顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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三つ星を描く(3)

 ペイントパレット社からぷらぷらと離れ、駅までの道を清廉と並んで歩く。

 

「色々、ありがとね。一つ、大人の階段上った気がするわ」

「次からは一人で上ってくれ」

「あたし、ネゴシエーションとか出来ない」

「あれは交渉じゃなくて脅迫。話し合うつもりも無かったから事前報告でもなく事後報告。謝るついでに自分はこうします、って言いに行っただけ」

「すらすらと責めないで。これでもあたし、昨日今日で精神擦り減ってるんだから。九割、あんたが……いや、あたしが原因だけど」

「十割せーれんが悪いだろ。音楽以外にも少しは……少し興味持っちゃったから今回のブイチューバーに繋がったのか。はぁ」

 

 まさかパワプロが原因とは思わなかった。

 これが理由でブイチューバーになるって前代未聞なんじゃなかろうか。オンライン対戦で満足してくれよ……。

 

「ため息はやめて。ほんとに深く反省してるのよ?」

「歌ありきの女。せいぜいその免罪符が長く使えればいいけど」

「なっ」

「今から心配だよ。ブイチューバーなんて嫌なコメント見る事もあるだろうし、そんなの見たらせーれん一言物申すじゃん」

 

 清廉がコメントとケンカして言い過ぎて炎上とかちょっと考えただけでも目に浮かぶ。

 

「……ならずっと一緒にいて見張っててよ。二人してこれで最後みたいに頑張っちゃってさ。なんだか後ろめたい気分は無くなったけど、そしたら急に寂しくなってきたじゃない」

 

 清廉は立ち止まり、スマートフォンを操作しながら呟いた。

 

「本番まであと二週間もない。まだ、ハレーションの歌詞も掴み切れてないのに。もっと早く会えれば良かったのに。あんただって、少なくともあと二か月は欲しいでしょ?」

 

 二か月か。

 それは確かに頷ける。ドラムを叩けば叩くほど、星野さんと清廉の積み重ねてきた時間が可視化されるようで、二人が遠く感じる。

 もっと時間があれば、もっと沢山練習できたのに。

 ――でも。

 

「二か月先だったら、今ほどは頑張ってないよ。八月三十一日がゴールだから頑張れる」

「そんなに誕生日にあたし達とライブ出来るのが嬉しいの?」

「あぁ。いいね、その理由」

「なによその言い方」

「二人のこと好きだから、その理由も採用するよ」

 

 そう伝えると怒っているような、泣きそうなような顔を向けられる。

 ああ、これはまた何か言われるな。

 貌のない歌姫の素顔は万華鏡のように目まぐるしく変わる。お昼に感情を大いに爆発させていたというのに。もう次弾が装填されている。

 

「綾野さ、ライブ終わったら、音楽辞めちゃうの?」

「そんなこと言ったっけ」

「教会であんたが練習している姿見た時から、この人は、この瞬間に全て注ぎ込んでるんだってあたしが勝手に思っただけ」

 

 当たらずとも遠からず。

 清廉が教会で言ってた言葉、なんだったっけ。

 才能がどうとか、輝くのがどうとか言ってたような――。

 

「僕が続けるかどうかはともかく。才能なんて一瞬だけ輝くための消耗品でいいのにって、せーれん言ってなかったっけ。刹那的なのは好みかと思ったけど」

「そう、思ってたけど。やっぱり続けたいじゃん、こんなに楽しいのに何で終わっちゃうの。もっと一緒にやろうよ。この先あたしが二人とも養うから星野ラストリゾート続けようよ。なんで、なんで辞めちゃうの?」

 

 

 ……それは、むずかしい質問だ。

 星野さんであれば、miuお付きのバンドメンバーとして生きていく道もあるかもしれないけれど。

 僕では清廉の才能にも清廉が音楽に向ける情熱にも付いては行けないだろう。

 原付とステルス戦闘機の並走。

 ほんの一瞬だけ、微かに重なったタイミングが今だ。

 ドラムを続けるとしても清廉と一緒にバンドを続けるのは現実的ではないように思える。後になってお前にはついて行けないよと言うのは、誰かと何かを一緒にしたい願望のある清廉には酷だろう。

 なにより――。

 

「続けるイメージが湧かない。ドラム、楽しいよ? でも、じゃあ星野さんとせーれん居なかったら続けるのかって考えるとよく分からない」

「だから、あたしが二人とも」

「それはイヤ。僕、誰かに重きを置きたくないんだ」

「――え?」

 

 言ってしまった。

 この真っすぐで瑕の無い心を持つ清廉に、僕の感傷を見せたくは無いというのに。

 清廉は絶対に逃さないという強い視線を僕に向ける。

 

「今の、どういう意味?」

「聞かなかった事にして」

「だめ」

「……せーれんはそう言うか」

「あたり前でしょ」

 

 困った。清廉には嘘を吐きたくない。マリリちゃんであれば僕がイヤそうなそぶりを見せれば訝しみながらもソレはソレで良しとして踏み込んでこないのだけれど、清廉は違う。僕に気を遣って僕を取り逃す事はしない。

 

「せーれんありきで、もし……せーれんが居なくなったら悲しいだろ。そういう意味」

「あんたのそういう表情きらい」

 

 

 真っすぐな言葉。

 歌声以上に価値のある、輝かしさ。

 こういうところが清廉の良いところだ。

 

「綾野、明日うちに遊びに来なさい」

「え」

「色々とお世話になったし、夕飯でも食べて行きなさい。話はそこで、ね」

 

 ・・・

 

 三葉音楽スクールでの練習が終わり、電車に揺られ夜道を歩き十数分ほど。

 清廉の家は一階が喫茶店になっている三階建ての建物だった。喫茶店は清廉の祖父母が営んでいるらしい。CLOSEの看板が掛かった喫茶店に入れば、ダークブラウンの木材が多用された落ち着いた雰囲気に迎えられ、テーブル席に設置された艶のある革張りのソファに座れば適度に柔らかな座り心地で気分が落ち着く。

 

 鋭い目つきの刑事、清廉パパ。

 テクノカットのシュッとした容姿の音楽教師、清廉ママ。

 そして歌姫さま。

 そんな三人と共に夏野菜カレーを食べる、という奇妙なイベントが発生しながらも気が動転しなかったのはお店の穏やかな雰囲気のお陰だろう。

 人の家族と一緒にご飯を食べる、僕には縁のない経験だった。

 

 清廉パパは思春期の娘とコミュニケーションを取る為に時間がある時は娘の送迎係をやっていたり、清廉ママは吹奏楽部の顧問で全国金賞を目指している、という話を聞く事が出来た。

 なんというか、純正家族の空気を味わえて良かったように思う。

 我が家は我が家で愉快なメンツが揃っているものの、それでも血の繋がりというものは、どうやら目に見えて感じるものらしい。

 清廉は僕にないものを沢山持っている。

 

「綾野、好きな球団とかある?」

「特には無い」

「あたしも無い。ゲームとしては好きなんだけどね。とりあえずあたしが作ったチームプレイ重視のチームと、エースピッチャー頼りのチームで対戦しましょ?」

 

 夕飯を食べ終わり、清廉ママにデザートのクリームソーダを出して貰い――。

 現在、一階の喫茶店内には僕と清廉の二人だけ。テーブル席で向かい合うように座り、梵天堂シフトのテーブルモードでパワプロの対戦モードに勤しむ。

 僕はエースピッチャー頼りの清廉学園高校を使い、清廉はチームプレイ頼りの星野学園高校を使用。

 なんだかんだと楽しみつつ――ゲームは五回の裏まで進んだ。

 現在、エースピッチャーみうが星野学園を無失点で抑えている。

 

「みう、強くない?」

「そーなのよ。あまりにも強いステータスだから周りを弱くしてみたんだけど、それでも強いのよねー。あ、ちょっ、もー。球のキレが良すぎるのよあたし」

 

 星野学園の生徒をレフトフライで打ち取りゲームは六回に進む。

 

「俳優……声優の人がやる役作りってあるでしょ? 自分に無いものを想像で補うってやつ」

「あるね」

 

 俳優ではなく、声優と言ったのは肉体改造というアプローチを除外したいからだろうか。

 

「あたしもさ、あんたの気持ちが分かればハレーションを上手く歌えるのかなぁって、綾野礼の気持ちを想像してみたのよ。普段の綾野、ドラムを練習する綾野、歌詞を書いた綾野、怒った綾野。何を思って、何を大事にしてるのかなぁって。ね、綾野ってさ……、心砕けちゃったことある?」

「あるね」

「そっか。……それ聞いただけで泣きそう」

 

 試合途中の画面から正面に座る清廉に視線を移すと、既に目に涙が浮かんでいた。

 ここ二、三日で何リットル泣く気なんだこの歌姫。

 

「亡くなったのは、お母さん?」

「正解」

「……そっか。正解したく、なかったな」

 

 清廉からポタポタと涙が落ちていく。

 

「……あたしじゃ貴方の気持ち歌い上げられない」

「せーれん?」

「だって、あたしはずっと満たされてるもの。欠落はないの。今日で、あたしの持ってるもの全部見せたよ。歌も、気持ちも、家族も、あたしじゃあなたの欠けた気持ちには寄り添えないかもしれない。期待には、応えられないかもしれない。だから――選んで?」

 

 清廉のようなスターが僕に寄り添う必要なんてないというのに。

 ただ、自由に歌っていれば、それだけでいいというのに。

 才能のスケールに比べて心が健全過ぎる。

 

「綾野礼はどうして心が砕け……、やっぱだめ、折れちゃったに変えていい?」

「好きにオブラートに包んでくれてかまないよ」

 

 僕は今さら僕自身に思うところは無いというのに、清廉は自分で口にした言葉の強さに自分でダメージを負っていた。

 

「心が、折れ、疲れちゃったのか。その理由を教えるかどうするか選ぶの。あたし、綾野のこともっと知りたい、言葉で教えてくれないとわからない。あたしじゃ答えに辿り着けないのはよく知ってるでしょ? もし、教えてくれるなら今以上に、期待以上に歌い上げて見せる。約束する。だから、綾野が決めて」

「そこまで深堀りしなくても今のせーれんなら大丈夫だと思うけど…………わかったよ」

 

 選択肢など初めから無かった。僕の過去程度で清廉の歌が良くなるというのであればお伝えしよう。

 

「ただ、せーれん干からびちゃうから、あんまり泣かないでよ?」

「努力するわ」

 

 真摯に僕の書いた歌詞に向き合おうとする清廉を見ると、オーダーメイドで歌を作り上げているみたいだなと、思った。

 見方を変えればズカズカと心に踏み入られているのだけれど、近ごろの僕の心はフリースペースみたいに踏み荒らされているので今さら清廉一人が入り込んだところで気にもならない。

 空っぽよりは、よほどましだろう。

 

「僕に何があったのか。ドラムを叩きながら、昔の事を考えてたら。小さい時ずっと考えていた答えのない疑問があったなって、思い出した」

「疑問?」

「そう。何もかも手遅れだから最近は考える事も無かったけど。ソレがずっと残ってて、苦しさの原因なんだろうなとは思う。どこから言えばいいのか……そうだな。まず十年か九年か、そのくらい前の八月三十一日。僕の誕生日に母は交通事故で死んでしまった訳だけど――」

 

 言葉の途中で、清廉の身体がビクッと揺れたのが見えた。

 意味の強い言葉を口にしてしまったな……。いくら喋ると決めたとはいえ、事故の詳細を口にするべきでは無さそうだ。

 

「やっぱり、やめておこうか?」

「っ」

 

 唐突にテーブルに置いていた右手をぎゅっと握られ、十秒ほど経過して、息を整えた清廉が離れる。

 

「話止めてごめん。最後まで、黙って聞くわ」

「水分補給しながら聞いてよ」

 

 テーブルの上の紙ナプキンを何枚か取り清廉に手渡すとみるみるうちに涙で濡れていく。

 これだけ心を揺らすような出来事なのか疑問ではあるけれど、僕よりは清廉の反応の方が健全なのだとは理解出来る。

 

「疑問の話に戻ると。八月二十四日、それが僕の母親の誕生日だ。……うん、そうだそれで。『お母さんと礼の誕生日は一緒に祝っちゃおっか』って言われたんだ。あの時、断っていれば何かが変わったのかなって、思ってた」

 

 今さらどうにも思わないけれど、口に出すと少し気持ちが翳る。

 

「『いつもとは違うケーキ屋さんがいい』って言わなければあの場所には行かずに済んだのかなとか。僕がケーキを買いに行くのについていくと言わなければ。……最後に母の手を強く手を引けていれば結果は変わっていたのかなって。そういう疑問が胸の中にある」

 

 二択の連続問題。その全てを外してしまった。

 

「何度も、ボタンを掛け違えてしまった。正しい選択肢を選べなかった。間違った答えばかり選――」

「なんでよ! あんたの何が悪いのよ! そんなの、そんなの交通事故なら運転してた方が悪いでしょ、なんでそんな風に思っちゃうの!」

 

 最後まで黙って聞くといったのにこれである。本当に、ありがたい限りだ。

 

「悪者がしっかりと決まっていればそうなんだろうけど。僕、子供の頃から公平なところがあるみたいでさ。法律とは別に、自分の秤で事故を計ると、どうにも運転手が悪いとも思えなかった」

 

 事故直後、入院、そして退院した時までは、ただの喪失。

 ただ。――調べてしまったから砕けたのだろう。

 

「事故のあったその日はね、不思議なことがあったんだ。なぜか同時刻に、反対車線の車二台も事故を起こしていた。車線が塞がっていたわけでも無いのに計四台が絡む玉突き事故が起きた。図書館でその日の新聞を見ると『一瞬気を失った』って、事故を起こしたドライバー皆が同じことを言っていたらしい。皆、病気を持っていたわけでも無かったし、知り合い同士が口裏を合わせたという事もなかった。原因不明の失神。そんな理由……やりきれないよな。だからさ、正義のヒーローが好きだった綾野礼は悪者を求めたんだ。あの日、誰が一番間違いを犯したんだろうなって。頭ではさ、運が悪かったんだって理解してるよ。でも、あの日、あの瞬間あの場所に立たせてしまった原因は――僕にある。そんなこと思ってたから、へし折れちゃったんだろうね」

 

 覆水盆に返らず。

 八月になると自己暗示にかかったかのようにあの日を夢に見る。

 誰に言おうとも責められない罪悪感が胸の中にある。

 ――ただ、それだけの話。

 俯きながら涙をボタボタと落とす清廉だったが……。

 しばらくすると強い視線と共に顔を上げた。

 

「でも、それでも、この悲しさをあんたなりに乗り越えたのよね。それがハレーションなのよね?」

「正解だよ、せーれん」

 

 もし、ここまで言って最初に同情を口にしたのなら『普通の奴だな』なんて落胆さえあったかもしれないけれど。彼女の口から出て来たのは『これから』の話だった。

 ――それでこそ、清廉未羽だ。

 

「僕なりに折り合いはつけた。ほんのり夢見が悪い時もあるけど。それでも、もう、前向きに進めるから。心配されるような事は何もない」

「うん」

 

 清廉はゆっくりと頷き――むっと顔をしかめた。

 

「言っておくけど。大事な人がまた居なくなるのがイヤだからって理由であたしを遠ざけようとしても無駄だからね。遠ざけるんじゃなくてしっかり最後まで面倒みなさい。もう、綾野はあたしの特別なんだから。――だから、誰かに重きを置きたくないとか、寂しいこと、二度と言わないで」

「……善処するよ」

「約束よ」

 

 清廉の小指が僕に向けられ、しぶしぶ小指を絡ませる。

 

「任せてね。ちゃんと、綾野の気持ち、歌うから」

 

 清廉は小指を離すとグッと拳を握り、薄い胸の前に置いた。

 

「ふぅ、聞けてすっきりしたわ。綾野、これから悲しくなってもあたしがいるから安心しなさい。ちゃんと見てるからね」

 

 清廉の晴れ晴れとした表情を見て、ようやく長い一日の終わりを感じた。

 

「綾野のお母さんと、それに――茉莉花。二人に、ありがとうって言おうね」

「な」

「恋愛感情は見えなかったけど。大事に思ってるのはわかっちゃった、ふふっ」 

「…………」

 

 ――もしかしたら。清廉ではなく僕がステージで歌う未来も在ったのかもしれない。

 でも。きっと。

 より良い未来を、選べた。

 

・・・

 

 そうして翌日からは何の翳りもない日々が。ただただ眩しく暑い練習漬けの夏が過ぎていき――。

 ライブ当日がやってくる。

 




 
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