顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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フューネラルフラワーには騒がしい(2)

 日が暮れてもアスファルトからの輻射熱で気温は下がらない。

 フレッシュ・リュカ・バーガーの二階席が混んでいたので仕方なく一階テラス席に座っていると、みるみるうちにコーラの氷が溶けていく。

 耳に付けたワイヤレスイヤホンからは低音を中心にしたメロディ。激しくも悲しい、ベース二本とドラムの音。ここに、清廉の歌声が重なるのか。

 

「この曲、フィルイン、入ってませんか? ドコドコドン、みたいな音」

 

 ソワソワしながら不安そうに僕を見ていた星野さんに尋ねる。

 

「え?」

「僕も良く知らないですけど、星野さんが送ってくれた動画に紛れてましたよ。AメロとBメロの間とかサビ前に差し込むとカッコいいテクニックだって」

 

 8ビートでスネアドラムとハイハットシンバルを交互に叩きつつ、デデドンとかダカダカドンみたいな音を差し込むテクニック。合っているか分からないけれど、格ゲーで言うところのコマンド入力技みたいな印象だ。改めて清廉だったりの曲を聞いてみればサビ前にドラムが目立つなと思う時は大抵このフィルインが使われている。

 

「あー、うっそー、紛れちゃってた? ごめんごめん。でも綾野クン、しっかりドラムの音聞こえてるじゃん。いやぁ、でもそっか、フィルインは少なくともハイ・タムくらいは叩かないとだから……抜くしかないか」

「……」

「ちなみにぃ、フィルインあるのと無いの、どっちのがカッコイイと思う?」

「小賢しい」

「あ、辛辣」

 

 そんなのあった方がカッコいいに決まってるじゃないか。この人、わざとフィルインの動画送って来たな。段階的に行ける場所が増えるゲームみたいに、丁寧に僕の好奇心を刺激している。

 

「……あと、もう一つ。星野さんの口から聞きたい事あるんですけど」

「なに?」

「ライブ、出るんですか? 八月三十一日に出たいライブがあるって清廉から聞きました。そこがゴールなら僕もそのための練習をしたいです」

 

 改めて、ゴール地点を知っておきたい。

 地道な基礎練習、多分僕は苦にならない。ちまちました作業は好きだし、幼児並みの感覚だけれど音が出ているだけで楽しかったりもする。

 けれど。

 月末がゴールなのであれば。一曲演奏するためだけの練習方法があるはずだ。

 

「――そっか。清廉ちゃん知ってたんだ。……悪い、ごめん、謝るよ。しょーじき綾野クンがどこまで本気でやってくれるのか不安だったんだ。だから、気楽にバンド楽しんでもらって一週間あたり前に様子見てお願いしようかなって。卑怯だよな」

「卑怯とかは思わないですよ」

「いや、それでも、年上として情けねーわ」

 

 ペコリと頭を下げられる。

 謝って欲しかった訳では無いし星野さんは星野さんなりに気を遣ってくれていたのだろう。

 そりゃあそうだ。

 同級生で互いの人となりを知ってから組んだバンドではなく、乗りと勢いで決まった寄せ集め。誰がどういう意図で一緒に居る事を選んだのかは、言葉にしないと判りようもない。

 星野さんは息を吸い、苦笑いを浮かべる。

 

「オレ、上手くいかなかった音楽はもう綺麗さっぱり止めて、彼女の実家行って、ブロッコリー農家になろうと思っててさ」

 

 彼女……ブロッコリー農家?

 話の腰を折りたくなるようなワードが出て来たけれど、ぐっと堪える。

 

「そう思ってたところに世話になってたライブハウスの閉店が重なって、キミらみたいな面白い子と出会って。これは運命かもなって。最後に一つ、心残りの無いステージに立ちたかったんだ。利用するみたいで、ごめんな」

 

 謝られるような事ではないけれど。最初から言って欲しくもあった。

 ……いや、自分の事情を年下の高校生に言うなんて心苦しいか。

 それを洗いざらい言ってくれて。星野さんは……正直な人だ。

 清廉もそうだ。僕には無い、眩しいものを持っている。

 だから、一緒に居たいと思った。

 利用……不純な動機であれば、僕にこそある。

 

 ――八月、三十一日。

 

「利用……。いや、僕の方こそ、二人に会えて良かったと思ってます。ドラム、やってみたらパッド叩くだけでも楽しいし。練習は、苦にはならないと思います。8ビートだけでも八時間くらい叩けましたから」

「まじ?」

 

 星野さんも清廉も、正直に話してくれた。

 なら、僕も言わないとフェアじゃない。

 

「あと……星野さん、僕の書いた歌詞見てメッセージって言ってくれましたよね。あれ、ちょっと嬉しかったです。そういう風に受け取ってくれるんだって」

 

 そう。星野さんが未練を晴らし、清廉が推し活をしたいのであれば。

 僕にも目標がある。

 

「ああ、うん、そう思ったからさ。なんか、わかるっつーか。暗く辛い前半だったけど、すっごい衝撃受けて、景色変わって、もう辛いのも大丈夫だよ。みたいな、そういう気持ちを感じた……。あれってオレの勘違いじゃなければ……あ、いや、言いにくいことなら、じゃなくて、ああ、えっと」

 

 言葉の途中で察してしまった星野さんは……いや、すでに察していたであろう星野さんは自分の発言を悔いるように言葉を探している。

 

「気遣わなくて大丈夫ですよ。あれは歌詞じゃなくて、本当にメッセージなんだと思います。それこそ、星野さんの無貌の星だってメッセージなんじゃありませんか?」

 

 あの高架下の星野さんに目を奪われたのは――ソレが理由なのかもしれない。

 

「あぁ――。そっか。綾野クンにはそう聞こえたのか、アレ」

「無力を嘆くような、でも、それだけじゃ終わらせない。みたいな曲なのかなって、何度か聞いているうちに思いました」

「へへ、大昔の曲のレビューを今貰えるなんて思わなかった。……当たってるよ。夏、オレが自分を平凡だと思った日の歌だからな。名も無きスターとの距離、悲劇に対して何も出来なかった自分への落胆。そして、その気持ちを忘れたくなかったオレ。その三部構成だ。今振り返ると、笑えるくらい青いよ」

「笑いませんよ。僕、無貌の星、好きですから」

「へ……さんきゅ」

 

苦々しくも照れくさそうに星野さんは呟いた。

 

「それに……僕にもあります、無力を感じた日。でも僕は形にも記憶にも残せませんでした」

 

 言いにくいこと。言わなくてもいいこと。

 これは、どっちだろう。

 

「言ってみな。口に出したら、気も晴れるかもよ」

「暗い話ですよ」

「気にしない。そのかわり、聞くしか出来ないけどな?」

 

 その口調には、気遣いを感じた。

 頭の中では、言うべきではないとストップがかかるけれど――。

 

「小学校低学年の時で殆ど憶えてないんですけど。八月三十一日が母の命日なんです」

 

 逡巡しているうちに、口が勝手に語りだしてしまった。

 暗い話で驚く星野さんには悪いけれど。

 ずっと誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない。

 この、寝苦しい夏の暑さを、知って欲しかったのかもしれない。

 ――とっくに参っていたことを。

 

 八月になると夢を見る。

 遠くにはケーキ屋、少し奥にはライブハウス――そして。近くには荷台の鉄パイプを散乱させたトラック、目の前には何かを言っていた母親。

 赤く燃えるような、僕の原風景。

 病院に入院していたから葬式には行っていない。

 何も覚えていない僕には見送る資格もない。それどころか――。

 

「……でも母の墓参りには行ったこと無くて。行ったとしても、あの人を憶えてもいられなかった僕が手を合わせて何を思えば良いんだろうって。僕の中には、何も無いんだろうなって」

 

 黙って話を聞いてくれている星野さんを見つめる。

 

「でも、あったみたいです。ずっと言いたかったこと。星野さんとせーれんが強引にバンド誘ってくれたから……みつけました、メッセージ。やっと伝えるチャンスが来ました。僕、星野さんの、ハレピの作った曲好きです。ベースもカッコいいなって思いました。清廉の歌はもっと好きです。きっと清廉の声なら、どこかには届くんじゃないかって。だからドラム、頑張って叩きます。急にこんな話してすみません、でも利用って言うなら――」

「存っ分に利用しろっ!」

 

 星野さんが不自然に上を眺めながら叫んだ。

 

「どーぞ存分に使ってくれよ。歌って良かったよ女子中学生日記。綾野クン、やっぱロックは前に進むためのもんだよな、自分慰めて終わりってそりゃジジイ過ぎるわな!」

 

 星野さんはなおも上を向いたまま胸の前で拳を握りしめる。

 

「フィルイン叩けよ綾野クンっ、音が足りねーんだ、コーラスもだ、しょーじき物足りなかった。もっともっと、このメンツにしか出来ない音楽があるはずだって心のどっかで思ってながらまた妥協するとこだった! 同じ失敗するとこだった!」

 

 テラス席の前を行き交う人がチラッと見るくらいに熱い言葉を口にしてくれる星野さんだが――。

 

「あの、そろそろ顔下ろしてください」

「無理っ。涙は見せねー、背中の傷は、剣士の恥だからぁ」

「ベース侍……」

 

 ――その後。

 妙なテンションの星野さんにネオクラシックバーガーセットをご馳走になり。

 

「明日、二人で本物のドラム、叩きに行こうぜ」

 

 そう誘われた。

 

 




 
 ベース侍の回でした。

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