顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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音合わせ(4)

 僕の目の前に、ベースを構えた二人が並ぶ。

 星野さんが右側、清廉が左側だ。

 

「あれ、清廉ちゃん、良く見りゃ同じベースじゃん、奇遇ー」

「そ、そうね、奇遇だわ」

「……」

「綾野、言いたいことがあっても口を閉じていなさい」

 

 星野さんと同じベースが欲しかっただけだろ……。二人の持つベースはボディが艶のある黒で、弦の下あたりは白色でコントラストがカッコいい。

 

「けっこう高かったんじゃない?」

「ええ。家族と交渉して、どうにか。もう、四年以上使ってるの」

「へぇ」

 

 星野さんは頷きつつ清廉の左手に触れる。

 

「ぴっ」

「ほんとだ、しっかりやってる指してる。よっしゃ、じゃあ初のセッションやってこうか」

「星野さん、僕は?」

「とりあえず送った動画の通りで。フィルはもう少し練習してから入れよ」

「わかりました」

「だいじょーぶ。絶対出来るようになる、オレが保証する」

 

 星野さんの言葉にコクリと頷く。

 最初に叩いてみて分かった。まずは、最後までバテないで叩き切る事に集中しないと。

 カッコいいドラムの音、凄く魅力的だけれど――主役は僕じゃない。自分が主役になりたくてこのバンドをやろうと思った訳じゃない。

 miuの歌声に夢を見ているだけ。

 特別な歌声なら、何処かに届くような気がしただけ。

 

「……せーれん」

「にゃ、なにかしら」

 

 自分の指をじっと眺めていた清廉に声をかける。

 

「よろしく」

「はぁ? なによ急に。言われなくたってやるわよ。あんたこそ落ち込まず、誠実に叩きなさい。一生懸命やってる限り、ちゃんと見てるからね」

 

 清廉は左手の指の間に右こぶしを入れるようにストレッチし、首をグリグリと回す。

 

「あたし、歌った方がいい?」

「いや、まずは楽器だけ合わせよう。イントロはこれから変えるかもだけど、とりあえずオレスタートで一小節すぎたら綾野クンがスネア四連打で入ってそっから基本の8ビート終わるまで、入れられそうだったらオレが目線やったら四連打入れて。清廉ちゃんは」

「綾野の四連打直後からスタート。大丈夫、送って貰った楽譜、全部覚えてる」

「やるじゃん。よっしゃ。じゃあいくぜ?」

 

 練習室に静寂が訪れ――。

 

「……」

「……」

「……」

 

 星野さんが僕を見る。

 

「あ、わり。綾野クン、スティック四回叩いてくんね? よくあるバンドの曲が始まるみたいな感じで」

 

 カン、カン、カン、カン――。

 

・・・

 

 五度目の演奏開始から三分三十秒経過――。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「綾野、後半ズレてる。疲れても姿勢は正しくよ、力まず、肩の力抜いて」

「わかった」

 

 まるで――。僕だけが違う空間にいるような錯覚があった。二人の綺麗な音に溶け込めていないような違和感。このままじゃ、ただ邪魔なだけだ。

 

「清廉ちゃんは厳しいねー。オレとしてはたった数日で器用にやるなと思ったけど」

「駄目よ。プロレベルは求めないけど、こいつの出来る範囲での最高点は常に叩きだして貰わないと。最初の三十秒は合ってたんだから、全部合わせなさい。常に最高点叩いて、常に最高到達地点を伸ばしなさい」

「……わかった」

 

 清廉が一歩僕に近寄ると、自分の手の甲をトントントントンと叩く。

 

「このテンポよ。あんたより上手い二人をあんたの音で支えるの。あんたが役割を果たせば、あとはあたし達が最高に盛り上げてあげる。だから、死ぬ気でやれ」

「うん」

「よし」

 

 おでこと手のひらの汗を拭う。やっている動作は同じはずなのに、むずかしいな。もっと良い感じに叩きたいのに。家帰ったら練習動画見ないと。

 

「あんたがやってるのはこの世で一番楽しいコトなの。星野の音、かっこいいでしょ。ちゃんと聞いて、楽しむの。自分の音が不安なら周りを見なさい。……呼吸整えて、もっかいよ」

「……よし。もっかい。…………星野さん。星野さん?」

 

 再スタートしようと星野さんを見ると、不自然に上を向いていた。

 

「あの」

「気にしないでー。眩しくて、照明で目慣らしてるだけだから」

「へぇ?」

 

 この日は結局二十回ほど音を合わせ、終了した。

 

 ・・・

 

「じゃ、二人ともお疲れっ、オレバイト行ってくるから。清廉ちゃん、綾野クンのことよろしくっ」

「ま、またね、……ハレピ。行っちゃった」

 

 去っていく星野さんをヘトヘトの身体で見送る。

 三葉音楽スクール近く。

 街路樹をぐるっと囲むように設置された手すりに腰を預け、近くの自動販売機で買ったペットボトルの水を飲もうとすると、ズズッと身体が手すりから滑って水が盛大に顔にかかる。

 ――熱を持った脳が冷却されるようだ。

 

「あーあ。濡れちゃって。あんたタオル持ってるの?」

「……リュック」

「ほら、背中向けなさい。取ってあげる」

 

 隣に座っていた清廉はゴソゴソと僕が背負うリュックを漁り、タオルを取り出し僕の頭に乗せる。

 

「ちょっと熱が入り過ぎたわね」

「うん。はぁ、疲れた」

「明日は練習控えめにして楽譜頭に入れなさい。ほら、手、赤くなってるじゃない。ピリッとする感じある?」

「ある」

「マメできて潰れたら痛いわよ、ワセリン塗って擦れる部分はテーピングでもして予防しないと」

「怪我したら、練習できないから?」

「そうよ。努力の結晶は掌じゃなくて結果に求めましょ。あと一ヵ月、一緒に頑張るわよ」

 

 清廉は僕の掌の様子を確かめた後、自分の手をマッサージしはじめた。

 

「……あんた、思ったより必死よね」

「必死?」

「真剣にはやるんだろうなって、何となく思ってた。仕方なくあたしや星野に付き合うんじゃなくて、自分の意思でやるんだろうって。でも、それ以上に一生懸命やってて、驚いたわ」

 

 なんとも言えない評価だ。

 地面を見ながら、今日の事を思い返す。

 

「自分で言うのもなんだけど、あたし、一曲終わるごとに何度も厳しいこと言ってたのに。一度も不機嫌にならないじゃない」

「そりゃならないよ」

「どうして?」

 

 どうして? 

 ……それは、そう言われると、確かに清廉が疑問を浮かべるのもわかる気がした。でもそれは改めて考えないと浮かんでこない疑問で。なぜなら――。

 

「楽しかったから」

「ぇ?」

「せーれんと星野さんと一緒に遊べて、楽しかった。こんな楽しい気分、生まれて初めてだ」

 

 音楽理論とか、育成方針とか、そういうのは分からないけれど。今日の二時間はずっと楽しかった。雑念が入る隙間もない、充実充足した一瞬だった。

 しいて不満があるとするならば、この楽しさは永遠には続かないことくらい。

 

 きっと、気がつけば一瞬で終わってしまう。

 清廉は僕を泣かしたいらしいけれど、気を抜けば今にも泣けてきそうだ。

 ……こんな一瞬がある事を、僕は知らなかった。

 

「またやろうね、せーれん」

 

 口を閉ざした清廉を見れば。驚いたような、不思議なものを見たような表情を浮かべた後に苦笑した。

 

「あんた、そんな風に柔らかく、子どもみたいに笑えるんだ。親戚の五歳児思い出した」

「五歳児って……」

「ふふ、……そっか。楽しかったか、それは良かったわ。あたしはやりたくないことは絶対自分からはやらないタイプだけど、もし、綾野が無理してたらイヤだから。楽しいって言ってくれるなら安心してスパルタ特訓できるわ」

「お手柔らかに」

 

 やりたくないことは絶対やらない、か。

 ペイントパレット本社での口論やマリリの清廉評を思い出せば納得の自己評価ではあるけれど、わりと素直な性格っぽいから、もし清廉と揉めた時は真正面から頼んだ方が良さそうだ。

 変に気を遣った方が気を損ねる性格だろうし。

 

「はぁ、こう暑くてもあんたの髪が乾くまではもう少しかかりそうね」

「もう動けるよ?」

「そんな髪濡れた男が電車入ってきたら怖いでしょ。よし、じゃあ恋バナしよ」

 

 あぁ。恋愛脳が発動してしまった……。

 

「あんた、どういう子が好み?」

「明るくて、面倒見てくれる人。あと優しい」

「あたしじゃない」

「え」

「まさにあたしじゃない。明るい、面倒見良い、優しい」

「……付け足していい?」

「いいわよ」

「怒らない」

「怒らないじゃない。あんたがあたしを怒らせているだけだもの」

 

 自己肯定感が凄い。

 

「つまり、優しいお母さんみたいな人が好きなのね」

「そう言われると。そうなるのかなぁ……あ、一番大事なの忘れてた。丈夫で面白い人」

「それはあたしじゃないわね。繊細で融通が利かないとこあるもの」

 

 傍から見る分には清廉ほど愉快な人間もそうは居ないだろうよ……。

 

「あたしの好みはねぇ」

「前聞いたよ。ひょろっとして背が高くて頼りなさそうで、一芸ある人」

 

 というか星野さんだ。

 

「……恋バナ、思ったより盛り上がらないわね。女子同士じゃないからかしら」

「たぶん恥じらいとか、えーちょっと教えなさいよーみたいなターンが無いと面白みがないのかと思う」

「それだわ」

「面白い映画でさ、クイズ番組に出て人生逆転みたいなのがあって」

「それ知ってるかも。今までの人生で経験したことがクイズ内容みたいなやつよね」

「そう。そんな感じで、この人の言う好みから算出される好きな人はもしやっ。て言う共通の知人を推測する推理要素が恋バナの根幹なのかもしれない」

「そんな分析するヤツと話す話題じゃないのは確かね」

「……」

 

 清廉はふぅと息を吐くと星の見えない都会の空を眺めた。薄い雲を横切る飛行機を目で追うと清廉はポツリと声をもらす。

 

「成田から那覇まで約三時間。ゆっくり飛んでいるようで凄い速さよね。飛ぶための身体、動力、燃料……」

「せーれん?」

「……好きなこと得意なこと、性格、才能。それらが合致したら、自分でも理解出来ないほど速く世界が目まぐるしく変わる。……どこに行くのかな、あの飛行機」

 

 もしかして、自分の才覚を大型旅客機と同じスケールで考えているのか……。

 

「ちょっと、なにか言ってよ」

「清廉は旅客機って柄じゃないなーって思ってさ」

 

 七月に柚乃さんと乗った飛行機を思い出す。格安便とはいえ、あれは人が寛げるような構造をしていたように思える。

 清廉は、とてもじゃないが座る人を癒し寄り添うような構造ではあるまい。

 

「じゃあ何よ」

「超音速で飛ぶ最新ステルス戦闘機。複座式で、今は僕と星野さんが気絶しそうになりながら乗り込んでる」

 

 この人練習中、僕だけじゃなくて推しの星野さんにすら駄目出ししていたからな。

 指摘が的外れじゃないからか、星野さんは苦笑しながら清廉の要求に応えようと汗だくでベースを弾いていたほどだ。

 

「なにそれ……。ふふっ、戦闘機は詳しくないけど、褒められてないのはわかるわよ?」

 

 そう言いながらも清廉はどこか満足げだ。

 

「そっか、戦闘機か……。あたしってもっと親しみやすい感じだと思うけど」

 

 んなわけないだろ。

 

「ま……誰か乗っていて、目的地が明確ならいっか!」

 

 反動をつけて、清廉がパッと手すりから離れる。

 今の話を深堀りしたら清廉が休業中の理由やバーチャルアイドルになる事になった理由が聞けるのかもしれない。

 

 でも、生憎と、今の僕には清廉のお悩みを聞くような余裕はない。その姿を――地上から見上げて、見失わないようにするだけで精一杯だ。

 隔絶した才能と熱意。

 清廉に寄り添うのは、むずかしい。

 この歌姫は、何のために歌うんだろう……?

 

「一駅歩いて帰りましょ。立ち止まったまま時間を潰すのは性に合わないわ」

「いいけど。帰る前に楽器屋見てみたい」

「いいわね」

 

 そうして。

 ずっと憶えているであろう帰路で、記憶に残らないような下らない話をした。

 中古の電子ドラムも買ってしまった。

 






ということで『貌のない歌姫』前半戦終了です。
12月からの後半戦もよろしくお願いします!
いつも感想、評価、誤字報告ありがとうございます!感謝!
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