顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
星野さん、清廉、僕の三人で音を合わせてから三日が経過した。
今日も朝から花に水をやりに行って夏期講習に参加だ。
「……お」
出かける前。玄関で靴棚の上を見れば妹が作ったバイクのプラモデルが飾られていることに気がついた。ナスの代わりにバイクとかなんとか言っていたけれど……。もしかしたらお盆の精霊馬の代わりのつもりなのだろうか。
ご先祖が浄土からこちらに来る時は足の速い馬を模したキュウリ。帰りはゆっくり帰れるように牛を模したナス……だっけ?
正直、そういう霊的イベントの意味はよくわからない。妹も、さほど理解しているわけではないだろう。
……けれど、僕より思いやりがあるのは確かだ。
イタリア生まれの赤い名車。
丁寧に作られたバイクのプラモデルを見る。
これならばキュウリとナスに比べれば行きは速く、帰りはギリギリまで居られるとでも考えたのかもしれな……。いや、エリちゃんはそこまで考える性格じゃないか。キュウリとナスの役割の区別もついていないに違いない。
賢い子ではあるけれども知識は無いのだ。
「れー。エリのバイクみた?」
昨晩は暑かったからかキャミソールにドルフィンパンツと薄着の妹が目をこすりながら二階から降りてくる。
「良く出来てるよ」
「だよね。エリってなんでも出来ちゃうんだからすごいよ」
「色も自分で塗ったんだ?」
「そう! 動画見ながら缶のやつで塗ったんだよ? ほんとすごい。レーも褒めていいよ」
「凄い凄い」
「ただでさえ美少女なのに手先まで器用だなんて。エリって天才かも」
「天才天才」
寝起きから妹の自画自賛が止まらない。
ゲームばかりしている妹だけれど、手を動かして何かを作るのも楽しめたようだ。
それなら、買ってきた甲斐もある。
玄関に座り、スニーカーに足を通し、靴の紐を結び直そうとすると。
妹に後ろから抱きしめられる。
邪魔だなと思いその顔を見上げれば、銀河系を閉じ込めたみたいなキラキラとした瞳と視線が重なった。
「なに」
「夏休み、レーはもっと家にいるかと思ってた」
まるで仕事に行く飼い主を引き留める犬のように寂しがっている様子。もしかしたらバイクも僕と一緒に作るつもりだったのかもしれない。
「エリの予定だと毎日一緒に遊ぶはずだったのに」
「毎日十五分はエリちゃんのダイエットに付き合ってるじゃん」
「ノンデリ」
僕を抱きしめる、というより引き留めようとする妹の腕の力が強くなる。なにか妹の不満をはらせるようなイベントでもあればいいけれど……あ。
「ライブ、聞きに来る?」
「いいの?」
ふと思いついた言葉だったけれど、妹は興味がある雰囲気で腕の力を抜いた。
どうやら興味があったらしい。自分で提案しておいてなんだが、確かに大きなアンプから出る生の音の迫力は中学生の夏休みの思い出には良いかもしれない。
なんだかんだと僕が今こうして在るのは妹の影響も大きいし、ここ数か月エリちゃんには色々と新鮮な光景を見せてもらってきた。
たまには、僕から何かを見せるのも良いだろう。
「月末にやるから。親か友達と一緒に来な」
「げつまつ。……そっか、そっか! そこまで頼み込まれたらしょうがないな。じゃ、それまでにエリのライブも見てね。見ないと行ってあげないんだからね」
「ふっ……わかったよ」
急に元気になった妹から解放され、ようやく外出の準備が整う。
……自分が頑張ったものは確かに見てもらいたくなる、か。
今になってライブ映像を見せたがる、妹の気持ちが少し理解出来た。
・・・
青空の下を進むクロスバイクは水たまりを突っ切り高校の校門を通過する。制服ではなく動きやすい私服での登校は少しだけ非日常的だ。
駐輪場にクロスバイクを停めて下駄箱には寄らず、そのまま園芸部の部室として使っているプレハブ小屋へ向かう。
一昨日の夜から昨日までは台風を思わせるほどの大雨だったけれど、園芸部員が育てている花はプランターごと部室内の机の上に避難されていた。
花びらは強風と大きな雨粒で落ちてしまう事もあるから、頑張って花を部室に運び込んでくれたギャル後輩にはしっかりお礼を言っておかねば。
台車に乗せたプランターをゴロゴロと外に運び出し、定位置に戻してから水を適量与える。
「よし」
一通り水をやり終え、軽くストレッチ。
リュックからドラム練習パッドを取り出し部室前に設置する。立ったまま叩いても良いけれど、出来ればドラムスローンに座った感覚でやった方が良いかと思い直し部室からパイプ椅子を引っ張り出す。持ち歩いている練習パッドは一つ、先日の本物ドラムセットを思い出すと叩く場所が物足りない。
「バケツ……」
パイプ椅子をもう一個引っ張り出し、その上に園芸部備品のバケツをハイタム代わりに置いてみる。トンと叩けば思ったよりも良い音がして――。
結局、計二つのバケツを用意し、ハイタムとハイハットに見立てる。なるほど、ドラムセットを持ち歩くのは難しいけれど、とりあえず叩けば音が出る物であれば楽に用意できる。
タオルを首にかけて両肩をグルグルと回し、スマートフォンをタップ。メトロノームのアプリを鳴らす。
8ビートを叩き、16ビートを叩き、簡単なフィルインを混ぜる。
教会で一人黙々と叩いてばかりだけれど、こうして開放的な空間で練習するのも楽しいかもしれない。アクティブな貧乏ゆすりのように右足をペタペタ動かしつつ、両手のスティックを振り下ろす。
BPMは最初は早めに設定して、うまく出来ない部分を低速にして練習。難しい部分は自分が理解出来る範囲までレベルを落としてずっと練習。
全部、星野さんが送って来た動画で勉強した事だ。
最初はあの動画、星野さんが実演してくれたんだなと思っていたけれど――多分別人だ。
ポン、とスマートフォンが鳴る。
今日の練習動画が届いた。
話を聞いた訳ではないけれど、きっとこの通信ドラム講座の先生は星野さんがやっていたバンドの元メンバーなのではないかと思う。星野ならこういう音を欲しがるとか、こう叩いておけばいいとか、ドラムを叩いている動画に表示される字幕は多弁だ。
もしかしたら、この顔を見た事もないドラムの先生はまだ星野さんとバンドをやりたいのではなかろうか。
でも、何かしらの事情で一緒に出来ないからこうして僕に毎日動画を送ってくれているのかもしれない。
もしそうなのであれば……これは無料レッスンじゃない。
あと一ヵ月も経たないうちに、対価を払うタイミングが来る。
金銭を払うよりもっと困難な、結果を出すという対価。
期待されている……いや、そうでは無い気も――。
「……今は、いいか」
時間が惜しい。
メトロノームの音に意識を戻し、集中して練習パッドとバケツを叩く。フィルインを入れるとバスドラムを踏み忘れる癖を直さないと……。
――そうして一時間叩き続け顔を上げると。
フルートと折り畳み椅子を持つクラスメイトの横浜さんと目が合った。
制服ではなくTシャツに短パン姿。長い髪はポニーテールに纏めている。吹奏楽部は朝早くから活動しているのだが、個人練習の時間になったらしい。
ドラムの練習をするまでは気がつかなかったけれど、横浜さんはこの園芸部近くの校舎裏で個人練習をしているらしく、僕が練習パッドを叩いている音に気がついてからは様子を見に来るようになっていた。
「ちょっと慣れた?」
「頭と、足が混線する」
タオルで汗を拭いつつ答える。
「そんなもんだ。吹奏楽部入ればドラム叩き放題だよ?」
「いや、その問題は解決するから」
「ふーん? ま、いいや。せっかくだからこのペースで叩いてよ」
横浜さんは折り畳み椅子を置き、自分の腕をペチペチ叩き、フルートを構えた。
これも人と合わせる練習か。
昔からのクラスメイトである横浜さん相手であれば清廉相手よりも気楽に叩けそうだ。
「横浜さんっていつからフルート吹いてるの?」
「んー、小学生のクラブ活動からかな。そういえば綾野は小学生の時、学芸会でカスタネット叩いてたっけ。懐かしい」
「まるで憶えてない」
「ふっ、虚空を眺めながら叩いてたから無理もない。音楽の先生怖がってたよ。ほんとに綾野は昔から人に面倒ばかりかけて。同窓会とかあったらクラスメイト全員にお世話になりましたって言うべき」
「そこまでじゃないでしょ」
「ガキ大将みたいな子にも教育実習の大学生にも、あ、思い出した。小4の時にフィンランドから来た転校生にだって面倒見てもらってたでしょ。綾野、自分よりしっかりしてそうな相手に甘えすぎ。私、こいつ単に面倒くさがりだなって気付いてたからね」
「……」
今後、横浜さんには従順でいないと僕の沽券にかかわる情報が広がりかねないな。少なくとも横浜さんの妹を通じて僕の妹にまで話が流れると家庭内での発言力が地に落ちる。
「って、そんなことはどーでもいいから。練習始めよ」
「はい、姐さん」
ま、そんな話はともかくとして。
まさか中学から……いや、小学校から同じクラスだった人とこんな風に遊ぶ機会がくるとは思わなかった。
横浜さんと目線を合わせスティックを鳴らし、練習パッドを叩き始めると――。
世界が、少しだけ広がった様な気がした。
そういえばコメント欄にあったリーガルリリーの曲良かったのでミニアルバムthe postとアルバムkirin買いました。
バンド関連で面白そうだなと思っていた漫画『ふつうの軽音部』も買ってみました。
面白かったです。書く前に買え。
という事で後半戦スタートです。
いつもたくさんのコメント、評価、誤字修正していただきありがとうございます!
感謝!