顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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ハレーション(2)

 ――スポットライトが眩しい。

 ステージに上がるとパラパラとした拍手の音と、人の集まったフロアの熱気に迎えられた。先ほど三曲目を終えたバンドの空気がまだ残っている。誰かの吹いた指笛の音に、シールドをどでかいアンプにつないだ星野さんが手を上げて応える。

 星野さんはステージからでも客席が見えるみたいな事を言っていたけれど、ドラムスローンに座りスティックを握ると確かに人の顔が良く見えた。

 ……自分の役割を全うしよう。

 あんまり気を取られるとミスをしてしまいそうだ。

 

 

「えー、どうもー、星野ラストリゾートって言いまーす! 知ってる人ー?」

 

 準備を終えた星野さんが黙って下を向いている清廉のマイクを奪い客席に語り掛けると数人の女性の声で「はれぴー」と声援を浴びた。興味ある人ない人半々、くらいだろうか。

 

「お、なんだか見知った顔もいるじゃん! そう、オレはボカロPのハレPであり、レクチルっつー解散したバンドのベーシスト星野。んで、今日はこのライブハウス最後の思い出作りに参加させてもらおうって、未練がましく高校生二人連れてやってきました――なんて言わねえぜ?」

 

 星野さんはそう言いながらベースをボンボンと鳴らし始め、メロディアスなベースサウンドが響き始める。

 その音は普段の星野さんの雰囲気と一変するかのようで、ただただカッコいい。

 ……それにしてもこれ。多分このまま音鳴らしながら曲始める気だな。そんなの予定にないっていうのに。

 息を吐き、スティックを握る。

 

「レー! がんばれー!」

「んん、どうやらうちのドラムの、なんだ、なんだか光ってる子が応援してくれてるわ。ほら、返事返事」

 

 客席に目を向ければ、見慣れた親子とその友人がいた。

 返事か。どうしよう、もう、曲始める気持ちでドラム叩き始めちゃおうかな。この流れに乗って叩き始めた方が緊張しなそうだ。

 クラッシュシンバルを四回、スネアドラムとフロアタムを同時に八回鳴らし、星野さんのベースに合わせるように180BPMでドラムを叩き始める。

 

「よーし、乗って来たぜー。楽器詳しい奴なら見て分かるだろうけど、我が星野ラストリゾートはベース二本にドラム。まずはこのシンプルさを楽しんでくれや。一曲目、無貌の星!」

 

 曲名を告げた星野さんが定位置に戻りベースに本腰を入れ始め、ベースとドラムの音だけが響き始める。

 そうして僕ら二人が三十秒ほど演奏を続けていると、お客さんの視線が段々と俯いたままの清廉に集まり――。

 一瞬、俯いていた清廉の視線が僕を捉える。僕は星野さんと頷き合い、タカタカドンのフィルインを二回入れると清廉が息を吸い込み。

 瞬間、音の粒がはじけた。

 足りない音を補うだけに留まらない七色の響きが響き渡る。

 頭がクラクラとするような高低差のあるメロディは機械音声が歌うことを前提とされた旋律のはずなのに、自分の曲のように、機械を凌駕する滑らかさで清廉は歌い上げる。

 怖いほどに、美しい声。激しい感情。

 

『――名も無きスターとの距離、悲劇に対して何も出来なかった自分への落胆。そして、その気持ちを忘れたくなかったオレ。その三部構成だ』

 

 清廉は、星野さんの言葉を聞いていないはずなのに。

ホンモノの無貌の星は何年も前にアップロードされた曲だというのに。

清廉の歌声で、ようやく無貌の星が昇る。

 

・・・

 

 後ろを向いた星野さん清廉と共に。ダーン、と二本のベースとクラッシュシンバルの音が同時に響き、一曲目が終了した。

 

「一曲目、無貌の――」

 

 星野さんが言いかけたところで拍手が響く。

 無貌の星の演奏時間は三分十五秒。呼吸を忘れるとリズムがズレるからしっかり呼吸をしながら叩いていたはずなのに、本番の熱気に当てられてすっかり息が上がる。

 

「はい、沢山の拍手ありがとー。すげーだろウチのボーカル。史上最高の歌姫なんだぜー!」

 

 星野さんがそう言うと清廉は僕に振り返り『いまの、聞いた?』と口をパクパクとさせた。なにを今さら喜んでいるのかと思ったけれど。そういえば面と向かって星野さんが清廉を褒める事って今までなかったっけ。

 スティックを前に振り、清廉に前を向くように促す。

 

「前のバンドメンバー見てるかー、羨ましいだろー」

 

 すると後ろの方から笑い声と指笛が響き、星野さんは苦笑しながら手を振り――肩をグルリと回した。……二曲目だ。

 

「さーてと、思ったより場が温まったところで。新曲いきます」

 

 星野さんがそう言うと最初よりも大きな拍手が起こる。

 先ほどの清廉の歌声のお陰だろう。

 

「作曲はオレ。そして、この曲を、歌詞を考えてくれたのがドラム。今月出来たばかりの、最高傑作だ。聞いてくれ、ハレーション」

 

 星野さんの言葉の後。

 沈黙が訪れる。

 清廉の声が響く前の緊張感。

 この沈黙を破るのは――僕だ。

 スティックを四回叩けば曲が始まる。

 星野さん、そして清廉と目が合う。

 ここでスティックを落とせば全て終わり。ここで、ドラムを叩き始めてしまえば。三分三十秒が経過してしまえば、全て、終わり。この時間が終わってしまう。

 何百回叩いても完成する気のしない、永遠に発展途上の音。

 でも。今この瞬間が全てだ。

 もう星野さんと清廉とは目が合わない。二人は、僕に合わせる気なのだろう。

 自分の中での切っ掛けを掴めずにいると……。

 静かな空間に、カツカツと足音が響いた。

 出入口に目を向ければ、急いで駆けつけた様子の見慣れたショートカットの女が立っていた。

 

 天上を見上げれば、――照明が眩しい。

 

「……いこう」

 

 スティックを四度鳴らした直後クラッシュシンバルを鳴らして一拍。その直後、二本のベースが寸分もたがわず同時に鳴り始める。

 焦燥感を感じさせるようなメロディ。

 ピッタリ同じ音から、線路が切り替わるように徐々にメロディアスな星野さんの音とお堅い清廉の音に別れていき、フィルインを入れる。

 二つの道に別れていくような始まり。この曲の作られた経緯、僕の心象風景を思うと我が事ながら心がざわざわする立ち上がり。

 そして音が一瞬静まり、フィルインと共に歌声が響く――。

 

「瞬間輝く光が、夢に残る。終わった瞳が、何かを語る。遥か遠く、ひしゃげた白さに記憶を覆えば、ほら何も無い。不運だって、それだけだって、頷いていれば、静かに折れた」

 

 清廉の歌いはじめからしばらくはハイハットシンバルを叩き、曲が進むごとにスネア、ハイタムロータムが加わっていき。その音の盛り上がりに共鳴するように清廉の声色に感情が滲み出す。

 

「空いたベッドはうつろな隙間。手を引くキミは小さな光。でも、かつてに浮かぶ亡霊に立つ瀬はなくて、今を見送る傍観者。流れる日々に伸ばす手はなく――」

 

 どうしてこんなに悲しくも透明で真っすぐな声が響くのか不思議なほど、清廉の歌声は聞いていると泣きそうになるほど染み渡る。

 そんな昔の感情に流されないように、懸命に、この夏の記憶を手繰り寄せるようにドラムを叩き続ける。星野さんのベースの音は僕らに寄り添うように、強すぎる清廉の歌唱と乱れそうな僕のリズムを支えてくれる。

 

「今も無く、終えた夢を見ていれば痛みの無い日々が続く」

 

 この夏、色々あったなーなんて振り返るほど思い出のバリエーションはない。

 ただただ暑くて暑くて、死にそうな熱をドラムに叩きつけるような毎日だった。ベースを弾いてる男は物腰柔らかなわりに一緒に演奏し始めるとエンジン掛かってあれもこれもやらせようとするし。歌いながらベースを弾いている女はとにかく苛烈で、あまりにも真っすぐな最高の歌姫だった。三人で曲を作り上げるだけの夏の、終わりが近づく。

 ……そろそろ、サビだ。

 星野さんと清廉と目が合う。

 耳でタイミングを取ろうとすると間違える気がするから、延々と繰り返して来た身体の記憶を頼りにクラッシュシンバルに右手を向けて、全て――叩きつける。

 

「――雷鳴! 今、歪な光が差す。ほどけないその手、揺るぎもしない。逃げ出す間も無く腕を引かれるんだ。伝わる熱は夏の日々みたいで、ようやく時間が進みだしたんだ」

 

 コーラスを重ねる。

 音が、ズレてしまいそうになる。

 照明の光が万華鏡のように揺れる。

 ……なあ。どっかで聞いてるなら褒めてくれよ。けっこう、頑張ったろ?

 

「壊れそうなんだって、言えないまま、ただキミにみる――光」

 

・・・

 

 演奏が終わったというのに。客席は拍手の音どころか、呼吸の音さえ聞こえないような静かさで。

 そんな空間に一人息を漏らす男がいた。

 ……僕だ。

 

「っ、う……う」

「ふふ、あたしの夏の目標の一つが達成されたわ」

 

 振り返って近づいて来た清廉の姿はボロボロと溢れていく涙でぼやけて見える。

 

「ほら、綾野、せーれんごめんなさいって言ってみなさい?」

「……ありがと、せーれん。なにか、やっと終った」

「っ、もう、調子狂うわ。ほら、ハンカチ。あと一曲分耐えなさい」

 

 パチ、パチ、と徐々にざわめきと拍手の音が聞こえ出し、指笛と共に爆発的な歓声が聞こえた。漏れ出す感情と共に清廉を見上げる。

 これは、歌姫が遥か遠くに飛び立つ音だ。

 

「――ふぅ、つい放心しちゃったぜ。せんきゅー二人とも、そしてお客さんたちー。もうばっちりやり切ったぜー。な?」

「……はい」

 

 近寄って来た星野さんに頷きつつお客さんの様子を見ると、よたよた歩き顔を押さえながらフロアから出ていく父親の姿が見えた。どうやら刺激が強かったらしい。

 

「ほしのー、もういっきょく、きかせろー」

 

 バーカウンターの方から半泣きのオーナーさんの野太い声が聞こえてくると、それをきっかけに様々な掛け声が聞こえて来た。

 

「だってよ、二人とも。それじゃ名残惜しいけど……。最後の曲、始めますか」

「あたりまえよ」

「……最後にオチがあったほうが僕ららしいよ」

「オチってなによ、良い曲でしょ!」

 

 清廉は首に下げていたホイッスルを胸元から取り出す。

 

「はいはい怒らないの、んじゃあ、声援にお応えして。最後にボーカルが作った曲でしめたいと思いまーす!」

「パターンSよ」

「聞いてくださいっ、ラスリゾ生誕祭!」

 

 すぅ、と清廉が息を吸い――。

 ピーピーププーピーピーピプープー!

 ホイッスルからサンバのような軽快な音が鳴り出して。

 タン、タン、タタタン、タタタタン、タタ!

 

「いーけーいけいけ、いけいけあたし!」

 

タン、タン、タタタン、タタタタン、タタ!

 

「いーけーいけいけ、いけいけハレピ!」

 

 タン、タン、タタタン、タタタタン、タタ!

 

「フーレー、フレフレ、フレフレアヤノ!」

 

 この曲、僕だけしっかり名前出てんだよなぁ。

 無貌の星、ハレーションとは一線を画す明るいだけの幸せだけの、楽しい事だけが詰められた清廉の曲。

 

「フロアのみんなー、ここにいるみんなー、今日は来てくれて、ありがとー!!」

 

 夏の終わりには、……こういう曲がちょうど良い。

 





次回、エピローグ
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