顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
残念ながら先ほどルカ達から聞いた話は全て本当らしい。
ルカは現在中学三年生。高校進学に合わせて上京を考えているのだとか。神戸か大阪でも良いのだが僕や妹がいる東京の方が楽しいだろうとの事だった。
神釣の名を持つ親戚も居るだろうにわざわざ綾野家に白羽の矢が立ったのは、血が近すぎても気を遣わせるからとの事。
大層な血筋とも思えないがマンガ等で見かける宗家と分家みたいな話なのだろう。
と、おおよその話は理解できたけれど……ルカが東京か。
確かにルカと妹は仲が良いけれど一つ考慮されていない事がある。
礼くんの心情だ。
ルカは一見すれば小柄でお人形さんのような女の子ではあるものの、僕はどうにも昔からこのちんちくりんに畏れを抱いてしまう。それこそ幼少期の僕が月を眺めるルカを見て股間から粗相を飛び散らせてしまったのも畏怖が原因だ。
蛇に睨まれた蛙。
言葉で例えるのならば、おおよそこんなところ。
このアナコンダは絶対噛まないので大丈夫! と言われても心からは信じられないように、普段どれほど親しくとも潜在的な畏れは拭えない。
あまりにも感覚的なことで二人の母にも妹にも伝わらなかったけれど大ばあさまだけは「せやんな」と頷いてくれた事を憶えている。
窓が強い風でガタガタ揺れるのを見つつルカに視線を向ければ、何も感じていない様子で弟の頬をツンツンともてあそんでいる。
「ルカはそれでいいの? 僕は近畿地方に納められていた方がルカの為だと思うよ。さっきはどうかと思ったけれども因習村ツアー、とても良い事業だと思う。ご神体として祀られておいてくれ」
「礼さま、お気遣い頂きありがとうございまする。けれども、ルカはこう思うのです。因習とはその地に根付き育むものではない、後から適当な設定を植え付けても生えてくる自由なものだと。ルカは東京から新たな不可思議の種を持ち帰り、この上水流の地を悪しき風習が支配する地へと変えて見せましょう。ですので礼さま、どうかしばらくの間ルカを宜しくお願い致します。具体的に言えば、学校見学をお手伝いくださいませ」
「……」
僕の戯言が更にスケールの大きい戯言でまるっと飲み込まれる。こちらはじゃんけんでグーを出したのに巨大グーを出されて強引に負かされたような敗北感。僕のような小手先テクニックキャラは単純なパワーに弱い……。
「れーたん、きょういっしょにねる?」
「寝込みたい気分」
紅葉ボーイにこそこそ耳打ちすると、紅葉ボーイは嬉しそうだった。
普段から適当な事ばっかり言って人をからかっているツケが回って来たのか、罰があたったのか。冷たくなった指先を温めるのに幼児の体温は丁度良かった。
「では礼さま。大ばあさまと積もる話もあるでしょうから、ルカは失礼いたしまする」
・・・
ブラウン管の画面には昔懐かしいゲームが表示されている。
爆弾を置いて相手プレイヤーをどうにか倒していくというシンプルながら奥深いゲーム。それをまさか九十近い婆さんとやるとは思わなかったけれど、指捌きからいって僕よりも上手そう。ま、冥途の土産に爆散させてやるとしますか。
現在、大ばあさまの部屋の中には二人だけ。
ゲームのついでにアレコレ話すには丁度良い。
「面倒かけてすまんな。これも老いぼれの頼みと思って聞いてくれんか」
「老いぼれなのは認めるけど。ま、僕の気持ちはいいとして。単純に近所とかの方が色々と楽なんじゃないの?」
「神釣はこの辺りではちょいと顔が効き過ぎる。ルカは目敏い、ご機嫌伺いされるのを嫌う。それに、正しく畏れられないのも嫌う。普段はバカな喋り方して遊んどるが、気難しい上に寂しがり。そうなると、馴染みある兄さまのとこが良いやろ」
そもそも僕に親戚の上京を止める権利など無いのだから快く了承しようが断固拒否しようが変わりは無いが……。
お忘れだろうか。僕はそれほど頼れる男ではない。
「……紅葉が産まれなければ、ルカは何を言われようとこの地に残ったやろうけどな」
ぼそりと落ちた大ばあさまの言葉はしっかりと拾えたけれど、理解は出来なかった。
「ほんまのところ、ルカの本心は計り知れんが……。ルカにはな、広い世界を感じて欲しい。これはそういう、ババアの我がままや」
「婆ちゃんが都会で暮らしたかったとか?」
「それもあるわな。お前のところの婆さん。陽子ちゃんはそりゃあ明るくてな。こんな山奥で暮らしているわしからしたら眩しい存在やった。陽子ちゃんはわしより何回りも年下やけど、あんな風に育つ場所とはなんぞやってな」
僕の記憶にある東京の婆ちゃんは僕を見る度にどこか寂しそうな表情を向ける印象だったけれど、大ばあさまの気持ちは理解出来た。
僕も……親が二人とも公務員で実家が喫茶店の暖かい家庭で育つことが出来たらきっと満たされるだろうなと想像する事がある。もし妹が楽しい思いを出来そうな場所があるのならば、そこへ行って欲しいと願うだろう。
「紅葉っちゅう出涸らしの子も生まれた。神釣のお役目も終わりや。ちょうどええ機会やろ」
「お役目ねぇ」
自分の曾孫を出涸らしとはなんと酷い……そう単純に思うのは簡単だ。
でも、僕のようなおおよそ他人みたいな子供をも可愛がる人だ。自分の曾孫を可愛く思っていない訳がない。
水龍様の生まれ変わりだったか。紅葉ボーイはそんな迷信とは無縁の子にしか見えなかった。
文字通りの出涸らし。
なにせもう……先に生まれている。
大ばあさまはそういう神釣の因習……いや、歴史全てを清算しようとしているのかもしれない。
「なあ礼、知っとるか。わしな、昔ダムを造ってん」
重くなっていた雰囲気を払うように大ばあさまが得意げに口角を上げる。
「ダムって。あのダム?」
「呑吐ダムほど立派じゃあらへんけどな。みんなの力合わせて水って大事なもんを貯めておける入れもんを作った。大変やったけどあれで人の世が来た」
「人の世……」
「水龍さまに祈る必要もなく、神釣のわしが神の時代を終わらせた。ならもう、子供らがここに居る意味もない」
ボン、と僕が動かしていたキャラクターが爆発。僕は七十歳以上年上の婆さんにゲームで敗北した。人の世ねぇ。
授業で世界史を学ぶと産業革命のような人類のターニングポイントみたいな事柄が現れる。大ばあさまが言っているのはそういう意味だと頭の中で納得する。
「婆ちゃんの娘もそのまた娘もまだここにいるじゃん」
「そりゃあ突然消えるわけにもいかん。外に憧れるもんばかりやない。けどな、なんの因果か間違いか、産まれ落ちた龍の化身たる娘には広い世界を楽しんで欲しいやないか」
「…………」
「そして礼。紅葉やのうてお前が神釣最後の男や。きっちり責任もって遊んでやってくれんか」
「婆ちゃん。もしかして僕もルカの同類だと思ってる?」
「まさか。単にわしの親父殿と顔が似とるってだけや。暗い髪も、目も。デカなったら余計に懐かしい顔になったわ。……本当に、懐かしい。いつかの記憶をなぞるようや。そうやろ、竜の子」
大ばあさまの目はまるで遠い遠い記憶を辿るようだった。実の父親よりは母親寄りの顔ではあるとは思うけれど、遺伝子ってそこまで隔世するものなのか?
「前から気になってたんだけど、その竜の子って何?」
「なんや自分のおかんがどういう意味を込めて名を付けたか知らんのか」
「直接聞く機会も無かったし」
大ばあさまは「それもそうやな」と頷き、コントローラーを床に置いた。
「神釣の子は、その名に幾つか意味が込められとる。使命と言い換えてもええな。ワシやったら千歳、長生きを祈られると共に、長らく続いた神の時代の終わりを意味する。紅葉であれば季節の終わりみたいにな。それを知った夏生は、なにそれ面白そうとお前の名にも神釣の慣習に則り意味を込めた」
実家では出てこない母のエピソードがここだとポロポロ出てくるな。
生みの親の性格についてどうこう語れるほど詳しくはないものの、なっちゃん、どうも性格軽いところがあって気恥ずかしい。
「僕に使命ねぇ」
「礼の場合は、夏生の遊び心みたいなもんやけどな」
名が体を表すのならば、僕のようなヤツにも生きている意味があるのかもしれない。
少し、期待してしまう。
「気になるか?」
「あのさ、おたくの大事なお嬢さまの面倒を見るんだからそれくらい教えてくれたって良いと思うな僕は」
僕の不満に大ばあさまは目を丸くし、やがてゆっくりと目を細めた。
「…………なんや。もっとごねる思うとったのに。頼んでええんか?」
あまり年寄りの頼みを無下にするのも居心地が悪い。僕個人の趣味嗜好よりも優先すべき事など多々あるけれども、実家の頭金くらいは恩を返すべきだろう。それに、小さいころはよく遊んでもらった。
「ルカの学校見学くらいなら付き合うよ。東京に出た後も心配ならたまに様子をみたっていい。勘違いしているかもだけど、僕はルカを畏れる事も面倒臭いなコイツと思う事はあっても……嫌いになった事は一度も無い」
「よう言うた、それでこそ竜の子や!」
大ばあさまは心底嬉しそうにパシン、と膝を打つ。
「礼。お前がなぜ竜の子なのか。それはな──」
自然と唾を飲み込んでしまう。自身に神通力だとか超常現象を引き起こせる設定が生えてきても困るけれど、正直竜の子とか呼ばれるとちょっとカッコ良いなと──。
「カタカナの『ネ』と平仮名の『し』合わせてネッシーで礼。ネス湖の首長竜やから竜の子や」
「わ、びっくりした。自分の名前の中に隠れUMA入れられてるのかと思った」
「夏生はオカルト好きやったからな。それじゃあ頼んだで竜の子。いや、ネッシーよ!」
ふざけんなババア!!
・・・
時刻は十四時過ぎ。
水龍信仰の胡散臭い一族の長から依頼を受け、娯楽部屋の外に出る。
今から急げば上水流のバス停に戻ることが出来そうだ。
廊下、和室と抜けて縁側まで出れば雲の隙間に覗く青空が見えた。山の天気は変わりやすいと言うが、この様子なら雨に降られず山道を下れるだろう。
ルカの面倒を見るとは言ったが、それはルカが東京に来てからの話。
「大ばあさまとのお話はお済みになりましたか?」
庭先にハンガーと見覚えのあるスニーカーを持つルカが現れた。
「とても有意義な情報を得られたよ。で、ルカは僕のスニーカー持って何してるの」
「礼さまの履き物が泥で汚れておりましたので、お洗濯したところです。明日までには乾くかと思いまする」
「いや、もう帰るつもりなんだけど」
「そんなに急がずとも良いではありませぬか。ほら、雨もぽつぽつと。礼さま、雨男なのでしょうか。思えば昔から礼さまが来ると天気が不安定になりまする」
ルカが天に手をかざすと、風が強く吹きその指先にポツンと雨粒があたった。
雲の先。空ではない何処か。
ルカの焦点はどこでもない何かを視ているようで──。
その表情を前にすると、この武家屋敷に遊びに来た遠い日が脳裏に蘇った。
ここに遊びに来る時は眩しいほどの晴天で、帰りの日は前も見えないような土砂降りに見舞われる。
それはお決まりのような恒例行事で、何か疑問を抱く事も無かったのだけれど。
今思うと──水龍様のご機嫌が悪かったのかもしれない。
「ルカ。やっぱり今日は泊まっていこうかな」
僕の心変わりに雨音はまばらに途絶えた。
「それが良いでしょう。空は、ただの通り雨だったみたい。では履き物を風通しの良いところに干してきますので。あ、そうだ。礼さま、ルカは久しぶりに二人で遊びとうございまする。どこか遊びに連れて行って下さいませ」
僕が好きな映画でMIBという映画がある。
近所の教会で見た一昔前の名作SF映画だ。
地球外生命体を監視するエージェントが活躍する物語なのだけれど、その中で一つ好きなシーンがある。
『君が悲しみを抱くと雨が降る』
ヒロインの悲しみに呼応して天候が変わる一幕はなんだか壮大で神秘的だった。宇宙規模のスケール感と星々の煌めきは是非ともタブレットではなく映画館のスクリーンで見たかったほどで──。
ルカも子供の頃から雨女だった。
昔の事は記憶にございませんでお馴染みの僕ではあるけれど近頃過去に蓋した記憶がちらほら蘇る。プラプラと外を歩き回っていると、あれこれ思い出すようになった。忘れたままよりは良いかとよく歩くようにもなった。
中学生の頃、小学生の頃。そして、それより前。
自分を産んだ母親の事くらい思い出しておきたかった。そうして記憶を辿ると、この場所も通りかかる。
だから、ルカの事もよく憶えている。
もしかしたら僕という人間が初めてみた赤ん坊だったかもしれない。
ルカがニコニコ笑えば空は明るく、ルカがすっ転べば空が荒れる。
そういう子だった。
「礼さま、どうかなさいましたか?」
しばらく黙った僕の顔をルカが不思議そうに覗く。
この巫女気取りのドラゴン娘などおらずとも、程よく勉強してたまにドラムを叩いてご近所さんと無駄話をする日常だけで僕にしては十分すぎるほどの人生なのだが……。
あまり良すぎてもバランスが悪い。
オカルト否定派筆頭剣士である僕だが、思い出せば思い出すほど情が湧いてきてしまう。たとえ妹が何者であろうと僕の妹であることに変わりがないように、ルカが世にも恐ろしいトカゲちゃんであったとしても──。
生まれたてのルカを紹介された日の記憶は消えない。
どうせ面倒をみるのなら……上辺だけではなく、ちゃんと向き合うべきか。
「大ばあさまの頼みは聞く事にしたけどさ。ルカ自身は……どうしたいの?」
問われたルカの中身の無い微笑みは僕とよく似ていた。
龍でなくとも僕もまた竜の子だ。ルカの虚無感が何となく理解出来てしまう。
このまま家にいても、きっとルカは口を開かないだろう。
遊びに連れて行ってくださいませ、か。
ルカの一言でまた一つ懐かしい記憶が蘇る。
「ルカ。ひさしぶりにザリガニ釣りでもしようか」
『──今明かされる、その名の秘密』
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