ヤンデレの悪魔に人生狂わされる   作:ヤン・デ・レェ

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買い物と町中華

男とデンジとポチタを乗せた車がショッピングセンターに着くころには、太陽がもうすっかり中天に昇り輝いていた。

 

この日は湿度はそれほど高くないからりとした暑さだったが、それでもスーツ姿の男とデンジそれから毛皮で覆われたポチタには汗濡れになって仕方がない天候だった。

 

速足で、冷房の効いた店内に入らなくてはならなかった。

 

男が左手で、デンジの汗の滲む手を引いて、舌を垂らして体温調整に励む、ポチタを引き連れて、ショッピングセンターに足を踏み入れた時だった。

 

「あれ?珍しいね、君がここにくるなんて」

 

甘く澄んだ声が聞こえた。週に三日は聞く、親の声より聞いた声が。

 

マキマだった。偶然にも、会ってしまったようだ。

 

部下も連れず、あの、何時もの黒いコートに黒いスーツ、シャツだけが白い無機質な格好をして、彼女は現れた。

 

マキマは、男の瞳をじぃぃっと見つめる以外、何もしないで立っていた。

 

男は、マキマの登場に一瞬驚いた表情を浮かべたが、取り乱すこともなく、右手を上げて挨拶し、近づいて言った。

 

「よう、マキマ…今日は、違う日だと思うんだが?」

 

男に声を掛けられると、マキマは嬉しそうに視線を切ると、緩やかに上がった口角を直しもせずに、男の空いている方の手を取り、抱いた。

 

マキマの手のひらは柔らかく、ヒンヤリと冷たく、サラサラとしていて、気持ちが好かった。

 

「フフフ…つれないね…でも、全くの偶然だから安心してよ。それにしても…誰かな、君は」

 

「こいつは、俺が拾った。デンジ、自己紹介しなさい」

 

マキマの視線が一瞬、刺すような棘を帯びたが、男は自分に向いていなかったので気付かなかった。

 

男に促されて、デンジは大仰にお辞儀をすると、男の手を握りしめ、笑顔で言った。

 

「オレ、デンジって言います!よろしく、おばさん!」

 

「…まだ、二十代なんだけどね」

 

「オレは十歳くらいだ!」

 

「へぇ…若いね」

 

棘のある言葉の応酬。デンジの眼は、マキマの恵まれた胸に、敵意と共に釘付けである。対するマキマも、デンジに対して凍てつく視線を送っていた。大人げないと言う勿れ、恋の一言で収めてしまえば、両者ともに五分の経験と熱量だった。

 

バチバチと熱く火花が散り、ここに開戦の狼煙があげられた。

 

が、男は気付くこともなく笑って言った。

 

「おい、デンジ、女性におばさんは失礼だ。お姉さんにしなさい」

 

「はい!兄貴!ごめんなさいおねぇさん!」

 

「ふふ…好いよ、気にしてないし。子供、だもんね。」

 

「…ふん!」

 

鼻息の荒いデンジを、何を勘違いしたか、新しい友達を得た時の気恥ずかしさと勘違いした男。デンジは汗で濡れた指を、男の手に更に強く絡ませた。対するマキマは、男の二の腕を胸に挟んで見せた。誇らしげな表情に、デンジの眉間に皴が寄った。

 

見つめ合う二人。男は仲間外れにされたと、茶化すように言った。

 

「なんだ、いきなり仲良しか?」

 

「仲良しじゃねー!」

 

「そんなことないよ。ところで、君に娘さん、いなかったよね?じゃぁ、今度こそ、本当に誰なの、君は。私が知らないなんて、ヘンだよ」

 

「…あんまり、大きな声じゃ言えないんだよ、な?今は、ちょっと…」

 

「大丈夫、くっつけばいいのさ」

 

そう言ってマキマは、デンジに見せつけるように、男の耳を食んでしまえるほど近くに、顔を寄せた。

 

が、次の瞬間。男の手から手を離し、代わりにマキマと男の間に入ったデンジが、二人を遮ったことで、それ以上は話すことが出来なかった。

 

「もうおしまい!おしまいだってば!早く行こうよ!兄貴!オレの服買うんじゃなかったの!」

 

「私も、服買って欲しいかも」

 

「オレが、兄貴に服買ってもらうんだい!」

 

再び激しい言葉の応酬が繰り返され、男が蚊帳の外に置かれそうになった時だった。

 

「ふふ…冗談、だよ…。そういえば、変わった犬を飼ってるんだね…見せて貰っても好いかな?」

 

マキマが、今度は、それまで男の足の陰に、隠れるように静かにしていた、ポチタに水を向けたのである。

 

「ん?ポチタのことか?そりゃ、デンジの犬だ。デンジ、マキマに見せていいか?」

 

男が聞くと、デンジはカンカンになって言った。

 

「ダメ!こいつ、きっとポチタもオレから盗る気だ!!」

 

そう言って、ポチタに飛びつき、片手でポチタをギュッと抱きしめると、もう片方の手で男の足を抱きしめた。公衆の面前もなんのその。羞恥心よりも重大なことを、デンジは本能で知っていた。

 

「ふふ、面白いこと言うなデンジ、ポチタ以外に何盗るってんだよ」

 

男が微笑ましそうに、またたじろいだ様に、足にしがみつくデンジを優しく立たせようとする横で、マキマは笑っていた。

 

「そうだよ、デンジ君…私、もう、満足してるし。なにより、今の平穏の維持が第一だから…邪魔さえしなければ、ね?」

 

自慢げに、また誰かに対して警告するようにそう言うと、マキマは男の腕をギュッと、デンジがポチタと男の足にした様に、大事そうに抱きしめた。

 

「なんか、俺みたいなこと言うんだな」

 

ここに暢気な男が一人だけいた。

 

男が全てを見逃し、或いは見逃すように仕向けられてその通りになっているのを好いことに、何も気づかない一人を置いて、二人の乙女の流血なき、血で血を洗う戦いは続いていた。

 

「言うようになったでしょ?君とも、一年の半分も一緒に居れば、これくらい当然だよ」

 

「ひぐッ…ぐす…ふぇ…えぐ…あにき、あにき、そろそろ、行こうよぉ~、ねぇ~~ってば~!!」

 

「そうかい…よし、そろそろデンジがグズりだしたし、ポチタを医者に診てもらいたいしさ、俺、もう行くよ。またな、マキマ」

 

今回の戦いはマキマの勝利で終わるようだ。

 

男がデンジを抱き上げると、マキマは惜しむ素振りも見せずに男の手を離した。

 

「…うん。そうだね、また、来週。楽しみにしてるね?」

 

「あぁ、じゃあな。」

 

「べーっだ!」

 

デンジが舌を出し、挑発した。

 

「ふふふ…」

 

「こらこら、デンジやめなさい。はしたないぞ?」

 

「はしたないって何…ですか!しゃちょう!」

 

「よろしい。それはね…」

 

 

 

「……………………チッ……」

 

はしたないの意味を教えられながら遠ざかる、二人と一匹の影を見送りながら、マキマは小さく舌打ちを零した。

 

その舌打ちは、嫉妬からか、愛執からか。それは誰にも、マキマにさえも分からないことだった。暗然としていて、粘着質な感情が、彼女の中で騒いだ。心臓を締め付ける痛みの正体は、愛か、恋か。

 

何れにせよ、その舌打ちは、甘い痛みと、苦い味に支配されて、彼女の意志を潜り抜けて発せられたものだった。

 

 

 

 

デンジが所望した服は男のものと全く同じものだった。それは店頭のマネキンが来ているのと同じものだった。

 

安物の黒いスーツと黒いスラックス。合皮のベルトに、薄っぺらい黒のネクタイ。そして両産品の白いシャツだった。

 

男が、何でも買ってやると言った結果ではあった。

 

言ったコトを呑み込むことは出来なかった。

 

果たして、男は流石にいたたまれなくなったので、「靴も好きなのを選びなさい。ただし、俺とは別のもので!」と、自身の渋い黒革のビットローファーを指差しながら、言い含めた。

 

そこでデンジは、ポチタを先に店に突っ込ませると、ポチタが最初に持ってきた大きく分厚い、バッシュの様な白と赤のスニーカーを選んで買った。

 

男は本当にそれでいいのか、再三尋ねたが、「ポチタが選んだ。きっと好いヤツだ!」と言って聞かなかったので、一先ずは、これで好しとした。

 

男はそれから、スポーツブランドやら、ティーン向けのブランドやらを訳も分からず巡りつつ、デンジに「好きなモノ。気に入ったものを籠に入れなさい」と言って、部屋着や外出用の私服を、スーツ以外と限定して選ばせて購入した。

 

しかし、男でも分かる程度に、デンジのセンスは偏っており、どれもが、概ね家のクローゼットで見たであろう、男の部屋着や、私服と酷似していたため、最終的には、デンジの所望した物も買いつつ、それとは別に、マネキン買いすることになった。

 

服を買った後、ポチタを獣医に診せた。

 

獣医曰く、ポチタは犬ではなかったが、動物ではあるらしい。

 

「犬じゃなかったのか…」と安堵しつつ、「じゃぁなんなんだ?」と獣医に訊ねると、獣医も「さぁ?」と答えるしかないそうだ。

 

ここはデンジの発案で「ポチタは新種の犬だ!」と言うことで、男の家では落ち着くこととなった。

 

また、男が懸念していた、食べ物に関しては全く問題ないらしい。肛門に体温計を挿されることを、極度に嫌がった以外は、体調にも、特に問題なかったらしい。

 

何はともあれ一件落着、である。

 

そして、安心すると、今度は心配事と一緒に減るものがあった。

 

「腹が減ったなぁ…」

 

男は腹が減っていた。

 

 

 

 

ショッピングセンターを出て、少し遅めの昼食を、付近一帯で有名な町中華で摂ることにした男一行は、向かった先で、入店するなり本日二度目の邂逅を経験していた。俗にいうまでもなく、トラブル発生。

 

ただし、今回はマキマではなかった。

 

そこに現れたのは、あの夕日色の髪ではなく、同心円状の瞳でもなく、ポニーテールにされた真っ白な髪と、黒く光のない瞳を持つ、腕や足がしなやかな、オオカミかトラのような気配をもった、眼帯の女だった。

 

女は、赤いチャイナドレスに身を包み、腰に場違いなほど鋭利な刃物を鞘に入れて佩いていた。

 

「久しいなトク。…で、その子供は何だ?ガキでも、私以外の女との間にこさえたか?」

 

「ひ、久しぶりだな、クァンシ…にしても、出会って早々、ちと辛辣すぎやしないか?」

 

町中華に入った瞬間、店内のど真ん中の席を陣取っていた団体客の中から、眼帯をした女が、現れるなり男に食って掛かったのだ。

 

男のペラペラのタイを、今にも引きちぎらん限りの力で握り締め、引き寄せていた。

 

「貴様!この忌々しい男め!私を捨てておきながら、こんな子供まで作って…見たところ、もう十代じゃないか!どういうことだ!乗り換えてすぐ孕ませたのか貴様!」

 

「う、うぐ!?誤解だ!クァンシ!そもそも、俺はまだ誰にも子を産ませた覚えなど!」

 

デンジとポチタ、それから同席していた連れを蚊帳の外に押し出して、男と、男にクァンシと呼ばれた白髪の女が取っ組み合った。

 

どうやら、男と彼女の間には、深い深い、因縁があるようだった。

 

男が弁明すればするほど、状況は悪化していく。

 

「覚えが無いほど産ませているのか!こ、このぉぉぉッ!き、貴様になど…くぅぅぅッ!私はどうして!」

 

「お、おい!どうした!大丈夫か!」

 

髪を振り乱し、頭を抱えた女が、一旦男から離れた。

 

「今がチャンスだ!」とデンジとポチタが、二人の間に入ろうとした時である。男が自分から、心配そうに女の方へ近づいて行ってしまったのだ。

 

「ダメ!」とデンジが言っても遅かった。ガシリ!と、女の手が直ぐ傍まで来ていた男の胸元を、鷲掴んで引き寄せた。

 

眼と眼の粘膜が触れ合うほど、二人の距離は近かった。

 

「どうしたもこうしたもあるか!貴様の所為だ!この破廉恥漢め!まさか!その眼も呉れてやったとでもいうのか!?私は何も貰ってないのにッ!不潔だ!不埒だ!貴様などッ!貴様などッ…き、き、き…」

 

女が、喉に餅を詰まらせたように、どもった。顔が、見る見る赤くなっていく。

 

「き、き、き、き?」

 

「きらい、ではないのだ…だから、困っているのだ…あぁ、どうしてこんな男に私は…諦めきれん…そもそも、貴様の顔が女顔だったのが悪い、それに、あの時、貴様が私の言うとおりにして居れば今頃は…」

 

「あの時って、宦官に成れってやつだろう?流石に無理があるぞ!ちょん切れって…それで、子供のことは諦めがつくってなぁ…いやぁ、でも流石に…なぁ?」

 

「ふふ、ふふふ…覚えているのではないか。私を、捨てた癖に…捨てた女のことまで、覚えていられるほど暇なのか?今は、恋人はいないのだな?そう言うことだな?」

 

女が明るい表情になりかけた時だった。

 

男が言った。

 

「…いないが。」

 

「なら、復縁しろ。今度こそ逃がさん」

 

「いや、それも難しい。週三で女に会ってるし」

 

無論マキマとの契約の話である。

 

だが、クァンシにそんなことは関係ないのだ。

 

「貴様あぁぁぁぁ!私の純情を弄びおってぇぇぇぇ!千々に切り刻んでくれる!陵遅に処してくれるッ!」

 

「うわぁぁぁぁ!?止せ!クァンシ!落ち着け!!」

 

クァンシは腰から刀を振りぬくと男のネクタイを切り落としてしまった。

 

「次は、その子供に当てる!私を愛しているならままにせよ!その子供の母親を愛しているなら私の一刀の前に斃れろ!さぁ、行くぞ!」

 

振り被るクァンシ。デンジとポチタを庇う男。

 

男はクァンシの暴挙を止めようと必死だった。逆に周囲は、何もできずに、皆、凍てついたように静かだ。デンジは、ポチタを抱えて腰を抜かした。

 

「ま、待て!待てってば!」

 

「何を待つことがある!」

 

「俺はこの子の両親を知らない!」

 

「…おい、お前、その話は本当か?」

 

振り被ったまま、クァンシがデンジに聞いた。

 

腰を抜かしたまま、デンジは答えた。

 

「オレは兄貴の子供じゃない!」

 

「な?言った通りだろう?」

 

「…だが、試すことには変わりない」

 

「えぇ…」

 

困惑する男。周囲の状況が再び緊張に包まれた。

 

クァンシは紙ナプキンを手に取ると、分かりやすく、顔の前で刀の刃に触れさせた。力も籠めずに、触れさせただけで、切り刻まれた紙ナプキン。

 

観客たちは多くが青くなったり、白くなったりした。

 

これから起こることに、ゾっとしたのだ。

 

「もしも、私を愛しているなら…そうだな、腕を寄越せ。もしもできないならこの場で心臓を刳り抜く」

 

「…要するに、死ねってことか」

 

男が呆れたように息を吐くと、クァンシは目を見開いて、パッ!と刀を下げると、驚いた様子で言った。

 

「ちっ…違う!死ねだなんて…そんなことは、違う。違うんだ…私はただ、お前に…証明して欲しくて…嘘ではないと、間違いではなかったと…あぁ、沸騰しそうだ。オカシくなる…お前の腕が、どうしようもなく、今、欲しいんだ」

 

「変わってないな。難儀な奴だよ、全く…」

 

眼帯越しに目を押さえる女を見遣りつつ、男は慣れたもののようだ。昔取った杵柄よろしく、目の前の女には、こうなったら何を言っても無駄だと理解しているらしい。

 

男は諦めたように腕をまくりだした。

 

「…どうするんだよ、兄貴!」

 

危険な素振りをする男に、まだ生きた心地のしないデンジが叫んだ。

 

「好いぞ。」

 

「好いって!?し、死ぬのかよ!イヤだよ、行くなよ!あんな変な女、ほっとけよ!兄貴!兄貴!」

 

デンジが叫んだ。

 

少女の悲痛な声に、店内はお通夜ムードを通り越して、感動的悲劇を前にカタルシスの渦に吞まれた。

 

男は言った。

 

「好いってのはな、腕をあげるって話だ…。全く、町中華食いに来たはずが、とんでもない話になっちまった…」

 

全くその通りだった。男は店に入るなり、女に絡まれており、席にすら座っていないし、なんだったら入り口から一歩しか踏み込んですらいなかった。

 

男の気配が近づいてきたことに気づいた、クァンシが顔を上げた。目は潤み、充血していた。

 

「…ほ、本当に呉れるのか?」

 

「逃げたのは、事実だし…死にたくねぇし…遣るよ。腕一本くらい…お前になら、好いぜ」

 

「…」

 

クァンシは、差し出された腕を、愛おしそうに撫でた。それから、納めた愛刀の柄に手を按じた。

 

「ほら、持ってけよ」

 

「あぁ…いただくとするよ」

 

デンジとポチタの目の前で、白刃が煌き、男の血と共に、一本の腕が舞った。

 

肘先から、バッサリと綺麗に斬り落とされた腕を、クァンシは大事そうに胸に抱き、元の席に戻ると、食事を再開した。

 

男はと言うと、クァンシから所謂「ア~ン」で、エビのチリソースを一口貰ってから、脇を押さえたまま、唖然とする店内を置き去りにして、デンジとポチタを連れて、車に戻った。

 

 

 

 

車に戻るなり、運転手から応急処置を受けながら、男は叫んだ。

 

「ぐあああああ!?痛ぇぇぇぇ!!」

 

当然だった。だが、少しの間でも耐えただけ大したものだった。

 

病院に担ぎ込まれる寸前、デンジが言った。

 

「なぁ、兄貴!なんで、なんで腕、あの女にあげちゃったんだよ!」

 

デンジの叫びに、救急隊員を押しのけて、アドレナリンでオカシクなった頭で、男がぶっきらぼうに答えた。

 

「それが、愛ってもんよぉ!」

 

「あ、愛!?」

 

ピシャーン!と、デンジの体を雷が突き抜けた気がした。

 

「デンジぃ!家の鍵はスーツの内ポケットに入ってる!夕飯は悪いけど、カップ麺のストックを探して食ってくれ!お湯いれれば出来るからな!火傷に気を付けろよ!わからないことは、二階のおじさん達に聞け!明日までに、帰るからぁ!」

 

デンジが動けずにいると、男はそう言ってから、救急隊員に無理矢理、ストレッチャーに寝かせられて、救急車に詰め込まれ、搬送されていった。

 

「愛…かぁ」

 

デンジは、投げ渡された男のスーツを抱きしめて、ぽかぽかと熱い体を、夜風に当てて冷ましつつ、男を待つ為に、雑居ビルの前で降ろしてもらうなり、フロントを抜け、三階に向かった。

 

 

デンジとポチタが夕飯のカップラーメンを空にする頃、天には満月が上っていた。昼のカラッとした暑さとは打って変わり、蒸し暑い夜だった。

 

デンジは新品のパジャマに着替えたものの、落ち着かないので、結局、昨日着た、男のパジャマに身を包んで布団に入った。

 

同じ頃、緊急手術を終えて、退院を早めるためにと、傷口を焼灼しようとしてこっ酷く叱られた男は、「子供部屋、用意しないと…」という一言を最後に、麻酔と鎮静剤をうんと打たれて眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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