顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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歌姫と雑談

 夏は終わったというのに、未だ日は高く気温は下がらない。

 残暑が続くように、この胸に一抹の熱が残る。

 縋りついた音、借り物の趣味。それらより輝くものが確かに胸に灯ったけれど、この熱がいつまで続くのかは誰も教えてはくれない――。

 

「暗っ、あんた爽やかに夏休み終わったのに書く歌詞重いのよ」

「明るくも書けるよ?」

 

 いやぁ、もうやりきったわ。何もやる気起きない。すーぐ眠くなっちゃう。

 

「それ最近のあんたでしょ」

 

 放課後。

 勝手知ったる悪の芸能事務所ペイントパレットの会議室で清廉未羽と二人並んでノートに歌詞を書いて時間を潰す。

 白いブラウスシャツとチェック柄のスカートというよくある制服姿の清廉は首元のネクタイを緩めつつ僕が書いた歌詞を見てはあれこれ注文を付けてくる。この歌姫さま、基本的に寛容で面倒見が良く明るいという長所があるのだがソレを損なってあまりある拘りの強さと我の強さがあり、特に音楽に関わる事において清廉を納得させるのは中々に骨が折れる。僕としては作詞はさほど重要では無いというか興味もないというか、ドラムを叩ければあとはどうでも良いのだが――。

 

「なに、言いたいことがあるなら言いなさい」

「ドラム以外は全部せーれんやってよ」

「絶対言うと思った。二人しかいないんだから少しは協調性ってものを身に付けなさいよ」

「誰が言ってんだ」

「黙りなさい。あんたなんてすぐ溜め込むんだからたまにアウトプットするくらいが丁度良いの」

「ふーん?」

 

 清廉にしてはなんだかもっともらしい事を言っている。

 

「あたしが作曲、あんたが作詞。二人で曲を用意して年末までに二曲は演奏できるレベルにする。これが今年の目標。いい?」

 

 異論を認めない意思確認に渋々頷き、再びボールペンを握って『夏の終わり』について思いを馳せる。

 新しい曲を作るにあたり清廉が提案した曲のテーマは何だかんだと興味深く、あぁ僕ってこんな風に感じていたんだなと他人事のようにボールペンを動かす。

 清廉は僕が大人しく作業を再開した事を認めるとスマートフォンを取り出し、作曲用のDTMアプリを起動。僕がサボらないか確認しつつ音を打ち込んでいく。

 黙って各々の作業に没頭するこの状況、どこかで憶えがあるなぁと朧げな記憶を探ると昔アパートに住んでいた頃、母リリーに見張られながら宿題をしていた頃を思い出す。

 宿題をやる事自体は億劫だけれど褒められはしたい。

 芸を仕込まれる犬というのはこんな心境なのかもしれない。

 

「ところで、せーれん。バーチャル世界の居心地はどう?」

 

 ボールペンを指の間で一回転させつつ聞いてみると。

 

「悪くはないけど息苦しいというか、研修中というか……まだわからないわね」

 

 清廉にしては珍しくパッと答えは出てこない。

 息苦しい、研修中……か。

 そう言われると思い当たる節はある。現状の清廉は自宅ではなくペイントパレットが有する配信スタジオでスタッフ立ち合いの下配信をしているのだ。自宅で気楽に配信をしている妹と比べると何とも不自由な感じはある。 

 ま、監視されるに相応しい行いをしたので正真正銘の自業自得ではあるのだが。

 

「事務所もせーれんも生配信なんてさっさと諦めればいいのにね」

「どういう意味よ。デビュー配信だって今でもそんなに悪かったとは思えないんだけど。恋愛対象は男ですとか先ほどフラれましたが何かとかバンド組んだ相手は男ですとか、それって失言では無いわよね?」

「うーん」

 

 男関連の話。

 ペイントパレットがまだ男女混合のタレント事務所だから良かったものの、妹の所属する女所帯の事務所だったなら爆発炎上していたに違いない。エリオットの兄である僕ですら良く思わない人と良く思いすぎている人が居たりと異性との距離が難しい世界なのは間違いない。

 言わぬが花ではあるのだけれど、さっさと『そういうスタンスです』と示しておくのは悪いことではないとは思う。だが。

 

「何でフラれた事まで言っちゃったの」

「あたしも言うつもりなんて無かったわよ。無かったけど、魔が差したというか。さっきフラれたのになにご機嫌にデビューしてるんだろって自嘲してポロッと言っちゃったのよ」

「十万人の前で?」

「十万人の前で……、うん、認めるわ。フラれたとかは言わなくて良かったわね」

「そうだね」

 

 恋愛関係のアレコレで同性からの親近感みたいなのは得られたようだけれど、やはり口と感情が直結しているこの歌姫さまが生配信するというのは中々スリリングかつリスキーだ。

 ……記憶に新しい歌姫miuのデビュー配信当日。それはもう大騒ぎだった。

 ペイントパレットのファン、いわゆる箱推しにのみ注目されていた『新人』の正体がmiuだと判明した瞬間から瞬く間にSNSで拡散されあっという間に同時視聴者数は十万人超え。

 miuの3Dモデルによるライブシーンから始まり、今までヴェールに包まれていたmiuの生の喋り声が配信に流れ、質問だったりに答え――。

 

『学生生活ねー。まあ、とりあえず恋愛したいわね恋愛……。あ、ふふ、さっきフラれたばっかりだったの思い出しちゃった……。可能性無いのはわかってたけどさ。せめてこう、え? なんであんた達止めるのよ、恋愛くらい普通にさせなさい。というか、します』

 

 と、恋愛脳の片鱗を見せガチ恋の芽吹きを早々に焼き払ったり。

 

『ブイチューバーmiuとしての活動方針は決まってるわ。ブイチューバーとして許される範囲なら何でもしようと思ってるの。あとパワプロ甲子園優勝……ん? なんでみんな『何でも』に反応するの。ああ、そういうノリあるんだ。へぇ……』

 

 と、冷めた反応でオタクの繊細な心をザワつかせたり。

 

『これはさっき約束させたんだけど。いわゆる歌枠みたいな感じでバンド活動をしようと思ってます。ボーカルは当然あたし、ベースもあたし、せっかく新しい環境なのでギターの練習もしていこうかなって思ってます。――ふふっ、miuとバンド組めるとか羨ましいだって。ありがとね、今までのバンドだとあたしは軽んじられていたから嬉しいわ。ほんと男二人楽しそうにやってて疎外感を感じた事は一度や二度じゃ……あ。バンドやってたこと言っちゃったわ』

 

 と、スタッフ一同に冷や汗をかかせたり。

 

『ともかく、そうね。組んでいたバンドは一人脱退したから当面は二人でやる感じに……二人で、はぁ。二人か。……あ、コメントの人ゴメンね心配させちゃって。違うのよ、円満脱退したメンバーに思いを馳せていたというか。今になって実感が湧いて来たというか。あたしホントにフラれたんだなぁって。何年もずっと好きだったのに。だめ、泣けてきた。ちっ、ほんとあんた何であのタイミングでアイツに彼女いるとか言うのよ! 普通歌う直前に言う? 再びムカついてきたんだけど!』

 

 と、驚異の感情アップダウンを見せつつ視聴者置いてけぼりで『友人A』に怒ったり。

 最終的には――。

 

『先に謝っておくけどごめんね、やっぱり形に残す。……最後に新曲歌うわ』

 

 予定にない『ハレーション』をベース一本で誰にも止められないような迫力で歌い上げた。

 あのライブハウスでしか発表していない曲を歌う。その意味は清廉も重々承知しているであろうに確固たる意志を持って歌った。男連中がカッコつけてあのライブハウスだけで終わらせようとした無形の曲をmiuの力で以て『形』にしようとしてくれたのだろう。

 当然、歌った結果は大騒ぎ。

 スタッフどころか星野さんまでてんやわんやだった。

 

 というのもライブハウスでハレーションを聞いていた人がmiuとハレPがバンドを組んでいたかもとSNSで呟き、その話があっという間に広まり……憶測が憶測を呼ぶ前に星野さんが古巣の過疎動画サイトで釈明配信を決行することになったのだ。

 配信内容はmiuとバンドを組んだ経緯、そして未成年に手を出していませんという証明のために彼女さんと並んでの婚約発表。事前に清廉以外のメンツで『シナリオ』を用意していたとはいえ大人達がバッタバタとしている姿は忘れられそうにも無い。

 ちなみに、星野さんと顔を隠した彼女さんが二人揃って指輪を見せて『miuさん、私達幸せになります』と言った時の姿はネットミームとなり、清廉の脳を破壊した。

 

 ――そんなこんなで、miuのデビューは爆発的に周知され今に至るのだ。

 

「ん? なに、その目は」

 

 回想から戻ると清廉と目が合った。

 

「miuのデビューを思い出してたら自然とこの目になっただけ。ハレーションをmiuとして歌いたかったのは良いけど、ハレPに曲をアップロードして貰ってからカバーすれば良かったじゃん」

 

 後の祭りとはいえ具申すると。

 

「あれね、実はわざとなの。スタッフさん達には悪いけど、あの曲だけはあのタイミングで歌うって決めてた」

 

 清廉はイタズラを告白するような表情でこっそりと告げた。

 

「二人だけすっきりして、二人揃って居なくなるなんて嫌だった。だから世界に二人が居たことを残すって決めてたの。綾野もバンド辞めるって思ってたから、ほんとは生配信であんたの本名叫ぶつもりだった」

「え?」

「作詞、綾野礼。作曲、星野晴。歌います、ハレーション! みたいな」

「セリフまで考えてるじゃん……」

 

 清廉はニンマリと微笑むと、パンと手を叩いた。

 この話はもう終わりという事なのだろう。……自分勝手な。

 

「ともかく、小さいこと気にしないで未来志向でいきましょ? 結局なんだかんだ世間の風向きは悪くないみたいじゃない。特に女の子のファンからの評判は良いのよ?」

「そこはほんと良かったよ」

「というか話変わるけど。星野ってホントに婿入りしたのかな。あれ、実はドッキリだったりしない?」

「しない」

「だって星野の配信で、星野目線のあたしと、ついでにあんたとの出会いみたいなお話聞けて感動してたらその後急に彼女さん出て来て婚約みたいな話をしっかり聞かされて指輪見せつけられて……。え、夢?」

「リアルです」

「はぁ、つら。流石のあたしも引きずるわ」

 

 清廉はぐでっと長机に倒れ込む。

 

「歌って励まそうか?」

「……好きにしなさい」

「あー、きづいたんだー、この気持ちが愛なんだってー」

「それあたしが星野に送った曲じゃないっ」

「ごめん、お待た……えーと、この妙に入りずらい雰囲気はなにか取り込み中だったりするのかな?」

 

 清廉を励まそうとしているとペイントパレットブイチューバー部門のマネージャー、吉野さんが恐る恐るといった様子で会議室にやってきた。多少取っ付きやすくなったとはいえ清廉のご機嫌は気になるらしい。

 

「大丈夫よ、今からコイツに指導するだけだから。ね、礼君。人の傷口に塩を塗り込んだら駄目なんだから、ねっ!」

 

 起き上がった清廉は僕の後ろに回り込むと細い腕を伸ばし、いわゆるチョークスリーパーを――。

 

「きゅっ」

「うわっ、綾野くんがちいかわみたいな声出してるっ」

 

・・・

 

 吉野さんは持っていた資料を僕と清廉にそれぞれ渡した。これこそ本日集まった理由。僕と清廉のバンド活動についてのお話だ。

 僕が貰ったのは来月の『予定表』で、清廉は僕よりも多めの資料を貰っている。

 

「清廉さんと綾野くんとしては趣味のバンド活動をバーチャルの舞台でやるって話だけど、まあこっちの方針でいっちょ噛みというか。ペイントパレット軽音部というのを設立して他のブイチューバーも合わせて定期イベントにさせて貰おうってのは前に提案させて貰ったと思うんだけど」

「ええ、箱っていう恩恵を得るのだからあたしを客寄せパンダにするのにも文句はないわ」

「こちらから与えられる恩恵の大小は測りかねるけど、今は言葉通りに受け取らせて貰うよ。それでだ、一応年末までにライブハウス的な3Dモデルを用意して――」

 

 二人が話し始めるのを聞きつつ、手元の資料を見る。

 この予定表はペイントパレットの方で用意してくれる練習場所の使用可能日だ。芸能事務所だけあってそのあたりの伝手は豊富なのだろう。僕としては教会でも三葉音楽スクールの練習スタジオでも良いのだが、こちらの方が清廉の家から近いので文句はない。

 

 ――あの日、ライブ終わりの帰り道。

 たいした考えも無く『ブイチューバーとしてバンド続けて見たら?』なんて言った結果随分と大事になってしまったものだ。確かに『歌ってみた』や『オリジナルソング』でもない『軽音部』という大型コンテンツは上手くいけば新規ファンを獲得できそうな匂いはあるけれど、自分の些細な一言で大人が動き出してしまったのは何だか恐ろしい。

 商魂逞しいのは結構だけれど、さっさと企画頓挫して僕ら二人で気楽にやらせて欲しいものだ。

 

「綾野、ほんとにいいの?」

 

 意地の悪い考えを巡らせていると清廉に意思を確認された。

 二人の話はかなり聞き流していたのだが、その心配そうな視線で何を言いたいのかは何となく理解出来た。注目度の高い自分と一緒にやるリスクを気にしているのだろう。

 

「マリリにSNS没収されてるからmiuのドラム微妙じゃねとか言われても気づかないよ」

「あんたが気にしなくてもそんなコメント目に付いたらあたしが怒鳴っちゃうでしょ」

「目に浮かぶ」

 

 清廉の心配はありがたいし、僕が逆の立場であれば同じように心配したかもしれない。

 けれど。

 それでも清廉とバンドを続ける事を、胸に残った熱をもうしばらくは抱き続ける道を選んでしまったのだからある程度の困難は受け入れないとならない。

 

「なら……そうだな。それなら、せーれんが僕と一緒に練習してるとこも配信するのはどう?」

「あたし達の練習?」

「そういうのってやっても大丈夫ですか?」

「やること自体は止めないけど……」

 

 黙って話を聞いていた吉野さんを見ると僕の意図を理解していないような顔をしていた。それもそうか、吉野さんは僕らの練習風景を見た事が無いのだ。僕らの練習風景を見せる、それはつまり僕が延々と清廉に叱咤叱咤叱咤激励激励されるというスパルタレッスンを見せるという意味だ。男女仲良くキャッキャッしながらの練習などではなく控えめに言って見る人に同情されるレベルの練習風景。

 あれをみれば、もしかしたら応援してくれる人もいるかもしれない。

 

「練習するとこ見せて意味ある?」

「たぶん僕らの練習風景見たら、歌姫に相応しくないドラムじゃなくて、あの歌姫に付き合っていられる辛抱強いドラムって評価に落ち着くんじゃないかなって」

「あたしの評判はどうなるのよ」

 

 そう言いつつ、清廉は二拍分思考して頷いた。

 

「オッケー。それでいきましょう。外野は実力で黙らせるに限るわ」

「じゃ、そういうことで」

「いわゆる長時間配信、作業用配信ってわけね。あんたの本名呼ばないように気をつけないと」

「……」

「……気をつければどうにかなるのかしら」

 

 お互い確信に近い思いで「多分練習中に名前呼ぶだろうな」と感じているのが手に取るようにわかる。

 

「――なるほど。そっか」

 

 吉野さんがフッと微笑んだ。

 

「そう上手くいくと楽観はできないけど。確かに、二人の本気を見せるだけで見る人の気持ちを変えられるのかもしれないね」

「吉野さん?」

「なんでもないよ。一応、清廉さんが心配していたような事が起きないように色々と用意はしていたけど、キミらの案の方がよっぽど健全だ。どうせ前例のない試みなんだし、色々と一緒に試していこう」

 

 吉野さんは何枚かの資料を清廉から回収すると綺麗に二枚折りにして腕時計を確認した。

 

「さてと、予定とは少し違うけど良い感じに活動方針が固まったことだし。それじゃあ清廉さんはコンプライアンスとネットリテラシーに関しての勉強会に行ってください。今日は弁護士の先生が来てくれてるからね」

「え。また? もう三回は受けたんだけど何回受けさせる気なのよ」

「キミの失言が無くなるまで」

「うっ」

 

 タレントのために弁護士まで呼んでくれるとはしっかりした良い事務所だ。

 

「綾野くんはせっかく来たんだし長時間のサイン書きで機嫌の悪いマリリに会っていってよ。たぶんそこの扉の向こうで待ち構えてるから」

「…………」

 

 クソ事務所。

 





清廉との雑談回でした。
読んでいただきありがとうございます!
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