顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
今日は快晴。普段とは違う路線、違う電車に揺られて下車する。
特に何も考えず制服を着てしまったけど、他校に他校の制服を着て行くのって大丈夫だろうか。
スマートフォンの地図アプリを起動して、ええと、向きは……。
「あはっ、アンジェちゃんくるくる回っちゃってかわいー」
「ちょっと動画撮らないで下さい。地図アプリってこの矢印がどっち向いてるのか分かりにくいんですよ」
ジャージ姿の上からごついリュックを背負ったキリエをにらみつつ、再びスマートフォンに視線を落とす。確か礼さんに聞いた時は駅から出てまっすぐ行ってから……。
「そんなの調べなくたって大丈夫だって。ルートは全部わたしちゃんの頭の中に入ってるから安心して? ふふ、文化祭ってすっごい楽しみ。今日の為に新しいレンズ買っちゃったもんね」
ずっしりと重そうなリュックを背負ったキリエは上機嫌だ。
――キリエが我が家に泊まった翌日。
今日は礼さんの学校の文化祭、一般開放の日。私は特に行くつもりは無かったもののキリエに誘われたので同行することに。
礼さんに確認したところ『ふぅん。あー、じゃあ一応招待ってことにしておくよ。べつによほど不審じゃなければ誰でも入れるけど招待客は演劇とかで良い席に座れる……みたいな話を聞いたような気がする』
などと言っていた。正直なところちょっと楽しみだ。私の学校は女子校ということもあってチケット制で入場が制限されているのでいまいちお祭り感が無い。
共学の文化祭ってどんな雰囲気なんだろう……。
「ほらこれ、文化祭のパンフレット。見ながら行こ」
「パンフレットって。礼さんに貰ったんですか?」
「ん? あー。まあそんな感じ。わ、このイベント面白そう」
キリエはてきとーな返事をするとパンフレットに目を落とした。
そのパンフレットどうやって……。いや、そもそも。
「キリエ、そのジャージって私物ですか?」
「そうだけど」
キリエが着ている緑色のジャージが目についた。
おかしい。キリエってブルジョワ志向ではないものの身に着けているものは質の良いものばかりだ。その点、今キリエが身に着けているジャージ妙に使用感があるというか、ちょっと大きいというか。女性用だから礼さんのジャージを窃盗したわけではなさそうだけど。
「……」
「いや普通にフリマアプリで礼きゅんの学校のジャージ買っただけじゃん。ぜんぜん普通というかイッツ、サステナビリティ。環境に配慮しながらさらに写真を盗、撮影するうえで違和感を排除したこの上ないファッションでしょ?」
吉野マネージャーが礼さんに定期的にコーヒーを貢いでいる理由が分かった気がする。あのちゃらんぽらんが呑気なだけでこれはいつ警察のお世話になってもおかしくない。
「ほらいこいこっ、良い場所確保しないと!」
「……」
ま、いっか。
私しーらない。
・・・
いわゆる普通の学校というか、学園アニメによく出てくるような外観の高校が見えてきた。へぇ、ここが礼さんの通う学校なのか。なんだか感慨深い。
共学の学校が物珍しくて眺めていると――ドン、ドンっと花火のような音が聞こえた。
私と違ってこの学校に物珍しさを感じていない様子のキリエにも聞こえたようで頭上に上がっている白煙を見上げている。
「これって花火ですか?」
「んー? えっとね号砲ってやつだった気がする。こういう音が聞こえるとお祭りがはじまるーって気がするね」
「ですね。あ、向こうで並ぶみたいです」
正門をみると長蛇の列、とは言わないものの保護者の人らしき姿や中学生だったり他校の生徒が並んでいるのが見えた。
どうやら部外者は受付で使い捨てのリストバンドを腕に取り付けるようだ。
「……」
私が列に並ぼうとすると隣のキリエが一瞬立ち止まる。
「キリエ?」
「ごめんごめん、そりゃ並ぶよね」
「もしかして学校指定ジャージ着てるからって無断で侵入しようと思ってました?」
「そーいう憶測はよくないなぁ。見たところ警備が厳しいわけでもないんだからそんなことしないよ」
含みのある言い方だ。
私たちは中学生と保護者らしき二人組の後ろに並び、キリエを横目に見る。
この人、基本的にちゃんとしている人のはずなのにどうして礼さん相手だとこうなってしまうのだろうか。
そもそもこの人って、オープンなようでプライベートをほとんど明かさないし意外と謎が多い……。
「ん?」
「わたし、過去の動画とか色々と見ましたけどキリエって明るく楽しいだけで人を寄せ付けないとこありますよね」
「なんで急に刺してきたの」
「興味本位なんですけど、キリエって誰かと仲良くしたいとか思ったことあるんですか?」
「文化祭の入場待ちでそんな切り込んでこないでよ。そりゃあ、たまにはそういう風に思うこともあるとは思うよ」
「無いんじゃないですか」
「あーりーまーすー」
「もういいです」
「怒った?」
「いいえ。私の方こそ不躾でした」
「そんなことはないよ。でも、茉莉花ちゃんポイントがちょっと足らなかったかもね? 懲りずにチャレンジしてくれると嬉しいかも」
無駄に魅力的な笑みを向けられる。
きっとこの人は俯瞰しているのだ。
あまりゲームには詳しくないけども街を運営するシミュレーションゲームとか、そういう視点で事務所の人間を視ているような気が……。
「あの。キリエってピコシティってゲームやったことあります?」
「ある」
私の急な話題転換を気にする様子もなくキリエは首を縦に振った。
「というかめっちゃ好き。ゲームって基本そんなにハマらないんだけど、ああいう管理する感じのゲームはすっごい楽しい。もしかしてアンジェちゃん興味あるの? 一緒にやる?」
「興味と言うか。ええ、まあ、キリエが好きなゲームならこんど教えてください」
「……もしかしてデレてる? わたしの方がポイント稼いじゃった? もうしょうがないなぁ、えっとねピコシティってのはさぁ――」
嫌な予感は的中。つらつらと上機嫌でピコシティについて語るキリエに相槌を打ちつつ、業の深い嗜好だなと呆れる。こんなのに好かれる人間はさぞ苦労することだろう。
「次の方、どうぞ」
受付に立っている愛想が良いとはいえない身長の高い男子生徒に声を掛けられる。いつの間にか順番が回って来たようだ。
「一般参加でしょうか、在校生からの招待でしょうか」
「二年の綾野礼という生徒からの招待です」
「ああ、なるほど。聞いてます」
男子生徒の表情が少し和らいだ。
もしかしたら知り合いなのかもしれない。男子生徒が私とキリエをさっと観察した。
「綾野が片方は不審者だから入れなくて良いよと言っていたのですが……」
男子生徒がそう言うとキリエがさっと目を逸らした。
「ま、あいつの知り合いなら大丈夫でしょう。こちらのリストバンドをつけて入場してください。職員用玄関でスリッパのレンタルもありますので必要でしたらご利用ください」
「ありがとうございます」
私はパンフレットと共に渡された緑色のリストバンドを腕に着け、キリエは私のリストバンドより二回り大きい赤いリストバンドを腕に着けた。
「ねえ、ちみ。わたしのリストバンドの色が赤なのって理由ある? 赤いのだけ簡単に取れない素材なのって理由ある?」
キリエの問いに男子生徒は薄い笑みを浮かべ『あなたでちょうど五十八人目の来場者だっただけですよ』とだけ答えた。
緑、黄、赤。
三色用意されているリストバンド。
一つが招待客用、もう一つが一般客用。残る一つは……。
ま、そういうことなのだろう。要注意人物は見つけやすい方が良い。
・・・
文化祭のお客さんはみんな職員用玄関に向かったというのにキリエは何故か別の場所、生徒玄関に向かって歩いていた。
「もー失礼しちゃう。さっきの子、ぜったい礼きゅんのお友達」
「入れてくれただけ恩情じゃありませんか?」
「並んでる最中なんとなく観察してたけど一人も赤いリストバンド渡されて無かったよ? 美少女無罪なんじゃないの?」
「傲慢の罪、ですかね」
「むー」
キリエは頬を膨らませぶりっ子をしつつ、リュックから学校指定の上履きを取り出し靴を履き替えた。私にもスリッパを用意してくれているあたり用意周到だ。
そしてキリエは慣れた様子で下駄箱を眺め、うーんと顎に手を当てながら進みピタっと立ち止まりバタンバタンと下駄箱を開けていき――。
「ここだ」
指をパチンとはじき音を鳴らした。
「脱いだ靴、そこに入れちゃって良いんですか?」
「いやいや天然ちゃん、ここは在校生のための下駄箱。そこに靴を入れるなんて非常識なことはしません。ほら、アンジェちゃんのローファーはわたしのリュックの中に入れちゃって」
キリエは目当ての下駄箱を開けるとそこに入っていたスニーカーを取り出し、眺め、頷き、それを自分のリュックの中にしまうと、まったく同じ種類のスニーカーをリュックから取り出し下駄箱の中にしまった。
……私、この下駄箱が誰のものなのか分かりました。
「さ、行こっか」
私は目の前で起こった窃盗を冷静に眺め、スマートフォンの通話画面を開き、1、1、と入力して0に指を伸ばそうとすると――。
『ただいまより、体育館にて、オープニングセレモニーを、おこないます。ご来場の、皆様は――』
そんなアナウンスが聞こえた。
おっといけない。こんなタイミングで警察を呼んだらせっかくのお祭りムードが台無しになってしまう。
とりあえず。
「え、なに記念写真? ほい、ピース。社外秘だからねー?」
証拠写真だけ押さえておこう。
・・・
「吹奏楽ってやっぱ迫力あるというか、すっごく学生って感じで今更ながら文化祭に来たんだなーってテンション上がっちゃった」
「ですね。部員の数も私の学校よりも多くて音の圧が凄かったです」
体育館にてオープニングセレモニーを堪能した私たちはパンフレットを眺めながらこれからどこに行こうか話しながらパイプ椅子から立ち上がる。
とりあえず礼さんの写真を撮りたいらしいキリエの意思を尊重して先に『ハモリ我慢大会』が行われる教室へと向かうことに。体育館を離れ、一度屋外に出て教室棟を目指す。
新しくもなく古くもない渡り廊下。体育会系の部活が使用しているであろう部活棟。あの奥に見えるプレハブ小屋は礼さんの園芸部の部室だろうか。
特筆すべき点のない、どこにでもありそうな学校の雰囲気が心地良い。
ほんとアニメに出てくるみたいな学校だなぁ。私もどうせ通うなら女子校よりもこういう学校の方が良かったかも。
「見てこれ。教室棟に向かう途中に見れるっぽいよ」
楽し気な声と共にキリエが私の腕を引きパンフレットを見せてくる。
「なんです、これ」
「ちょっと覗いていこ」
放送委員会プレゼンツ『自分では思ってないけど世間の人が思っているだろうから代わりに言わせていただきます!』
そんな企画が行われるらしく、渡り廊下を歩いていた私たちは進路を変えて校庭へと向かうことにした。
恐らくこの企画は屋上から大声で『自分は思ってはいないんですけどね!』という建前で好き放題言うものなのだろう。妙に礼さんが好きそうな企画だ。
「これ今からでも屋上に向かえば参加出来るみたいだよ」
「こういうのって普通、大声で好きな人に告白が定番でしょうに。妙にひねってますよね。キリエは参加したいんですか?」
「んー。わたしはパスかな。撮影しないといけないし」
「撮影?」
「まー、見てなさいって。うちの子はこういうのぜったい好きなんだから」
妙にウキウキしているキリエの後を追い、靴を履き替え、校庭に出る。
「ちょっとこれ持って」
ガチャガチャとバズーカ砲みたいなレンズをカメラに取り付けるキリエの手伝いをしながら入れ替わり立ち代わり『自分は思ってないんですけど!』という建前で好き放題言う生徒を眺める。
なんなら先生らしき人まで『部活の顧問ってさあ! ちょっと大変すぎないかなぁ! いやほんと自分は思ってないんだけどさあ!』などと叫んでいた。……自由な校風だ。
そしてキリエがカメラの装備を整えたところで随分と見知った顔が屋上からのこのこ姿を現した。合唱団風の可愛いらしいベレー帽をかぶりマントを羽織っている。
「二年、綾野礼です、四階でハモリ我慢大会やっているのでぜひ来てください!」
あの人の大声、初めて聞いたかも。
歌姫さまから指導を受けていただけあって腹から声が出ている。
「え、礼きゅんなにその恰好。きゅんです」
キリエが生唾を飲み込む。
というか礼さん。貴方はこういうイベントは斜に構えて『いや、面倒だし僕はいいよ』とか言うタイプでしょ。なにをしっかり楽しんじゃってるんですか。根っこの明るさ出ちゃってるじゃないですか。
視線の先の礼さんは彼を良く知る人であれば『珍しくわくわくしてるな』といった様子で息を整えている。よほど言いたくて仕方がないことがあるのだろう。
「別に、僕が思ってることじゃないんですけど! 本当に思ってるわけじゃないんですけど! 皆さんの代わりに言わせて頂きます!」
主に誓って、きっとろくなこと言わないぞ。
そう思う私を置いて周囲に集まっていた生徒、おそらく放送委員会の面々が「なーにぃー?」と声を合わせて礼さんに合図を送ると、礼さんは息を大きく吸い――。
「部下と一緒にラブホテルで重要な話をした市長ぉお!」
……ああ。これはまずい。
一緒にワイドショー見てた時何か言いたげな顔をしていたとは思いますけど――。
ダメですよ礼さん。品のない言葉は言ってはいけません。
「話ってそれ! セックスやないかああああ!」
保護者のお父さんらしき人の笑い声と隣から鳴り響くシャッター音。
私はちょっと照れくさそうなホクホク顔を浮かべているおバカさんへの教育を決意した。