顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
五階建ての校舎の階段を上る。
一階の家庭科室ではラーメンが振舞われており賑わっていて、二階にある映像研究会の部室では今年のおすすめ映画レビューがプロジェクターを使って流されているようで興味深かった。三階を通った時には小柄で髪のボリュームが凄い女子生徒から園芸部特製フラワーシードを売りつけられたりもして……。
礼さんのクラスのある四階に到着した。
「園芸部って礼きゅんのとこだっけ?」
「そうだった気がします。というかキリエ、花の種随分と買わされましたね」
「セールストークが上手かったんで、わたしとしたことが乗せられてしまった」
原価数十円といったところの種セットが一袋五百円。綺麗な花の栞がついているとはいえまさにお祭り価格だ。
「あ……。さっきの女の子、礼さんの先輩かもしれませんね」
「そうなの?」
礼さんにうちの雑草を抜くよう命じた時にそんな話を聞いた気がする。
「頭が上がらないらしいですよ。わりと気持ちが荒んでいた高校一年の時に世話を焼かれたらしいです」
よくよく考えればあの男が自分から部活に参加する訳もない。あの小さな先輩さんは愛くるしい雰囲気だったけども目つきは妙に賢そうだったし、なるほど礼さんが大人しく従ってるわけだ。
「というか、キリエにも知らないことがあるんですね」
「わたしね、礼きゅんにプライベートの話をしてもらったこと無いの」
「あー」
自業自得だ。
なんとも言えない表情のキリエの顔はすっごく面白い。綾野礼という人間はそもそも自分のことを話す人間ではないとはいえ、キリエに対しては意図的に情報を伏せているに違いない。
「だからわたしはこうして仕方なく外側から見るしかないの」
キリエが立ち止まりカメラを構えると、廊下の一番端で女の子二人に問い詰められている礼さんの姿が見えた。髪をおさげにした小柄な女の子と背の高い女の子。三人ともベレー帽と丈の短いマントを身に着けていて可愛らしい。
どんな揉め事なのかと思いワクワクしながら耳を傾けるとお喋りの声が聞こえてくる。
「綾野っ、どうしたの、なんで歌がちょっと上手くなっちゃってるの。人の音程を惑わす妙な歌唱力はどうしちゃったの。みんな戸惑ってるじゃん」
「いや北野、そんなことで連れ出された僕の方が戸惑ってるよ。なんなら北野が聞かせてくれたmiuとかいう人のお陰でここまで上達したといっても過言じゃないからね。北野が悪いよ」
「もう、miuの歌で歌唱力に目覚めたのはいいけどさぁそれは打ち上げの時にでも発揮してよ。ほら、練習して? 機械っぽく歌って?」
「ぼえー」
「もっと!」
不憫な……。歌唱力が上がったことで文句を言われているらしい。
そういえば夏休みの後半、歌姫さまがバンド練習の休憩ついでに礼さんで遊んでいたっけ。
未羽さんは『あんた歌ってみなさいよ』とか言って散々笑った後にちょっとアドバイスしていた風にしか見えなかったけども……効果があったらしい。恐るべき指導力だ。
「それより綾野、後ろの人知り合いじゃない?」
背の高い女の子は私たちに気が付いていたらしい。切れ長の目を向けられると、盗み聞きを咎められているような気がして気まずい。
礼さんもこちらに気が付いたようだが特に感情が動いた様子もなく私たちを見て――。
「ああ、あれ近所の人」
なんだその言い方。
雑なくくりで私たちのことを紹介した。
「……え、うそ、ビジュよっ。というかあれってフィデ女の制服じゃん。かわいー。綾野やるじゃん」
「そりゃどうも」
横の男と違って良いリアクションです小柄な女の子。そう、誇示する訳ではありませんがそれなりに良い顔立ちをしているんです私。そこのところどう思うんですか横の男。
「というか北野、よく制服わかったね」
私の思念を察する訳もなく礼さんは普段通りの無表情だ。ま、女子に囲まれてウキウキしていないだけ良しとしますか。
「だって受験するとき色んな学校の制服見たし」
「でもね綾野、北野は朝起きれなくて近所のここにしたんだよ。かわいいでしょ」
「ち、違うし」
小柄な女の子、北野さんを中心に三人がこちらに向かって来るので私たちも……ん?
キョロキョロと周りを見渡すも私一人。
「スコスコさんどうかしたの?」
目の前で立ち止まった礼さんが私を不思議そうに見ている。
「いえ、キリエがいたはずなのですが」
ジャージ姿を見られたくなかったのか、それとも今日は礼さんの自然な姿を撮影したいからなのか近くにいたキリエの姿がない。
「キリエねえ。ま、どうせ来たなら僕らのクラス寄っていきなよ。わりと面白いと思うよ」
「ええ。はい、ではそうさせてもらいます」
案内されるままに、私は礼さんのクラスの出し物に参加することになった。
・・・
教室の中で歌声が響く。
私の背後には十五名ほどの男女が合唱団みたいに並んで立って私と共に歌っており、私の正面には歌詞の表示されたモニターとマイク、それなりの数の見物客。文化祭の演目としては盛況といっても良さそうだ。
そして私といえば。
……すっごく恥ずかしい。
つい流れで『ハモリ我慢大会』に参加してしまったけれど、そもそも人前で歌った経験なんて小さいころに聖歌隊にいた時くらいしか――。
なんて思っていたのがいけなかったのだろう。
集中が乱れて、後ろの声に引っ張られて歌声が外れてしまう。
周囲から『あー』なんて声が聞こえてきて余計にあたふたしてしまい……立て直せないまま曲が終了。うぅ。
「わー、惜しいっ! ということで、スコスコさんには参加賞でのど飴を差し上げまーす、どうぞっ」
「私はスコスコさんでは……いえ、はい、ありがとうございます」
北野さんがにこやかに近寄って来てのど飴を渡してくれて、観客の人たちからパチパチと拍手を頂き足早に壇上から降りると、次の参加者の可愛いらしい女の子と目が合って微笑まれる。灰色がかった髪で青い着物を着こなしているけども何かのコスプレだろうか? どこかのクラスで衣装の貸し出しをやっているのかもしれない。
「お上手でございました」
「ありがとうございます」
着物の子と一声交わし壇上から降りる。さて、キリエはどこだろうか。
「さあ、未だに最後までクリアした人はいませんっ。次の挑戦者はなんの曲を選ぶのでしょうっ。……あ、そのエントリーシートください。そうそう、それです。はい、で、そのパソコンにある曲の中から歌うのを選んでもらって……」
はぁ、終わった終わった。恥ずかしかった。
私は熱のこもった顔をパタパタと仰ぎながら観客席に紛れていたキリエを見つける。
「キリエ、私を一人にして……。あなたも参加したらどうです」
「わ、こわーい。眉間に皺が寄ってるよー?」
「もう、久しぶりにこんなドキドキしました」
「たまには画面越しでは味わえない緊張を味わうのも悪く無いんじゃない?」
「じゃあキリエだってやってくださいよ」
「いやー。わたしは……お、レアショットチャンス!」
キリエは言うと同時にカメラを構え最前列に移動、口元をヒクヒクとさせている礼さんを撮影しはじめる。
「……?」
その珍しい表情につられて礼さんの視線を追えば、着物を着た女の子を見ているようだった。
知り合い、なのかな。
何と言えばいいのか、苦手な食べ物を出された大人のような顔。出来れば遠慮したい料理が出て来たみたいな感じだ。ふふ。愉快。
「では、えっと、留……るか? さん、曲はこちらでいいでしょうかっ」
「もちろんでございますー。ルカも頑張らせていただきますよぉ」
それにしてもあの子、なーんか礼さんに顔立ちが似ているような、そうでもないような……。
写真を撮影するキリエを置いていくわけにもいかず教室の隅、最後尾に留まりつつルカという女の子の歌声に耳を傾けていると――チョンチョンと肩を指で突かれた。
「やっほ。スコさん」
「あ、エリさん、来てたんですね」
「そ。みんなでレ……兄をからかいに来たの」
ALL DAY JAPANと刺繍された黒い帽子をかぶり、顔を大きなサングラスで隠してなお美しさが隠しきれていないエリさんが現れた。控えめに言って心臓に悪いビジュアルだ。
エリさんは見覚えのある男物の長袖のトレーナーと黒い長ズボンを着ており、地味な格好ではあるものの素材が良すぎてつい見惚れていると――再びチョンチョンと肩を指で突かれる。
綾野兄妹の母、サングラスをかけたリリーさんだ。ペコリと頭を下げると、コクリと頷かれる。
どうやら親子そろって来ていた様子。
リリーさんはリリーさんで娘ほどでは無いにしろ長袖のニットセーターとジーンズというシンプルな恰好だというのに迫力がある。
二人の存在に気付いたお客さんが二人から目を離せずにいるのもやむなしだ。保護者の夫婦らしき人なんて口をぽかんと開けている。
だが。
私はリリーさんの綺麗さよりも気になるものが気になっていた。
「あの、リリーさん。そのカメラは」
「礼を撮ろうと思って借りてきたの。成長記録、つけなきゃ」
リリーさんはキリエの持っているカメラと同じようなカメラを構えると、バシャバシャと撮影を開始した。
「……うわぁ」
つい声が漏れる。
指輪物語のエルフがバズーカみたいなカメラを構えて『礼、こっちよ。こっちを見なさい』と呟きながら撮影しているこの光景、控えめに言って怖い。
礼さんがたまに冗談めかして『僕の方はリリーに溺愛されて育ったからね』なんて言っていたけども、あれは事実だったようだ。
エリさんはそんな母親を呆れたような複雑そうな顔で見た後、マイペースに歌っているルカさんに向かって『がんばれ、るかー』と声を出して応援をはじめる。
するとエリさんの存在に気付いた人が徐々に増え、ざわめき、合唱隊の音程が不自然に乱れる。
不協和音とでも言えばいいのだろうか。
マンガ的表現をすれば、ぐにゃあと視界が歪みそうな感じ。
乱れた歌声と共に教室内はざわめきと記者会見みたいなシャッター音が混ざりあい、おっとどうなっちゃうんだワクワクと思っていると――礼さんと目が合った。
「……」
はいはい、わかりましたよ。
私は最前列でカメラ小僧をしていたキリエの後頭部をコツンとノックし、リリーさんとエリさんの腕を引いて教室を後にする。
みなさま、大変ご迷惑をおかけしました。
・・・
「いやー。満喫したねー」
結局、なんだかんだと私とキリエは文化祭を十二分に楽しんで帰路についた。
昨日の今日だというのに焼きそばやらチョコバナナやら沢山食べてしまった。
礼さんとは喋るタイミングは無かったけども、それでも普段とは違う雰囲気の顔を見れたりしたのは新鮮で良かった。
……特に、ちらっと見かけた男子生徒二人と喋っている礼さんは随分と落ち着いた素の表情だったように思う。無表情でもなければ笑い話をするでもない、気の抜けた表情。同性の方が気楽ってことなのかな。なんなら家の中より気楽そうな雰囲気だったし。
少し、妬ける。
「演劇部良かったよね」
歩きながらカメラの画像データを確認しているキリエがポンと感想を口にする。
「夏の夜の夢、でしたっけ。だいぶアレンジされてましたけど、確かに面白かったです」
ちらっとキリエが手にしていたカメラのモニターを覗くと、文化祭の色々な風景が撮られていた。てっきり被写体は一人だけかと思っていたから……なんだか嬉しい。キリエなりに良い息抜きになったようだ。
「演劇部。お芝居かぁ」
「やりたくなりましたか?」
「どうだろ。こう、わたしは役に入り込めるほど真摯じゃないんだよね。人の反応の方が気になるというか。ま、吉野よりは断然上手いと思うけどね。そうだ、帰ったら吉野が出てたドラマ見よ? ほんと大根役者で笑っちゃうから」
ほんのり見えかけた本音が冗談でコーティングされる。
ポイント、足りなかったみたい。
「そのドラマなら礼さんに教えてもらいました」
「どうだった?」
「十回くらい失笑しちゃいました」
「あはっ、でしょ? 吉野に熱心な顔ファンはいたけど演技については誰一人褒めなかったんだから。あ、じゃあさ特撮映画の方見よ。わずか十五秒の出番だというのに演技下手過ぎて浮いてるの。「う、うわー」って言って小さい怪獣に襲われるとこなんてもう忘年会で毎年誰かしらがネタにしてるからね」
デジタルタトゥー過ぎる……。
「というか私、今日の夜は配信の予定なんですけど」
「じゃあわたしその間に一旦家に戻ってDVD持ってくるね」
「そのまま家に帰ればいいじゃないですか……」
キリエは今日もうちに泊まるつもりらしい。
「お。見て見てこれ」
促されるままカメラのモニターを覗くと……顔を赤くしながら歌っている私の姿があった。
「わっ、ちょっと消してください」
「ことわーるっ」
夕日に照らされた影が揺れた。