顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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フューネラルフラワーには騒がしい

 月曜日。

 早朝に目を覚まし、園芸部員として学校に行くと野球部らしき声が聞こえてくる。

 日中の気温が高すぎるから日が高くないうちに練習を始めているのだろう。

 

 そんな夏休みらしい音を聞きながら園芸部部室のプレハブ小屋裏に置かれたジョウロを引っ張り出す。今週は僕が朝の水やり当番だから、部員それぞれが育てている花をしっかり見なければ。何かあれば夕方の水やり当番の後輩に伝えておこう。

 ジョウロに水をダバダバと入れ、二か月ほど前から鉢に入れ育てている花に水をやる。そろそろ咲くかなと思っていれば白い肉厚の花弁が開き、良い匂いが香って来る。

 

「ふっ、咲いとるわ」

 

 自分で育てた花が咲いているというのについ鼻で笑ってしまった。

 見た目に反して丈夫で暑さに強いこの花はなんともあの女らしくて面白い。日当たりがよく肥沃な土を求める贅沢者ではあるけれど、適当に育てても綺麗な花が咲いてくれる。

 

 鉢植えに入れられた花々には丁寧に水をやり、花壇に植えられた香草にはホースから水を直接噴射していく。

 手のかかる事だけれど、生活のルーティーンとしては文化的だ。

 

「よし、終わり」

 

 ついでにリュックに入れていたドラムの練習パッドを一時間ほど叩いてからクロスバイクに乗り駅まで向かい駐輪場に停めて、電車移動。

 そうしてしばらく電車に揺られ塾の最寄り駅に降り立つと真夏の日差しに出迎えられ、ここぞとばかりに妹に貰った日傘を広げ、今日の予定を確認する。

 

 今日受ける予定の授業は数学Ⅱ、古文、化学基礎。歴史総合からは世界史。生身の先生から授業を受けるのがしんどい時は映像授業を自習室で受けられるのが気楽で良い。

 

 なので。

 数学と科学は映像授業で受ける事にする。理屈で理解できる科目は自分のペースでやった方が納得しやすい気がするのだ。というか、あーわからないなーと思いながら授業が進むと慌ててしまうので全ての理系科目は映像授業で良い気がする。

 今回の夏期講習、高校二年の僕の場合はお盆休み期間があり来週はまるっと休みなのでとりあえず今週は気合を入れて頑張ろうじゃないか。

 

・・・

 

 昼休憩の時間となった。

 学校と同じ様なチャイムが教室に響き、長机に広げていた古文の参考書を閉じる。今や普通の言葉を古文っぽい言葉に変換するツールがあるというのにあれこれ暗記しないといけないとは――是非もてなし難しやござらむ。はぁ。嫌である嫌である、勉強などすることを致さん。

 

「……」

 

 スマートフォンをポチポチしながらAIに僕の気持ちを入力し、古文風に出力してみた。

 ちょっと面白い。

 

「綾野ー」

 

 AIと遊んでいると、教室の出入口に灰色のワンピースを着た清廉が現れた。大きな声でもないのにやけに通る声は教室の生徒の視線を独占するが、清廉は気にする様子もなく僕に近づいて来る。

僕よりも忙しい御身分だろうに夏期講習に休まず参加するとは偉い。

 

「ちょーしはどう?」

「いと疲れたなり」

「……ころすけ?」

「違う」

 

 BSで再放送見たのかな。

 

「ドラム。ちゃんと練習した?」

「そっちなら、とりあえず八時間くらい叩きましたけど?」

 

 内心で『あんたやるじゃない』と褒められるかなと期待すると。

 

「あたしはベースを八時間、歌を二時間、計十時間練習したわ。ふふ、まだまだね」

 

 正面からマウントを取られてしまった。この歌姫、努力を惜しまない天才だったか。スポーツ漫画で出てきたら一番手の付けられないタイプだ。

 

「なによその顔、もしかして褒めて欲しかったの?」

「まあね」

「一日頑張るのは誰でも出来るの。三日坊主にならなければその時に褒めてあげる」

「じゃあ明日の夜に頼むよ」

「忘れなければ検討するわ」

 

 そんな事を言いつつ清廉は人差し指をクイクイと上に動かし、僕に立つように求めた。

 

「何時間も座ってたから退屈。お昼、外で食べましょ?」

 

 僕としては気温三十五度を超える屋外に出たくは無いのだけれど、蛍光灯の白色よりも開放的な空の下で昼食を食べた方が気分は良さそうだ。

 

「パン持って来てるからお店には付き合えないけど、大丈夫?」

 

尋ねると、清廉は背負っていたリュックからプロテインバーを取り出した。たたでさえ薄っぺらい体格なのに、それだけでは体重落ちてしまうぞ。

 

「そんな顔しないでも、一本で満足するやつが二本だもの。足りるわよ」

 

 利用者の多いエレベーターではなく階段を使い玄関まで降りると雲一つ無い真っ青な空に出迎えられる。先行する清廉は日よけ帽子を被ると慣れた様子で道を曲がっていき、僕はそんな彼女を日傘を差しながら追いつつ、途中見つけた自動販売機で600mlの麦茶を買う。

 

「こう暑いと誰も居ないわね。屋根のある場所があいてて良かった」

 

 蝉すら鳴かない都心の灼熱の中、清廉に案内されたのは街中にひっそりと佇む小さな公園だった。新しく整備された場所なのか遊具は危険の少ない滑り台だけで、あとは東屋と呼ばれる柱と屋根だけの休憩スペースのみ。

清廉は東屋の下のベンチに座るとパタパタと胸元を扇いだ。僕相手では水色のキャミソールが見えるとかは気にならないらしい。

 

「夏って嫌いじゃないけど、こうも暑いと考えを改めそうになるわ。綾野は夏って好き?」

「……夏は。好きじゃ無いかな」

 

 付け加えて何か冗談でも言おうとしているのだが、僕はそれっきり黙ってしまった。

 暑さで頭が回っていないのかもしれない。沈黙を嫌うようにペットボトルの蓋を開け、麦茶を飲むことで僕のお喋りのターンを終わらせる。

 

 清廉は一瞬僕を見たが、特に何を言う事もなくプロテインバーを頬張った。

 僕も昼食を摂るとしよう。

 参考書と練習パッドの入ったリュックの奥底から弁当箱を取り出す。今日の昼食は妹と一緒に五人前くらい作ってしまったポテトサラダを挟んだサンドウィッチ三個だ。

 

「一つ食べる?」

「んー。気持ちだけありがたく頂くわ。あたし、昔から食が細いのよ。もっとたくさん食べてスタミナ付けたいんだけど」

「スタ丼行く?」

「いいけど。頼んだものを残したくないから、精一杯食べたとしても最終的に綾野があたしの分含めて1・7人前くらい食べることになるわよ」

 

 喋りながら清廉はリュックから水筒を取り出すとシャカシャカ振った後に蓋を開ける。

 

「とりあえず豆乳プラス家でお爺ちゃんが淹れてくれたコーヒー。今日はこれで栄養を補充するわ」

 

 清廉にとっての食事は栄養補給という意味合いの方が強そうだ。

 

「綾野こそしっかり食べなさい。あんたも細いんだから。ドラムは身体を動かすし座りっぱなしだから腹筋背筋鍛えてプロテイン飲んで身体を作らないと。上手くなるための練習だけじゃなくて、練習に耐えられる身体を作るのも大事なのよ?」

「――え?」

「なによ」

 

 無言で、今聞いた言葉を頭の中で咀嚼する。上手くなるための――。

 

「上手くなるための練習だけじゃなくて、練習に耐えられる身体を作るのも大事なのよ」

「なんで繰り返すのよ、あたし変なこと言ってないわよ」

「いや……いや。そうじゃ無くて、凄く良い言葉聞いたなって」

 

 今の言葉。

 清廉の精神が形になったようだ。

 一つのことを形にする為に、一つだけ頑張れば良い訳じゃないのか。

 

「……せーれん」

「なによ、ほ、褒めたって何も出ないわよ? でも気分いいからサインくらいなら――」

「歌だけじゃなく、苦手な勉強も頑張らないとな」

「ん……、は? ……もしかしてあたしのアドバイスがあたしに返って来てる?」

「音楽だけ頑張ってても、語彙と教養がないと作詞家の意図も汲み取れないもんね」

「なっ――、なんてこと言うの! い、今のは刺さったわ! ぐっさり、刺さったわよ! ちょっと気にして、いや、かなり気にしてるコトなのに!」

 

 ――そうして、しばらく揉めて。

 

「帰る」

 

 公園内、昼休憩の時間が終わる前に清廉は立ち上がった。

 

「とりあえず歌わないと、この大きな胸の中を渦巻く莫大な感情を処理できない」

 

 ドンっ、と薄い胸板に手を当てると清廉は座ったままの僕を見下ろし。

 

「あたし、あんたのこと結構気に入ってるけど。――それとは別に、絶っ対に泣かすわ。この屈辱、歌で晴らす!」

 

 そう言って去っていく背中はカッコよかった。

 





 明るくてタフな女なので相性が良いのかもしれません。
 次話、土曜日18時に投稿です
 
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