顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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音合わせ(3)

 十六時五十分。

塾の最寄り駅から電車に乗り込み、しばし揺られて下車。駅前で学生らしき男子に声を掛けられていた清廉と合流。

 清廉は頭の後ろに短いポニーテールを作り淡い青のワンピースを身に纏った小奇麗な恰好。背中にはギターやベースを収納できるタイプのリュックを背負っている。

 ビジュアル的にかなり良い。こういう雰囲気、マイマザーリリーであれば甘辛ファッションと言う気がする。

 

 ……バンドマンがモテる理由がわかる。まず見た目が良いんだ。

 ギターにベース、楽器としての造形がカッコいい。特にベースは……最初の印象が良かったからか立体物としても一つくらいは欲しいかも知れない。

 その点ドラムはどんと構えた姿は迫力があるけれど……。

 

「綾野。眠い? ちゃんと寝れてる?」

 

 並んで歩く清廉が僕の顔を覗き込む。確かに朝からずっと稼働していて疲れてはいるものの。そんな眠そうな顔をしていたかな。

 

「暑いからちょくちょく目が覚める。でも最近はお陰様で悪くないよ」

「ふーん。ならいいけど……あ、ハレピ居た」

 

 清廉は僕の後ろに隠れるとスマートフォンで前髪の調子を整える。

 今日の目的地、三葉音楽スクールの前に星野さんが立っていた。音楽スクールの横には楽器店も併設されており、通りがかる人の中には楽器を背負っている人もチラホラと見える。

 

「よっ、綾野クン。待ってたぜー」

 

 星野さんの私服を見るのは二度目。くたびれた花柄のシャツは古着だろうか。清廉と同じくベースを背負っており、身体全体からまっとうな社会人ではない雰囲気を醸し出している。

 

「あれ清廉ちゃんも来たんだ、ひさしぶりー。しかもベース背負ってるじゃん、オッケー。じゃあ時間もったいないし行こ行こっ」

「……今あたしついでみたいじゃなかった?」

「後ろでボソボソ言うな」

 

 星野さんは楽器店ではなく音楽スクールの方に入ると慣れた様子で受け付けのお姉さんに声をかけ、僕らを手招きつつエレベーター横の階段に進み二階まで登った。

 

「ここレンタルスタジオもやっててさ。綺麗で入りやすいからおススメ。夏休みシーズンは混んでるけど、事前に予約すれば入れっから」

 

 暖色の明るい光に照らされた狭い廊下には防音扉の向こうからでもドラムやボーカルの音が聞こえてくる。構造としては昔、母親に連れていかれたカラオケ店みたいな感じだ。

 

「本日の部屋は205号室~」

 

 ご機嫌な男の後に続き分厚い扉の奥に進むと。

 

「……おぉ」

 

 そこには本物のドラムセットが置かれていた。

 ドラムセット、まじまじ見たのは初めてだけれど……かっこいい。

 深い藍色で統一されたドラムセットは部屋の照明の真下にあり輝いて見える。

 星野さんと清廉を見れば、生暖かい……いや、暖かい視線を僕に向けていた。

 

「とりあえず、座ってみ?」

 

 促されるまま座面の丸い椅子……ドラムスローンに座り、背負ったままだったリュックを下ろし、リュックからスティックを取り出す。

 

「8ビート、やってみようぜ。スネアとハイハット叩いてみ?」

 

 星野さんはそう言いながら背負っていたリュックからベースを取り出し、ケーブルのようなものをベースとアンプに差し込んだ。

 

 ……8ビート。左足を見下ろす。

 ハイハットシンバルのペダルを踏むとシンバルが上下する。今までペタペタするだけだった右足の下にはバスドラムに繋がるペダルがある。

 スティックを振り下ろせばタンッ、とスネアドラムが鳴る。

 ……ハイハットはペダルを踏んで閉まった状態で叩く。

 タンッタンッタンッタンッと金属が揺れる音が鳴る。練習パッドとは全然違う音と感触だ。ハイハットはスティックの先端、チップで叩くんじゃ無くてその少し下、ショルダーの部分で叩く。

 

「……鳴ってる」

 

 音が鳴る。

 なんだ、ぜんぜん違うじゃん。もう練習パッドじゃ満足できないよ。ここ数日、ずっと頭の中で鳴っていた音以上の響きが空気を震わせながら耳に身体に伝わって来る。

 

「お……バスドラまでやってくれてんじゃん綾野クンっ。それを三分三十秒続けられれば一曲終わりだ。ドラマー最低限の仕事ってやつ!」

 

 僕が鳴らすドラムのペースに合わせ星野さんのベースがボンボンと鳴り始める。

 

「バスドラ、ズレてる、目立つぞー。身体の向き、もうちょい真っすぐ。背中も伸ばして、そう、そう、楽しいんだぜ、音に乗るのって」

 

 星野さんの視線はまるで指揮者のようだ。

 

「せっかくの楽しい遊びだ、送ったフィル、タタドン、やってみっ」

「むりっ」

「行けるって、バスドラム一回止めていいから、スネア二回で、ハイタムドンっ、ほーらっ、いくぞっ、ズッチャー、ズズチャー、ズッチャー、ズズ、タタドン」

「……っ」

 

 8ビートが一巡するまで待ち、言われた通りの音を叩く。ホンモノ叩くの初めてなのに!

 

「いいぞいいぞ、頭に負荷かけて慣れてけー、フィルが曲のメリハリつけるんだ、次はタム、スネアスネアスネア、タム」

「テンポ、はやいっ」

「遅いテンポの基礎練は一人でやってくれー今日はお祭り会場だからなっ、ほら行くぞっ」

 

 拙いドラムの音が響く。……でも、楽しい。

 練習と言うよりは二人で遊ぶみたいに楽器の音が重なったり、僕のミスでズレたりする。

 

「BPM160で叩くのもいいぞっ、一気に別の楽器みたいに感じるから――。よし、そーだいけるいけるっ、死ぬ気で叩け、キミの想い、ぶつけろ!」

 

 上がっていくベースのテンポ。それについていくのに必死で、呼吸が浅くなる。

 でも――。

 音が全然違う。トコトコ叩くだけの練習パッドとは、まるで違う。かっこいい音だ。ここ数日ずっと叩いていた音の三倍近いテンポで響くドラムの音は――。

 

「最後にタタタタ、パーンでクラッシュシンバルいってみよーっ」

 

 タタタタ、パァーンッ!

 

 叩いたこともない左奥のクラッシュシンバルの音が豪快に響く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 たった数分叩いただけで、汗が滲む。

 スティックがすっぽ抜けなかっただけ偉いぞ、僕。でも、スネアとバスドラム一緒のタイミングで叩いたりして音が滅茶苦茶だ。

 バスドラムは意識しないでも一定のタイミングで叩けるようにならないと……。

 だ、つ、つ、つ、だ、つ、つ……。

 

「ちょーい、一旦休憩」

「あ、すみません」

 

 つい叩き始めてしまったところで制止される。

 

「ちなみにフロアタムとスネア六回同時に叩いてスネア二回、ハイタム叩くのも面白いよ」

「えー?」

 

 フロアタム、右側の大きいドラムだ。

 今までずっと左に向いていた身体を少し開いて――。

 ――デンデンデンデンデンデン、デデドン!

 

「おお、ほんとだ」

「だろー? ちなみに綾野クン、今座ってる椅子の名前は?」

「……ドラムスローン?」

「へっ、正解。ちなみにオレは昨日までソレを丸椅子って呼んでた」

「なんですかそれ」

「綾野クンがよく勉強していて偉いってハナシ」

 

 なるほど、理解度チェックか。なら。

 

「……このスティック。先端がチップその下がショルダー。その更に下はなーんだ」

「いやいや流石にオレのこと舐めすぎだから。えーチップとショルダーと。えー。いや、待って、なんか昔聞いた覚えはあるんだよ。リムショットにどうとか言ってたような……」

「シャフ……?」

「シャフト!」

「正解」

「ちょっとそれはさ、専門外のあれだから。じゃあオレからも問題。このベースに繋がっているケーブルみたいなのは――」

 

 そんな感じで二人で喋っていると。

 

 ブァアッ! と爆音が鳴り響いた。

 

「あっ。ごめんなさーい。アンプの音が大きかったみたいー。どうぞどうぞ、お二人で楽しい会話していてくださーい。はー、忙しい忙しい、チューニングしっかりしないとー」

 

 ごめん、居る事すっかり忘れてた。

 ベースを構えた清廉は暗黒微笑を浮かべていた。

 





次話18時01分に投稿です

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