顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
「えー、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。わたくし、清廉未羽の度重なるわがままにより、皆様には多大なご迷惑をおかけしたと反省しております。つきまして、えと、今後の活動に関しまして、この場で相談させていただければなと、思っています。なにとぞよろしく、お願いします」
夕方。
ペイントパレット本社の見慣れた会議室で、清廉は用意した謝罪文をチラチラ目にしつつ、深々と頭を下げ――隣で立っていた僕も頭を下げる。ちなみに謝罪なので一応、高校の制服に着替えてきた。
僕らの前には計四人。見慣れた吉野マネージャーと仕事帰りのマリリ、そして以前僕がコンプラ説明会をした時に居た社員の方が二人ほど座っており誰も彼も表情を引きつらせ、頭を深く下げている清廉よりも僕を見つめている。読心術の心得は無いけれど『どうなっている、説明しろ』と思っているに違いない。この反応から清廉が普段どんな態度で彼らに接していたのか伺える。
「まず、皆様に飲み込んで欲しい要求としまして。miuの名前は出さないけれど、顔出しでボーカル兼ベースとしてライブに出演します。許可が下りなかった場合は、この事務所を退所します」
清廉がそう言った瞬間、呼吸を整えようと水を口に含んだ吉野さんが水を噴き出した。
そうなんですよ。反省はしているんですけどね、昨日今日で人が変わる訳無いんですよ。
でも、そういう部分が清廉の良いところだと思っているので、注意は出来ませんでした。
「いや、え? それはー、いや、まずいというか。うん?」
吉野さんが混乱している。
それはそうだろう。
ブイチューバーどうこう以前に顔出しをしていない歌姫さまがそんな事を言い出したのだ。混乱もする。
「隣の綾野礼くんと一緒にバンドを組んだので、月末のライブに出ます。それが今のあたしの最優先事項です」
ミシっと聞こえた音の発生源に目を向ければ、マリリがエナジードリンクの缶を握りつぶしていた。
「レーきゅん、ちみの口から説明してくんない? じゃないと、お姉ちゃんね、キレそう。あのね、セーレン。月末って、三十一日でしょっ! あんたのデビューの日でしょうが!」
「もう怒ってんじゃん……」
どうしたものかと考えていると清廉に横からポンと肩を叩かれ――清廉は一人着席した。
……おい。
自分の役目は終わりっ、じゃないんだよ。
大人達の視線がギュッと僕に集中する。その強気な視線、僕じゃ無くて隣の歌姫さまに向けてくれませんか。
「えー、とですね。こちらのmiuさん。今回のライブに出てもいいと認めてくれるなら、みなさんとも仲良くしていく気がある、と言っております」
「何様だ。なんでそんな都合の良い……そりゃあ、いや、まず、大騒ぎになったらどうするの。セーレンの歌声なんて聞けばピンときちゃうでしょ」
マリリのもっともな疑問。
すると、腕をクイ、と引っ張られ何か言いたそうな清廉に耳打ちされる。
「えー、miuさんは、そもそもそっちの選択肢なんて無いんだからさっさと承諾してほしいと、言っています」
「自分の口で言いなさいっ、くぅ、……はぁ? セーレン、ライブ出るの認めなかったら事務所辞めるって本気なの?」
清廉はゆっくりと頷く。
「だから口で言いなさいっ。預けられたあんたを勝手に辞めさせたとなったら……」
「まあまあ、ここはマネージャーとしてボクが引き継ぐよ」
マリリから吉野さんに選手交代。
「綾野くんもありがと、座っていいよ。うん、そうだね。まずはとりあえず清廉さん、こうして報告しに来てくれてありがとう。勝手に出られるよりは遥かにマシだ。綾野くん、そのライブ会場って場所はわかる?」
「はい。ちょっとまって下さい」
そう言いつつ、床に置いていたリュックから財布を抜き、チケット四枚を取り出す。
「これです」
立ち上がり、移動し、四人の前にチケットを置く。
「……綾野くん。チケットから手を離してくれないと良く見えないんだけど」
「これ、四枚セットで一万円なので。よろしくお願いします」
「彼女をここまで連れて来てくれたんだ、これくらい安いもんだ。……みんな、これ割り勘だよ?」
吉野さんは財布から一万円札を抜き取り、僕に差し出した。
……これ十五枚でも売りさばけそうだな。
再び清廉の隣に戻ると。
「なにあれ。あたし、知らないんだけど。チケットいつ受け取ったの」
「昨日、ハレピと一緒に路上ライブやって、一緒に売ったんだよ、あのチケット。楽しかったなあ」
「あんた!」
「ぐえっ」
「呼んでよ! 聞きに行ったのに!」
「いや昨日だよ、自分がどんな気分だったか思い出してみな?」
「でも聞きたいじゃんっ」
両肩を勢いよく掴まれ揺らされる。
「あのー、お二人?」
「すみません、ただのコミュニケーションです」
吉野さんに返事をするついでに隣のマリリを見ると、視線だけで息の根を止めそうな目つきで僕を見ていた。
「……路上ライブとかズルじゃん。どこでやったの」
「塾の近くの駅」
「ちっ」
ぶつぶつ文句を言う清廉はスマートフォンを取り出すとSNSで路上ライブの映像があるか探し始め、一方のペイントパレットの四人はチケットの内容を確認する。
「まず綾野くん、これ前売り二千円って書いてあるんだけど」
「一枚の場合はそうです。それが四枚に増えたんですから値段も増えますよ」
「そっか。野暮なこと聞いてごめん」
高円寺の地下ライブハウス『NOVA』で十七時開演。僕らの出番は三番目だったっけ。持ち時間が一組二十分とかだから順調にいけば演奏開始は十八時頃だろう。
チケット料金は前売り二千円、当日二千五百円のワンドリンク制。
「ちなみに、ここのライブハウスは撮影ってのはどうなんだろ」
「来る前に確認しましたけどライブ中の撮影は禁止らしいです。ただ、この日で閉店のライブハウスなんで関係者はある程度来るかもです。帰りは遅くとも十九時前になるかと思います。顔も照明の向け方である程度は見づらくは出来るとかなんとか。キャパ百八十人なんで前列の方では普通に見えるとは思います」
「なるほど。で、場所が高円寺の開始が十七、終わりが十九時前か。事務所だったりスタジオで配信だと未成年は二十二時までだから……うん。どうします?」
吉野さんがマリリ以外の横並びの二人に話しかけ、大人同士で話が進み、――五分後。
「じゃあ結論の前に。清廉さん。清廉さんはこのペイントパレットで、ブイチューバーとしてバーチャルアイドルとして、どういう風に活動していくつもりなのか聞かせて貰えるかな。きみが歌が好きなことは皆知ってる。正直、きみは見た目も良い。後ろめたいところも無い。これまで通り顔を出さずに活動再開することを誰も止めないし、顔を出して活動するのも悪くはない。そんな清廉さんがどうして、ブイチューバーとして活動しようと思っているのか、教えて欲しい」
本人の意思確認。
そういえば、僕も聞いてなかった。清廉と仲直り出来た事に満足してすっかり忘れてた。
この歌姫、音楽以外だとその場の勢いで生きてるところあるからな。どーせ星野さんがブイチューバーにハマったなどとSNSで呟いてソレを見た清廉が衝動的に決めたのだとは思うけれど――。
「あたし。パワプロ甲子園に出たい」
「え?」
「は?」
「ん?」
思いもしない球が投げられた。
「せ、せーれん?」
「嘘じゃないのよ。去年、茉莉花がやってたでしょ。あの、マリリとかいうキャラで」
「まあ、やってたと言うか。ペイントパレット、PPパワプロ甲子園は一応今年もお盆にやりましたけども……」
「見たよ。楽しそうだった。羨ましかった。あたしも――あんな風に皆と遊んでみたかった。だから休業するってなった時、あんたらの上の人にポロッとブイチューバーならいいかもねって言ったら。あれよあれよと島流しされた、みたいな。あたしに気晴らしでもさせたかったのかも」
目の前の四人は唖然とした様子で言葉を失う。
わかるよ、その気持ち。僕ら歌姫様のお言葉一つで随分と振り回されたみたいだ。
「意外に思うかもしれないけど、あたし、トモダチ居なかったから……ブイチューバー、輝いて見えたの」
目の前の四人は納得したように頷く。
わかるよ、その気持ち。僕ら歌姫さまにお友達が一人も居なくたって驚かない。トモダチ……とりあえず、僕と星野さんを入れて計二人だ。
「音楽だけやってても楽しいけど。一日何時間も練習しても、それでも、時間あるから。あたしも、誰かと一緒にああやって遊びたいってずっと思ってた。だから……ブイチューバーがどういうものなのかはまだ詳しくないけど。やりたいことは、miuとして、歌だけじゃない世界を知りたい。それだけです」
……それだけです、か。
シンプルなだけに、わかりやすかった。
頷きながら清廉の話を聞いていた吉野さんが指を組む。
「今、miuとしてって言ってたけどそれは、そのままの名前でデビューするってことでいいのかな?」
「はい。今までのあたしを好きでいてくれた人を置いて行きたくは無いから。バーチャルの世界でもmiuと名乗ります。いずれは生身で皆の前でライブをしたいと思ってるけど、そうしたら気軽に出かけたりバンドしたり出来ないだろうから。大人になるまでは顔はださなくても自分として、あたしはあたしとして、ブイチューバーのmiuとして精一杯頑張るつもり」
視線を感じるとマリリが不満そうにこちらを見ていた。
わたしちゃん達は踏み台かい、隠れ蓑かい、とでも思っているのだろう。実際、清廉が言っているのはかなりのわがままというか、上から目線と言うか、運営側から見ると素直に喜べない動機だとは思う。
だけどそれはほら、清廉未羽を引き込んだそちらの責任。
僕はもう清廉がちゃんとこうして伝えただけで十分だ。
「なるほど、わかりました。名前を出すことに関しても上ともご家族とも相談済みですから、清廉さんの望むように調整しましょう」
「え、もう?」
「そりゃあもちろん。社会人の基本は報連相だからね。事前事前に動きますよ。ライブの事も顔バレのリスクくらいは飲み込んでいるんだろ? なら、こっちは万が一に備えて歌姫さまの美談、武勇伝になるようにせいぜい先にストーリーを作っておくよ」
吉野さんはそう言うと時計を確認しつつ立ち上がる。
「それって、あたし、ライブやっていいってこと?」
「見て見ぬふりとは言わないけど。ここでダメって言ったら辞めちゃうんでしょ? じゃあもう引き留められないよ。どうぞ精一杯やって下さい。これまで中々話して伝える機会も無かったけど。清廉未羽さん、ペイントパレット一同は貴女の才能と努力を高く評価しています。この経験を糧にさらに成長してくれることを期待しています。頑張って!」
吉野さんがしっかり社会人みたいな姿を見せるだなんて、数か月ぶりな気がする。
打算も善意も込みでペイントパレットは清廉の進路希望を『有り』と判断してくれたのだろう。
「――ありがとうっ、ございます! 綾野、やったよ! ライブやって良いって!」
清廉が僕の首に抱き着き、マリリが押し黙り目を瞑り――苦笑した。
「そこの歌姫ちゃん、とりあえずあんた、デビュー配信の準備しなさい。歌だけじゃなくて、自分がどういう人で何を見せたいのかしっかりと伝える準備。あと二日以内にやること決めるならこっちもある程度は手伝ってあげられるから。どーせろくに聞いてなかっただろう配信のやり方も、もっかい教えてあげる」
「ありがと、茉莉花」
「茉莉花さん、な? マリリさん、な? 多少更生したなら目上の人に対する言葉遣いも改めなさい。セーレンが顔出すように勧められなかったのだって半分はあんたの振る舞いとか社会性の問題なんだから。逆に言えば、歌以外まったく信用されて無いの。ちゃんと配信で言って良いこと悪いこと勉強しなさいよ? ただでさえ名前そのまんまなんだから」
「はーいはい。それについてはデビューしてからずっと気をつけてます。なんなら家族以外に名前を呼ばれません。さて綾野、もうここに用は無いから帰るわよ」
「……そんな言い方するな」
そんなこんなで、どうにか丸く収まった。
・・・
吉野さんと、これからラジオの収録だというマリリのジトッとした視線に見送られながら清廉と共にエレベーターに乗り込む。
「吉野さん、ライブで清廉が身バレする事はないと思いますよ」
「どゆこと?」
「ステージに立つのはmiuより歌詞を理解してる、今までのmiuとは別人のように上手いボーカルですから」
「お、言うねぇ」
隣の清廉を見れば、照れる様子もなく自信ありげに頷いていた。ほんと良い性格してるよ。
「ちょっとあやのん、あたしちゃんには何かないの。お別れのキッス的なやつは!」
マリリに言いたい事か。そんなの無いけど……。
「これで、少しは楽になった?」
そう問いかけるも返事はなく――。
ポカンと口を開けたマリリを置き去るようにエレベーターの扉が閉じた。
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感謝!