賽は投げられなかった。
明日分の更新は遅れます
「この機体ッ………! 動きが悪いッ……!」
エアとの交信が途絶えたのち、ラスティが救助に来た後のこと。
レイヴンはジャンクの機体で“再教育センター”という名前の奴隷製造所からの脱出を試みていた。途中まではよかった。敵の視界に入らぬよう、センサーに入らぬよう、ひっそり、こっそりと動いていたのだが。
『殺害しても構わん! 攻撃しろ!』
最後の最後でとうとう発見されてしまった。あと少しで離脱できたというのに。
機体はジャンクそのもので、駆動系はもちろん武装にも障害が発生している劣悪品である。卓越した腕前を持つレイヴンとて、全身あちこち傷だらけで、ロクに睡眠もとれず、体調不良の極み。二つの条件が重なることで、その機体の動きは、素人のようだった。
「あっ、くっ……」
被弾。片腕が持っていかれる。これで主力武器のマシンガンを喪失した。散弾グレネードもあると言えばあるが、射程が短い上に、散弾であるため遠距離から使うものではない。
ジャミング弾を発射。敵の動きを阻害しつつ散弾グレネードを叩きこんで二機同時に排除するも、次から次へと湧いてくるMT相手に既に厳しい状況だ。片腕を喪失しているのだ、散弾グレネードを撃ち切ればそこまで。死だ。
『苦戦しているようだね、ビジター!』
「カーラ!」
機体反応を検知。高速で接近してくるそれは、カーラが以前自慢していたACフルコースだ。重量二脚級。ミサイル装備を主体にした機体は、上空からマルチロック、爆撃を開始した。
『ウォルターと……“友人”から、あんたの世話を頼まれてる』
「………!」
驚愕に目を見開くレイヴンをよそに、カーラ機は次々とフルコースを平らげていく。両手の特殊ミサイルを次々発射し、MTをことごとく食い散らかす。
『助太刀させてもらうよ!』
「うんっ!」
レイヴンの瞳ににわかに希望の光が灯った。まるで訓練でもしたかのように背中合わせになると、レイヴン機はジャンクとは思えぬ鋭い機動を復活させ、敵を蹴り飛ばしては沈黙させていく。カーラ機はその圧倒的火力で、増援に駆けつけてくるMTを千切っては投げ千切っては投げ。
数分もしないうちに、増援が品切れてくる。
『RaDの頭目は操縦もそこそこやる。そいつをお見せしようか』
「すごい!」
実際に操縦しているところを見るのは初めてだった。極めて簡素で素直な感想を述べつつ、敵MT一機を蹴り飛ばす。
『ヘリを呼んである。ビジター、あんたの機体も取り戻してある。それから……』
ヘリがやってきた。見慣れた形状の、拠点型ヘリだ。
『一息ついたら、私たちの計画について話そう』
「酷いね、本当に」
レイヴンの容態は酷いものだった。骨折している箇所もあれば、皮膚が引き裂けている箇所、火傷もあれば、打撲もある。顔だけは唯一綺麗だったが代わりに腕がボロボロだった。顔をやられまいと庇ったことが伺える。
神経接続開始。
「カーラ、ありがとう」
『いいんだ。礼はチャティにしてやってくれ。あんたを自由にする代償に、チャティは逝っちまったようなもんさ』
「え?」
チャティ。たまにメールをくれる優しいおじさん(?)という認識だったが、亡くなったらしい。カーラが腕を組み、目を伏せている。
医務室。治療用ポッドの内部に入ったレイヴンは医療用ナノマシンによる治療を受けていた。治癒力を促進し、回復を早める効果があるものだ。
神経接続にて、詳細を聞こうとしたところ、
『レイヴン』
「わっ、わ」
エアの声がした。しかも交信と、通信の両方で飛んでくる。
『救助が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。“この体”を得るのに精一杯で』
『紹介してくれてもいいだろ、ビジター?』
カーラが言うと、レイヴンはポッドの培養液にプカプカと浮いた状態で頷いた。
「私の……お友達。体のない、コーラルの中に生まれた、意識だけのお友達、なの」
それは精一杯の説明であったが、既に事実関係を把握しているカーラには十分だった。
『そうかい。あのろくでもなし連中が書いた論文もあながち嘘じゃなかったってことだねぇ……話には聞いてるよ、エア。あんた、ここまでレイヴンをサポートしてきたんだって?』
『あ、はい!』
『偉いじゃないか。大した子だよ』
驚いた。明らかにコミュニケーションが取れている。しかし、代わりに急激に頭が痛くなってきた。
エアがレイヴンを気遣うように吐息を漏らした。
『レイヴン。神経への負荷が大きいので、コミュニケーションは交信だけにします。あなたというフィルターを通して外界に語り掛けると、あなたへの負担が大きすぎる』
「そうなんだ」
『あなた、機体、そして外界という流れでコミュニケーションを取れることが判明しています。しかしこれは、ルビコニアンに同調できる人間がいて初めて成り立つことです』
「そうなんだ?」
いまいちわからないが、とりあえず頷いておく。
『ビジター。あんたは生き残った。ウォルターは賭けに勝ったってわけだ』
「うん」
腕を組み、難しい表情を崩さないカーラは、人差し指を立てて見せた。
『昔話をしようか。アイビスの火がこの惑星を焼き尽くした後―――……決して表には出ないある組織が作られた。観測者たちの結社“オーバーシアー”……』
「………」
こぽりと、呼吸装置が排出される吐息を運び出す音だけが医務室に響いた。
『コーラルの増殖傾向を測り、“破綻”が訪れる前に……焼き払う』
「………うん。ウォルターも?」
『そうさ、あいつも組織の構成員さ。その使命を果たすために、大勢の“友人”が亡くなっていったのさ。RaDは退屈しない隠れ蓑だったが、いよいよ本来の仕事をするときが来た。そのはずだった』
レイヴンは、エアを探した。少なくともこの部屋にはいないようだが。
この体とは、いったいなんのことだろう。
『…………監視衛星を覚えているかい?』
「あの、ルビコンを監視してる衛星のこと?」
思い出すのは、最初の仕事の時だ。あの時、監視衛星に撃たれた記憶があった。
『そう。あの監視衛星の傍に、ステーションがあることは?』
「知ってるけど……」
ルビコンはその高度な建造技術によって生み出された、無数のステーションに囲まれている。熱圏。人工衛星が浮遊する高度である。
『あれは………あれはただのステーションじゃない』
『着火装置さ』
「?」
AC以外の知識に疎いレイヴンには、何のことかちんぷんかんぷんだった。
カーラが分かりやすくするためにデータを神経接続から送って来る。ルビコン3の概略図だ。ステーションが無数に存在し、そのうちいくつかは既に失われている。
カーラがポッド前で右に行っては左に行きを繰り返しながら説明していく。
『あのステーションは、ルビコンの火以前にはなかった。封鎖機構が作ったものさ。封鎖機構は……隠していた。いや、隠していただと語弊になるね。隠さざるを得なかった。企業の目を欺き続ける必要があった』
「………」
『これはチャティが命と引き換えに取って来たデータだよ。チャティと、エア。二人がいなかったら、永久に失われていたデータさ。今や封鎖機構は風前の灯。あるいは、もう口封じされているかもね』
続いて表示されるもの。それは、まるで世界樹よろしく聳え立つ構造物と、それに接続されたステーションの姿。監視衛星がそばにあり、地上の接近者を遠ざける役割を担っている。
『おかしいとは思わないかい? 監視衛星の照準が常に地上を狙い続けている訳を。本来であれば宇宙からの接近者に向けるべきものを、地上に向けている。地上に接近されたくないものがあるからさ』
「………」
ピースがカチカチと嵌っていく音がした。
『コーラルを、破綻が訪れる前に少しずつ燃やし続ける。これはその為の着火装置。バスキュラープラントは、元々そうなるようにはできていなかった。でも、構造上、恐らくこの二つは合体できる。そうなるように設計したからだ。この半世紀をかけて、封鎖機構が作り上げた、“破綻”からルビコン3を延命する……そのための一種の“炉”なのさ』
「で、でも燃やし続けるってことは、エアの同胞が……」
破綻が来る前に、燃やし続ける。それは一種の正解なのだろう。だが、それは果たして共生と言えるのだろうか。
『――――……レイヴン。私は多くの死を見てきました』
エアが言う。
『若い人間も、老いた人間も、些細な理由で死にます。でも、それがきっと生きるということなのでしょう』
「………」
『放置すれば、決定的な破綻が訪れて、我々は宇宙を汚染する。その都度、大勢の命を奪いながら………半減期が訪れ、消滅するまで、意識が残り続ける。それは、拷問ですよ、レイヴン。死ぬからこそ、生きている。私はそう学びました』
「………」
『コーラルリリース』
「?」
知らない単語だ。
レイヴンがきょとんとしていると、エアが交信を続ける。
『コーラル物質を集積し、真空中に吸い上げ、指数関数的に質量が上昇することを利用して、爆縮させる。重力崩壊が起きて、ブラックホールとなり、周辺のコーラルを吸い上げる。ホーキング放射によって、宇宙に広く拡散し、結果、人間の意識と融合を果たす――――』
「ど、どういう……」
言っている意味の半分もわからない。だが、続く言葉で理解する。
『簡単に言えば、人間との完全なる融合です、レイヴン』
「そんなの! そんなの、生きてるって………言えないよ……だって、エアはエア、私は私なのに、そんなの……」
わからなかった。それは果たして生きていると言えるのか? 賽を投げた先にそれがあるというならば、レイヴンは……。
「やだ……やだよ、そんなの……」
レイヴンは首を振った。
賽を投げないと、言った。ルビコン川を渡らないと、言った。
『ウォルターが恐れた破綻。その先に待ち受けるのがこれです、レイヴン』
「………」
『私は、人との共生を求めています。融合。甘美な響きに聞こえますが、レイヴン』
「やだ。エアは、エア。私は、私。おかしいよ、絶対」
『私もそう思います。生きることは戦うことです。人は戦うことで、歴史を作って来ました。一緒に読んだ歴史の本、覚えていますか?』
「うん」
人の歴史は、闘争の歴史だ。人は戦いで歴史を作って来た。ルビコンにおいても。
しかし、これでは。エアが続ける。
『ですが、その先に待ち受けるのがこれでは………完全なる融合。それを行えばそれは戦いでもなんでもありません。ただの自傷行為です』
あるいは、違う次元。違う世界では、コーラルリリースという道を選んだのかもしれない。
だが、この世界では、選ばなかった。それだけのことだ。
蝶の羽ばたきが惑星の裏で台風を起こすように。621が小さい女の子で、純粋で、素直な子だった。封鎖機構が、半世紀に渡る研究の果てに、新しい道を編み出していた。それだけのことだ。
いつの間にか交信から通信になっていたようで、急速に頭が痛くなってきた。顔を顰めていると、それ以上に顔をしかめたカーラが顔をポッドに近寄せた。
『ビジター』
「うん」
『私がこれから惑星ごと焼くと言ったら?』
「止める」
『そういうと思った。これはチャティの遺言さ。笑って、寿命まで生きてくれって……』
「………」
『この“炉”計画が都合悪い連中は大勢いる。企業さ。連中からすれば資源採取が出来なくなるからねェ……できなくはない、できなくはないのだろうけど。……エア』
カーラが腕を解くと、首をこきりと鳴らした。
『はい』
『コーラルを、採取して資源として半永久的に使われるのと………時間が来れば燃やされ死ぬのと、どっちを選ぶ?』
『私は、死を選びます。私は、レイヴンのような友人と一緒に生きて、そして死にます。死なせてください』
『忙しくなるよ、ビジター。これから企業相手に……』
『戦争を仕掛けないといけないんだから』
『“Project Firelink”』
火継ぎ計画
ルビコン3のコーラル物質を永続的、継続的に燃やし続けることで、決定的な破綻を回避する。
企業の妨害により、計画は半ば頓挫。
技研の成果物と同じように歴史の中に埋もれた。
吸い上げ装置であるバスキュラープラントとステーションを合体。
巨大な炉心とし、そこに少量のコーラル物質を取り込み、燃やし続ける。
壮大過ぎるプロジェクトであるがゆえにその設計とステーション建設に半世紀を要した。
ガチの独自設定&展開なので気にしたら負け
設定資料集とかで補足されたら死ぬタイプの作品なのでほんと気にしないでください。そういう世界です。出たら買いますけど絶対合ってない。フロム脳の産物となっております
ダクソの影響だろ? そりゃそうよブヘヘヘ