顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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鍋の日

 

 普段、自分で料理を作る機会が多いので外食をすると味付けの勉強になる事が多い。

 特に夏が終わり冷え込んでくるほどに暖かい料理の美味しさは増していくので、あれこれ美味しそうだなあと思うお店が目に映るようになってくるのだが……悲しいことに最近の僕のお財布事情は乾きつつある。

 というのも電子ドラムを買ったり自作PCを組み立てたりと散財が続いたからだ。もちろん高校一年生の頃からアルバイトをしていたので貯金が尽きるという事態には陥っていないものの、スマートフォンの銀行アプリに表示される貯金額が一時期よりも減っているのは妙にソワソワとする。

 なので、午前中のアルバイトを終えた僕は安くて美味しいお昼ご飯を探しながらお散歩をしていたのだが──。

 

「おっそーい、待ちくたびれたんだぞっ」

 

 穏やかな木漏れ日の下。

 歩道には私服姿のマリリがこちらの方を見て立ちふさがっており、はて、マリリは誰を待っていたのだろうかと後ろを振り返るとそこには誰も居ない。まさか僕を待ち構えていた訳ではあるまいとマリリと目が合い首を傾げると、マリリも首を傾げた。なんとも不思議な話である。

 

「それじゃ」

 

 挨拶をしつつマリリの脇を通り過ぎ、再びプラプラ歩き始めるとクゥとお腹が鳴った。

 至急お昼ご飯を食べなければ。しかしながら最近のラーメン屋は千円を超えるし、ファストフードというのも味気ない。美味しそうなお鍋の店はあったけれど昼間から一人で鍋をつつくのは寂しすぎる……というかお高かった。そこからしばらく歩いて良さげな雰囲気の喫茶店は見かけたものの、ただのパンケーキが千五百円を超えていたのを見ると入店する気にはなれなかった。

 

「今のお店映えそうで良いと思うけどなー」

 

 後ろの方からそんな声が聞こえるが、やはりアイスクリームとミントが乗っているだけのパンケーキにそこまでお金はかけられないので却下だ。仮にそれだけお金を使うのならばガッツリと食べたい。と、再び歩き始めて目に映ったのはオメガ珈琲という名古屋生まれの喫茶店。

 サンドウィッチなどあらゆる食事メニューがデカすぎる事で度々話題になる喫茶店で、お腹を満たすならもってこいのお店かもしれない。

 これから家の方まで歩き続けても目ぼしいお店は無いし……。

 よし、今日のところはオメガ珈琲で少し遅めのお昼ご飯を食べる事にしよう。

 自動ドアをくぐるとすぐに店員さんと目が合い、こちらへどうぞと店の奥側のテーブル席に案内される。……テーブル席か。

 オメガ珈琲は一人席が多く気楽に座れるのだがテーブル席に通されてしまうとどれくらいの時間滞在していいのか悩んでしまう。

 そう思ったのだが……。

 

「オメガ珈琲入るの久しぶりかも。どうしよっかなー」

 

 と、僕の向かい側の席にマリリが座った。なるほど、一時を過ぎているとはいえまだまだお客さんが多い時間帯。相席という訳だ。これで全く知らない人との相席だと僕も気まずいのだが、知らない顔ではないので気を使う必要は無さそうだ。はー、良かった良かった。

 

「……」

「……」

 

 マリリとしばらく目が合う。

 先ほどからマリリの相手をしたくないがためにしばらく自己暗示をかけて『偶然知り合いとすれ違った』くらいの気分でいたかったのだが、そんな態度もそろそろ限界かもしれない。さすがに真正面に座られては素知らぬ顔をする方がストレスだ。

 無言で両手を挙げてお手上げポーズを取ると、マリリは満足げに頷いた。

 

「茉っちゃん、今日そんなに暇なの?」

「その呼び方金髪マッチョ芸人みたいで可愛くないからやめて。今日は夕方からボイス収録があるからその前に構ってあげようかなってだけですー。……あ、見てこれ。オメガといったらクロノワールだよねー、チョコレートが混ざったデニッシュパンの上にチョコレートホイップがたっぷり乗ったこのボリューム。ね、半分こしようか?」

 

 ……半分こか。まるで妹みたいな事を言うなと思いながら、近くの席のテーブルの上を見ればドカンとボリュームのあるデザートやハンバーガーが目に映る。せっかく寄ったのだから同じ商品を一品食べるよりは、半分に分けた方が美味しく食べられるかもしれない。

 

「口付ける前に切り分けてよ?」

「わたしを何だと思ってるんだ」

 

 テーブルに備え付けられたボタンが押され、しばらくすると店員さんがやって来たので相席のマリリがあれこれ注文していく。マリリがいる時はこういう事を勝手にやってくれるから楽だ。

 

「とりあえずうちの子が期間限定のオメドムバーガーと、ホットにする? はいはい。それじゃあアイスコーヒーお願いします。わたしは、クロノワールとジェリコで。それと取り皿を一つお願いします」

 

 この人、ホイップクリーム好きすぎないか?

 見るだけで口の中が甘くなりそうなメニューを頼むマリリを横目にスマートフォンを取り出しレドメモを起動する。僕が日々チマチマ遊んでいるレドメモは現在五周年イベント中。レイドボスの体力が一兆あるというどうかしているイベントなのだが報酬が美味しいのでついやってしまう。

 

「あやのん。そのゲーム好きだよねぇ」

 

 目の前でゲームを始めた僕を咎める様子もなく、マリリがスマートフォンの画面をのぞき込んでくる。試しに☆3排出率三倍のガチャを引かせてみると見事にピックアップ中の『臨戦キャロル』を引き当てた。やりおる。

 

「…………あやのんって。なんだか久しぶりに聞いた気がする」

 

 スマートフォンの画面から顔を上げつつ、いつから礼きゅんなんて気持ちの悪い呼び方を始めたのだろうかと考えるが答えは出ない。

 

「そりゃあやのんがわたしを茉莉花ちゃんだったりマリ何とかと呼び変えているように人の多さによって呼び変えるよ。わたしちゃんが作ってる切り抜き動画で知名度も日々上がっているんだから身バレしないように気を使わなきゃ!」

「まず切り抜き作るの止めろ」

「こーら、そんな乱暴な言い方したらもう切り抜き動画作ってあげないんだぞっ」

「だから作らなくていいよ」

「でもこの茉莉花ちゃんの手腕によってすでに収益化しており、この場はわたしがご馳走するって言ったらどうかな?」

「どんどん作ってくれ」

 

 ……会話のノリを優先してつい許可してしまった自分に呆れる。なんならマリリも呆れた顔を浮かべている。

 しばし沈黙が流れ──、店員さんがやって来てテーブルの上にアイスコーヒーとジェリコが乗せられた。ちなみにジェリコとはアイスコーヒーの上に大量のホイップクリームが乗せられた暴力的なカロリーを誇る名物商品だ。

 

「あのさ。わたしが言うのもなんだけど、キミはもうちょっと考えてから話した方が良いと思う」

「僕もそう思う」

 

 自省しつつアイスコーヒーを飲むと、暖房で暑くなっていた身体が丁度よく冷えた。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

 飲み物と言うよりは食事みたいなジェリコに口を付けたマリリの目が大きく開く。背徳的な見た目に相応しい美味しさのようだ。ジェリコ……。夏が来たら僕も頼んでみようかな。暑いときに飲んだらかなり美味しそうだ。

 

「ねえ。ちなみに今、このジェリコ飲んでるわたし見て何か良くないこと思ってない? それ何キロカロリーになるのか分かってないのかなとか思ってない?」

「美味しそうだなとしか思ってないって」

「くぅ、なんでこんなに美味しいの……」

 

 マリリは唇をペロリと舐め、メニュー表のデザート一覧を眺め始める。

 この女、自制心とかないのだろうか。

 カロリーを気にするわりに欲望に忠実過ぎる。

 

「そんなに甘いもの好きなんだっけ」

「最近特に好きかも。ストレスたまっているのかも。食べ物ってさ、その時食べたくなる味でその時の体調とか足りない成分わかるらしいじゃん。辛い物食べるとエンドルフィンが出るみたいな」

「ああ、なんか聞いた事あるかも。甘いのは……。ストレスと慢性的な栄養不足だって。野菜とか食べてる?」

 

 スマートフォンで調べた結果を見せると、マリリは口を閉じて斜め上を見つめた。ここ最近の記憶を遡っているのだろう。こんな人間にならないように、うちの妹はしっかり育てなければなるまい。

 

「いや、でも、ちゃんと食べてはいるからね。この前も簡単デザートとか作ったし」

「そういえば茉っち、この前ヨーグルトのやつ作ろうとしてたっけ」

「昭和アイドルみたいな呼び方やめて。あと、そのデザートの話はやめよっか」

 

 マリリは苦々しいような、なんとも言えない表情を浮かべるとズイとジェリコを吸った。

 ストレス指数が上がったらしい。

 

「だってさ。家で一人でヨーグルトかき混ぜてゼラチン入れてココアパウダー入れてかき混ぜて、わー美味しいって。──すっごい孤独だったんですけど。レシピ動画の人はあのデザート子供に食べさせているのにわたしは一人で食べつくしたんですけど。え、わたしってもしかして一生このままだったりしない? ワーカーホリックのまま三十代に突入しちゃわない?」

「するだろうね」

「どうなっちゃうのわたし。正直、自分の人生プランがかなり明確に想像できるんだけど。え、どうしよう。ワクワクする要素無いかも。結婚とかほんとにしてくれるの?」

「……え?」

 

 午前中にアルバイトが終わって何食べようかなと思っていただけなのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。ヨーグルトの話題振るのってそんなに悪いことですか?

 

「だってさぁ──」

 

 そんな感じで。さして意味のない会話で僕の貴重な二時間が奪われた。

 

・・・

 

 機嫌が良くなり仕事へ向かったマリリの背中を見送る。

 遠くの空で日が落ちそうなのだろう、頭上には群青色が広がって遥か遠くの星が一つだけ瞬いていた。

 ワイヤレスイヤホンを耳に挿し込み、長話に付き合わされて凝り固まった腰を伸ばす。家に向かって歩き始めればばいいのに、しばらくの間ぼうっと星を見上げた。

 やがて暗さに目が慣れてきたからか、いくつか別の星を見つけた。

 星座に詳しければ何か思いついたかもしれないけれど、ただ、今日は星が良く見えるなぁとしか感想が出てこない。隙間の多い夜空は退屈だった。

 あまりにもお喋りな悪魔と共にいたからか、ノイズキャンセリングの効いた耳元が少しだけ寂しく感じて……スマートフォンをポケットから取り出し、ミュージックのアプリをタップする。

 ずらっと並んだmiuの曲とハレPベストセレクション(本人制作)の曲一覧をスクロールしてみるも、なんだか気分じゃなかったのでアプリをスワイプ。

 聞き逃していたラジオを聴くことにする。

 最近はマユユカのウナリンパという番組が面白い。

 耳元に流れていく品の無い面白い話で気分を盛り上げてから歩き出す。

 こういう一人の時間は好きだ。

 見る見るうちに夜空が広がっていき、街の明かりが広がったからか星の光が遠のいた気がする。

 古本屋に寄ったり、ゲームセンターをぐるっと一回りしたり、ポケットの中の小銭を自動販売機に突っ込んだりしながら徐々に家に近づいていき、──ふと思いついた。

 普段、自分からかけることのない吉野さんの電話番号をタップ。

 二、三分他愛のない会話をして通話を切る。

 あと二時間ほど時間を潰せば丁度良い時間になりそうだ。

 ──そして。

 予定通りの時間、予定通りの場所に見覚えのある社用車が停車し、後部座席のドアが開いたので。

 

「おっそーい、待ちくたびれたんだぞ」

 

 と、意趣返しのように、自分(マリリ)がいかにおかしな行動をしているのか見せつけるように言ってみると。

 事もあろうに。

 

「いや。GPSでどこにいるか知ってるし……。とりあえず、寒いから乗りな?」

 

 諭すように、そう言われた。

 非常に不本意な結果となり今すぐにでも家に帰りたかったのだが、結局三人で野菜がたっぷり入った寄せ鍋を食べて夜が更けていった。

 




 読んでいただきありがとうございました! いつも感想、誤字報告ありがとうございます!
 東京にも雪が降って寒いですね。作者の財布も名探偵プリキュアガチャで爆死したので寒いです。

 リオネット家のチャンネル(ゲーム修理したりドラクエ遊んだり)→ https://x.gd/Q9kC3
 作者のX→ https://x.com/hkrkwmsg
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