終わりの時が近い。
レイヴンは、この長い長い旅路がもうじき終わりになる予感がしていた。
終わらない旅はない。途中で打ち切られることがあっても、それもまた終わりのひとつだ。
『レイヴン。私にははっきりと見えています』
「うん………私にも、見えてる……と思う」
『コーラルの……同胞たちの声が。アイビスの火に飲み込まれ消えた同胞たち。そのわずかな生き残りが長い時を経て再び群れを形成した……』
「……」
『ウォルターから、通信です、レイヴン』
「うん」
『621』
「うん、どうしたの。ウォルター」
『仕事の前にひとつ昔話をしよう』
「前、お話してくれたけど………これって」
ウォルター、あなた自身のことじゃないの?
そう続けることはできなかった。
『ある科学者がいた。家族を捨てて、結果として家族を失った男がいた。コーラル研究に没頭した、哀れな男だ。狂った成果が山ほど生み出された。強化人間もそのひとつだ。善良な科学者もいた。男の罪を肩代わりし、すべてに火を点け……そして満足して死んだ』
「火を………」
『この話には教訓がある。一度生まれたものは、そう簡単には死なない』
「…………」
『621』
「うん」
『昔話は終わりだ。仕事を始めるぞ』
ヘリが目標地点に到達。降下が始まる。そしてホバリングし始めた。
『お前も見ただろう、あの廃墟を。ルビコン技研都市……アイビスの火を引き起こした罪人たちの墓標だ』
「………」
『その中心に……コーラルはある。アーキバスからは先行調査打ち切りの通達があった。以降は連中のAC部隊が引き継ぐそうだ』
「………」
『621。企業に使われるのは、もう終わりだ。アーキバスAC部隊を排除し、コーラル集積地点へと真っ先に到達しろ。この仕事が終わったら………ある友人からの、最後の依頼について話そう』
「わかった」
どうすればいい?
レイヴンはずっと悩み続けていた。
『621……ここからは俺に……』
それは、まるで神に許しを請う罪人のような口調であった。
「………」
『いや、お前自身の感覚に従え』
ヘリから機体が投下される。
システムを変更。中量二脚型ACネームレス、降下。
こうして、鴉は舞い降りた。
かつて造られ忘れ去られた都市へ。
【メインシステム、戦闘モード、起動】
【Main system combat mode active.】
【DISPLAY LATENCY】
【OVERBOOST CAP】
【WPN FCS】
【EN RECYCLING】
廃墟を進みながらレイヴンは言った。もはや隠しようのない事実だ。
通信を切った状態で、エアに言う。
「エア」
『はい』
「ウォルターは……コーラルを……焼き払おうとしていると思う」
これが真実ではないか。
コーラルを発見することは、目標の第一段階に過ぎない。何らかの手段でコーラルを焼き払おうとしている。罪人がウォルターとすれば、善良な科学者はきっとアイビスという名前を持った人物だったはずだ。
コーラルを、焼き払うことで災禍を防ぐ。あるいは、災禍そのものを引き起こそうとしているのか。
『これは惑星封鎖機構の…………データベースに侵入してわかったことですが』
「それって……危なくないの? 反撃とか、されたり……」
封鎖機構のデータベース。容易く侵入できるものではないはずだ。
レイヴンが聞くと、ええ、とエアが応じる。
『されました。けど、なんとか……協力者がいましたので』
「そうなんだ」
『茶柱さん……どこかで聞いたことのあるような名前の気がしますが、とにかく彼のお陰で判明したことがあります。コーラルは………コーラルは自己増殖する生体物質でありその増殖速度は個体群密度の影響を受ける。集まろうとする性質がある』
「??????」
ちんぷんかんぷんだった。もっと勉強しないと言っている意味が分からないのだろうか。エアに勉強を教えて貰おうと思ったレイヴンであった。
『簡単に言えば、集まる性質があります。また、勝手に増える。集まっていればいる程に、増えてしまうのです。また集まった時、衝撃や熱を加えることで爆発する。そうでなくても、爆発して炎上する』
「………それって」
『アイビスの火――――……それは、私たちそのものの性質が引き起こしたもの。あるいは、誰かが決定的に破綻する前に引き起こした大災害だったのではないかと思います』
――――コーラルが絡むと、死人が増える。過去から未来まで変わらない事実だ。
レイヴンは、悲しくなった。生まれ持った性質が最初から破綻しているなど。もし神様がいるのであれば、なぜそういう風に宇宙を作ったのかと。
機体を前にスライドさせつつ、考えを進める。
「そんな………でも………そんなに、たくさんのコーラル、どうやって集めるの?」
『勝手に集まるとはいえ、私の知る限り、不可能です』
決定的な点は、既に資料が散逸しておりわかっていなかった。二人がいくら考えても、その破綻のきっかけがわからない。
『あるいは、大量に集めて……ということかもしれません。私の自己意識が覚醒したのはつい最近なのでわかりませんが、コーラルは資源だったのでしょう?』
「うん」
『資源は大量に集積する方がより効率的です。企業が、あるいはなんらかの組織が、もし大量に集積していたとすると……』
『621、目標が見えた』
ウォルターの通信。慌てて接続し、機体を跳躍させる。
ACが交戦中らしい。閃光が見え、爆発音が聞こえてきた。ビル群の中、熱源反応が見られる。
ネームレスを疾駆させて、壁を乗り越え屋上へ着地。武装を確認。アサルトライフル、レーザースライサー、プラズマミサイル。
『スネイル第二隊長閣下、増援をお願いします。任務安定遂行には兵力が足りません』
二機。一機はV.Ⅵメーテルリンク。そしてG3五花海だ。
『やつはベイラムを裏切ったか。やれ、621』
レッドガンのメンバーがなぜかアーキバスと轡を並べている。つまり裏切ったのだ。ベイラムが想定以上に早く壊滅したのは裏切りのせいかもしれなかった。
レイヴンは、ネームレスのアサルトブーストに点火した。そのまま、技研の人型兵器の一機に狙いを定めるとアサルトライフルの集中射撃を浴びせかける。肉薄、横を通過しつつレーザースライサーの回転斬りをぶつけ撃墜した。
着地。漆黒の機体が、二機のACの背後を取った。
『おや? 貴方は独立傭兵レイヴン……なるほど、アーキバスの通達を無視する気ですか』
「ごめんね」
レイヴンはうっすらと笑みを浮かべた。それは攻撃的なものであった。
「死んで」
『なぜです……スネイル……』
『吉穴が……見えぬ……』
『不憫なことだ。お前を相手にして助けも貰えないとは』
『ベイラムを見限って鞍替えしたのでしょう。結果は同じでしたが』
数分とかからず、二名を始末。その表情はどこか不機嫌であった。ついでのおまけに、こともなげに技研都市の兵器群も始末。
もはや、彼女は孤高の存在であった。唯一その翼に触れられるとすると、ラスティその人に他ならないであろう。
さらに進むと、橋が見えてきた。橋を一望できるビルの上に停止。
円柱を複数束ねたような巨大構造物。それは、根元の湖に先端を漬けているように見える。
『バスキュラープラント……まだ残っていたのか』
ウォルターの、まるで以前実物を見たことがあるような口ぶりに、レイヴンはわずかに表情を曇らせる。
あの人は、過去を多くは語らないけれど。やはり、そうなのだろうか。
罪人の街と彼は言ったけれど、その罪人の中に彼も含まれているのだろうか?
橋を渡る。滑走していくと、正面から異形の怪物が出現する。タイヤにトゲを据え付けたとでも称するべきもので、しかしプラズマミサイルをその場で発射し、着弾したことで横転した。
「叩き斬る!」
宣言した時には既にやっている。レーザースライサーフルチャージ。回転斬りを叩きこみ、そしてアサルトライフルの連射。起き上がろうとするところで、その上にどしんと乗ってやる。
アサルトライフルのリロードを悠々と終えた彼女は、トドメにアサルトライフルを一か所に集中して撃ち込み沈黙させた。
『半世紀もの間安定稼働するエネルギー……人がコーラルを求めるのも、あるいは仕方のないことなのかもしれません。進みましょう、レイヴン』
「うん」
そして、到達した。
湖を一望できるそこは、この深い深い大穴の終点。深淵である。
『これは……この湖全てが……』
『辿り着いたか、621』
全ての始まりにして元凶。恵みとも称されるもの。
コーラル物質が、大量にそこにあった。否、ごく一部に過ぎないのだろう。地中からしみ出したほんの一滴なのだろう。
『調べるぞ、621。降下しろ』
「うん……」
行くしかない。そしてレイヴンはコーラルの湖に、機体を進めた。
着地。ざぶざぶと、コーラル物質に浸かって、歩いていく。
『コーラル潮位が上がっている………自己増殖がここまで進んでいたとは……』
「………あれ、なに?」
湖の果て、そこに何かがいる。
バスキュラープラントを守るかのように、なにかが、いる。
それは高度を上げると、悠々とこちらに向かってきた。流線型を多用したボディ。赤く輝くブースト。まるで翼のような、砲身の生えた構造体。
『この反応は……C兵器!?』
着水。ネームレスから距離を取った地点に降りたそれは、ゆっくりと、翼を広げた。伝わってくるのは、敵意だ。
『アイビスシリーズ……やはり稼働していたか……!』
アイビスと呼ばれるその兵器は緩やかに上昇すると、翼に不気味なコーラルエネルギーを宿す。
『備えろ、621。もうひと仕事だ……!』
そしてアイビスは、ネームレスへと襲い掛かった。