『レイヴン』
「あ、エア」
自室で休息を取っていたレイヴンは、急につながった交信に対し返事をした。
『お待たせしました。時間を頂いてありがとうございました』
「いいよ。エアも、自分の時間が必要なんでしょ?」
『本当に、最初会ったときと比べると見違える程によくしゃべれるようになりましたよね』
「うん、おしゃべりするの、楽しいから」
それでもまだ、表情は上手く出てこないらしく、いつもほとんど無表情である。
『私がいなかったときのこと、話してくれますか?』
「ええとね……」
通称エンフォーサーなる機動兵器を倒したこと。ヴェスパー隊二名を排除したこと。施設最深部の、レーザー障壁を解除したこと。
聞いている分にはあっさりとやってのけているが、それはとてつもないことだ。並みのパイロットならば何度も死を重ねてようやくと言ったところだろうに、彼女は被弾こそしても死なずに、傷一つない体でここにいる。
その異常性。イレギュラーとでも称するべき腕前に、いっそ恐ろしくもある。
エアはぽつんと言った。
『あなたはどんどん強くなる……誰も匹敵できない程に……』
「悪いことかな?」
『悪いことではないと思います』
「私ね」
あまり、レイヴンは一人称を使わない。けれど最近は使うようになってきた。自我の境界が曖昧な状態から、徐々に自我が強くなってきたことの証左であろう。
「なんでもない……あっ、ちょっと待って。ウォルターだ」
『621。例の依頼が来ていたレッドガン迎撃作戦だが、ヴェスパー第四隊長ラスティが成功させたようだ』
「そうなんだ。最近、忙しいみたい」
『……人間関係に口を挟むつもりはないが、あれは…………いや、いい。気にするな、621』
「?」
ラスティについて何か言及しようとしたウォルターだったが、すぐに話を切った。レイヴンがぽかんとしていると、ウォルターが声を低くした。
『ラスティが成功したということは―――……ミシガンは死んだということだ。やつらしい最期だったと聞いている』
「ミシガンと、仲よかったの?」
聞くと、通信の向こう側でウォルターが言葉に詰まるのがわかった。
『ああ、少しだけ、昔にな……』
少しだけ。その割には、余りに沈黙が重かった。
レイヴンは、胸元に手をやった。
「かなしいの?」
『……さあ、どうだったか………………ベイラムはルビコンから手を引くだろう。あとは政治家たちの仕事だろうが。コーラルが絡むと、死人が増える。過去から未来まで変わらない事実だ。621、少し休んでおけ』
『レイヴン』
エアが口を開いた。
『私たちは、争いの火種でしかありえないのでしょうか……?』
「そんなことないよ」
レイヴンが言った。ベッドに腰かけていた彼女は、ゆっくりと立ち上がると、よろめきながらであるが、歩いてみせる。
「エアがいなかったら、こうして歩くことも出来なかったんだよ?」
『歩けるようになったんですね。ふふ、レイヴン。ありがとうございます。本当に、救われます』
『621、仕事を再開しよう』
さて、仕事だ。ウォッチポイント・アルファが管理していたエリアはクリアした。あとは、コーラル集積地点を目指すだけであるが、目標となるエリアに到達するまでは、迷路のように曲がりくねった地点を通過しなくてはならない。
先行調査を続行せよ。という依頼。そしてもう一つ。
『追跡者を撃破、これを抹殺せよ』
という依頼。追跡者。この状況で、追跡者がいることにウォルターもレイヴンもそしてエアも違和感を覚えたが、仕事は仕事だ。やるしかない。
コーラルを発見し、人生を取り戻す。その為に戦う。その為だったのだが。
(……ほんとうに、私は、そうしたいのかな)
もうすでに、多くのものを手に入れてきた。今更、過去を取り戻して、普通の人生を歩むことが幸せな道なのだろうか、と。
多くの仲間ができた。多くの知り合いもいる。歩けるようにもなった。しかし、目は見えないし、食事も尋常にはできないし、匂いもわからないが。体内も、純粋な肉体部分ではなく、機械に置き換えられている箇所も多い。かつて、自分がどう生きていたのかも思い出せないし、両親がどこにいて、どんな風に生きていたのかもわからない。
レイヴンは、首から下げているドッグタグに軽く触れた。表面が削られたそれは、かつて自分が兵士だったことを意味する数少ない証拠だ。それ以外、持っていなかったのだ。
けれど今は………。
『死人が増えると言ったな。こういうことだ、621』
「………」
『あなたを追跡している機体……解放戦線か、独立傭兵あたりでしょうか?』
「………わかんないよ。わかんないんだけど」
嫌な予感がすると彼女は言った。
縦穴を降りていく。道中、コーラルで丸々と太ったワームに出くわしたりもしたが、抵抗らしい抵抗もなく、そこに辿り着いた。今まで垂直に降りてきたものが、水平になった。つまり、この先にコーラルがあるということだ。
開けた洞窟。人工物であるパイプが走っており、何かしらの筒状の構造物があった。
『ミールワームの養育ポッドか。以前は稼働していたのだろうが……』
「養育……? あれ、食べられるの? おいしいの?」
『美味しいかどうかか…………いずれ、食べられるようになることを願う……621』
食事。それは、621がしたくてもできないことだ。何しろ消化吸収が自力ではできないからだ。
ウォルターの声に頷くと、機体を進めようとして、後方からの熱源反応に気が付いた。
『レイヴン。後方から機体反応。接近しつつあります』
敵か。振り返り、そして……。
軽量二脚型AC。ハンドガン。レーザースライサー。バーストライフル、プラズマミサイル。シャッター式の、甲冑を思わせる横長に走ったスリット型のカメラアイ。鈍い青と、黒の塗装。
AC、スティールヘイズ。
『独断で突入した傭兵を始末しろという話だったが』
「………ら、ラスティ?」
静かな声が通信から響いてくる。何度も聞いた声だ。聞き覚えしかない声だ。慕っている、声だ。
『なるほど、
「ラスティ?」
『そして、あわよくば不穏分子も共倒れ。上の連中の考えそうなことだ』
ラスティの静かな声が、精神を掻き乱す。ミッションが嘘だった可能性が浮上してきた。アーキバスは、ヴェスパー隊は、ラスティを切り捨てたのだ。そして今、自分にぶつけることで始末させようとしている。あるいは、自分を殺害するためか。先行調査もほとんど終了していると言ってもいい。もはや、自分は、レイヴンという傭兵すら不要なのかもしれなかった。
スティールヘイズ、戦闘態勢。カメラアイが緑色に輝く。
『このラスティには……ルビコンで為すべきことがある』
それは、ラスティが企業ではなく、解放戦線寄りの立場、あるいは、解放戦線に所属しているであろうことを意味する発言であった。
『――――……戦友。君はどうだ』
「わ、私は………」
あなたは、何の為に戦うのですか?
いつか遭遇した“レイヴン”のオペレーターの声が脳裏をちらついた。
『AC、スティールヘイズ、来ます!』
エアの声と共に、ACスティールヘイズがアサルトブーストに点火。ヴェイパーを曳きつつ、何物にも染まらない色、すなわち漆黒色の塗装をした機体ネームレスに襲い掛かった。