ヴァリアーのクソバイト→副官   作:やちは

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副官、ボンゴレ本部へ行く《2》

 日本ではどうか知らないが、イタリアでは手軽なお土産やサプライズに花束を用意することはよくあることだ。

 行きしなに花屋で見繕ってもらった花束を抱え、副官は血の気の多い性格の上司を思い浮かべる。

 

 あの人結構マメだよなぁ。

 

 戦闘狂で口喧しいし粗暴なところが目立ちがちだが、意外にも気配りはできるし面倒見もいいところがある。あともう少し人の心を持っていれば副官からは何もいうことはないのだが、世の中とは押し並べて、そううまくは行かないものである。

 

「よっ。あんただよな? スクアーロの代理って」

 

 入門後、念入りなボディチェックを受け、晴れて内部に踏み入ることを許された副官は、日本人の青年に親しげに声をかけられた。

 

「オレ山本武っつーんだ。ボンゴレファミリーの雨の守護者……っていうんだっけ? はは。自分でいうとなんか恥ずかしいな」

 

 親切にも自己紹介をしてくれた青年に副官は頷いた。

 山本武ーーボンゴレファミリー十代目、沢田綱吉側の雨の守護者だ。

写真で見たことはあるし、スクアーロが電話などでやりとりしているのを聞いたことがあるので声は知っていたものの、実際に顔を合わせるのは初めてだった。

 

「はじめまして。山本さん。S(スペルビ)・スクアーロの副官です。お見知りおきを」

「はは。敬語とかいーって。じゃ案内するな!」

 

 山本はついてくるようにと意味を込めて背中を翻す。

 スクアーロのことだから、案内役に山本をつけてくるだろうなと軽く予想していたので、副官は大して驚きはせず、彼の申し出をありがたく受けたのだった。

 背後に続くと、見慣れない女がいることに怪訝な目は向くものの、あからさまに敵意を込めた目で睨まれることはない。それは全て、前を歩く山本氏の威光のおかげであろう。自身の胃を痛ませる懸念事項が一つ減ってありがたい限りだ。

 先行する山本の背後に続いて廊下を歩いていた副官は、ちらちらと彼が肩越しにこちらを見ていることに気付き、首を傾げた。

 

「どうされました?」

「んーいや! スクアーロも隅におけねぇなって」

「はい?」

「だってあんたスクアーロの彼女だろ? いやー。こんな美人の恋人がいて羨ましいよなあ」

「は……?」

 

 誰が誰の!?

 理解した瞬間、副官はずっこけそうになった。

 

「……どこをどう誤解したらそうなるのか存じ上げませんが、私はただの副官です。あの人との関係はただの上司と部下。それ以上でもそれ以下でもありません」

「そうなのか? 『オレの代わりに女を行かせるからもてなせ』って電話があったからてっきりそうかと」

「あの人に浮いた噂はありませんよ」

 

 逆に聞きたい、浮いた噂。それくらい、スクアーロには女の気配がない。

 上手く隠しているといわれればそこまでだが、決まった相手はいないだろうというのが副官の推測だ。……というか、ボスの世話を焼くのが大変すぎてそこまで余裕がないのではないだろうか。

 そんなことを思っていると、山本は首を捻った。

 

「そうなのか? ……あれー。おかしいな。じゃあこの間飲んでた女って誰だったんだろ?」

「女?」

「いやこっちに来る前、日本から電話したら夜中だったらしくてさ。『いま女と飲んでるから邪魔すんな』って言われたからてっきり彼女はいるのかと」

「エェ!?」

 

 副官は驚愕した。

 ……でもそういえば数日前、珍しく早めに仕事切り上げて飲みに行くって言ってたよな……。

 これは聞かずにはいられないーー副官は山本を壁際に追い詰めた。

 

「山本さん。ちょっとその話もう少し詳しく」

「お? ……はは。やけに食いついてくるな……」

「当たり前でしょう。あの人を脅すネタ……じゃなくて、部下として上司の恋を応援したいんです! ですから、ね? 内緒にしますから」

「いま本音出てなかったか?」

「あとで連絡先交換しません?」

「参ったなー」

 

 今更になって自身の失言に気づいた山本である。

 一方の副官は、滅多に隙を見せない上司の弱みを握る恰好のチャンスだと、何がなんでも聞きださねばと必死であった。百歩譲って女友達だとしても興味がある。

 二人で押し問答をしていると、少し離れた場所から少年のような声が割って入った。

 

「え!? 山本!? なにやってんのー!?」

「おーツナ」

 

 『ツナ』と呼ばれた少年ーーいや青年は、慌ただしい足取りでこちらに駆けてくる。そして山本が女によって壁際に追い込まれているところを認めるなり、顔を赤くさせて口をもごつかせた。

 

「あ……えっと……なんかお邪魔したみたいでスイマセン……」

 

 そ気まずげな反応を見て、傍から見ればどうみても『女に迫られている山本』という構図に気づいた副官は素早く距離を取った。

 

「出迎えに行くっていったきりなかなか戻って来ないからどうしたのかと思って……」

「なんにもされてねーって! この人が例の」

「! スクアーロの」

「美人秘書だって」

「副官です。お間違いのないように」

「だってさ」

 

 “スクアーロの女”と思われるのはとても癪なので即座に訂正を入れると、山本は笑いながら調子を合わせてくる。

 青年こと沢田綱吉はーー一目見て女であると判断したからかーーあからさまに安心したように息を吐いた。

 

「もっと怖い人が来ると思ってた……どうぞ! 入ってください!」

 

 ツナは案内役を山本から引き継ぎ、突き当たりにあると言う書斎に副官を招き入れた。

 九代目が沢田綱吉のために増築したという書斎は、流石の趣味の良さで、家具まで最上のもので整えられていた。おそらくはほとんどが特注品であろう。

 中には同世代の青年が一人おり、むっつりと黙り込み、品定めするように無遠慮に副官のことを見ている。

 

「十代目。奴がスクアーロの……」

「署名もらいにきただけだから! 穏便に頼むよ、ね?」

「どうも。はじめまして」

 

 嵐の守護者ーー獄寺隼人だろう。山本武同様、写真で顔は覚えていた。噂通り、血気盛んな性格のようだ。

 ツナが書斎の椅子に腰掛けたのを見届けると、副官は礼儀正しく腰を折った。

 

「本日は貴重なお時間を割いていただき誠にありがとうございます。十代目」

「あ、いや十代目っていうのは……まだ九代目はお元気だし」

 

 頭の後ろをかいて謙遜するツナの前で、副官は無意識に目を細める。

 いまはヒールをはいているので自分の方が優勢であるが、実際に立って比べると、身長は自分と変わらないぐらいだろうか。日本人としては平均的かもしれないが、欧州人の目から見れば小柄な方だ。体つきもどことなくひ弱で、頼りない雰囲気まである。

 自身が入隊する前であったこともあり、数年前、ボンゴレを揺るがしたリング争奪戦の詳細については存じ上げないが、三つだけ知っていることがある。

 

 一つ目は、スクアーロが山本武に敗北したこと。

 二つ目は、XANXUSが沢田綱吉に敗北したこと。

 三つ目は、ヴァリアーが十代目ファミリーに敗北したこと。

 

 ………。

 ……………ほんとにこの人ボスに勝ったんだよな……?

 

 XANXUSと違って全くと言っていいほど覇気がなく、むしろ人畜無害な一般人といった印象の十代目に、副官は心の中で首を捻る。

 

 この細っこい腕でボスに……?

 

 考えれば考えるほどわからなくなってきた副官は、手元に目を下ろした瞬間、花束を携えたままであることを思い出しツナに向けて差し出した。

 

「これはうちのスクアーロ隊長から。ささやかながら土産です。書斎に飾って気分転換にお使いください」

「スクアーロから!?」

「書斎を新しくされたそうで。そのお祝いだそうですよ」

「あ、ありがとうございます……あ、お礼言っといてください!」

「承知しました」

 

 ツナが花束を獄寺に預けるのを見送ってから、副官は書類を取り出し空欄を指差した。

 

「ではこちらに署名と判子を。量がありますからゆっくりで構いません。できればローマ字でお願いします」

「は、はい」

 

 緊張した面持ちでペンを取り、署名を始めたのを見届けてから、手持ち無沙汰になった副官は窓の外に目をやる。中庭にはカタギでない人間に業者風の男達がかなり入り混じっており、慌ただしく庭でテントを組んでいた。

 

「今日は何かイベントが?」

「日本から友達が来てるので、九代目と相談してファミリーのみんなと夏祭りをしようかってことになって」

「ナツマツリ?」

 

 耳にしたことのない単語だ。日本語辞書があればよかったのだが、生憎持ち合わせがない。頭に疑問符を浮かべていると、十代目が身振り手振りを交えて説明してくれる。

 

「みんなで浴衣を着て踊ったり、射的とかくじ引きの屋台があって、今日はないけどお神輿を担いだり。日本のお祭りです」

「オミコシ……って日本の神様が乗ってるんでしたっけ? あー。こっちでいうカーニバルみたいなことですか」

「? カーニバル?」

「謝肉祭? 日本(ジャッポーネ)ではそう言うらしいんですが」

「しゃ、しゃにくさい?」

「キリスト教系の祭りですよ、十代目。夏祭りみたいなもんです」

 

 獄寺氏が頭に疑問符を浮かべる主人に説明を入れる。

 だいぶ違うだろ、と思ったが、どちらも宗教的な行事であることに変わりはない。神に感謝するという意味では間違いではないだろう。

 

「その、よかったら帰る前に見て行ってください!」

「お気遣いありがとうございます。……終わりましたか?」

「あ、はい。どうぞ」

 

 返された書類に念のため目を通していた副官は、中程で手を止めた。

 

「ここの綴りが違いますね。名前の最初の『TSU』が『TU』になってます」

「え!?」

 

 本来、『TSUNAYOSHI SAWADA』でなくてはならない署名であるが、名前のはじめ、『TSU』部分が『TU』になっている。

 

「すみません! まだローマ字に慣れてなくて!」

「スペアがありますから大丈夫です。ご心配なく」

 

 こんなこともあろうかと上司が準備をしていた書類を取り出していると、親しげなノックののち、ドアが開いた。

 

「ようツナ。日本式の夏祭りをやるんだって?」

「!! ディーノさん! 父さんも!」

 

 キャバッローネファミリーの若きボス、ディーノ。

 門外顧問機関CEDEFのボス、沢田家光。

 突如現れた錚々たる顔ぶれに副官は驚きを隠せない。

 

「今日これたんだ! てっきり忙しいかと」

「かわいい弟分のお招きには応じねぇとな」

「本当は日本式の夏祭りが楽しみなだけだろボス」

「ばっ……うるさいぞ、ロマーリオ!」

 

 茶々を入れる部下に言い返す様はまるで親子のようだ。『跳ね馬』と呼ばれ、式典の時はボスらしい風格を纏うディーノも、気心の知れた部下の前では年相応の青年のようになるらしい。

 確か上司と同級生だったはずだが……上司よりも心持ち若く見える気がするのは、育ちが良いせいだろうか。それとも、上に振り回される苦労を知らないからだろうか。XANXUSの無茶振りに日々振り回されるスクアーロを思い出し、帰ったら労わってあげようと密かに思った副官であった。

 

「父さんも! 来れないと思ってた」

「かわいい息子のためなら父さん時間を作っていつでも駆けつけるぞー」

「夏祭りにきたかっただけだろ絶対……バジルくんは? ラルや部下の人達も来てるの?」

「みんな中庭で設営の手伝いをしてる……て、お?」

 

 息子との話に夢中だった家光は副官の姿に気付くなり、にやけて息子の肩を叩いた。

 

「ツナ〜お前も隅におけねえなあ。ベッピンの秘書を侍らせてシュチニクリンを楽しもうってか?」

「違うって! この人はスクアーロの秘書……じゃなくて副官! 俺に用があってきたの!!」

「ほーん……スクアーロの……」

「……はじめまして。沢田家光さん」

 

 軽く会釈をすると、「ん。ご苦労♪」と上機嫌に返してくる。

 この人が沢田家光……。

 ……飄々としているが、相当の手練れだな……。

 気配だけで敵わないと察したとき、またノック音が響き、今度は小柄な少女がティートレイを持って入室した。

 

「ツナくん。お疲れ様」

「! 京子ちゃん!」

「お客様が来たみたいだからお茶を預かってきたの。いま淹れるね」

「あ、ありがとう……手伝うよ!!」

 

 そう言って少女からティーセット一式が乗ったトレイを受け取り、自身の机の上に載せる。

 これが十代目のいい人か。付き合っているかどうかは不明だが、世界的に見てもカースト上位のかわいさだ。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます。お嬢様(シニョリーナ)

 

 茶器を受け取るなり、副官はカップを鼻先に近づけ香りを嗅ぐと、再び少女に視線を戻した。

 

「これフレーバーティーですか?」

「? はい。ぶどうの香りのお茶だって聞きましたけど」

「ふーん……」

「? どうかしたんですか?」

「……失礼」

 

 副官は怪訝そうにするツナの手からカップをひったくると、一息に飲み干した。

 

「え゛っ!? あっ、ちょっと!?」

 

 取り返そうと伸ばした腕は空振り、ツナは愕然とした。

 せっかく京子ちゃんが淹れてくれたお茶だったのにーー!

 そんな考えも一瞬よぎったが、それよりもお茶を飲んでから先、微動だにしない副官の方が気になる。数十秒経っても瞬きすらしないとなると心配にすらなってくる。

 

「そ、そんなに喉乾いてたのかな……?」

「さあな……?」

 

 ツナとディーノは突然の奇行に呆気に取られて囁き合う。お茶出しを張り切っていた京子も、お茶を配る動作を忘れて副官を食い入るように見ていた。

 動き出したのは、飲み干してから一分経とうかという頃だった。錚々たる顔ぶれの前を横切り、副官は仕事机の上に置いてある食器を乗せたトレイを持ち上げる。

 一体何をするつもりかーー息を飲んで周囲が見守る中、副官はトレイを思い切り床に向けて振りかぶった。

 高級な茶器が見るも無惨な姿となり、茶葉やお湯が飛び散る様を見て、今まであまり喋らなかった獄寺は険しい顔で副官に詰め寄った。

 

「テメェ! 急に何しやがる!!」

「すいません。手を滑らせたので人を呼んで来てもらえますか?」

「は、はい」

 

 いやどうみてもお前が叩きつけただろーー!!

 全員がそう思ったが、京子は呆気に取られながらも頷き、慌ただしく部屋を出ていく。

 その姿を見送ってから、副官は口をハンカチで抑えてその場にしゃがみ込んだ。

 

「失礼。……んぷ」

 

 苦しげな咳を我慢した瞬間、引き結んだ唇の端から、血が一筋流れた。

 

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