『こちら惑星封鎖機構……これ以上は持ちこたえられない。撤退する。封鎖衛星は砲身の冷却が……』
『レイヴン』
「………」
手術室前。レイヴンは一人孤独に、否、エアと共に待っていた。
『助かりますよ、きっと』
「私は……」
レイヴンは手術中を意味するランプの灯った部屋の前で、長椅子に腰かけていた。
「私は自分でウォルターを斬ったんだね」
『………』
仕方がなかったとはいえ、父親と慕う人物を斬ったのだ。精神的な衝撃は大きく、落ち込みも激しい。
『ビジター。出撃準備が整った。こちらの戦力はもう底を尽きかけている』
「…………」
疲れ切った声のカーラから通信が来る。
状況は、悪くはない。フロイト、スネイルの撃破。ウォルターの撃破。イグアスの撃破。惑星封鎖機構の参戦。封鎖衛星による砲撃。
だが見ようによっては悪いとも言える。広がり続ける損害。ラミーの戦死。ラスティの負傷。エアの体すなわち機体の大破。敵主力艦隊はいまだ勢力を保っており、これを撃破しない限りはカーマンライン突破と、ステーションへの到達は難しい。
『あんただけが頼りだ。ラスティが出撃したいって言ってきかないけれどね』
「戦友……」
上半身裸、包帯グルグル巻きな上に松葉杖を突いたラスティがレイヴンの元に歩いてきた。もとい、杖に頼って移動してきたと言うべきか。
「私も出る」
「だめ」
隣に腰かけたラスティは、苦痛に顔を歪めていた。骨は折れ、火傷を負い、歩くのも精一杯。額には縫った後まであった。
「死んじゃう。生きて」
「それはこっちのセリフだ、戦友。艦隊相手に単機で出て、さらにステーションを占拠する謎の敵勢力に襲撃をかける。相棒が必要だとは思わないか?」
「生きて」
二人は向き合って、それからどちらがともなく口付け合う。
舌と舌を絡める官能的なそれは、どこか寂しさと疲労を感じさせるもので。
離れると、間に銀色の橋がかかって、壊れた。
レイヴンは乱れた髪の毛を直した。
「大人にならないとしてくれないのかと思った」
「景気付けも必要だ、相棒」
通信。
『ビジター。整備と補給が完了した。ザイレムは今、カーマンライン少し下にいる。ここにいれば、アイビスの火以降、空間に漂っている残留コーラルで無尽蔵のエネルギーが得られるだろう。空戦は得意だろう、ビジター』
「カーラはどうするの?」
『うちの連中の尻叩いて、ザイレムのジェネレーターに侵攻しているやつらを殲滅する。その間、ビジター、あんたは艦隊を殲滅してくれ。ザイレムはこのまま舵を上昇でセットしてある。突破さえできれば、あとはステーションの高度に到達できる』
「うん………」
『そして最後だ。こればかりはわからないね。謎の勢力が占拠している。こいつらを倒さない限りは、ステーションを稼働させられない。時間はもう無いよ。企業の連中がコーラルを運び出して破綻するか、質量が増大しすぎてブラックホールになるかの二択さ』
謎の勢力。独立傭兵あたりだろうか。しかし、このタイミング、あろうことかステーションの高度にまで到達できるACがいるとは思えず。
レイヴンは立ち上がると、ラスティに背中を向けた。
「五年後。忘れないでね」
「戦友………」
ラスティは知らずのうちに立ち上がると、ほとんど無意識的に敬礼していた。戦士に祝福と幸運を。敬意を表して。
「レイヴン、行きます」
その日、企業は見た。
『弾幕を張れ! 近寄らせるな!』
『だめだ、止められない!!』
AC単機で、企業の主力艦隊に立ち向かって来るという、おとぎ話のような出来事を。
『馬鹿な、一分で三艦撃墜だと……!?』
『直掩を……食われただと!?』
『止められん! 糞、ACを……だめだ、もうやられている!』
『空母が!』
『当たらない……なんだあの動きは……!』
たった一機。たった一機で、数百はくだらない艦艇を、叩きのめす。銃を撃ち尽くし、ミサイルを使いつくし、だというのに、たった一本のレーザースライサーと拳と脚部で次々とスコアを叩きだしていく。
「………あいむしんかー……」
歌いながら、どこか虚無的に、数だけを増やしていく。作業的に。
『信じられん……これは……これがレイヴンだというのか……』
『……すべてを焼き尽くす、黒い鳥………』
『旗艦に取りつかれました……!』
『速過ぎる………なんだ……なんだと言うのだ………』
『総員退艦…………!? あ、ああああああ!!』
この日、たった一人の傭兵によって、企業は深刻な出血を強いられる。
ザイレム撃墜のため投入されたルビコン駐留艦隊の大部分が撃墜され、企業はその勢力図を大きく後退させることとなった。また、地上においてもルビコン解放戦線が大きく勢力を伸ばすこととなる。
ルビコンの戦い。
そう呼ばれることになる戦争は、最終局面に突入しようとしていた。
カーマンラインの突破。熱圏。衛星軌道上へと、ザイレムが到達。
レイヴンは無傷で帰還し、休息を取った。
「ラスティ」
「ああ」
言葉は、もはや不要だった。
レイヴンは、ラスティの腕の中で少しだけ仮眠を取って、それから二度目の出撃準備にかかる。
『ビジター。機体の整備と補給が整ったよ。私は………済まないが、機体のダメージが激しい。ザイレム侵攻部隊は、降伏した。武装解除しているところだ』
「カーラは休んでていいよ。ここまで運んでくれて、ありがとう。あとは、私とエアでやる」
『休んでるわけにはいかないさ。ステーション掌握に手を貸そう。これでも電子戦闘は得意なんだ』
バスキュラープラントを背景に、ACネームレスが出撃する。ザイレムから飛翔していく。空気抵抗がごく少ないためか、エネルギーの消耗もごく限られたものとなる。その様子を、ただ皆が見守っていた。
暗闇に溶け込む、黒の塗装。最初から変わらぬ、鴉のエンブレム。
誇らしげにメインカメラを光らせて、飛翔する。
そこは、ルビコンと宇宙の境界線上。衛星軌道。
無線が、聞こえてくる。
『……修正プログラム、最終レベル』
『全システムチェック終了』
『戦闘モード、起動』
着地。円形のステーション。柱が立ち並ぶそこは、神殿を思わせる。
その中央部に、赤と黒と黄色からなる、翼を生やした機体が佇んでいる。
静かに、通信が繋がれる。レイヴンはそれを許諾した。
『あなた方にはここで果てていただきます。理由はおわかりですね?』
「誰?」
『オールマインド。我々は、人類と、生命の進化の為に、コーラルリリース計画を推進していました。ですが、全てはゼロに還った』
ステーションへ到達。
名を持たず目覚め、そして名前を手に入れたパイロット。名を持たず、特定の形すら持たなかった、機動兵器、ネームレス。
レイヴンは、相手の意図が計りかねていた。オールマインド。傭兵支援プログラムが、なぜコーラルリリースを推進していたのか。そして、なぜステーションを占拠しているのか。だが理由などどうでもよかった。障害は排除しなくてはならない。
オールマインドを名乗る女は、時折ノイズの走る声で淡々と語った。
『イレギュラー………あなたのような異物を排除し、計画を最初からやり直す。それが我々の望みです。我々に組み込まれた最後の除去プログラムが、許可されています。あなたは、ここで死んでもらう』
「私の望みは………」
多くのものを望んできた。
それは最初、やり直しのため。生まれなおしのため。
けれど、今は。愛のため。友情のため。仲間のため。世界のため。そしてなにより、自分のため。
その望むものが手に入るならば、イレギュラーであろうと構わない。そう心に決めて、ここまでやってきたのだ。
レイヴンは胸を張って言う。
「みんなと、生きること。それから……“笑って”死ぬことだよ」
『ターゲット確認。排除開始』
機動兵器、通称“セラフ”が、イレギュラー要素を排除する為にその牙を剥きだした。
オールドンマイ禁止!