った621は、力なくぜえぜえと呼吸をしていた。
「今日は休め。手は動くか?」
「………」
621は首を振った。機能として死んでいるということは、そういうことなのだ。人間として単体では生きていけない程に、人間として死んでしまっている。
仕方がなく、ウォルターがヘルメットを脱がせ、621を抱き起す。その体は細く、壊れてしまいそうであった。
“それ”はまだ幼さすら感じさせる容姿をした、少女姿に過ぎなかった。とても巧みに機体を操っていたとは思えぬ程に小さく、若く、そして消耗しきった容姿をしていた。目も見えず、味もわからず、身動きすらほとんどできない。耳こそ聞こえているが、あとはほとんど自力で何もできない。それが機能として死ぬということだ。
これでもまだ、マシな方なのだ。肉の塊と化してしまい、もはや人間とは言えない外見になった個体を、ウォルターという男は知っていた。ヒトの姿を保てているのは、彼女に施された処置が比較的丁寧だったからに過ぎない。
「621、レイヴン。わからないことがあればすぐに言え。調整をするぞ」
「………」
621はこくりと小さく頷いただけであった。
壊れてしまいそうな、まるで銀細工のような細い小柄をウォルターは横抱きにして連れていく。
医療室。
赤と黒と黄色のパイロットスーツのまま、調整槽へと入れられる。酸素マスクと、下腹部を覆う排泄補助装置。うつろな目を開いたまま、ここではないどこかを見つめて浮いている。
その様子を、ウォルターは悲しそうな眼をして見つめていた。
これを見るのは何度目になるのだろう。何度繰り返せばいいのだろうと。
「621、休め。次の仕事を取って来る。用事があれば呼べ。俺は行く。神経接続ならば、いつでも呼び出せることは承知しているな?」
「………」
621と呼ばれた少女は液体の中で、こくりと小さく頷いた。以降何もしゃべらず、目を閉じてしまった。脳波の波形が睡眠時特有のものに移行したのを確認したウォルターは、小さくおやすみと呟くと、部屋を後にしたのであった。