顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
霊園の朝は静かだ。
父親に聞いた場所に到着する。
家名が刻まれただけの、ただの長方形に語る言葉は無くて。
自分で育てた白い花だけを手向ける。
・・・
午前中に高円寺の地下ライブハウス『NOVA』で二回目のリハーサルを行う。
本当はリハーサルは一回なのだけれど、オーナーさんと星野さんが僕に気を遣ってステージの上での演奏を二度経験させてくれた。
ライブハウスに設置されたドラムのセッティングに文句が出るような経験もなく、ベーシックな配置かつ素直な音のドラムセットには高揚さえした。
慣れないのはドラムの前から伸ばされたマイクくらいだろうか。
マイクに乗って清廉の歌声に重なる自分のコーラスは、なんだか奇妙に思えた。
この日は正午からずっとライブが続くお祭り状態で、ライブハウスの出入り口にはバンドマンらしき姿がチラホラと見える。
星野さんの知り合いだというライブハウスのオーナーは還暦過ぎのおじさんで、このライブハウスを畳んだら生まれ育った地元で喫茶店兼小さなライブハウスを開くのだとか。
それは、なんだか前向きで理想的な第二の人生のスタートに思えた。
「ちっ、おい星野、最後の最後に良いの作ったじゃねえか」
ウォーミングアップ程度の清廉の歌声を気に入った様子のオーナーと音響と照明のスタッフさんが拍手をくれた。
「これでも名前にスターが入っているんでね。最後くらいは輝きますよと」
「しょーもねーミスで盛り下げたら一曲で退場だからなー。……頑張れよ?」
「うっす。じゃあ少年少女たち、てっしゅー」
オーナーに会釈しつつ、お客さんの入っていないライブハウスの客席を眺める。
二百人近くがここに入る。
結局、友達のいない清廉の分までチケットを売りさばいたから十人以上の知り合いが来る事になっている。学校の人、真野先輩、家族、その他。僕の全てだ。僕は勝手に清廉の歌に期待しているけれど、僕がチケットを渡した人たちは僕に、期待しているのかな。
そうだとしたら、緊張してくる。
路上ライブをした時。
星野さんは見栄をはるから緊張するみたいなことを言っていたけれど、やっぱり、せっかく見てもらうなら良く見られたいと思ってしまう。
ライブハウスから外に出て、本番まで一旦解散となった後もソワソワとした気持ちは収まらなかった。
・・・
十六時五十分。そろそろ控室が空く時間だ。
『あやのん、ほんのちょっと仕事で遅れるかも! ぜったい待っててね!』
という連絡を無視しつつ集合時間となり、名も知らぬ公園で見知らぬ子供達に見つめられながら叩いていたドラム練習パッドをリュックの中に片付けて再びライブハウス前に訪れると、すでに沢山の人の出入りがあった。
昼、夕方、夜。
今日ここにはこのライブハウスにお世話になったバンドマンとそのファンたちが大勢集まっている。僕は部外者も部外者だ。
人並みに……虚栄心がある。褒められたいというよりは、がっかりされたくないとかそういう気持ち。
この八月、数えればなんだかんだと三百時間以上はドラムの練習をしたと思うけれど。
この場所ではたった三百時間だ。
打席に立つ。マウンドに立つっていうのは中々に勇気がいるんだな清廉。
「んじゃ、行きますか」
人の流れを眺めていると後ろからやって来た星野さんに肩を叩かれ……階段を降りて、人を掻き分けながらフロアへの入り口を避けてバンドのポスターが無数に張られた控室に入る。
「遅いわよ。さっさと準備しなさい」
「ドラムは控室で練習パッド叩くくらいしかやる事無いんだよ」
先んじて控室に居た清廉は、大小さまざまな大きさの星がプリントされたワンピースを着て、顔にはばっちり化粧をして気合の入った様子。
一方の男二人はいつも通り古着姿の星野さんと母親に貰った白いシャツと黒いズボンを着ている僕。
これが、星野ラストリゾート。
見事に統一感のない寄せ集めバンドだ。
・・・
三人掛けのソファ、僕の隣に座りベースのチューニングを始める星野さんと立ちながらストレッチをしている清廉を眺める。
八月の終わりが、こんなにも惜しくなるなんて思いもしなかった。
ソファの端に座りながらリュックから取り出したドラムスティックを握る。
スティックの先端はティアドロップという形状で涙をドラムに叩きつけるというのも中々にロックだ。
呼吸を整えつつ、座りながらストレッチをしていると。
「綾野ー。なに黙ってるのよ。コーラスあるんだから口と首のストレッチもしなさいね。……あれ、もしかして緊張してるのかしらー?」
本番前の準備を終えた清廉がからかってくる。
「せーれんは緊張しないの?」
「あたしもお客さんの前で歌うのは初めてだけど。でも、プロですから。すっごく楽しみ。どんなことが起きようとも本番は上手くやるのよ」
清廉は自信ありげにどや顔を披露する。
「どんなことも?」
「そうよ。試しに揺さぶってみなさい? 絶対に動じないから」
「星野さん引退したら彼女の実家でブロッコリー農家やるんだってさ」
「へ?」
「さ、プロのお手並み拝見といきますか」
「あやの…………。綾野!」
駆け寄って来た清廉に両側から頭を掴まれる僕を見て、ベースの調整をしていた星野さんが楽し気に笑う。
「きみら本番前だってのに緊張感なさすぎー」
「ひぃっ、まって、なんで否定しないの、ハレピ、ほんとなの? かの、かの、農家って」
僕を掴みながら清廉の顔が星野さんに向けられる。
「ん? 綾野クンにしか言ってなかったっけ」
「僕にしか、言ってないですね」
「しか、を強調するんじゃないわよ!」
「こんなとこで推しロスは不本意だろうけど、せーれんにはこれに懲りずに頑張って欲しい」
「ばかっ、タイミング考えなさいよ! ショックで歌えないかもしれないでしょ!」
「せーれんはこんなことで折れない」
「なにその真っすぐな目! 折れそうよ今!」
「まあまあ、お二人。おふざけはそこまでにして――。そろそろ時間だぜ?」
立ち上がった星野さんがスッと右手を差し出す。
円陣、というやつだ。
「いよいよ待ちに待った本番だ。お祭りムードでなんでも楽しんでるお客さんに見せつけてやろーぜ。今日、この日、星野ラストリゾートを刻み込んでやろう」
「あ、うん。それはいいんだけどね、星野。あたし今、綾野に乙女心について教育しないといけないの」
そう言いつつも清廉は僕が星野さんに手を重ねる前にサッと動いて右手を重ね、仕方なくその手の上に右手を重ねると――。
「む……あんた、手冷たいわね」
清廉の左手が僕の右手に重ねられる。
「綾野。少ない時間の中で、綾野が出来るであろうと思って出した宿題は全部出来るようになったでしょ? 四六時中あたしにうるさく言われながら練習やり遂げたんだから自信持ちなさい。普通の人だったら逃げ出すわよあんな練習」
「清廉ちゃん、二人の時どんな練習してたのよ……」
星野さんは若干引いているけれど、確かに清廉の言う通りだ。最後の一週間の練習はドラマースパルタ育成映画さながらの苛烈さだった。あの清廉よりも恐ろしい観客は一人もいないはずだ。
清廉の左手の上に手を重ねると、更にその上に星野さんの手が重なった。
「へへっ。おのおの、色々と言いたいことはあるだろうけど。そういう気持ち全部、ステージで披露しようや」
三人の視線が重なる。
もう、二度と、この瞬間は訪れない。
「それじゃ、いくぜ? 星野ラストリゾート、ファイトー」
「おー!」
ダサい掛け声を聞いて、肩の力が抜けた。
マウンドに持っていく気持ちは、一つでいい。
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