顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
路上ライブ翌日は曇りだった。雨雲が風に乗り、パラパラと雨が降ったり止んだり。
夏期講習の昼休憩の時間になっても空模様は曖昧で、塾から外に出れば湿った匂いに出迎えられた。耳にワイヤレスイヤホンを挿し『星野ⅬRドラム』と名付けたプレイリストを再生するとドラムだけの音が響き始め――。
意を決して傘を差すほどではない小雨の中を進む。
目的地の東屋のある公園には、誰も居なかった。
「……」
小さく息をついた後。広く感じるベンチに一人座り、お昼に二人分作って来たホイップたっぷりフルーツサンドウィッチを取り出し、食べ終えて、練習パッドとドラムスティックをリュックから引っ張り出す。
最初は上手く動かなかった左手が、最近は良くなってきた気がする。通信講座の先生が『左を制する者がスネアを制するのだ』と言っていたし、このまま安定して叩けるようにならねば。
目に見えるほどの大きさの雨粒が地面に落ちるのを何となく見つめた後、練習パッドを叩き始める。
――そうして、叩く事数分。昼休憩の時間が半分ほど過ぎた頃。
「お」
練習パッドに屋根よりも濃い影が落ちた。
「おは、よう。綾野」
聞きなれた声に顔を上げると、傘を差した清廉が立っていた。紺色のワンピースの裾は雨で濡れており、ここに来るまでの逡巡が想像出来た。
でも。それでも。
やっぱり……探しに行かずとも、自分から現れるヤツだよな。
「せーれん」
互いにここに来る勇気さえあれば、きっとまた会えると思っていた。
清廉は傘を閉じると、一度合った目を逸らし東屋の屋根を見つめた。
「昨日は清廉って言えてたのに。またひらがなみたいな発音になってる。あたし……それだけ、気を張らせちゃったんだね」
静かに息を吐き、再び僕に視線を戻した清廉の表情には苦笑が浮かんでいた。
「昨日ね、ベッドの上で綾野のこと、考えてたの。なんで怒らせちゃったのかなとか。普段からあたしに好き放題言ってくるけど、昨日は違ったなって。あんたは冗談ばっかり言うし、人をからかうし、たまに刺してくるけど。あたしと喋る時はいつも楽しそうだったのに……」
清廉は小さく息を吐き、ぐっと目を瞑った。
「あたしの怠慢で、ひどいこと言わせちゃったよね。本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げられる。
「……怒っててもちゃんと気持ち抑えて、あたしの話聞いてくれようとしたあんたを拒んで、それで、あんたに、あんなに、悲しそうな顔させて。あんなに一生懸命頑張ってたドラム、辞める、だなんて言わせちゃって――」
顔を上げた清廉の瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちていく。
「ごめん、ごめんね。悲しかったよね。吉野も、茉莉花も、あんたと仲良いんだろうなって気がついてたのに、あたしが、傷つけてた。あんたの大事な人たち……わたし……。ほんとに、言うとおりだ。応援したいとか、支えたいとか口ばっかりで誰のことも見てなかった。みんなどうせ、どうせ……わたしの歌にしか興味ないからって、わたしをお金としかみない人たちだって思って――」
「いや、それは」
清廉にそう思わせてしまった人が、居るって事じゃないのか?
「違うのよ。綾野が思う様なヒドイ言葉向けられたんじゃないの。何度もリテイクお願いしてそれにずっと付き合ってくれてたスタッフさん同士が、廊下で。まあ、僕らの給料になりますからね、ってそんな冗談だったの。それが、聞こえただけだったの」
パラパラと雨が降り続く雨が風に乗って清廉を濡らす。
三流舞台装置め。どうせならもっと強く降って……清廉の心を隠してくれ。
「本当に、おじさんの照れ隠しみたいな冗談よ。あの人も、いい音楽作ろうって、それだけなのに。でも、なぜかずっとその言葉が頭に残っていて。いつの間にかあたしは、あたしが歌えば、歌いさえすれば全て帳消しに出来るって思っちゃった。綾野が言ってた事務所の、ペイントパレットのことも。夏休みの宿題みたいに後でいっかって。最終的にmiuであると言えば、どうとでもなるかって思い上がってた」
「……思い上がりなんかじゃないよ。実際みんながmiuを求めているうちなら、どうとでもなると思う」
「でも、そんなの、ズルいよね。あたし人として、間違ってた。ごめんね、綾野」
何度目か分からない謝罪の言葉を受け取る。
「謝らなくても、また会ってくれただけでとっくに許してるよ。僕に煩いこと言われなくても、せーれんならすぐに気付いてた」
「あたしには無理だよ。歌うことしか出来ないもん」
清廉の良いところは、歌よりもさっぱりした性格だと思うけれど。反省中の清廉にそう言っては話がこじれてしまうか。
「ねえ、綾野。もう少し、話聞いてもらっていい?」
「もちろん」
身体をずらし、ベンチに一人分のスペースを空けると、清廉がちょこんと座った。
「さっきの、歌で帳消しにするって話。あれはね、あたしの中ではプロとして結果で返すって意味。カッコいいよね。自分の為に練習して、もっともっと上手くなるって。……でも、そしたらさ。そんなこと思ってたらさ。だんだん、ちょっとずつ、心が鈍感になっちゃった。歌詞が……色褪せちゃった」
清廉の頭の中で話がまとまっていないからか、要領を得ない言葉だ。
「なんでそう思ったの?」
「はっきりと気がついたのは、インサイド、miuが最後に歌った曲を渡された時。曲が、自分でも驚くくらい理解できなかった。最初は人生経験が足りないからだと思ってた。作詞の人とは生きて来た年数が違うから仕方ないんだって。でも、レコーディング中に修正されるかなって。そしたらさ、一発オッケー。もう……ダメだって思った。あたしが良いと思う音楽じゃないのに、オッケーが出ちゃった」
「……そりゃ、オッケーくらい出るよ。教会で言ったろ?」
「うん。綾野に教会で聞かされたレビューで、やっとオッケーが出た理由は納得がいったよ。それでもね、昨日ずっとベッドの上で考えてたら、歌詞がわからない理由もわかったの。足りないのは人生経験でも歌詞への理解でもなかった」
涙の枯れた清廉は、ただ淡々と懺悔する。
「自分の価値感だけで人に興味を持たず、あたしがあたしが、あたしならって考えてたから。――はなから、他人の気持ちを理解する気がなかったみたい。寄り添う気が、無かった」
清廉の歌声の清々しいほどの透明感は、その無理解から来ていたのかもしれない。
何だかわからないけれど――それでも、清廉は凄かった。
清廉からすれば未完成でも、周りの大人達からすればそれは眩しいほどの若さに、粗削りでも今しか出せない輝きだと思われたのかもしれない。
現に僕は今でも『未完成のインサイド』が悪いものだとは思えない。
「それで、そんなあたしの傲慢が巡り巡って。せっかく仲良くなって一緒にバンドやってくれたトモダチ傷つけちゃった。一からあたしの好きな音楽を楽しんでくれたのに。あたしがあれこれ煩く言っても楽しそうに遊んでくれたのに。一緒にやって、楽しいって言ってくれたのにね。ずっと、一緒にバンドできるトモダチ欲しかったのに。ほんとに……自分にがっかりだ。あたしね、ハレピみたいになりたかった、星野みたいなムードメーカーになりたかった。最初は元気の出るカッコいい曲、自分で作りたかったはずなのに。やってることは、正反対。いつの間にか貰ってばかりで。……無貌の星みたいには、輝けなかった」
枯れたかに思えた涙が再び溢れ出したので、リュックからタオルを取り出し手渡す。
「違うの。泣いてどうにかするって、やつじゃないのよ……かってに、出てきちゃうから」
「わかってるよ。涙を引っ込めてこそ大女優。せーれんじゃ、せいぜい子役だ」
「……おふざけが復活したらしたで、むかつくわ」
清廉は人のタオルに躊躇なく顔を押し付け、涙をにじませる。
「あたし、みんなに謝りに行く」
「……そっか」
清廉がそう口にするのなら、懸案事項は一つ解消されたとみて良さそうだ。
「……」
僕の言葉を発端に。清廉の道を大きく変えてしまったのかもしれない。
「なに。その顔。もしかしてあたし、また変なこと言ってる?」
「いや、そんな事は無いよ。ただ、なんていうか……」
「今さら隠すことなんてないでしょ?」
隠すというかなんと言うか。人として、友人としてどうなのという怒りはあったけれど。歌手、ミュージシャンとしては必要な反省だったのだろうかという疑問があった。
「僕は謝らせてしまった事、後悔してる」
「は? なんで。言い方はともかく。あんたが後悔するようなことなんて無いでしょ」
雨粒を眺めながら、思いついたことを口に出す。
「ありのままのmiuの歌が好きだった。自分だけの為に歌うmiuだって充分過ぎるほど良かった。インサイドの出来栄えに不満を持っていたのはせーれんだけだ」
周りの人たちは、これ以上のない成果を出してくれたと思ったのだろう。
でも、清廉だけは、自分は未だ羽ばたいていないと理解していた。
才能の規模が違っただけの不幸なボタンの掛け違い。
「余計なことを言って、まっすぐ進んでいたせーれんを……止めてしまったような気がする。後悔っていうのは、そういうこと。傍若無人でもホントは良かった、ただ……」
言いかけると、ゴツンと肩を叩かれる。
「なんであんたが反省してるのよ。意味わからなくなっちゃうでしょ。それに……生意気よ。言いたいことは理解出来たけど綾野みたいなよちよち歩きのドラマーがあたしを語ろうだなんて、百年、十年早いのよ。確かに、あたしの歌は変わるかもしれない。調子を崩すかもしれない。……でも、そんな顔しないでよ。あたし、あんたに会えて良かった」
清廉はグッと胸を抑え、目を瞑る。
「あんたが――正しい選択だったって、思えるように」
まるで主役の登場かのように、パラパラと降っていた雨が止み、雲の隙間に光が見える。
「あんたの正しさ、あたしが証明する。だからっ」
清廉は立ち上がり、東屋の屋根の外へと躍り出て――。
「一緒に、バンドやってくれますか!」
真昼に昇る星を見上げ、頷く。
僕らの行先は、一緒だ。
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします!
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感謝!