顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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明星は響く(2)

 妹とゲームで少しだけ遊びアルバイトをして、その後はずっと電子ドラムを叩くだけの日曜日が終わり月曜日がやってきた。

 

 教会で朝から電子ドラムを叩き昼頃に一度帰宅し妹の昼ご飯を作り、そこから最寄り駅で清廉と合流し歩くこと二十分。

 運動用の白いジャージに身を包んだ清廉はベースを背負い、アンプを収めたキャリーカートを引き、物珍しそうに周囲を観察しながら僕の日傘の陰に隠れると――。

 

「ここ、教会じゃないの。空きスペースって言ってなかった?」

 

 本日の練習場所を見上げた。

 

「正確に言えば、元、教会。今は人っ子一人だけ住んでる」

「また変な言い方して」

 

 レンガの壁に囲まれた敷地、鉄製の大きな門の向こうには良く言えばレトロな外観の教会が見える。僕からすれば見慣れた教会だけれど清廉からすれば幽霊屋敷に招かれた気分かも知れない。

 

「迷うほど複雑な道じゃないと思うけど、心配だったらまた駅まで迎えに行くから」

 

 施錠された門の鍵を開け、教会正面から側面に回り勝手口の鍵を開けると教会内の廊下に繋がる。

 

「ここ右に行くとエアコンのある勉強部屋とキッチン。で、こっちいくと講堂……礼拝堂って言った方が良いんだっけかな。トイレとお風呂は反対側にあるから、好きに使って良いって。ただ一番奥の部屋はシスターの部屋だから入っちゃ駄目」

「わかった。あ、そうだ。お邪魔するわけだから家から水ようかん持って来たけど。どうすればいい?」

 

 清廉はリュックの中を指さす。

 

「とりあえず後で冷蔵庫に入れておくよ」

 

 土産物……か。

 清廉はしっかりしている部分としていない部分がある人だけれど。

 今回はしっかりしている部分が顔を覗かせてしまった。

 日頃手ぶらで、なんなら夕飯までご馳走になっている僕の立場が危うくなる代物だ。アンジェに「たまにはこういう気遣いも嬉しいですよね」などと小言を言われる前に僕もご機嫌取りをしなければ……。

 と、保身を考えながら扉を開き、長椅子が並ぶ講堂に入る。

 昨日のうちに家から持ってきた扇風機とアンジェが用意してくれた扇風機の計二台の電源を入れて、空気の流れを良くする。

 

「確かにちょっと暑いけど、この時間でこの暑さならなんとかなりそうね。普通の部屋よりも音の響きも良さそうだし。ねえ、このリュックは椅子に置いて良いの?」

「そっちの説教台、学校の先生が使う机みたいなとこ以外なら何をどこに置いたって良いってさ」

「説教台……、そういう名前なのね」

 

 清廉は背負っていたリュックを長椅子の上に置き、タオルを取り出すと首に下げた。

 ここに来るまでにすっかり汗をかいてしまったし、練習前に水分補給をしておくか。

 

「ちなみにそっちの長方形のデカい箱みたいなのが改造懺悔室」

「改造懺悔室?」

「中にモニターが入っていてバーチャルな感じでお悩み相談できる」

「最初からオンラインミーティングみたいにすれば良いじゃない。なんで一応はここに来ないと駄目なのよ」

「その結果のバーチャルアイドルとも言える」

「……ん?」

「ここのシスター、近々ブイチューバーとしてデビューして人々の悩みを蒐集……いや人々の悩みを聞き届けようとしてるんだ」

「シスターがバーチャル……。なんだかカルチャーショックだわ」

 

 さて。

 そのシスターとあなた面識有りますよ。とすっかり言い損ねている訳だけれど。 

 恋愛脳の清廉に色々あって今ではおおよそ『従姉妹』みたいに思っているアンジェとの関係性を説明するのも面倒だしな。

 うん、べつに言う必要ないか。

 ちなみにアンジェに清廉がここに来ると伝えた時は――。

 

『…………は? あんな才能に満ち溢れたエネルギーの塊みたいな人を前にしたら私みたいなナメクジ蒸発しちゃうじゃないですか! お友達とここを使うのは構いませんけど私は戦略的撤退をさせてもらいますからね! …………。なんでナメクジじゃないよって言わないんですか!』

 

 と、快諾してくれた。

 鬱屈とした感情と共に育った人間、心身共に健やかに育った人間。相性の悪そうな二人がどういう会話をしてどんな気まずい空気が流れるのか見学したかったけれど。残念ながらアンジェはしばらく様子見に徹するつもりらしい。

 今頃はここよりも過ごしやすい我が家で妹とお喋りしていることだろう。

 

「この静かで落ち着いた雰囲気、すっごく素敵。映画のセットみたいだわ」

 

 清廉は教会の内装を感心した様子で眺めている。

 本当はエアコンがある勉強部屋でやれたらいいものの、あの場所は楽器を弾くには手狭な上に一応アンジェの生活スペースだから……あ。忘れるところだった。

 

「せーれんには、ここを借りる上で言って欲しい言葉があります」

「なによ急に」

「この場をお貸し頂いた事。主とシスターアンジェリカに感謝いたします」

「……?」

「お祈り的なやつ」

「なるほど。そういうのは大事よね。主と、シスターアンジェリカに感謝いたします」

 

 清廉は復唱し――。

 

「……アンジェリカって、どこかで聞き覚えがあるような」

 

 首をひねった。

 この歌姫、やっぱり同期の名前を憶えていないらしい。

 自分の興味の外というか……ブイチューバー自体にもそこまで興味は無さそうなんだよなこの人。僕としては事務所の人にも協力的ではないのもどうかと思うけれど――。

 

「アンジェリカ、ここを貸してくれている心優しいシスターの名前だよ」

 

 ま、その辺りは僕が小うるさく言う問題でもないか。

 藪蛇で清廉の機嫌をわざわざ損ねる必要も今のところない。今は楽しくバンド活動をする方が大事だ。

 

「シスター・アンジェリカね、憶えたわ。ふふ、教会でシスターで音楽だなんてあの映画思い出すわ。シスター・メアリー・クラレンス。知ってる?」

「もちろん。あの映画の曲も歌えるよ」

 

 だてに子供の頃、ぼけっと映画を眺めていたわけではない。名作は一通り履修済みだ。

 

「あんた、妙にレパートリーあるわね。もしかしてボーカルの座、狙ってる?」

「まさか。清廉が歌わないならバンドも始めなかったよ」

「ふふっ、ならご期待に沿えるように頑張らせてもらうわ」

 

 嘘偽りのない本音を伝えると、清廉は朗らかに微笑んだ。

 ――そうだ。

 たとえ清廉に人としてどうかと思う部分が見え隠れしようとも問題はない。歌ってくれさえすれば――。

 清廉はベースのチューニングをはじめ、ストレッチと水分補給を済まし。

 

「やるわよ!」

 

 今日の練習が始まる。

 

・・・

 

「疲れているからって姿勢を崩さない、腰痛めたらどうするのっ。テンポ少し遅れてる……それはちょっと早い、あたしのベースとメトロノームの音、タイミング、しっかり聞いて。あたしもバンドでやってみて分かったけど、リズムを合わせるだけじゃなくて三人の呼吸を合わせるのが大事なの。しっかり、あたしを感じて、そう、そのまま一定で――ふぅ。とりあえず休憩。手は怪我してない? とりあえず腕は冷やして疲労が明日に残らないようにしないと」

 

 長時間の練習用に右の指先はテーピングで保護し、左手は薄手の手袋をつけた清廉がベースをボンボンとかき鳴らしながら僕の周りを往ったり来たりする。音楽の時間の清廉は理論的で合理的だけれど。それ以上に感覚が鋭いようで、一緒にやればやるほど、音への認識の違いというか、感覚の違いを実感する。

 

 その違いについて僕なりに解釈すれば、僕が認識している音は『モノクロ』で清廉が認識している音は『8K』みたいな感じだ。解像度がまるで違う。

 きっと、清廉はこれまで沢山の音楽を聴いて来たのだろう。その蓄積を才能と評するのは失礼だと思うほど、清廉は音楽に真摯で。人によっては息苦しく感じるかもしれないほど清廉はレッスンに熱心だ。

 

「綾野、ドラムに加えてコーラスまでやるんでしょ?」

「らしいよ」

「なら、しっかり全体のメロディ身体に入れなさい。自分の音、ベース二本の音、あたしの歌。一人で練習する時も全部の音を想定しながら楽しみなさい」

「わかった」

「よし。じゃあ、先に向こうの部屋で汗ふくから五分くらい待ってくれる?」

「ごゆっくりどうぞ。エアコンのリモコンテーブルの上にあるから」

「わかったわ」

「あとアイスが冷凍庫に入ってるから食べて」

「いいの?」

「僕が買ったやつだから、レッスンのお礼だと思ってどーぞ」

「そういうことなら、ありがと」

 

 一度目の休憩、清廉にはエアコンを入れた部屋でアイスを食べて休んでもらう事にした。しっかり体温を下げてもらって……僕は、もう少しやらなくては。

 

「ふぅ」

 

 扇風機の風を浴び呼吸を整える。

 首には二十八度以下で凍るアイスリング。二つ買ってローテーションする事で体温上昇を少しだけ抑え、メッシュ生地の半袖シャツで汗対策もばっちり。足元も教会に置いていたサンダルに履き替えたから熱がこもり難いはず。

 

「……ぷは」

 

 家から持ってきた大きな水筒を足元から持ち上げる。

 水筒の中身は粉末を溶かしたスポーツドリンク。これで水分補給は大丈夫なはずだけれど、ご飯もしっかり食べないとみるみるうちに体重が減ってしまいそうだ。

 実際、ここで練習を始めてから体重が四キロは落ちてしまった……。

 

「つたつたつたつた、だだだだ。……よし、もっかい」

 

 休憩後は個人練習の時間に当てて、解散時間前にもう一度合奏の予定。

 一緒に練習しているとはいえ現状は清廉の時間を僕が一方的に貰っているだけ。彼女に言われた事を忘れないうちにしっかり身体に叩きこまないと。

 

 意識を切り替えるように、深呼吸し、ステンドグラスの向こうの光を眺める。

 ――何処にもいない誰かに向けて。スティックを握り、同じ動作を繰り返す。

 同じ動作が出来なければ、出来るようになるまで繰り返す。

 反復練習しかない。

 無駄に優秀な妹であれば、さほど苦労もしないのだろうけれど。僕は地道に延々と繰り返すしかない。

 こんな気持ちで何かに打ち込むだなんて、きっと、最初で最後だ。

 木魚を叩くお坊さんを釈迦ラップみたいで面白いな、なんて思っていた僕がまさか、自分の為にポコポコ叩く事になるとは……。

 

 寝れない夜に調べてみた。

 木魚は叩く事で、眠気を覚ましたり精神を統一したり……。――煩悩を吐き出させる、なんて意味があるらしい。

 その話を真に受けるのなら、僕にとってのドラムは、なんだろう? 

 なにを吐き出しているのだろうか。

 

「っ、はぁ」

 

 休憩しないといけないのに、一度叩き始めると没頭してしまう。

 練習パッドも、電子ドラムも。ドラムを叩くのは楽しい。

 ――叩け、叩け。

 衝動のようなものに背中を押されて時間も忘れて叩き続けてしまう。上手く叩けるようになったら、なにかが形になるような気がする。

 歌に気持ちを乗せるというのは未だに全く上手く出来ないけれど。

 たぶん、ドラムには気持ちを乗せて叩けている。特に一人の時はずっとそうだ。教えられたパターンを繰り返す中で、言葉にしたら情けない気持ちになる想いを吐き出す機会をドラムは与えてくれているのかもしれない。

 だから、楽しくてたまらないのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 歌詞だけ作りますとか、スネアだけ叩きます、なんて言わなくて良かった。いくつもの太鼓から鳴り響く音はまるで僕の叫び声だ。

自分の口からは出せない、存在し無いと思っていた悔恨未練憤りがようやく出番が来たかのように沸き立つ。

 

 この電子ドラムってやつは最高だ。昨日は夢中になって叩き続けてしまった。

 

 もっと上手く叩ければ、もっとこれまでの日々を認めてやれるかもしれない。もっと上手く音に出来れば、なにかが形になるかもしれない。

 尽きる事のない痛み――だから、ずっと叩いていられる。

 

 ――叩け、叩け、叩け。

 

 気がつけば、夢中になってドラムを叩く僕を。

 清廉がじっと見つめていた。

 




 
 
 いつもたくさんのコメント、評価、誤字修正していただきありがとうございます!
 感謝!

 マメ知識。一定のリズムで運動すると幸せホルモンのセロトニンが分泌されやすいようで、マイナスの感情も抑制されるらしいです。
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