ザイレムは徐々に高度を上げつつ、飛翔していた。
遠方から接近してくる企業艦隊に対し、迎撃準備を整えながら。RaDもいれば、独立傭兵もいる。立場も、何もかもバラバラだったが、皆生き生きと陣地を整え、砲台を設置し、機体の整備に余念がなかった。
これから向かうのは死地だ。ルビコン駐留艦隊に加え、軌道上に存在する艦隊までもがザイレムを狙って来るであろうことは想像するに難しくはない。ザイレムさえ落とせば、それでほとんど目的達成できるからだ。
レイヴンは、機体の構成を考えていた。
ネームレス。名前のない機体は、格納庫で静かに佇んでいる。
通信。呼び出された。
神経接続を開始。
ブリーフィングモード、起動。
企業艦隊を意味する矢印が、ザイレムと、地上の解放戦線の拠点に向かっていくのが表示される。
『ビジター。状況を説明するよ。ここから先は、もう後戻りはできない。企業艦隊が動いた。私が準備していた巡航ミサイルで敵の拠点に“花火”を打ち上げた。あとはルビコニアンが……いや、信じるとしよう』
状況図。ルビコン3の概略図が送られてくる。
カーラの所属がオーバーシアーだったものが、RaDのエンブレム、それも、鴉の意匠を加えたものに変更されている。
『アーキバスの部隊がザイレムに次々接近中だ。砲撃はしてるんだけど、撃ち漏らしがある。つまり迎撃戦になる』
ザイレム各所の防衛設備が表示されるが、その数は限られているようであった。
アーキバスの戦力。ヴェスパー隊が表示される。いずれもほとんど×が付いているが、ラスティは緑の丸がついている。
だが、トップ二名には何のマークもついていない。
『これを私らRaDと、エア、ラスティ、あんたで迎撃に当たる。アーキバスは、まだV.Ⅰフロイトと、V.Ⅱスネイルがいる。どちらも、企業の最大戦力、文句なしのエースさ』
「カーラ。まさかウォルターは……」
話の途中、拉致されたウォルターが今どうなっているか想像がついてしまったレイヴンの声が小さくなっていく。
『ありうるね。洗脳され、出撃してくる。それが最悪のパターンさ』
血の気が引く。
カーラが声を落とした。
『できるかい? ウォルターを………殺すことが』
「やだ」
レイヴンは即答した。そんなこと、できるはずがない。恩人で――――……父親のように思っている人を殺害するなど、できるわけがないのだ。
かつて改造で失われた人間性を、レイヴンはほとんど取り戻していた。
カーラがため息を漏らすと、続けた。
この甘さが命取りにならなければいいが。そう思いながらも、それを好ましく思うのだ。
『言うと思った。襲撃してきたら、死ぬ気で救いな。あんたには、その義務がある。じゃないとウォルターと、“友人”が浮かばれないよ。本艦はこれより、高度を上げて熱圏に入る。バスキュラープラントには既に、コーラル物質が吸引されている。早く焼却しないとまずいことになる。炉を稼働させないとならないよ。さらに問題がもう一つ』
「なに?」
問題だらけだった。
カーラが望遠レンズらしい画像を出してくる。
ステーション、LOC31。もっとも、バスキュラープラントに近いステーション。
違う世界における、最後の地。そんなことは知るよりもないが。その場所に、何か機体らしきものがいるのがわかる。
『最終目的地が占拠されてる。なにかが待ち受けてるわけさ』
『企業?』
『さあ。ありうるけど、私ならわざわざ待ち受けないね』
「なんで壊さないんだろう、ステーション」
『ステーションは唯一じゃない。まだある上に、破壊すればケスラーシンドロームで手がつけられなくなるというのが見立てだ』
ステーションLOC31が動くと、丁度バスキュラープラントの上部で静止。合体。炉心が稼働する様が表示される。
『短期的には、ステーションLOC31の到達と、焼却をしたい。もっともこれは一時的な措置さ。ステーションは未完成、これもチャティがとってきた情報さ。だが既に吸い上げられた分の焼却はできる。全て終わった後、ステーションの本格稼働が必要になって来るだろう。まあ、それは後で考えればいい』
「うん……」
『艦隊は、私とラミーで何とか足止めする。その間に企業侵攻部隊を撃滅……合流して、艦隊を壊滅させる』
「足止め? ラミーが……?」
『他にAC乗りがいなくてね。手が足りないのさ。ラミーはあれでもAC乗りだ。酷い腕前だが度胸だけはある。だけど……そのまま出撃したら間違いなく死ぬ。そのために準備していたおもちゃがある』
いたずらっぽく言ったカーラが続いて送ってきたのは、巨大なブーストを備えた物体であった。
『こいつは以前作って使い道がなくて埃をかぶってた代物を夜なべして使えるようにした代物さ。
敵艦隊数が表示されるが、それはほとんど絶望的な物量であった。無数の強襲艦、空母もいる。
『敵の迎撃。艦隊の迎撃。カーマンライン到達と、ステーションの奪取。奇跡がいくつか起きないと、厳しいと思うね。やってくれるか?』
「うん。やろう」
『レイヴン』
「うん」
無数にやってくる企業侵攻部隊を前に、二人はしかしのんびり構えていた。
エア機の手のひらに、パイロットスーツを着たレイヴンが立っている。
青い空。広大なルビコンの、天空。
『負ければ死より酷い結末が待っているでしょう』
「うん」
『彼我の物量差は歴然です』
「うん」
『なのになぜでしょうね……負ける気がしません』
エアの声には覇気が宿っていた。
「勝とう。勝って帰ろう。エアとなら、みんなとなら、負ける気がしないから!」
静かに、しかし、はっきりした口調でレイヴンが言う。
エアは慎重にネームレスにレイヴンを乗せた。
『ようやく……あなたと並んで戦える!』
『ビジター、敵が接近中。時間だよ』
『戦友。こちらは配置についた。いや。それとも、ルビコンの解放者と呼ぶべきかな?』
「レイヴン、出るね!」
『こちらエア、出ます!』
メインシステム、戦闘モード、起動。
そして鴉は舞い上がる。