顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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音合わせ(2)

 

 清廉の後に続き、折り畳み日傘を広げ、歩道から伝わる熱を足の裏に感じつつ昨日と同じ道を歩く。

 辿り着いた公園はやはり無人。この暑さの中わざわざ外でピクニックだなんて人は居ないようで清廉と共に我が物顔で東屋下のベンチに座る。

 

「さっきのお誘い断ってたけどさ、じゃあなんで僕とは遊んでくれるの」

 

 尋ねると、清廉は昨日と同じ様にプロテインバーを取り出しつつ顎に指を当てた。

 

「そりゃあー。うーん。一番重要なバンドのアレコレを抜いたら……フィーリング? 裏表がないというか、綾野はあたしの機嫌を窺うどころか――」

 

 機嫌の良さそうだった表情が徐々に変わっていき、眉間に皺を寄せる清廉は指折り何かを数える。

 

「それどころかあんた、あたしを何回怒らせれば気が済むのよ。勘違いして欲しくないから言うけど普段あたし怒らないのよ? 直情的なの理解してるもの。急に叫んだりしたら喉に悪いから極力事前準備無しに大声出さないように感情コントロールしてるの。なのに綾野は好き放題……」

 

 清廉は口を閉じるとジッとこちらを見つめた。

 

「な、なんでしょうか」

「さっき何か言いたそうな空気出してなかった?」

「してないけど」

「表情も素直ね。怒らないから言ってみなさい。お互いの健全な関係のために隠しごとは無しでいきましょ」

「ほんとに怒らない?」

「怒らないわよ。ほら遠慮せず」

「付き合う人選り好みするから視野が狭くて情緒が育たず恋愛観もアレで共感も現実味も無い薄い歌詞書くのかなぁって思――」

「ブッ飛ばすわよっ!」

 

 腹に響く声と共に清廉はプロテインバーを真ん中からへし折り……パチリと瞬きした。

 

「――まず謝罪するわ。怒らないって言ったのに怒ってごめん。あまりに深く刺さったから反射的に反撃しちゃったみたい。あたしが聞きだしたんだものね。綾野は悪くないわ。気を遣われるのイヤだし、はっきり言ってくれる方が良いのは確かよ。うん……、でもね綾野クン、言葉は選んだって良いと思うわ?」

 

 目元はにっこり、口元はピクピクと引きつりながら怒っている理由を教えてくれるとは律儀だ。

 そして……僕が言い過ぎたのも事実だ。

 相手が変な人だと思うと何言っても良いと思ってしまうのは僕の悪癖かもしれない。会話の中で一つ、自分の無遠慮さに気がついた。相手はマリリじゃない。清廉は何を言っても揺らがなそうではあるけれど……親しき仲にも何とやらだ。

 

「ごめん、確かに言い過ぎた」

「べつに謝る必要はないわよ。というか綾野がどう思っているのかを責めたりはしないわよ? やさしーく伝えなさいってだけで」

「いやでも、せーれんが作った歌バカにしたりしてごめん。せーれん察しが悪い上にメンタル丈夫だから何言っても良いと思ってたみたいだ」

「……1、2、3、4、5、6、ふぅ。なるほどね、貴重なご意見ありがとう」

 

 曲がりなりにも自分で歌詞を書いたから分かる。

 自分の作ったものを、あれを笑われたらショックで倒れる。今まで自分で何かを作るなんてしてこなかったから、想像力が無かったのだ。

 この事に関しては本当に、しっかりと反省せねば。

 

「せーれん。あともう一ついい?」

「なあに? もう謝らなくていいわよ」

「気を遣われるのがイヤっていうのに、言葉を選べとかやさしーく伝えなさいって言うんだね」

 

 清廉はピシ、と一瞬固まり――。

 

「ぐぬ……すぅ、はぁ。あ、綾野、前言を、撤回するわ。あたしには思ったままを口にしなさい。もちろん、他の人にはちゃんと気を遣って喋った方が綾野にとっても良いと思っての言葉だったんだけどね、うん。あたしには気遣い無用よ。矛盾とか、おかしなこと言ってたら教えて」

 

 清廉は自身のメンタルダメージよりも、プライドの方を優先した。

 この度量の大きさが実に清廉らしい。

 本当に、関心の有無による視野の狭さを除けばスターの器だ。

 

「というか……歌詞。いい機会かも」

「ん?」

「あたしの作った曲について、もう少し詳しく、あの曲についてどう思ったのか教えなさい。なにか発見があるかもしれないでしょ?」

「発見……?」

「そうよ、そしたらもっと上手くできるようになるかもしれないじゃないっ」

「――――」

 

 自身への揺るがない期待。

 それはあまりにも純粋で、眩しかった。

 

 

・・・

 

「――なんであの女子中学生日記が面白かったのかと考えると」

「そーいうタイトルじゃ……いえ、気にせず続けて?」

 

 ベンチに座りながら、清廉のお望み通り『発見』のお手伝いをする。

 

「例えば、せーれんが良く着てるワンピース。あれを僕が着てたら笑っちゃうだろ? そんな感じで星野さんがああいう恋に浮かれてる歌を熱唱してたからお笑いになったんだと思う」

「……お笑い?」

「きっと清廉が歌ってたら、成立する。笑うどころか感動……したと思う。曲に関しては、色々とインパクトが凄かったからなんとも。ベース上手くて、歌声普通で、歌詞はありふれてて浅くて、星野さんが歌ってると面白かった」

「つまり恐ろしく幼稚な歌詞をオッサンが歌ってたから笑ったってことかしら」

「幼稚とまでは言わないけど、頭がクラクラするほどアンバランスだなって聞いてる時思った」

「なるほどね」

「だから、もし、あー。なんか素人が知った様な言い方になるけど」

「そんなの気にしないわよ」

「せーれんが曲を作る時、星野さんがああして歌う事を思って考えてたら、もっと良くなったんじゃないかと思う」

「……ふぅん」

 

 否定するような言葉は使わず、手堅くまとまった感想を言えた気がする。

 さすがに深夜ラジオのネタになりそうだなと思った事まで言ったら本当に危なそうだ。

 ――ともかく、あの歌は清廉が自分で歌うための曲だった。

 清廉は自分のための曲ではなく、星野さんが歌うための曲を用意するべきだった。

 

 もし清廉に省みる部分があるとすれば、きっとそこだろう。

 星野さんが歌う姿を想像して作ったのであればきっともっと良い曲が――。

 

「ちなみにあの曲、星野が歌うために書きました」

「おっと」

「この曲でいっそ売れろと思って本気で作りました!」

 

 ……あの曲、全て星野さん向けに作ったヤツだったんだ。自分の好きな男に自分が書いたラブソング歌わせてたんだ。

 

「じゃあ、……もうせーれんが悪いよ。フリフリドレスみたいな歌は星野さんには難しいよ。あの曲はせーれんが星野さんを想って作った曲であって、星野さんのための曲じゃ無かった。あたし、あたしで星野さんが見えてなかった」

「――はぁ。言ったわね」

 

 怖っ。

 ドスの効いた声に鳥肌が立つ。

 

「だって言えっていうから」

「あんたの言葉、たまに物凄く鋭いのよ。あたしじゃなきゃ泣いてるわよ……はぁ」

 

 清廉の右手に砕かれたプロテインバーを口に突っ込まれる覚悟で清廉の顔を見ると。

 

「悔しいけど、この件に関してはあたしの負けね。あたしなりに一生懸命考えて作ったけど、ハレピに歌ってもらうことばかりで、そこから先は考えてなかった。そこを発見できた綾野には、清廉ポイント二つあげる」

 

 優しく笑う清廉は――僕の口にプロテインバーを突っ込んだ。

 ……物理的なものなんだ、清廉ポイント。

 

「ふー。歌って欲しい曲、か。それは難しいわ。だってあたしが歌いたいんだもん。誰かのための曲って、うーん、想像できないわね」

 

 僕も、清廉は曲を作るより、自分の為に歌う方が似合うと思う。

 それだけで、清廉は特別なんだ。

 そう口にしたかったけれど、モソモソとした触感のプロテインバーに阻まれる。

 

「ね、昨日は断っちゃったけど、よければあんたのサンドウィッチ食べさせてよ」

「もご」

 

 プロテインバーを咀嚼しつつ、言われた通り弁当箱からサンドウィッチを取り出す。

 

「何が入っているの?」

「今日は、ハムとキュウリとからしマヨネーズ」

「ふーん」

「からしマヨネーズは昨日の夜、妹が混ぜた」

 

 清廉は細い指でサンドウィッチに巻いたラップを剥がし、パクっと口にした。

 

「キュウリがしゃきしゃきしていて美味しいわ。ブラックペッパーもマヨネーズの量も丁度良い。保冷剤で冷えているのも嬉しいわ」

「そこまで言って貰えると照れるけど。あ、このプロテインバーは」

「プロテインバーは褒めなくていいわよ」

 

 そう言って、清廉は僕のサンドウィッチを二個食べた。

 清廉から貰った二本のプロテインバーはモソモソとして喉が渇いて、栄養だけがつきそうな味がしていた。

 夏の間くらい、たまには清廉とお昼ご飯を交換してあげよう。この棒は、文明の利器だけれど文化的ではない。

 

「そう言えばせーれん。昨日はどうしてこなかったの?」

「綾野と星野、作詞作曲だけで進む話もあるでしょ。いくらあたしでも……曲作りの邪魔は、しないわよ」

 

 聞いておいてなんだが、確かに昨晩は清廉がいない方が良かったかもしれない。

 思い返すと男二人、惜しげもなく感情を露呈させてしまったのだ。聞いて笑える話でも無いし、清廉の気遣いに感謝しよう。

 

「……ま、それだけでも無いけど。ね、綾野。上手な歌詞の作り方って勉強したことある?」

「無いよ」

「あたしは、ちょっと勉強してる」

 

 清廉は水筒に入れたソイラテを口にする。

 

「共感が重要らしいわ。誰かに刺さる、なるべく多くの共感を呼ぶ言葉。難しいわ。そもそも最初はさ、歌詞書こうなんて思う切っ掛けは自分の中の思いを叫びたいだけだと思うのよ。……なんでそんな制作論なんてあるんだろうね。そういうセオリーが必要になるなら……」

「……?」

「才能なんて一瞬だけ輝くための消耗品でいいのに。あたしはその一瞬のために練習してる。長く続けようと、飛び続けようとするから丸くなっていくの。羽を丸めたら落ちるしかないのにって。……そう思ってたのにね」

 

 清廉は僕を見つめ、六秒待ち、口を再び開く。

 どうやらまだ何か激情が眠っているらしい。この歌姫、アンガーマネジメントを学ぶ以前はどんな生活してたんだか。

 これほど感情が溢れる性格はさぞ生き辛いだろう。

 

「……ごめん、さっき嘘をついたわ。嘘ついたって事実があたしの中に残ると気分が悪いから謝っておく。昨日は綾野と星野を気遣って行かなかったんじゃないの。気遣いはゼロよ。全部あたしの事情」

「というと?」

「ん? これ以上はあたしの自尊心が傷つけられるから言わないわ。ただ、嘘を吐いたことだけ謝りたかっただけ。おかげでスッキリしたわ」

 

 自分勝手な女……。

 

「ふーん、そっか」

「なによ」

「今日の夕方までに気持ちスッキリとはいかなそうだなって」

 

 弁当箱に残った最後の一つのサンドウィッチを口にする。

 

「もしかしてあたしと遊びたいの? そー言いたくなる気持ちは分かるけど、というか暇があれば付き合ってもいいけど」

「忙しいならいいよ。僕と星野さんで遊びに行くってだけだから」

「は?」

「多分、楽器屋。本物のドラム叩きに行こうって」

 

 ドラムを叩きに行くだけだから、清廉が居ても居なくてもどちらでも良いけど。仲間外れにしないわよと言ってくれた清廉に声を掛けないのは気が引けたので誘っただけ。

 

「というか、そろそろ戻ろ? まだ休憩時間はあるけど暑くて死にそうだ」

「あたし……誘われてない」

「今誘ったじゃん」

「女子は、色々と準備が必要でしょうが! 時間が、必要でしょうがっ」

 

 立ち上がった清廉はクルクルと回るように自分の恰好をチェックする。

 

「今何時、何時に遊びに行くの」

「十七時」

「シャワー浴びて、着替えて……」

「せーれんはそのままでも良いと思うよ」

「あたしが、あたしのためにお洒落したいの。可愛い自分でいたいでしょ。もう、そういう面白そうな話があるなら昨日のうちに教えてよっ」

「……」

 

 こんな感情ジェットコースター女に好かれて、星野さんも大変……。

 ん?

 あれ、そう言えば昨日なにか清廉の恋の行方に影響を及ぼしそうな話を聞いたような……。

 

「綾野、あたし、とりあえずあと一コマ授業受けたら家に帰るけど、でも待っててよ。あたしも一緒に行くんだからっ、あとで待ち合わせ場所連絡するからね!」

「はいはい」

 

 まあ、いっか。

 





 
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