俺コーラルになったけど、エアさんじゃなかった~交信相手は戦闘狂~ 作:恒石涼平
惑星ルビコンの一部を巨大な火で包み込んだ『アイビスの火』から数年が経過したある日のこと。
俺は唐突に、この星で意識を取り戻した。
「……でも身体ないんですけど」
意識は確かに存在している。しかしどう見渡しても自身の身体は存在せず、辺りには赤い輝きが対流していて。
「宙に浮いていると言えばいいのか。そもそもこうして喋っているけど声に出せているのか。どれもさっぱり分からんな」
何故意識があるのかも分からないし、そもそも自分が何なのかも分からな――
「――いや待て、俺、コーラルなのでは?」
ふと頭(どこが頭かは分からないが)へと様々な記憶が呼び覚まされていく。火に包まれていく部屋、無数のロボットが飛んでいく空、目の前で今にも衝突しそうなトラックのグリル、そしてとある一室でコントローラを手に文句を言っている光景。
その画面に映っている『アーマードコア6』の世界と、空から見下ろしているウォッチポイントに似た建造物の姿はとても似ていた。
「そうか、俺死んだのか……そしてアーマードコアの世界に転生した、と」
いや、そうはならんやろ。
しかし冷静に考えれば考える程、あり得ない現在に実感しか湧いてこない。これが夢だと笑うには共に漂っているコーラルの再現度は高すぎて、何より人だった自分が死ぬ瞬間はハッキリと思い出せてしまって。どうしようもなく転生したのだと理解できてしまった。
「いや待て、コーラルってことはもしかしてエアさんになる必要があるのか? 転生よりそっちの方が大問題だぞ。意識的には滅茶苦茶男だし、今後ウォルターお兄さんとレイブンに出会ったとしたらマズいな……」
前世でエアさんのこと結構好きだったから、成り代わったとかだったら今すぐ着火したくなるんだけど。しかしルビコンの空を漂うしかないコーラルでは調べようにも……
「いや動けるわ俺」
動こうと考えたらすっと視界が移動した。コーラル同士は集まり合う特性を持つとか言ってた気がするけど、どうやら空気中を自在に動くことが出来るっぽい。
転生した自分が特別なのか、それとも意志を持ったコーラルが特別なのかは定かではないが。エアさんがレイブンと共にいたのか、それとも遠くから交信していたかも現状が分からないな。
「まあ、動けるのなら色々と情報を探してみますか。原作が始まったら最悪燃やされるかもしれないけど出来ることはやっておこう」
そんな風に考えて惑星を回って、数年……
「すいませーん、誰か聞こえたりしませんかー」
星の表面には様々な基地が点々と存在していた。しかし企業はどこも細々と活動しており、大部分は惑星封鎖機構によって管理されているようで。
アーキバスやベイラムの傘下企業もどうやら幾つかあるようだが、まだ本格的な活動は始めていないようだった。つまりは原作前ということだが、目下の問題はそれではなく。
「やべえよ、誰も交信で繋がらないんだけど。というか交信ってどうやるのこれ。確か主人公はコーラルを大量に浴びたことによってエアさんの声が聞こえるようになったはずだから、灰被りの連中なら話し掛けられるかと思ったが……そもそもエアさんの例を考えると色んな条件があるんだろうなあ」
このままだと有象無象のコーラルと同じようにしか行動出来ない。元プレイヤーとしては是非とも関わりたいし、何より火ルートに行ってもらう訳にはいかない。エアさんの為にも。
「そのエアさんと話せたら一番嬉しいんだけど、ウォッチポイント・デルタにも行ってみても会えなかったし。彼女の話的には長く生きてたはずなんだけども……まぁそもそもコーラル同士が会うとかいう概念あるのか知らないけど」
寂しさで死んでしまいそうだが、コーラル的にはどうやって死ねばいいのかも分からない。だから今はひたすらに星を回って交信相手を探すしかなかった。
「あー寂しい。コーラルでもいいから話し相手が欲しい……」
そう考えながらまた数年。ふとした瞬間、俺の傍に誰かがいるのを感じた。
「貴方は……誰ですか?」
「うおっ!? 遂に見つけたー!」
どうやら女性の声らしき相手もコーラルらしい。どうやら密着する程の真横にいたようでお互いに驚いていた。
「俺は……名前決めてなかったな。とりあえず『オリシュ』とでも呼んでくれ」
「オリシュ……承知いたしました。私の名前は『モーリア』とお呼びください」
コーラル同士でも会話が出来たんだなあとか、原作には出てこなかった気がするなあとか、とりあえずエアさんとかの聞いたことある声じゃないのは確かだなあとか考えることは色々あるけれど、今は何よりも話し相手が出来たことが嬉しい。
「モーリア、お前は自分が何者かとか分かってるか?」
「……朧気ではありますが。自身の名前にコーラルとして存在していること、そして私がやるべき使命は理解しています」
「使命……? え、俺そんなのないんだけど……」
実は原作に出てくる子だったのだろうか。うーむ、分からん。ともあれその使命が何なのかを聞いてみたら、少しの間会話が止まって。
「同胞ではありますが貴方のことは信頼できるか分かりません。ですので今そのことは説明できません」
聞き出そうとしても何も答えられないの一点張りで、あまりしつこくすると会話すら拒否されてしまいそうなので好奇心は抑えるしかなかった。
ともあれ信頼してもらえたら教えてくれるかもしれないし、原作はまだ始まりそうにないから気長に待とうかな。
「じゃあこれからよろしくな、モーリア。一人は寂しいんだ」
「仕方ありません、同行しましょう。情報共有が出来る同胞というのは貴重な存在である可能性は捨てきれませんので」
「俺、何かした?」
嫌われているのか、それともこれが彼女の通常運転なのか。分からないが別れを告げられなかっただけマシと考えるしかない。
それからまた数年、十数年。結局交信の出来る人間は見つからないままにミラとの時間だけが過ぎていった。もう今になっては彼女とも大親友だ。
「そろそろ使命について教えて欲しいなー」
「……まだ信頼できるか決めかねています」
俺の年月は一体何だったのか。
しかしちっとも進展してない現状だけれどそこまで焦りはない。何故なら未だに原作が始まる気配はないし、長い時間をコーラルとして過ごしてきたから思考ものんびりとしてしまったから。
つまりは「まあいっか」の精神で、また偶に問い掛けてみようと結論付けていた。それがもう何百回も行われているんだが、ミラの方もよく付き合ってくれているものである。
「さて、次はどこに行きたい?」
「そうですね、私は何処でもよろしいですよ」
「ならば、惑星封鎖機構の様子を見に行かないか」
一つ目が俺、二つ目がモーリア、三つ目が……誰!?
「あのー、いつの間にかいた貴方の名前は?」
「私はそうだな……『トロワ』と呼んでくれ。短い間だがよろしく頼む」
何処かノイズ掛かった男の声、原作では聞き覚えがない。そんな彼もどうやらコーラルらしい。何か俺コーラルとばっか話してるな?
ともあれモーリアと二人だけで話すのは互いに飽きてる部分もあったので、新入りはとてもありがたい。だから自己紹介をして雪原地帯にある封鎖機構の発射基地へと向かった。
「……いやちょっと待って。短い間ってどういうこと?」
「奇遇ですね、オリシュ。私も気にはなっていました」
「別におかしなことではあるまい。私たちはコーラルと成ったが、自由に動けるのであれば人のように各々が行動を別にすることも問題ないはずだ」
それはそうなんだけど、折角の三人目が直ぐいなくなるのは悲しい。話し相手が……
「なるほど、確かにその通りですね。では私もそろそろ別行動をする頃合いかもしれません」
「えぇ!? モーちゃんも!?」
「モーちゃんと呼ばないでください。今すぐ別離しますよ?」
モーちゃ……モーリアにも断られてしまった。トロワのせいだぞ畜生、何が一番目なんだお前の名前は!
「とはいえ、次の目的地までは同行します。そこからはお互いにやりたいことを進めましょう」
モーリアの意志は固いようで、道中に何度か考え直してくれと伝えたがついぞ首を縦には振らなかった。いや俺たちに首はないが。
また寂しくなるのは嫌だなーと二人に聞こえるようにぶつぶつ呟くも効果はなく、暫くして雪原地帯にある基地へと到達する。ここはあれだな、原作で初めてアイスワームが出てきた所だ。
「ふむ、有意義な道中であった。では私はやることがあるのでな、またこうして会えることを願っている。オリシュ、モーリア」
「えー」
「私も、貴方と共にいる時間は無駄ではありませんでした。ですがやるべきことがありますので、別行動させていただきます」
「えー……」
最後の最後にごねてみるものの上手くは行かず、トロワと名乗ったコーラルは何処かに流れていった。そして別方向へとモーリアも進み始め、止まる。
「私の使命は……この星を、ルビコンを守ること。次に貴方と、オリシュと出会う時、敵同士でないことを祈ります」
「え、それってどういう……行っちゃった」
去り際にようやく教えられた使命は、エアさんに似たものであった。ようやく信頼してくれたんだなあと感慨深くなりつつも、どうせならもうちょっと詳しく伝えてくれてもいいんじゃないかと思う。
しかし今はそれよりも、一人きりという寂しさが込み上げてきて。
「またなモーリア、トロワ……ああ、また一人に戻ってしまった。こんちくしょう」
未だに621はルビコンに来ず、ようやく企業たちが本腰を入れてルビコンへと向かい始めた今日この頃。原作に出てきたのか分からないコーラルたちとの旅はこうして割と唐突に終わりを迎えるのだった。
そしてガックリと気分が落ち込んだままの俺は空を漂い、また交信相手を探してルビコンを泳いで。
「誰かー、誰かいませんかー」
その出会いは、唐突にやって来る。
『ん? スネイル、今何か通信が入ったりしたか?』
『いえ、何もありませんが。何かありましたか』
『……いや、何でもない。風の音だろう』
グリッド134周辺、任務を終えて回収地点へと向かっていた一機のACがブースタの出力を下げて地上へと着地した。そして通信を切断し、メインカメラが周りを見渡し、最終的に上空を見つめて。
「暇だなー、早く原作始まらないかなー。ルビコンが丸ごと火に包まれるの困るんだよなー」
「随分と興味深い話をしてるじゃないか。この声は一体どこから聞こえてるんだ?」
「どこからってそりゃコーラルから……は?」
砂埃の中に佇む青いアーキバスの機体、そこから溢れんばかりの闘志を静かな言葉に込めて、彼は独り言を呟くように俺へと語りかけてくる。
「俺の名前は……ただの『フロイト』だ。何の用かな、コーラルさん?」
「は、え……? ヴェスパーI!?」
この星に生まれてから初めて交信を成功した人間。俺ことオリシュは、本当の意味で正しく人間であった彼、ひたすらに強者との戦いを求め続ける戦闘狂、フロイトと出会うのだった。
「アイエエエ!? フロイト!? フロイトナンデ!?」