「クソッ!クソッ!クソッ!!」
「落ち着いて七海!気を散らしたら駄目だ!」
何の変哲もない2級呪霊の討伐任務、そのはずだった。
帰りに買って帰るお土産を話し合いながら着いたそこ。
けれど、居たのは明らかに自分達の手には負えないようなソレで。
今は2人で必死に捌いているが、このままだとそう遠くない内に殺されてしまうだろう。
「七海!僕が抑えるからその隙に七海は助けを呼んで!」
「お前の方が傷が酷い。抑えるなら私の方がいい!」
「今の僕の手だと携帯を操作する事が厳しい。有栖さんがもう任務を終えて近くに来てるはずだから!」
灰原は負傷が激しい。確かに連絡を取るのが七海よりも難しいかもしれないが、それは逆に言えば負傷が激しい灰原に1人で相手をさせるということだ。
しかし悩んでる時間も惜しい、アリスにさえ繋がれば助かるだろうと灰原に任せ後ろに下がる。
「無理するなよ灰原。…『有栖さん!助けてください!等級違いで私達の手には負えません!』」
すぐに繋がった電話に対し叫ぶように伝える。その瞬間空気が変わり、見慣れたトランプ兵が降ってくる。これで終わったと気を抜いてしまった。
しかし呪霊は一瞬固まったが、死ぬことなく灰原を襲ったのだ。
「なっ!?有栖さん!まだ死んでません…ッ!灰原ァ!?」
アリスも仕損じた事を悟っていたのだろう。七海が報告したと同時にもう一度降ってきた死んでくれる?によって呪霊は死んだが、それよりも先に七海と同じように少し気を弛めてしまった灰原が呪霊に襲われた。
「灰原ッ!しっかりしろ灰原!」
『落ち着きなさい七海!灰原の状況は!?』
「あ、有栖さん…、まだ息はしています。けど、この傷では…」
『分かった、すぐそちらに行くわ、待ってなさい。領域展開』
影映空想界。と電話越しに聞こえたと思ったら、七海と灰原は暗い地下鉄にいた。その光景に頭が追いつかず瞬きを繰り返すが変わることは無い。ただ、領域展開というのは聞いたことがあった。五条が最近難しいと色々愚痴を零していたのを聞かされていたのだ。その時にアリスが出来ると聞いていたのでおそらくコレがそうなのだろう。
そんな事を考えながら、呆然とそこにある風景を見回す。地下鉄だ。ただ、暗く地面や壁も薄汚れていて、所々赤黒いナニカに侵食されているような場所もある。電車が通ったような気がして振り向くが、そこで見えたのは走り寄ってくるアリスの姿だ。
そしてその姿を見たことで七海は気を取り戻した。
「あ、有栖さん。これは…」
「それは後。灰原にまだ息はあるわね?」
ショックによってか気を失ってる灰原を一瞥するアリス。
そして七海は奇跡を見た。
『メシアライザー』
虹色の光が3人を包み込み、体が暖かいナニカに包まれる。気付いた時には七海と灰原の体には傷1つ無く、今まで感じていた体の疲労もどこかに消し飛んでいた。
「灰原は気を失ったままね。七海、悪いけど灰原運べる?」
「は、はい。私が背負います」
そこからは灰原を背負い、補助監督の車に乗って高専まで帰ったのだが、七海としてはまるで夢を見ているように感じ、あまり帰りの事は覚えていない。それほどまでに衝撃的な光景だった。
それを現実だと認識出来たのは、高専に帰ってきてからだった。
「家入さん、灰原は?」
「傷一つないよ、健康そのもので私の出番は無し。気を失ってるだけだったしそのうち起きるんじゃない」
「そうですか、良かった」
高専に戻っても目覚める様子のない灰原は、念の為と医務室で寝ている。
「アレ、有栖がやったんでしょ?話聞きに行こーか」
「そうですね、おそらく教室にいるでしょうから行きましょうか」
因みに、医務室には夜蛾と伊地知が残って様子を見ている。
灰原が起きたら連絡してもらう為だ。
3年の教室には既に五条と夏油も集まっているようだ。今回の経緯を軽く説明していたのだろう。
「七海、来たわね。じゃあ改めて話しましょうか」
「そうですね。まず、今回の任務は2級でした。けど、私も灰原も手も足も出なかった。間違いなく1級案件だと思います」
「そうね、産土神信仰でもあったのでしょう。堕ちた土地神と言ったところね。そのせいで死んでくれる?も1回外れたし…」
「待て待て、階級間違いってのも問題だけど、アレって外れたりすんのか?」
「基本的に呪霊なら100%効くわ。けど今回みたいに別のものが呪霊に変質したかつ、格が高いと外す時もあるの。確率的には1割を下回るのだけど、今回は運が悪かったわね」
そう言って今まで何度かあった1度即死を外してしまった時の事を上げていくアリス。それでも数える程しかないので、本当に今回は運が悪かったのであろう。
「有栖、最初の頃に他人は治療出来ないって言ってたよね。どうして今回は灰原を助けられたんだい?」
「そうだよねー、有栖が治せるなら私の仕事もちょっと減るんだけど」
「簡単に言うと、領域展開の影響よ」
それに突っかかるのは五条。元々今度領域展開を見せてもらうという話だったので、余計に気になるのだろう。
「領域展開…。あの地下鉄のような空間の事ですか」
「そうね、まあ私のは決まった空間じゃないのだけどそれは今はいいわ」
「いや、生得領域って変わるもんじゃねーだろ」
「今度にして。話を戻すわね。私のスキルは術式で外に出してるのだけど、領域内だと術式を使わずに使えるの。だから呪力と反発して本来は使えない回復がそもそも呪力を必要としないから他人にも使えるのよ」
「つまり、領域内だと手のひらの上ってより腹の中みたいなもんだから自由に力が使える訳だな?」
そう纏めるのもこれまた五条。自分が領域展開を模索中であることやその天才的な頭脳故の速さだろう。まあ例えるのが腹の中というのが性格を物語っているのだが。
「そういうこと。他にも私が領域展開をする利点はあるけど、1番大きいのはそれでしょうね。」
「領域展開、凄まじいものだね。悟でも習得出来てないのが納得だよ」
「まあ、私のは特殊だけどね。本来は必中必殺の術式を付けるものだから」
「しかし、私達はその特殊さに救われました。改めて、ありがとうございます有栖さん。有栖さんが居なければ間違いなく私か灰原のどちらかは死んでいました。あるいは2人とも…」
「ふふ、どういたしまして。でも、あまり気にしないでいいのよ?可愛い後輩を助けるのは当たり前の事じゃない」
そういって笑うアリスの顔は一生忘れないようなとても綺麗なものだった。
問題としてはその横で可愛いか?とか言っている他の先輩が邪魔な事であろう。
その後は改めて階級間違いの事に話し合ったりしているうちに、夜蛾から灰原が起きたと連絡が入ったことでお開きになった。
と言っても先程自分の目で無事を確認している硝子以外の4人は医務室に向かったので開いたかというと微妙なところではあるが。
そうして守られた日常ではあったが、1ヶ月程でまた非日常が訪れた。
何が起きたかというと、夏油が女児2人を高専に連れて帰ってきたのである。
本人の名誉の為に言っておくと別に誘拐した訳ではなく、むしろ迫害されていたところを(無理やり)保護してきたのだ。
とりあえず件の子供は治療をする為に硝子とアリスに預けられ、医務室に向かった。
「硝子、綺麗なタオルと水持ってきたわ。ここに置いておくわね」
「さんきゅ。安心して、怪我を治すだけだから」
「わかった…。夏油様がここは安全だって言ってたし…」
「ブブッ。さ、様って…。ねぇ、アイツが無理やり言わせてるんじゃないよね?」
「夏油様はね、私達を助けてくれたの。だから夏油様なんだ」
「ま、まあとりあえずは良いんじゃないかしら。怖がられるよりはいいわ」
体を拭き、反転術式を使い治療をしていた2人は、そんな彼女らの言葉に動揺する。同級生が様呼びで呼ばれているとは思ってなかったのだろう、2人とも流石に微妙な顔をしている。
「少し大きいかもしれないけど、私の服が着替えとして使えそうね。とりあえず繋ぎとして持ってくるわね」
そう言って出ていくアリス。硝子は引き続き治療を行うが、やはり助けた本人である夏油が近くにいないからか2人の顔は暗めだ。
そこで硝子と話す為に医務室によく来るアリスが最近お菓子を常備していることを思い出し、棚を開けてそれを2人に渡す。迫害されていたということはマトモな物も食べていないのだろう、泣きそうな顔で食べている。
余談ではあるが、そのお菓子の中にココアシガレットが複数あるのを見て何とも言い難い顔になった硝子であった。
硝子とアリスが2人の治療をしている時、夏油は五条と夜蛾に話を聞かれていた。
端的に説明すると、任務で訪れた村で呪霊が見える子供が異変の原因だと迫害されていたので、村人を殴り蹴り、暴れに暴れて無理やり2人を保護して帰ってきたのだという。
その報告を聞いた夜蛾はその村周辺の補助監督や窓に連絡を入れ、通報などをしつつ確認して貰った。
夜蛾が連絡している時、いつもの口喧嘩が始まったのだ。勿論五条が原因。
いつもであれば夜蛾が目の前に居ることもあってすぐ終わるものであったが、今の夏油は暴れに暴れたばかり、そんな時に神経を逆撫でされ簡単にブチ切れた。
殴り合いが始まり、それが術式を使ったものになるのは時間の問題ですらなく一瞬のことであった。
タガが外れた夏油は内に秘めるだけにしていただろう猿だの死ねばいいだのぶちまけ、それを聞いた五条が意味わかんねーとヒートアップ、さらにそれを聞いた夏油が熱くなりの繰り返しだ。
結局それは校舎や周りの建物が半壊及び全壊するまで続き、着替えを取りに来たアリスが夜蛾に頼まれて喧嘩両成敗、仲良く並んで気絶したことで終わりを迎えた。
医務室の近くには一切の被害が無かったのは2人とも気をつけていたのか、アリスが守っていたのかはわからない。
因みに夏油が暴れたことについては、一切呪術を使わなかったこと、村の住人が加害者であったこと、貴重な呪術師候補を保護した事などでお咎めなしとなったのであった。
「しかし傑、よく我慢してくれた」
「ほんとだよな、俺なら普通に殺してたぜ?そんな連中」
「いや、私も最初は殺す気だったんだ。だけど…」
「「だけど?」」
「呪詛師になって有栖と敵対する事になるって考えた時に、体の震えが止まらなくてね。1歩も動くことが出来なかったんだ」
「「あー」」
「理子ちゃんの時は有栖もこちらに付いてくれると確信してたから大丈夫だったんだけどね、流石に一般人を虐殺して呪詛師になったら有栖は敵になるだろう?」
「傑、戦闘だと有栖のこと滅茶苦茶苦手だもんな。そりゃそうなるか」
「悟も1度死んでくれる?を味わってみるといいよ。敵対しようだなんてまず思わなくなるから」
「お前ら2人とも、有栖の舎弟みたいになってきたな…」
夏油がトラウマになったのは実は伏線でした、というお話。
だから「無事に」トラウマになったと書いたんですね。
まあ理子ちゃんや灰原が死んでたらコレで止まったかはわからないけど。
もう少し高専時代で書こうかな、日常短編集とか。
あと改めて設定も描きたい。