顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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Drum prayer

 

 翌日、日曜日の早朝。

 丁度良い練習場所を見つけたのでドラム練習セットを設置。

 ドラム練習パッドの高さは椅子に座っておへその下、膝くらいの高さが良いらしい。

 椅子代わりの長椅子は硬いけれど、そこらへんにあったクッションを勝手に持ってきたので座り心地は悪くない。ドラム用の丸椅子って、ホームセンターで千円くらいでうっているパイプ椅子で代用できるのだろうか……?

 

 スティックはギュッと握らずに、柔らかく持つ。手首のスナップ、スティックの反発、リバウンドを活かして叩くと良いらしい――。

 星野さんから送られて来た『真夏のドラマー育成動画』を見ながら練習パッドを叩く。

 ドラムの基本は8ビートだとか。

 正面のスネアドラム、左側のハイハットシンバル。星野さんはこれに加えて足のペダルを踏んで音を出すバスドラムもやって欲しそうだった。

 1~8を刻むリズムの中で右手のハイハットシンバルはずっと叩いて1と5の時に足元のバスドラムを踏み、3と7で左手のスネアドラムを叩く。

 手元だけではなくて身体を大きく動かすのがドラムと言う楽器の特徴なのかもしれない。

 

「足、攣りそうだ」

 

 普段は意識していなかったけれど、つま先を動かすのって随分ラグがある気がする。

 頭の中のテンポは一定で合っているのに、両手とつま先を合わせようとすると途端にズレてしまう。左手も、右手ほどは動いてくれない。

 動画から聞こえてくるメトロノームの音に合わせて練習パッドを叩く。

 目の前のスネアドラムを叩くよりもハイハットシンバルを叩く時間の方が多い……音を出す練習というより、自分の身体を思った通りに動かす練習だ。

 

 たった一ヵ月のドラム叩き。

 フットワークの軽い性格ではないけれど、高架下で聞いた星野さんのベースやインターネットで視聴したハレPの曲、ダウンロード購入した清廉の歌声を思い出すと、とてもじゃ無いが無駄に出来る時間は無いと目が覚めてしまった。焦燥感で目が醒めるのは生まれて初めてだった。

 父親が持っていたスポーツ漫画のワンシーンが過ぎる。何も積み重ねず過ぎて行った時間が今になって惜しくなる。

 選ばなければ、踏み込まなければ、関わらなければ味わう必要の無かった焦り。

 メトロノームよりも激しい心臓の音は、まるで僕が今に生きているかのようだ。

 

「……」

 

 ――叩け。

 どうせ『バンドメンバー』は遥か先行く二人。彼我の距離は断絶している、いくらもがいたところで追いつけはしない。でも、僕が止まったら二人は一緒に止まってしまうだろう。

 動機が不純なんだ。

 自分たちの感情の落としどころに音楽が丁度良かっただけだから。

 ――でも。それならなんでわくわくするんだろう。

 あれこれ考えつつ動画を確認する。

 

「……フィルイン? 叩くドラム、増えてないか?」

 

 昨晩、星野さんと少しだけ通話した。

 その時に言われたのは『舞台の主役はオレらじゃない。せいぜい邪魔しないように、ひっそり支えようぜ』という言葉。その言葉には全面的に同意だ。

 星野さんは清廉が『miu』だと気付いているのかは不明だけれど、清廉作の女子中学生日記をデモテープと共に受け取ったらしく、その歌声を知ったらしい。

 曰く『あの歌声ありきで聞いたら、清廉ちゃんの曲は有りだった』とか。

 

 それで試しに高架下で歌ってみたら通りがかった高校生に鼻で笑われたのだから運命とは残酷なものである。

 人が頑張って作った曲を笑うとか、人としてどうかと思うな。

 

「BPMは、テンポか。速い曲の方が好きだけど……僕が大変になるのか」

 

 新しいこと、覚えるの大変だ。

 でも、一つ意外な事がある。――思ったより、楽しい。

 没頭できる。一定のテンポ、決まった行動を繰り返す。

 タ、タ、タ、タ。

 動画と同じテンポで練習パッドを叩く。

 ツツ、タン、ツツ、タン。

 あ、なるほど、ここのタイミングで右足を動かして――。

 

「タン、じゃないんですよっ!」

「おっ、アンジェ。こんなとこでどうしたの」

「私の家っ!」

 

 朝っぱらから人の家でツタツタ叩いていただけだというのに……。

 長椅子が並んだ堂内にアンジェがやって来た。アンジェは僕の手元足元を見るとため息をつき、少し離れた長椅子に腰を下ろした。

 

「朝から、もー。スマホにメッセージ入ってなかったら警察呼んでましたよ」

「一ヵ月バンドマンになる事にしたから。ここ貸して」

「ん? はぁ、どーぞご自由に。ふぁ」

 

 アンジェはそれだけ言うと何を言うわけでも無く、しばらく僕を眺めると長椅子に寝転び、寝息を立て始め――。

 

「すこし出かけてきますから……。おーい、聞いてますかー。今日特に暑いんですから倒れないで下さいよー?」

 

 アンジェが起きて、外出しても、僕は練習パッドを夢中で叩き続けた。

 間違えずに。間違えずに。間違えずに、叩く。

 正確なリズムを刻むのは、心地良かった。

 

 

・・・

 

 星野さんから追加で送られて来た動画には、主観視点で撮影されたドラムの演奏パターンが三種類入っていた。

 ご丁寧に字幕で叩き方の解説まであり、まるで通信教育だなと思いながらスマートフォンを眺め、練習パッドを叩き、またスマートフォンを眺めた。

 

 座っているだけで汗が出る暑さだけれど、教会の空間が広く風が通るからか居心地は悪くない。最初はどうなる事やらと思っていたけれど、一定のリズムを刻む行為は性に合っているようだ。休憩を忘れ、時間を忘れ、延々と練習パッドを叩く。

 

 同じことを、延々と繰り返す。提示された事を繰り返す。ループする作業は得意だ。

 今も教えられたパターンを叩くだけ。

 ……でも。これを叩く意味は、自分で見つけられたから。

 叩け、叩け。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 音楽が身近な人生では無かったけれど、リコーダーと違ってとりあえず叩けばしっかりした音が出るのは嬉しい。

 練習パッドを叩くだけで楽しいのだから、きっと本物はもっと楽しいに違いない。この練習パッドも、今は一枚だけれどもっと叩く場所が増えた方が楽しそうな気がする。スネアドラムを叩くのは左手、ハイハットシンバルは右手。その両腕を交差させる仕草はなんだかソレっぽい感じでかっこいい。

 

 右足をぺたぺた動かし、ここにはないバスドラムを叩いてみる。

 足が攣りそうだ、普段使わない筋肉が痛い。

 音が無くともズレているのが分かる。きっと星野さんはこうなる事が分かってバスドラムは自分がやろうか、とか言っていたのだろう。けれど、どうせなら僕もバスドラムをドンドン鳴らしたい。

 

 そんな事を考えながらパターンを身体に入れているとふと、昔お昼にやっていた映画を思い出す。

 スパルタ講師に徹底的に教育的指導をされるドラマーの映画だ。手が血塗れになってもドラムを叩き続けるあの姿は子供ながらに引いた。あんなにひどい目に遭いながらどうして……あの主人公はドラムを叩いていたんだろう。

 

 延々とパッドを叩いても、思いだせない。

 

 ボタボタと垂れていた汗も止まり、意識が練習パッドを叩く事だけに向く。

 夏休みは……。八月は時間があって色々と考えてしまうから、こういう練習はすごく気分が良い。陽が落ちるまで続けられそうだ。

 

 きっと。

 きっと、この練習を続ければ。

 天上まで届くような、清廉未羽の歌を特等席で聞けるのだ。

 清廉ならきっと――。

 

「あ」

 

 ポタ、と鼻血が膝に落ちた。

 膝に落ちた鼻血に気を取られると。

 スポーン、とスティックがすっぽ抜けてどこかに飛んでいった。

 マメが出来たり手が血塗れになるのは避けたいからスティックを優しく握っているものの、それが原因なのか今日でスティックを飛ばすのは五回目だ。すぐにでもスティックを探しに行きたいけれど――、視界がふらふら身体が怠くて中々最初の一歩を踏み出せない。

 

 いつの間にか置かれていた扇風機の風を正面から浴びると汗でべっちゃべちゃに濡れていた髪と服が冷えていく。 

 

 今、何時だろう。

 陽は落ちていないけれど傾いている。……傾いているのは、僕か?

 頭がぼぅっとしてくる。ああ、これが熱中しょ――。

 

「子供じゃないんですから」

 

 ――勢いよく大量の水を掛けられた。

 





アンジェさんの回でした。
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