顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
「星野晴さん、好きです。結婚してください」
「わり、オレ今の彼女が好きなんだわ。彼女の実家で、農家デビューすんだわ」
控室に戻り帰り支度をしていると、清廉が星野さんに告白して間髪入れずに振られた。星野さんの用意したセリフを言う様な口ぶりからして、清廉が告白する気配には前々から気付いていたのかもしれない。
さすが大人、日本刀のような鋭さで女子高生の恋心を一刀両断してくれた。
清廉、さすがに女子高生とアラサーが付き合うのは不健全だよ。
「あ、綾野、ふ、フラれたわぁ」
「気を取り直してデビュー配信行こ」
「ゔぇぇええっ、あんまりよぉ。上手くいくとは全く思ってなかったけどさ、う、すっごく悲しいんですけど。勢い余って昨日とかに告らなくてよかったぁ。さすがに一日は引き摺るもの」
「うん、丈夫で良かった」
「うう、ぐすっ」
つい先ほどまでフロアを支配するような歌唱を披露した歌姫の姿とは思えない姿だ。
「だいたいさ、星野さんが一回り下の女子高生に手を出す駄目バンドマンだった方がショックでしょ」
「でも、ずっと、小学生のころから好きだったのにぃ。言うチャンス、今しかないからぁ。ずっとね、ライブ終わったら気持ち伝えようって思ってて」
「せーれんは良くやったよ。僕は最初から無理だと思ってたけど、やっぱり挑戦するって大事だもんな」
「うぇええん…………――――はぁ、泣いたらすっきりした。まあそうよね。うん、正直この一ヵ月でずっと脈無いの気付いてたし。なんなら綾野の方がワンチャンあったレベルだし。所詮あたしは、歌うしかない女よ」
「そうだね」
「そうだねじゃないのよ! あんたばっかり星野に構われてズルいのよ!」
スンと泣き止んだ清廉に頭をぐらぐらと揺らされる。
「いやキミらさ、オレが言うのもなんだけどオープン過ぎない? こう、もっと気まずい雰囲気になるかもなぁって思ってたんだけど。くくっ……つくづく、オレの想像超えるわな」
「気まずくなるのイヤだったら結婚してよ!」
「おっと、まだ鎮火してなかったか。はぁ、んー、しゃあないな。結婚の代わりにじゃあ、これやるよ。清廉ちゃん」
星野さんは三人掛けのソファに座ると、リュックにしまっていたベースと白いマーカーペンを取り出すと。
『レクチル星野』と『ハレP』のサインをベースに書いてせーれんに持たせた。
「え、これ……」
愕然とした様子でベースを見つめる清廉と、照れくさそうに笑う星野さん。
ここで口を挟むほど野暮ではないので、一歩引いて黙って二人を見守る。
「さすが歌姫miu、ほんとうに最高の歌だった。すっげーよ、本当に感動した。生涯で一番よかった。どこまでも真っすぐ心に響く、元気の出る歌声だった」
星野さんの一言で清廉は目を見開き、涙を浮かべた。
「ほんと、光栄だ。miuが、清廉未羽がオレを、オレの曲を好きでいてくれて。こうして三人で、もう出来ないと思っていたライブまで出来て――」
星野さんの目にも涙が浮かんだ。
僕も、清廉も、そして星野さんも一仕事を終えたのだ。
「ささやかながら、オレの相棒を受け取ってくれよ。歌姫さま」
「っ、な、なんで、ベースを渡しちゃうのよ、これは、あんたの」
清廉がベースを返そうとするが、星野さんは受け取らない。
「人生は長いぜ、清廉ちゃん。そして綾野クン。オレはオレの音楽をやり切った。上手くいったことも失敗したことも含めて、今日、やり切った。きっとさ、明日から売れ線の曲も心から楽しめるようになる。やっと、バンドやって曲作ってた自分を誇れるようになる」
星野さんはトンと清廉の肩に手を置いた。
「辞めるとか託すとかそういう後ろ向きな意味じゃねーんだ。ただ、オレが持ってる一番大事なもの、後輩に受け取って欲しいだけなんだ」
「う、うぅ」
――ああ、本当に星野さんとは、ここでお別れなのか。
実感が湧いてきた。他人事のように眺めていたはずなのに、僕まで泣けてくる。
「うぅ、あ、あやの、ちょっと持ってて!」
清廉は星野さんのベースを僕に強引に渡すと、自分のベースを引っ張り出し星野さんからペンを奪いベースに『miu』とサインを書き――。
「次、あんたも書いて」
疑問を浮かべる必要も無く清廉がやろうとしている事が理解出来た。ベースを清廉が持っていたものと入れ替えてペンを受け取り『綾野』と勢いをつけてボディに書き殴る。
「星野! 受け取りなさい!」
「え、いや、あっ、……どうもっす」
同じメーカー、同じ型のベースが星野さんの元に戻る。
「あたし達にとっても、あんたは特別なんだから。一方的に人生の先輩面しないでよ、わ、私だって、ずっとお礼言いたかった。ハレP、かっこいい音楽作ってくれてありがとう!」
「――――」
「星野さん……遊んでくれて、ありがとうございました。星野さんに会えて本当によかった」
ああ、八月が終わってしまう。
僕らを前にした星野さんは苦笑し、ため息をついた。
「あー、もう、ほんと若者には敵わねえなーったく。オレにも書かせてくれ」
星野さんは受け取ったベースに『星野』と書いた後。
0831星野ラストリゾートと、書き加えた。
「……ありがとよ。一生の宝物だ」
――かくして、星野ラストリゾートの営業は終了した。
・・・
清廉と二人、miuデビュー配信が行われる撮影スタジオまでの道を歩く。
吉野さんに送っていこうかと提案されたものの、なんだか歩きたい気分だった。
夕焼けと夜の隙間。マジックアワーの美しい景色が空に広がっている。
「バンドも終わりね。まだ夢の中みたい」
「明日は日曜の九月一日。明後日からは学校が始まる。嫌でも目が覚めるよ」
「最悪。もっと気の利いたこと言いなさいよ」
「……なら。清廉、モラトリアムって知ってる?」
質問すると清廉は固まり。
「えっと、猶予みたいな英単語だったかしら」
どうにか答えた。これも夏期講習の成果だろうか。
「うん。学生生活を、人生のモラトリアムって言う事もあるみたいで」
「人生の……モラトリアム?」
「大学まで行くとしたら、僕にはあと五年か六年はそういう猶予期間があるわけだ。……それならまだ。何かを決めるには早いのかもしれないのかなって」
空には、いつか見たような飛行機が見えた。
もしかしたら、ステルス戦闘機も旅客機のように乗り心地が良くなるのかもしれない。
もしかしたら、僕に耐G能力が芽生えるかもしれない。
それは、どちらもまだ分からない事だ。
「提案なんだけど。せーれん」
「ん?」
「……もう少し、バンド続けてみる?」
照れくさいような気持ちで提案をするも、夕闇に紛れた清廉の表情は暗くてよく見えない。この歌姫さまはなんと返事をしてくれるのだろうかと一抹の不安が過ぎり――。
「あったりまえでしょ!」
貌のない歌姫 完
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水着も花火も夏祭りも無かった夏休みが終わりました。
十五万文字を超えるお話にお付き合いいただきありがとうございました。
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四章についての後書きは活動報告に纏めようかと思います。ご興味ありましたらお立ち寄りください。では、失礼します。