顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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明星は響く

 ワンダフル・カーニバルの会場から一度家まで帰り、買ってきたヘラジカエリちゃんを妹に見せると。

 

「わっ、かわいいねー」

 

 そう言うと随分気に入った様子で写真をスマートフォンで撮影してSNSに投稿していたけれど……、買ったのは僕だし身バレに繋がるような事にはなるまい。

 ああも気に入ったのであれば冬には妹をワンダフル・カーニバルに連れて行っても良いかも知れない。

 

「じゃあ、出かけるから」

「えー。帰って来たばっかじゃん」

 

 妹を押しのけ、電車に揺られ――。

 十六時前、三葉音楽スクール前に到着し、なんとなく手のひらを眺める。

 最近、ドラムスティックを握るのに慣れて来たものの。その分手の中でスティックが擦れる場所が一定になってきており、特に中指の第二関節辺りがピリピリとする。

柔らかく握っているつもりだけれど、木製のスティックを振っている以上ある程度の摩擦は避けられない。

 

 星野さんを通して通信教育の先生に質問したところ、スティックを力いっぱい握らなければマメは出来にくいけれど、タコが出来るのはしょうがない。とのことだった。

 タコとは、徐々に皮が厚くなっていくこと。

 この徐々に皮が厚くなるペース以上に練習をすると手が血塗れになるのだろう。

 ……とりあえずドラッグストアで買ったテーピングを指に巻いておくか。

 

 正しいスティックの握り方。中々難しい。

 先生曰く、柔らかく持ち、中指薬指小指を動かして、バスケットボールをドリブルさせるようなイメージでスティックを振るべし、だとか。

 試行錯誤中ではあるものの、このバスケットボールをドリブルさせるように叩くというやり方を知った時は中々に感動した。本当にスティックが跳ねるのだ。ゲームで言うところのジャスト判定みたいな感触でドラムを叩ける。

 

「エアでスネア叩くなんて、練習熱心じゃない」

 

 ぼけっと突っ立っているとベースを背負った清廉が現れた。

 今日は星野さんと会う予定が無いからか、夏用の長袖パーカーに薄手のスラックスと、清廉にしては適当な格好だ。

 

「というかあんた、随分綺麗な服着てるわね」

「朝、母親がくれた」

「なに、誕生日?」

「誕生日はもうちょい先」

「もうちょいって?」

「……」

 

 ぐいぐい来るなと思いつつも、誕生日なんてべつに隠すものでも無い。

 

「八月三十一日」

 

 素直に白状する。

 

「は。え、あんた八月生まれだったの。言いなさいよ、すっかりお祝いし損ねるとこだったじゃないっ。というかライブの日じゃないの!」

「祝われるような日でもないし」

「あーもー。聞いておいて良かった。暑いからアイスケーキが良いわね」

「いいよそんな」

「あんたは良くても周りは気になるでしょ」

「……そーいうもの?」

 

 清廉にしては視野の広い意見だ。

 もしかしたら身近に僕みたいな人間がいるのかもしれない。

 

「そうよ。だってあたし、あんたが生まれて来て良かったと思ってるし」

 

 さらっと、心のどこかに染みる言葉を言われてつい清廉をジッと見てしまう。

 

「なに。あたし、へんなこと言った?」

「いや……いや、そんな事ないよ」

「そうよね。で、なにか欲しいのないの。現実的な範囲なら叶えてあげる」

「せーれんが?」

「あたし以外に誰が居るのよ。あ、星野にはあたしから伝えてあげる。さすがに自分から誕生日プレゼントの催促は気が引けるでしょ? ね、ほら、欲しいもの今のうちに言っておきなさい」

 

 この様子じゃいらないよ、なんて言っても清廉は納得しないだろうし……。清廉の負担にならない範囲で欲しいもの、か。

 んん。

 

「……じゃあ、あの……べたなハッピーバースデーの歌。歌ってよ」

「なにモジモジしてんのよ。そこはスタート地点でしょ……。ほんとにそれでいいの?」

 

 コクリと頷く。

 すると清廉は。

 

「任せろ」

 

 グッと親指を立て、三葉ミュージックスクールへと入っていった。

 

・・・

 

「気、抜くなっ。バスドラムズレるくらいなら最初っから踏まない方がマシなのっ」

「そんなんじゃ歌えないわよ、あたしをしっかり支えなさいっ」

「ぬるい! 弾けるような音の方がカッコいいでしょっ? リバウンド意識してタンッよ」

 

 等々。

練習が始まり九十分。210号室に清廉の喝が轟く。

 大声という訳でもないのに、清廉の声は強くまっすぐ僕の元まで飛んでくる。

 

「手元だけじゃなくて、しっかりあたしも見て、合わせるの。三人で音を作るの。空間と時間を共有するように、呼吸を合わせて。すって、はいて、すってー、はいてー」

「ひっ……ひっ……ふー」

「汗だくでボケるな」

「はぁ、はぁ、深呼吸求められて、ラマーズ法、的な。これ古典お笑いのテストで、はぁ、出るよ」

「……息切らして説明しなくていいから。あーもう、一旦休憩っ」

 

 清廉は丸椅子にトンと座ると水の入ったペットボトルに口をつけ、僕は立ち上がり腰を伸ばした。座りっぱなしだけれど右足はずっとペダルを踏んだり離したりで独特の疲労感。それに、手もピリピリとしていて、お風呂に入ったら染みそうだ。

 

「せーれんの指って、けっこう硬いの?」

「んー?」

「ギターとかもさ、練習したら指が硬くなるって言うじゃん」

 

 清廉はペットボトルの蓋を締めると僕を手招き、その手にのこのこ呼び寄せられると。

 左手でグッと顔を鷲掴みにされた。

 

「硬っ」

 

 パッと顔から離された清廉の指先に触れてみれば、確かに女性的な柔らかさとは違う皮膚の硬さがあった。やはり清廉は口調や態度に負けないほど努力家だ。

 

「……べつにいいんだけどさ。あんた、女の子に気安く触り過ぎじゃない?」

「あ、ごめん」

 

 なんなら人に触るのも触られるのも好きではなかったはずだけれど、どうにも先月山奥で霊感少女の手を引いて以降、そのあたりが気にならなくなったような気がする。……霊障か?

 

「ここまで意識されないと女として自信を無くすレベルなんだけど。あたし、可愛いよね」

「せーれんは可愛いよ」

「感情こもってないのよ。兄妹がいるとそういう耐性できるのかしら。ね、綾野の妹のエリオットってそんなに可愛いの?」

「エリちゃん?」

 

 妹がいるって清廉に言った事あったっけ。というかエリオットって……。

 

「あんた、レーでしょ?」

「え」

 

 その響きは、妹が僕を呼ぶ時とまるで一緒だ。

 カタカナみたいな、どこか無機質で、親しみのある響き。

 

「確かめる必要も無かったから聞かなかったけど。その顔、やっぱり正解か」

 

 清廉は分かり切った答えを確認したかのように息をもらした。

 

「いつから気づいてたの?」

「しいて言うなら最初から。綾野と初めて会った時から聞き覚えある声だなって思ったし、吉野マネージャーと一緒に居る時の喋り声でもう確信ね」

「はや」

「一応さ、ブイチューバーについて調べたりしてたから。あんたら兄妹の切り抜き動画も見たことあったの。たぶん、あたしだけじゃなくてエリオット好きな人ならすぐ気がつくレベルだと思うわよ? 人に身バレがどうこう説明してたけど、あんたこそ気をつけなさい」

 

 心配してくれるのは有難いけれど、杞憂と言うか、この僕が身バレとかそんな迂闊な事態を引き起こすとは思えない。

 

「せーれんの耳が良いだけだと思うけど」

「綾野の声聞き取りやすいから。エリちゃんとか、あんたに紐付けられる単語は口にしない方が良いレベルだと思うけど。身バレするわよ?」

「僕がバレたとてなぁ」

「んー。あんた無防備よ?」

 

 顔出しをしていないとはいえ、さすが有名な歌姫さま。

 身バレ云々に関しては僕よりもよほど慎重らしい。

 清廉は立ち上がり、自身のリュックの中からスマートフォンを取り出しスッスとスワイプを繰り返すと僕に画面を見せつけた。

 

「『エリオットとレー切り抜き』に『レー出演シーンまとめ』とか。ショートでも動画流れて来たし。『リオネット家登場回反応まとめ集』みたいな動画まであるわよ? 注目されてるんだからちゃんと気をつけなさい」

「……せーれん全部見てるじゃん」

 

 表示される動画の下の部分に再生済みを示す赤い線が入っている。

 

「バンドメンバーがどんな人なのか確認したの」

「結果は?」

「カラオケに誘っても問題なさそうな人間だと思ったわ」

 

 ……カラオケって、バンド組むって言われた翌日だっけ。

 随分と早い段階から審査していたようだ。

 改めてスマートフォンの画面を見れば特にエリオット記念配信に出て以降、僕関連の動画が伸びているようだ。ここ一、二週間。僕がドラム練習パッドをドコドコ叩いているうちに、エリちゃんのファンたちは意味のない動画で随分と時間を無駄にしているらしい。

 

「……ほんと表情に出やすいわね。あのね、自意識過剰も見てられないけど、あたしのトモダチが無価値な訳ないんだから。もうちょっと自分に興味持ちなさい?」

 

 清廉はさらっと綾野ポイントを稼ぐと、壁に立て掛けていたベースを肩にかける。

 

「さ、ちょっと気になってた疑問の答え合わせも済んだし練習再開するわよ」

 

・・・

 

 十八時過ぎ、ビルの向こうから夕焼けのオレンジ色が滲んでいる。

 

「暑くて飲み物買っちゃうけど毎回ペットボトル買うのも学生には痛い出費だわ」

 

 以前も腰かけた街路樹周りの手すりに体重を預け、僕と清廉は百円で買った水を飲み干す。

 

「歌で稼いでるんじゃないの?」

 

 あたしがmiuよ、と言われたわけでも無いので今まで『miu』について言及したことは無かったけれど、話の流れでつい口にしてしまった。

 だが清廉は気にする様子もなく「なんであんたが知ってるのよ」と言う事も無く、苦笑するだけだった。

 

「そうなら良いんだけどね。うちの親、お堅い公務員だから。あたしが成人するまで大金は持たせないんだって。だから自分がいくら稼いだのかも知らないし、これから毎日練習スタジオ借りるのも現実的ではないわ」

「そっか。僕も色々散財したから、二人分払うのは大変かな」

「あたしの分はあたしが払うわよ」

 

 清廉への好感度が上がり続けている。

 心身ともに健全なこの歌姫は湿度とは無縁で心地が良い。

 

「でもフリータイムのあるカラオケじゃドラムは持ち込めないし。うちに呼んでも良いけどやっぱりドラムが無いし。練習パッドだけで我慢できる?」

「無理。もうあのトコトコ音だけじゃ満足できない」

「そりゃそうだ。でも、あたしも流石に音聞かないとなんて言ってあげればいいか分からないし……うーん。綾野、どっかいいとこ知らない?」

 

 三時間の練習で三千五百円ほど。ドラムレンタル代も入っているとはいえ、あと二十日近く毎日通うのは大変だ。星野さんが加わればもう少し安くなるとは言え電車代も考えると、アルバイトしているとはいえ電子ドラム買ったりガレージキット買ったりした僕にも中々厳しい。

 無論、必要とあらば貯金パワーをこの夏の為に全開放したって良いのだけれど。それは清廉が良しとしないだろう。

 

「ちょっと暑いけど、僕が普段練習してるとこ来る?」

「あんたの家?」

「いや、近所の空きスペース使わせて貰ってる。エアコン効かないから、あんまりおススメしないけど。音の響きは良いと思うよ」

 

 もし清廉が来るとなればアイスや飲み物の準備をしなければ。

 

「そっか、じゃあそこで練習しましょ。いざとなったらあたしも考えがあったけど。じゃ、とりあえず明日、は予定あるから明後日からはそこで練習でいい?」 

「場所はあとで連絡するね」

 

本番まで時間がない。悔いのないように練習しないと。

 かくして、本日の合同練習は終了と――。

 

「ねえ」

 

 駅に向かう僕の背中に清廉の声がかかる。

 

「えと、なんだろな。その……」

 

 振り返れば、見た事のない表情を浮かべた清廉がいた。

 声をかけた自分に驚いているような。

この表情なんと形容すればいいのか……しいて言えば。

 僕の顔色を窺うみたいだなと思った。

 

「あー、ちょっと、楽器屋に寄って行かない?」

「いいけど」

 

 清廉が珍しく言い淀んでいた。

おそらく。何か他の事を言いたかったのだと思う。何故かはわからないけれど、清廉は自分の中に沸いた言葉を飲み込んだのだ。

 だが。

 どんな気持ちを飲み込んだのか、それは僕が気にする必要はない。僕が気を遣って聞き出す必要も無いだろう。

 

「なにか言いたそうね」

「いや。全ての人がせーれんみたいに分かりやすければ良いのにって思っただけ」

「生意気っ」

 

 清廉未羽という人間がいつまでも自分の気持ちを我慢できるはずが無い。

 いずれ今飲み込んだ言葉を聞く機会は来るだろう。

 






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