顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
マリリとケバブを食べた翌日、土曜日。ワンダフル・カーニバル当日だ。
早朝に目が覚め、一時間ほどドラムの練習をしてから身支度を整える。
七時半ごろに真野先輩と合流し、海浜幕張駅で降車。こういうイベント、早朝から並ぶのかと思っていたけれど優先入場券だったり事前整理券が導入された結果、早朝から並ぶという文化は廃されたのだとか。
時刻は八時過ぎ、すでに日は高く気温は三十度を超えている。
「んー。暑いね。綾野っち、そんな綺麗な恰好しても汗だくになっちゃうよ?」
「今日の朝、母親が上下セットの服をくれたので。そのまま着てきました」
「白いシルクのYシャツと黒のワイドパンツ……。オカンが買って来る服とは思えないわ」
「似合ってますか」
「似合ってる似合ってる」
「へへ」
そう言いながら自作のディーラー表を眺める真野先輩と共に入場ゲートに向かい、荷物チェックなどの入場手続きを済ませ腕に入場確認リストバンドを装着。学割と優先入場券合わせてちょっとした遊園地みたいな値段になったので、しっかりと楽しみたいところだ。
「ほら、ヒンヤリタオルかぶって帽子かぶって。あとミニ折り畳み椅子持ってきたから。しばらくこれで待機だ」
至れり尽くせりの待機用アイテムを貰い、待機列に並ぶ。
「綾野っちは今日は誰目当てだっけ?」
「軍資金が減ったので、改めて色々悩んだんですけど、ひとまずこのディーラーさんのエリオットを買おうかと思います」
真野先輩の自作ディーラー表を指さす。
ユウアイ製作所、という活動開始したのはここ数ヵ月くらいのディーラーさんだけれど、エリオット推しらしくて全ての衣装を立体化しそうな勢いで造形し続けている猛者だ。オリジナル衣装のエリオットまで作っている。
「ホヘトちゃんはいいの?」
「レッドメモリーは二次創作規約で当日版権なくても後日オンライン販売出来るはずなので、ホヘトちゃんはそっちで狙おうかと思います」
「悪くない判断ではある」
「今回は見学メインで冬に備えます」
「良いと思うよ。夏は会場内も暑いし並ぶの大変だからね」
「というか、電子ドラム買ったので予算が減りました」
「送ってくれた写真見たよ。ガレキも良いけど楽器だって立体物としては有りっしょ。なんならうちにもギターとベースあるし」
「真野先輩楽器弾けるんですか?」
「女の子バンドアニメにハマる度に買ってるだけ」
「あー」
楽器屋覗いた時に清廉が中古ベースの買い時を教えてくれたな。バンドアニメが流行ってから三か月から半年後あたりにお店に行くと中古が豊富とかなんとか。アンプあたりはほぼ未使用の新古品みたいなのが沢山流れてくるらしい。
「真野先輩みたいなののお陰で音楽始めたい中高生は助かってると思いますよ」
「それは、どうもっす……」
そうしてしばらく待機し、入場が始まった。
真野先輩とは入り口で別れ、僕らは別々の戦場へと赴くのだった。
・・・
僕の前に並んでいるのは二十人前後。
エリオットを作ってくれたディーラーさんは他にもいて、中には百人を超える列を形成しているところもあり、我ながら良い穴場を見つけたものだと満足。
楽しい雰囲気は好きだけれど、並ぶのも人ごみもそんなに好きじゃ無いからこのくらいの列が有難い。
「次のかた、どうぞー」
ディーラーさんのテーブルには熊みたいにガッシリとした体格のお兄さんと売り子のお姉さんが並んで立っていた。売り子のお姉さんはエリオットの初期衣装、お姫様風白と赤のフリフリドレスを着ており中々のクオリティだ。
「一番と二番ですね、ありがとうございまーす。……お兄、あいさつ」
「……ありがとうございます。姫、良いですよね」
一歩づつ前に進んでいく。なんだかワクワクするな。やっぱり来て正解だった。ここに並んでる人が妹を応援してくれているのだと思うと嬉しい。並んでいる人がそこまで多く無いからか、目の前でちょくちょく交わされるディーラーさんと購入者たちの会話も興味深い。
「……自分が思う姫の可愛いところですか。そうですね、ちょくちょく出る冷たいところが良いかなと。……あ、分かります。いえいえ、こちらこそ来て貰ってありがとうございます。また機会があれば、お願いします」
「お兄、エリちゃん好き同士なんだからもっとハキハキ喋りなよ」
「……すまない」
「次の方どうぞー」
この人たち、兄妹でディーラーやってるのかな。役割分担出来ているようで羨ましい。
我が家でお店ごっこやろうものなら全部僕が担当する事になりそうだ。
「……ありがとうございます。ええ、ライブ最高でした」
「先月の記念配信最初っから最後まで最高でしたよねっ、私最初のクイズあたりから泣いちゃいましたよっ」
そうして、スマートフォンを弄ることもなくぼけっと前に並ぶ人たちの会話を眺めながら順番待ちをしていると、ついに僕の番が回って来る。
「次の方、どうぞー。購入は二つまでとなっておりまーす」
「あ、はい」
お姉さんと目が合い、前に進むと。
「お兄さんはエリオットちゃんのどういうとこ好きですかー?」
などと気さくに話しかけられる。
「エリちゃんの好きなところですか……。うーん、なんだかんだ優しいところですかね」
そんな当たり障りのない言葉を返すと。ディーラーのお兄さんとお姉さんが僕の口や喉の辺りをじっと見て黙ってしまう。もしかして、もう少し言った方が良いのだろうか。
「あとは……すぅ、うーん、アホなところ……とか?」
「……」
「……っ」
しまったな。アホなところというのはエリオットファンの人からすると良く思わないか。
お兄さんの方など両手で口を押さえ、僕の事を信じられないといった様子で見つめている。
なんなら朗らかな様子で並んでいた後ろの人も僅かにざわついている。
……もしかして僕、エリちゃんファンの間でのブロックワードみたいなの口にしたのか?
このままドナドナされて袋叩きにされてしまうのか?
「もしかし、あ、いやええと、れ、ええと、それで何番がよろしいでしょうか?」
お姉さんの方もなんだか挙動不審だ。
「五番の、ヘラジカエリちゃん下さい」
「はいっ。ヘラジカエリちゃん入ります!」
五番、ヘラジカエリちゃんが入った箱がテーブル下の段ボールから現れる。
「僕、ヘラジカ好きなんでこれ見た時すぐ欲しいって思ったんですよ。買えてよかったです」
ヘラジカのデカいツノをつけて、ヘラジカっぽい毛皮を被ったエリオット。これがオリジナルとは思えない素晴らしいデザインなのだ。上手く作れるだろうか……。
「ぼく……」
「ヘラジカ……」
ディーラー二人はブツブツと呟きはじめ、様子がおかしい。
ギギギ、と音が出そうな重い動作で動く二人が原因で妙に会計に時間がかかっているので後ろに並んでいるお兄さんおじさんお姉さんに「なんかすみません」と声を掛けると。
ゴクリ、と音が出そうな生唾を飲み込み「おかまいなく」と気を遣ってもらった。
エリちゃんのファンって、意外と民度高いんだ。
「……お、おお、お代は、けっこうです」
「……?」
お兄さんの方が頑なにお金を受け取ろうとしないので、仕方なくその手を掴みギュッとお札と小銭を握らせると。
「ひゃっ」
そんな小さな悲鳴が三つ。ディーラーのお兄さんとお姉さんと、後ろに並んでいるお姉さんから聞こえて来た。
今の時代って男が男の手掴んでも問題なのかな……。
というか僕、けっこう人の手とか触っても大丈夫になって来たな。これが成長期か。
「それじゃ、ありがとうございました。応援してます」
妙な居心地の悪さを感じつつ、欲しかったガレージキットを買えた確かな満足感と共にその場を後にした。
そして、買う予定になかった手頃な価格のガレージキットを買ったり、沢山のテーブルに並ぶ完成品を見学しながら真野先輩の用事が終わるのを待ち。
未だ多くの人が集うワンダフル・カーニバルの地を後にした。
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