顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
時刻は十九時四十分。
フレッシュ・リュカ・バーガー二階、窓側四人掛けのテーブル席に僕と清廉、そして星野さんが集まっていた。
僕と清廉が窓側のソファ席に並んで座り、星野さんが向かい側の席に座っている。最初の十分ほどは気楽なお喋りをしていたのだが――。
ペラ、ペラ、とページが捲られる。
一度読み終わったかと思えば、再び最初から――星野さんは僕が一晩で作り上げた黒歴史ノートを上から下まで読み込んでいる。
こうして創作物を見られるのは人生初めての事で、かなり居心地が悪い。
僕の歌で爆笑した清廉のように黒歴史ノートも笑い飛ばしてくれればそれだけで苦労も報われるというのに。まるでマンガの原稿を出版社に持ち込んだ新人作家のような緊張感が十五分ほど続いている。
「ズズ……、失礼したわ」
隣に座る清廉はストローから口を離し、紙ナプキンで口を拭いた。
お上品にゆっくりとサラダバーガーセットを食べていた清廉もようやく食事を終え、テーブルの上には空になったトレイが二つ置かれている。
二日連続でハンバーガーもなぁと思ったので僕はコーラだけを頼み、しっかりした夕飯は家で食べるつもりなのだが……だんだんお腹が減って来た。
「星野があんだけ読むって、あんた何書いたのよ」
「ちょーじ」
「ジョージ?」
集中している星野さんに気を遣った清廉が小声で話しかけてくる。
「というか、朝会ったんだから先にあたしに見せなさいよ」
「せーれんが面白がって何回も歌わすからタイミングが無かったんだよ」
「綾野、意外と歌える曲多くて面白かったんだもん。調声せずに歌えるボカロって貴重よ?」
「人間なんですけど」
文化祭用の曲を聴いていた事が災いし、午前中は清廉のオモチャになっていた。
感情を込めた歌い方を聞いたというのに『才能を活かしなさい』と意味の解らない言葉に押され、もっとボカロっぽくなる歌い方をレクチャーされてしまった。歌詞を音として見て熱を込めず心を透明にしながら歌うと透明感が出るらしい。
まず熱ってなんだよ。そこを教えてくれよ。
「そんな顔しないでよ。大笑いしたのは事実だけど、あんたがどうすれば楽しく歌えるのか考えてたのはホントなんだから」
「どうにかなりそう?」
「んー。歌はパッションってボイトレの先生は言うから」
清廉は僕の胸に手を重ねる。
「楽しい思い出作りから始めましょうか」
「技術以前の問題……」
これはもう、どうにもならなそうですね。
「――ふぅ。まいったな」
清廉と僕の歌唱力について話していると星野さんがようやく顔を上げ、苦笑しながら僕を真っすぐに見つめた。
「言ったじゃないですか、僕に歌詞なんて――」
「いやいや、まいったのはオレの浅はかな考えの方。キミから託されたこのメッセージ、オレが整えなくちゃならないぞって。最後の最後にこーいう役目が巡って来るなら悪くない」
「最後?」
「こっちの話」
黒歴史ノートをパタンと閉じた星野さんは一度大きく息を吐いて立ち上がる。
「ガソリンは入った。ドライバーも最上。なら、オレは乗り物作り上げないとな」
星野さんはポケットからスマートフォンを取り出し、数度のタップ。
「おつかれー。そうです、あっしがこの前キミのシフトを代わってあげた星野でございやす。そうそう……今日、これから。いや、そこを何とか頼むよ。……お、まじ? 助かる。ちょいと急いでやりたいこと出来たから、はーい、よろしくっ」
通話を切った星野さんは立ち上がると空になっていたトレイをパパッと重ねて、手早く片付けた。
「暇な大学生にこれからのシフト代わって貰ったわ。んじゃ。明後日までには曲作るから、よろしく!」
ダダッと駆けだすように星野さんは従業員用バックヤードに消え――。
「はい、プレゼントフォーユー。メンバーのおさがりで悪いけどドラム練習パッドとスタンドにスティック。おれ、ドラムは単純なパターンしか音作れないから。初心者でも大丈ブイっ」
帰り支度を済ませ戻って来た星野さんに薄く固いゴム板のようなものとデカい菜箸みたいなものを渡される。
「具体的にはスネア、ハイハット叩いてくれれば恐らくモーマンタイ。バスドラムは……無理そうならオレが踏めばいっか。あれ、でもそれだとフィルは……。まあ後でいいか、んじゃまた連絡する。音出来たら改めてそのノート見て色々決めよーぜ。どーせ作詞で一噛みしたんだ、続いて二噛みいっちゃおー」
星野さんは言うだけ言うと一階に続く階段に吸い込まれるように消えて行った。
「……え?」
いやいや。そんな青春バンドムービーみたいなスピード感で決定されても。楽器なんて音楽の授業のリコーダーとピアニカ、それにカスタネットくらいしか経験ないよ。もしくは僕自身がミット越しにエリちゃんに蹴られて『痛った!』と音を出す楽器になったことしかない。
「ねえ。あたし、星野の視界に入ってた? せっかく綺麗な服着て来たのに。もしかして綾野に負けたの……?」
僕とは別の理由で戸惑いを隠せない清廉。
「ちょっとそのノート見せなさいっ!」
・・・
「…………」
対面の席でパタンと僕の黒歴史ノートを閉じた清廉は溜息と共に僕を睨む。
「あんた。これが詰まってて何で歌えないのよ。意味わからないわ」
不機嫌な女の子にはノータッチで行きたいのだけれど、変なところで律儀な清廉は不機嫌を理由に先に帰ったりはしないだろうし、すぐに立ち上がる気配も無い。
「ねぇ、この最初が暗い? 感じでサビあたりで破裂する歌詞って意図的なもの? それとも偶然?」
一度閉じた黒歴史ノートを再び開いた清廉は、宣言通りネチネチ添削を始めた。
「延々と暗いより、どうせなら楽しい方が良いかなって」
「ある程度形になってるのがムカつくし、サービス精神あるのが腹立つ。確かにあんた喋る度に冗談言うなと思っていたけど。もしかして人を楽しませたいタイプなのかしら」
改めてそう言われると答えに詰まる。もちろん、笑えるに越したことは無いけれど……。
「ラジオに……メール送るのが趣味で。それで書くのには慣れてたのかも」
「なんだっけ、ハガキ職人ってやつ?」
「そう。だから、オチつけないと落ち着かない、みたいな」
「これ見よがしに韻踏まなくていいわよ。……なるほどね。出力には慣れてるのか。ふーん。あ、ここ『痛みの無い日々が続く』ってどういう意図?」
「その。何も見ず、触れないから傷つかない、みたいな」
「……なによ。触れば良いじゃない。踏み出しなさいよ。……ふーん」
清廉の詰問は続く。
「あとここ、終えた夢を眺めていたってどういう意味」
「それは、漠然と記憶の底にある……。言わないと駄目?」
「駄目よ」
伝わらなかった冗談を説明するような気恥ずかしさが僕を襲う。
「子供の頃。ロボットとか、……かっこいいヒーローが好きだった気がするけど。それはもう自分には届かない存在的な」
「まだ叶わないとか、かつてのとかじゃダメなの? 終わったって、どういうこと?」
「虫歯があったら宇宙飛行士になれないみたいに、自分にはもうその資格がないから。とか」
「とかって何よ。わかんない。資格なんていらないでしょ。終わりなんて早いわ、あたしたち全部これからなのに」
清廉は僕がそれほど考える事も無く書き記した歌詞にプンスカと文句を言い出す。
そんな彼女を見ていると――。
「ふ」
つい笑ってしまった。
清廉のこういう所が輝かしいんだよなと思ったら、一切の悪気無く息が漏れてしまった。
「なに笑ってんの」
「僕から漏れた気持ちだ。きっと、せーれんにはわからないよ。わかる必要もない」
「はぁ? 教えてよ、歌詞、むずかしいのよ」
「歌詞を読み解くのはボーカルの仕事でしょ?」
「っ、そ、そんな簡単に出来たら苦労しないわよ。作者の意図なんてやめてよ。最初から答えを教えてくれれば悩まないのにっ」
突き放されたと思ったのか清廉は眉間に皺を寄せる。
「それでも答えが知りたいなら綾野ポイントを稼いで心の距離を縮めてもらわないと。せーれん、がっつく女はモテないよ」
「ぐっ、昼間のこと蒸し返して……生意気だわ。生意気生意気っ、なんであんたが――、もうっ」
清廉は握りしめた拳を自分の膝の上にドシドシぶつける。
そして。
「この憤りはベースと歌にぶつけるわ。さっさと帰りましょ。あーあベース持って来れば良かった。低音でボンボン響いてストレス発散に良いのよあれ」
自分の感情を自分で収めた清廉は僕の黒歴史ノートを手に、手早く帰り支度を済ませると、律儀に僕があれこれ荷物を持って立ち上がるのを待ち、さっさと店の外に出た。
ジメッとした暑さの中、駅までの数分間を二人並んで歩く。
「あんたもドラム練習しておきなさい。ドラムって花形ではないけど下手だとめっちゃ目立つんだからね」
「こんなの貰ってもさ」
「無茶言ってるのは分かるけど。お願い」
真剣な声で請われ、両手に持ったドラムスターターセットを見下ろす。
歌詞なら。文字を書くだけなら、想像は出来る。
だけど――。
コレを叩いている自分は、まるで思い浮かばない。
僕は、音楽をするような人間ではない。
「星野がさらっと月末にライブとか言ってたでしょ? あれね、月末に、星野が長いことお世話になってたライブハウスが閉まるみたいで。そこで開かれる最後のライブ、たぶん、そこで演奏したいんだと思う。そこで、自分の音楽活動を終わらせたいんだと思う」
「……終わらせる?」
あんな楽しそうにしているのに。――終わらせる?
「インディーズで売れきれず、バンドだって何か月も前に解散したアラサーだもの。本人は未練がましく高架下でベース弾いていたけど……。あたしあの姿見た時、死にかけの蝉を思い出しちゃった。まるで断末魔よ。だから、せめてあたしの作った名曲で弔おうと思ったんだけど……ね」
推しの引退を口にする清廉は静かな表情で微笑んでいた。
「そんな大事なライブならそれこそ僕より」
「相応しい人はいた。ギターもドラムも……ボーカルも。でも空席。あんたさえ居なければ、あたしが見守りながらひっそり死んだのに。あんたが居たから息吹き返しちゃった。責任取って一緒に見送ってよ」
「八月三十一日に……見送る」
「そう」
「……」
清廉は手に持っていた黒歴史ノートのページを捲り、片手で器用に自身のトートバッグを漁り赤いボールペンを取り出した。
「――かつてに浮かぶ亡霊に立つ瀬はなくて、今を見送る傍観者。流れる日々に伸ばす手はなく」
ビッと赤線が引かれる。
お嬢様、そのノート。周囲に人は少ないとはいえ音読して欲しくないのですけど。
「悔しいわ、ここ。あたしからは一生出てこない。ねえ、これってあんたの創作? それとも実感?」
「……実感だけど」
「この部分、星野、食い入るように見てた。刺さったんだよ、星野に。あんたは自分の思いを書いただけかもしれないけど、共感させたのよ。綾野、もしかしてまだ自分みたいな未経験者が星野とあたしと一緒にやるような人間じゃないって思ってる?」
「そりゃ、思うよ」
すると清廉は一瞬。あ、怒るな、という表情を浮かべてから六秒我慢し――。
「一番立つ瀬がないの、あたしよ。それが、ほんとに、悔しい。あたしが星野の特別になりたかったのに!」
大声でもなく、怒鳴るわけでもなく、けれどその感情の強さを僕に伝えた。
「傍観者って、あたしじゃない。高架下で街灯に照らされて出会った星野とあんた、マンガの始まりみたいだった。このあたしがただの観客A。さっきだってそう、あんたしか目に映ってなかった。あんたをギャン泣きさせるつもりがあたしが泣きそうよ。なによこの歌詞、わたしにだって分かるくらい悲しいじゃない!」
清廉の両手がガシっと僕の両肩を掴む。
「お願い、あたしにチャンスを頂戴」
「チャンス?」
至近距離、視界いっぱいに清廉の顔が広がる。
「あんたをぶち負かして、星野にさっすが未羽ちゃん凄いって言われて、ライブ大成功させて晴れやかな気分で八月三十一日を終えるチャンスよ! そのために、ドラム叩いてっ」
「自分のことばっか……」
「さすがにベース二本じゃバンドにならないでしょっ、叩いてよっ」
――八月、三十一日。
それがライブの日か。その日に他でもない、僕の書いた歌詞を。清廉が。
miuが歌うのか。
それはなんとも、ワクワクする未来だ。
「……清廉と初めて会ったのっていつだっけ」
「二、三日前よ」
ぐい、と清廉を押し戻しつつ、たった数日で異様な距離の詰め方を見せる歌姫を俯瞰する。特別な才能を持つ清廉未羽が。
こうも泥臭く自分の価値を証明しようと躍起になって藻掻いている。
星野さんと僕に重きを置かなくたってとっくに評価されているだろうに。
この必死でひたむきな姿に、憧れさえする。僕も、こうなれるのかな。
――運命。
清廉がバックスターカフェで何気なく言った言葉が胸を過ぎる。
このバンドをやり終えれば……気分の悪くなるような八月が、終わるかもしれない。
傍観者。
勝負の舞台に立たない、か。
「なに冷めた顔してんのよ」
また、選択の時が来た。
ここで逃げれば――痛みの無い日々が続く。
でもそれはもう、終わらせないと。
「せーれん。あと二十八日でドラムって、どうやって練習すれば良いんだろう」
「っ、綾野!」
パッと明るい表情を浮かべた清廉のグーパンチが僕の心臓を打つ。
「とにかく叩けっ!」
いつも感想、評価、誤字報告ありがとうございます!
今月は月水金十二時に更新です
礼君は今日からドラムを叩くみたいです。
作者は今日からバラモス倒しに行きます。