顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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三つ星を欠く(3)

「――ありがとう、ございました!」

 

 パラパラと拍手が起こり、集まっていた人たちが徐々に去っていく。観客から通行人へと戻っていく。あっさりとしたものだ。

 最後まで聞いてくれてどうもありがとう、という気持ちと自分達はありふれた路上バンドの一つでしかないんだよなという気持ちが同居する。

 なんというか、きっと。頑張れば頑張るほど、沢山拍手が欲しくなるのだろう。

 星野さんが長く続けた理由が少しだけ理解出来た。

 

「……ふぅ」

 

 たったの三分三十秒で気力を使い果たした僕は残ってくれている人たちとコミュニケーションを取る星野さんをぼうっと眺める。

 

「いっけね、忘れるとこだった。八月三十一日高円寺でライブするので良ければチケット買ってくださいっ。なんと当日お値段二千五百円のところドリンク付きで二千円っ、しかも当日はオレらの他にもカッケーバンドの音楽聞けますっ、ちょーおススメなんで良ければ――え、まじ? ありがとー、二人で来てくれんの? うはっ、助かるっ。ぜったい後悔させないからマジで。え、そっちのカップルさんお目が高いっ――」

 

まったくもって手慣れたセールストークだ。ブロッコリー農家よりも向いている仕事があるんじゃなかろうか。

 

「き……キミ。ドラム初心者?」

 

 ボケッとしていると、幼稚園児ぐらいの子供を抱いたパパさんに声を掛けられた。長髪を後ろで束ねており、パッと見、ちゃんと働いていない風貌だ。

 

「あ、はい。そうです」

「ま、その、ズレた部分もあったけど。それでも、応援してるよ。技術は後からついて来る。でも、気持ちは違う。一生懸命な気持ちを、どうか持ち続けて欲しい」

「……はい、ありがとうございます」

「そ、それじゃ。失礼するね」

「ばいばー」

 

 抱っこされた子供に手を振られたのでハイタッチしつつ、恥ずかしそうにそそくさと去っていくパパさんを見送る。昔バンドやってた人なのかな。やっぱり聞けば分かるレベルの音か。

 帰ったら、また練習しないとな――。

 

「……」

 

 練習しないとな、か。我が事ながら呆れてしまう。

 昼頃はバンドもドラムも終わりかな、なんて思っていたのに。いつの間にか清廉抜きでも音楽が好きになっていたらしい。

 僕は自分の好きな事も、良く知らないのか……。

 

「あ、あのー。チケットって、まだ買えますか?」

 

 大学生か高校生くらいの女性二人に声を掛けられる。活発そうな人と無口そうな人。星野さんの方を見れば漫談に夢中で、わざわざこっちに来てくれたのだろう。

やれやれ……アルバイトで培った接客能力を開放する時が来たか!

 

「もちろんですっ、お姉さん達が僕の初めてのお客さん? です! 当日までにもっと練習するんで絶対来てくださいね」

 

 二枚で四千円。

 二曲、無貌の星とハレーションとドリンクで四千円か。安い値段じゃない。

 プロのバンドのアルバムが買える値段だ。

 ただドラム叩いてライブに出るだけのつもりが、妙な責任というかプレッシャーまで背負う事になってしまった。なんで星野さんが急に路上ライブをやる事に決めたのか、分かってしまった。

 これは――逃げんなよって、心の楔だ。

 

・・・

 

「おつかれいっ」

 

 警察に見つかる前に撤収し、人通りの少ない場所まで徒歩移動。

自動販売機の前でコンと二本の缶コーヒーがぶつかる。

 

「いやー、思ったより売れた売れた。二人合わせて十枚。やっぱ夏休みシーズンは遊びに行きたい若者多くて助かるわー」

「そういうもんですか?」

 

 星野さんはチケットが現金化したことに喜び、缶コーヒーを奢ってくれた。高架下で高校生に小銭をおねだりしていた男とは別人のようだ。

 

「夏ってやっぱ特別なのよ。財布のひもが緩くなるっていうか。思えば、オレが初めてライブ行ったのも中学か、高校の夏休みだったしなぁ」

 

 三十歳近くなると中高の違いもボヤけてくるんだ……。

 ベースの収まったリュックを地面に置き、自販機に背中を預けた星野さんは癖のように缶コーヒーを左手の指の隙間に入れてストレッチをしていた。

 

「歌。べつに綾野クンが歌っても良いと思うぜ? ドラムが歌うバンドだってあるし、オレ、綾野クンの歌い方好きだし」

「ボカロみたいだからですか?」

「はは、純粋ってこと。ボーカルを選び直しても良い」

「……選ぶ」

「もしかしたらさ、清廉ちゃんがいなくても、オレたち上手くやってたかもしれない」

 

 ――想像してみる。ボカロPをやっていた星野さんと、なぜか歌声が平淡で感情の乗らない僕。確かに、そんな二人が出会うっていうのは……有り得たのかもしれない。

 そういう縁みたいな、繋がりみたいなものがもしかしたら僕らにはあるのかもしれない。

 ……でも。もしそうなら、僕も星野さんもこんなに一生懸命やっていたのだろうか――?

 

「ま、もしもの話は置いといて。綾野クンってライブハウス行ったことある?」

「いえ、せいぜい通りがかるくらいです」

 

 ライブハウス……そうか、ライブをするっていうのに行った事は無かったな。

 

「まー今の子はそうか。オレの学生時代ってパソコンとか動画サイトとかは普通にあったんだけど、まだサブスクみたいなのはギリ流行って無くてさ。夏休みの夕方、無性に暇な時があって。そと出てプラプラしてたら偶然営業中のライブハウスみかけてさ」

「入ったんですか」

「そ。今は潰れちまったライブハウスで映画並みのチケット代払って、インディーズの連中でも見学すっかなってね」

「偉そうですね」

「ははっ、まじでそれ。尖ってたっていうか、自分を高く見積もってたんだろうな。お客様精神で入店よ。んで……一生忘れらんない光景見ちゃったんだわ」

 

 そう言った星野さんの視線はどこか遠くを思い出すようだった。

 

「綾野クン、キング・オブ・ポップって知ってる?」

「音楽の授業で見たことあります」

「オレもある」

「世代ですもんね」

「そこまでいってねーわっ」

 

 キング・オブ・ポップ。世代でいえば、僕の父親か、それより上の人が世代だろう。

 時代を作った史上最も売れた音楽家の一人。

 

「んで、そのキングオブポップの逸話でさ、ファンがあまりの興奮でライブ中気絶したってのがあって。さすがにそれは無いだろーって思ってたんだけどさ……。オレが初めて行ったライブで。もう……。もう、なんて言っていいか分からないくらいの――」

 

 饒舌だった星野さんの口が止まる。

 

「星野さん?」

「わり、未だにあの光景をなんて言えば良いのか分かんねーわ。ボーカルは怖いくらい綺麗な女の人で、文字通り魂吸われるような歌声で。観客は集団トリップというか、ほんとに気を失う人沢山いてさ。最後尾で斜に構えて腕組んで眺めてたオレも、なんか一瞬クラっとするほどで。音楽の力どころか暴力に当てられて。んで、その帰り道には…………」

「……?」

 

 星野さんの視線が僕に向けられ、そして、口元を押さえた。

 

「いや――、ごめん。帰り道の話は無し。これはマジで余計な補足だったわ。ただ、自分の無力感を思い知ったっていう話だから。とにかく、その日の夕方までは若さゆえの万能感というか、なんでも出来るぜみたいな気分でいたのに。見た事もないような圧倒的な美貌と圧倒的な歌唱をぶつけられて――気がついたら音楽に目覚めてた。なにか作らずにはいられなかった。叫んでも解消できない気持ちの行先を作りたくて仕方がなかった。前にちょろっと話した、オレなりのメッセージってやつだ」

 

 ああ。そういう話か。

 星野さんは、それで、無貌の星を作り上げたんだ。

 

「当時出来たばっかの、今も流行ってるボカロ様の力借りてさ。あーでもないこうでもないって言いながらようやく無貌の星が出来て。そっから――今日まで。あっという間だったなぁ」

 

 星野さんは自分の髪をクシャ、と撫でる。

 

「……ハレーション、良い曲だよ。マジで。なんかオレ、歌いながら泣きそうだった。綾野クンの歌詞に勝手に昔のオレを重ねて。それを、今のオレがベース弾きながら歌ってんの……。ちょっと前までぜんぶ終わったんだなーみたいに思ってたオレがだぜ?」

 

 照れたような言動に僕は上手い返事もできず、頷くしかなかった。

 

「へへ、らしくもなく語っちまった。まぁ、長々話して言いたいことはさ綾野クン。まじで、生きててくれてありがとな」

「――――」

 

 向けられたその笑みは寂しい気持ちと光栄な気持ちを僕の胸に灯した。

 そっか……。星野さんとはもう少しでお別れなんだ。

 生まれて初めて、八月が過ぎていくのが名残惜しい。

 

「おっと、泣くのは早いぜ綾野クン。キミにはまだ二つ大きな仕事が残ってんだ。一つは、八月三十一日をやり遂げること。それともう一つは。星野ラストリゾートのボーカルを連れ戻すコト、な?」

「……星野さんが頼めばすぐ戻ってきますよ」

 

 そう言うと、星野さんは僕のおでこにペチとデコピンした。

 

「オレなら清廉ちゃんが人として間違っていても損得勘定で、ライブの為って理由つけて何も言わなかった。上手く円満に楽しいだけの関係で、この夏を終わらせてた」

 

 カラン、と星野さんが缶をゴミ箱に捨てる。

 

「想像してみろよ、最高の歌姫と同じバンド組めるなんてどんな嫌なコトがあろうが死に物狂いで掴むしかない人生最大のご褒美だ。それは綾野クンもよーく理解してるだろ? オレ達、練習で清廉ちゃんが歌うのすっげー楽しみにしてたんだからさ。オレじゃ、綾野クンみたいな真似は死んでもできない。正しい方は、選べない」

「正しい……」

「そ。性格に問題ありつつ最高の歌声とかさ、ミュージシャンとしてカッコよすぎてオレじゃ何も言えねーよ」

 

 星野さんはベースを背負い、アンプに手を伸ばす。

 

「まじでmiuが、オレのファンとか。今も信じられねーよな?」

「星野さん……」

 

 ……そっか、気がついていたんだ。

 

「意外そうな顔すんなって。何年音楽好きでいると思ってんだ、さすがに気付くっつーの。女子中学生日記のサンプル聞いた時とか心臓飛び出るほど驚いたんだからな? ま、本人が名乗らなかったから大人として問い詰めなかったけどさ」

「だから、その星野さんなら」

「だーめ。そんな真似させないでくれや、利用するだけになっちまう。だいたい綾野クンがボロクソ言ったのも理由なんだから、男なら自分でケツ拭いてくれたまえ」

 

 一歩、一歩と星野さんが遠ざかっていく。

 

「ハレーション。悲しいだけの曲じゃない。眩しい光を見つけた男の声だ。だから、響いた。二人揃って店に入って来た時。二人だけが観客だった時。練習の時。お陰様で、夢破れた男には目が眩みそうな眩しい時間だった」

 

 トントンと、星野さんは自分の胸を叩いた。

 

「こっから先はキミらが後悔さえしなければそれだけで良い。――だから、頼んだぜ?」

 

 星野さんは最後の選択権を僕に委ねて去っていった。

 そして――足早に戻って来てドラトラを回収して今度こそ去っていった。

 

 




 

 お陰様でハーメルン、カクヨム、なろう合計で100万PV行きました!
 たくさん読んでいただきありがとうございます!
 いつもコメント、評価、誤字修正していただきありがとうございます! 
 良いお年を!
 
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