顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
ある木曜日の午後。
学校から帰り自宅の扉を開けるとウロウロと廊下を歩いている妹を発見する。
「……おかえり」
「ただいま」
普段であれば駆け寄って来る妹はピタッと立ち止まりスマートフォンを眺め……。
「レー、梵天堂シフト2の予約当選のメールが来ないんだけど」
そう言った。
……なるほど、そわそわと落ち着かなかった様子の理由はソレか。大人気ゲームハードの後継機という事で注目を集めているシフト2。そう言えば学校でもその話題を耳にした気がする。梵天堂公式から予約すれば絶対買えるはずだの、予約応募した人の数だけで200万人を超えているだとか。まるでお祭り前夜のような盛り上がりだった。
「エリちゃんがハズれるなんて珍しいね」
「顔審査とかあれば絶対に当選するのに……」
自信過剰とは言えないのが兄としては歯痒いところではあるけれど、この絶世の美少女に敗北をもたらすとは流石天下の梵天堂様だ。
玄関で靴を脱ぎ洗面所に手を洗いに行くと、僕について来た妹と鏡越しに目が合う。
なんだ、まだ話があるのか……。
「ねえ、レーは予約してないの?」
なるほど。僕にも予約戦争に参加しろという事か。
「というかエリの兄でありながらなんでそんなに落ち着いているの」
「エリちゃんほどゲームやらないし」
「でも、シフト2だよっ!?」
洗面所に掛けてあるタオルで手を拭きつつ妹を押しのけ2階の自室へと向かう。ベルトとネクタイを緩め部屋着に着替える最中も妹のシフト2に関する話は続く。よっぽど欲しいらしい。
「そもそも僕はシフトもエリちゃんの貸して貰って遊ぶくらいだしなぁ。今から予約って出来るの?」
「公式はもう無理というか。梵天堂オンラインに一年以上入って、ゲームのプレイ時間も50時間は越えてないといけないから」
「じゃあ無理だ」
「でもね、ほかの家電りょーはん店は今日から抽選予約できるみたいだからレーもやって」
「……」
「いま、面倒くさがったらエリは泣きます」
「泣くって……わかったよ。僕も新しいハードは触ってみたいし。どこで予約できるの?」
「来てっ」
妹に手を引かれ妹の部屋に連れ込まれる。相も変わらず妹自身の妙に甘い匂いとエナジードリンク独特の匂いが混ざった空間だ。
「きたない部屋」
「それはレーの問題じゃん。そろそろエリちゃんのお部屋片づけないとなーって思わないと」
「予約するの止めます」
「あのね、予約してもしなくても部屋は片付かないんだからだったら予約した方が良いじゃん。このエリちゃんが喜ぶんだよ?」
「何したって喜ぶじゃん」
「喜びません」
試しに妹の脇の下に手を入れ持ち上げてみると、ムッとした表情の妹の口元がニヤッとほころんだ。
「ほら」
「エリはね、そういうことを言ってるんじゃないの。ねー、レーも予約してよー」
ま、抽選予約を渋るほど僕も面倒くさがりではない。
妹を床に下ろし、床に散らばった金属製の合体ロボットやプラモデル、カメラの交換レンズ、レトロゲームのソフトなどをベッドの上に避難させつつデスクトップPCの前に辿り着く。
「そういえばソフトって何が出るの?」
ゲームハードと同時に発売されるゲームソフト。ローンチ、とか言ったっけ。妹がこれほど欲しがる理由があるのかもしれない。
「え、レー。梵天堂ダイレクト見てないの?」
「見てないよ」
「っ、かぁー、はぁ。なにこいつ……」
こいつ呼ばわり……。
元からゲームが好きな子ではあったけれど、僕の想っている以上にゲームへの愛は大きいようだ。
「レー、エリは恥ずかしいよ。レエ恥だよ。ちょっと座って!」
強引にゲーミングチェアに座らせられ――。
「うっ」
その僕の上に妹がドスンと座った。
妹は配信者御用達の左手デバイスに触れ、手早くブラウザを立ち上げると――。
ん?
モニターを見れば配信画面が開かれており、配信中を示す赤い丸が表示されていた。
「……」
この妹、配信途中でウロウロしてたのか。反応するのも面倒だし見て見ぬふりしよう……。
「はい、始まりました。もう、これを見ないで何を見るの」
モニターには、Bontendo Direct:Bontendo Shift2というタイトルの動画が流れ始めた。動画視聴回数1231万という恐ろしい数字はいかに人気なのかを端的に教えてくれる。
単純計算で日本人の十人に一人以上は見ている数字だ。
「で、さっそく出ました大本命! マリカワールドっ!」
「おお」
妹と遊んだ事あるシリーズだ。梵天堂のキャラクターがカートやバイクに乗り込み個性豊かなステージを舞台に競い合う定番レースゲーム。
「なんとこちら最大二十四人と対戦できます」
「そんなにいたら煽り運転とかされそう」
「するんだよ」
一番昔が二人対戦とかだっけ。そっから四人とかになって……。科学のちからってすげー。
「これすごいんだよ? だって今までのシリーズだと配信でやってても中々全員とは遊べなかったけど単純に二倍の視聴者を倒せるようになるんだから」
「倒す?」
「エリ、ゲームで人に勝つのすっごい好きなの、対戦相手の凄いよエリちゃんみたいな感情をきゅーしゅー出来るっていうか。ほんと梵天堂は神だ。エリを二倍気持ちよくさせてくれる」
妹はそう言いつつ動画を停止して、新たにマリカワールドの動画を開いた。
「マリカは別で動画あるからそっち見よ。たぶんね、レーもやりたくなるのあるよ」
マリカワールドDirectの動画が流れ始める。
「というかエリちゃんのモニター綺麗だね」
「4Kだからね。そういえば今までのシフトは4Kどころか2Kにも対応してなかったんだけど、今回は4Kにも対応するんだって! 梵天堂って水の表現とかすごいから、たぶんめっちゃすごいと思うよ」
「熱量に反して語彙が弱い」
「わっ、見て今回さ、レールの上とかも走れるの。もうこんなのどこでも行けちゃうじゃん。というか実際に行けるんだけどね。だってワールドだもん」
まるで初見みたいな反応。これだけテンションが高い妹というのも珍しい。
「エリさ、ブレワイとかティアキンやった時にこのフィールドにアスファルトあったら走りやすそうだなって思ってたんだけどマリカワールドはすっごいほそーされてるんだよ」
ブレワイの道が舗装されてたら嫌だろ。
……というか。マリカワールド、ふつうに面白そうだ。ゲームの世界全てをシームレスに走り回れる仕様らしくフリーランも出来るらしい。のんびりドライブ出来るのは興味深い。
「大陸横断レースみたいなのも出来るんだ。すごいね」
「そうっ、今までみたいなレースとどっちがしゅりゅーになるのかは分からないけど、今までよりもアドリブ力とか求められるかも。ほら見て、アクションも増えてるの。壁とか走ったり甲羅とかジャンプで避けられたり。これ、エリの予想だけどやばい攻撃アイテムがじっそーされる気がする。だって甲羅避けられたら一位との差が詰められないもん」
興奮している妹の後頭部が僕の顎にぶつかり頭が揺れる。楽しそうで何よりだ。
「で、これが僕がやりたくなるようなやつなの? 確かに面白そうだなとは思うけど」
「まーまー落ち着いてくださいよ。エリちゃんが何年レーの妹やってると思うの。エリもレーがレースだったりドライブ中にともだちと写真撮れるみたいな要素で喜ぶとは思っていません。というかエリも写真とかカメラプレイとかには興味ないし。えっとねー、ほら、ここ」
妹は動画のシークバーを動かし、そこで一時停止した。
「――これは」
その異様な姿に、目を奪われる。
「イルカがイルカ型のバイク乗ってるじゃん!」
イルカが、イルカ型のバイクのってるじゃん……。
「全然意味わからないよこれ、もはやバイクのハンドルがどうとかじゃなくて浮いてるし、浮いてるならもうバイクいらないじゃんっ、うわぁ、シフト2欲しいー」
「レーはね、ぜったいこの変なの気に入ると思ってた」
「これは良すぎる……。キノコがカート乗ってるとかウシが乗ってるとかはまだキャラクターものだしなって思えるけど自由過ぎるじゃん……」
なんとしてもシフト2手に入れなければ。
・・・
「とりあえず、ビックとヤマダで抽選予約できたね。これって一家庭一個までだっけ」
「エリはとりあえず三つは欲しいな。エリとレーの分。あとス……あ、今配信してたんだった。だから名前は出せないけど近所のおねーさんにも一つプレゼントしたいし」
「おねーさん? ああ、あの人、あんまりゲームに興味無いと思うよ。おすそわけプレイで十分じゃない?」
「そっか。じゃあ二つ欲しいなぁ」
おねーさんとは恐らくアンジェのことだろう。あの人、サブスクにドハマりしていて空いている時間は何かしらのマンガかアニメかドラマか映画を見ているからゲームをやる時間は無いはず。
僕の知り合いで言えばマリリが仕事柄話題のゲームハードを手に入れる、みたいな配信をするくらいで基本的にはシフト2を熱望している人は居なそうだ。
「これって事務所からは貰えないの?」
「エリはね、自力で手に入れたいの」
「ご立派なことで。ラインオーバーさん、よければ妹の分は僕に下さい」
「レーくんはしたないよ。あと視聴者しょくん、自分で買えたら自分で遊んでね。事務所に送ってくれても着払いで返却します」
再びBontendo Direct:Bontendo Shift2の動画を眺めつつ、家電量販店のサイトで抽選予約を申し込む。
「あ、見て。デモエクも新作出るんだよ。ロボットゲーと言うとACシリーズは梵天堂から出なかったけどこの感じだとAC6も移植されるかも。そして、ほら、ティアキンの過去の時代のゲーム出るっぽい。エリ、三つ揃ったトライフォースの力を使ってみたいと思ってたからこれは期待大だ」
「そういえば三つ揃ったトライフォースって中々無かったっけ」
「そうだよ。ほら、シフト2で昔のやつ遊べるようになったけどさ。この時なんてガノンがせっかく三つそろえたのに横取りだったじゃん。あれね、時オカの時のい、いしゅ」
「意趣返し?」
「だと思うの。あの時ほんとムカついたもん。せっかく三つの宝石持ってきたのにさー」
……エリ、ゲームで遊び過ぎ。古今東西の名作ゲームやってそうだ。
「兄としてはその熱量で勉強もしてほしいんだけど」
「水を差さないでください。あ、デルタルーン、音楽最高。エリはパソコンもあるし昔のゲームはレーとおとーさんが集めてたから大抵のゲームは遊べたけどやっぱり一つのハードで全部遊べるってのはいーよね。梵天堂からこのスペックのハードでたら強すぎじゃんね」
「ゲーム、一つにまとめて部屋掃除しな」
「お。フロムの新作。来年かぁ。エリ、ロボットの方が好きだからオープンワールドロボット死にゲーとか出て欲しいなー」
部屋の隅を見ればロボットのプラモデルの箱が積み上げられている。
うちのエリちゃん、お姫様です、きゃわいいフェアリーですみたいな顔をしているけれど……がっつりオタクなんだよな。学校行かないのも顔がどうこう以前にオタク過ぎて話が合わないだけなんじゃないか?
「わっ。見て、ついに出るんだよ、エアライダー! エリが生まれる前からあった神ゲー、これ小さい時ずっとやってたよねー」
「でっかい電気の塊をぶつけられたり三つ集めると強い奴に乗ったエリに轢かれたり、せっかく育てたマシンを破壊された記憶がある」
「また壊してあげるからね!」
「その誘い文句どうなの……」
子供の頃はよく妹とゲームをして遊んでいたけれど、僕がゲームをそれほどやらなくなったのはこの妹が原因だ。なにせやたらと強い。脳の反射速度からして勝てる気がしない。
ある意味、対戦相手に困らない配信者という仕事は妹にとって天職なのかもしれない。
「っと、そろそろ最後だ。これね、レーも喜ぶと思うなー。じゃーんっ、ドンキー!」
まるで梵天堂側の人みたいに動画の進行に合わせて妹が実況する。
「3Dのドンキーってレアのやつ以来でしょー。なつかしー」
「あー。ああ、思い出した。基本全部エリちゃんがやってたけど、青いネズミを穴に落とすミニゲームだけ僕がやったやつだ」
「そうそう。エリね、あのミニゲームで初めてコントローラー投げた」
小学生の頃の妹は今より随分と良い子ちゃんだったのだが、その妹が「わぁーっ」と叫び、変な形のコントローラーを座布団に叩きつけた姿は鮮明に憶えている。
「そんなドンキーのゲームがついに出るなんて。一緒にやろーね。レー」
「シフト2が買えたらね」
「……そうだった。すっかり買えた気でいた」
と、ゲームの予約一つで大騒ぎする兄妹なのだった。
時事ネタ書いてみました。欲しいですねswitch2。
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