顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
放課後となり花壇の雑草を園芸部のギャル後輩、入江めぐと共に抜く。
一番大きな花壇には区画別に何種類かの花が咲いているのだが、部長が気に入っているナデシコとアメジストセージ、薄紫の花は特に綺麗に咲いておりこまめに手入れした甲斐があるというものだ。文化祭に遊びに来る人も見て楽しんでくれるかもしれない。
「はぁ、あっつ。もう終わり終わりっ」
ジャージ姿のギャル後輩が一足先に部室であるプレハブ小屋に帰っていく。普段であれば僕も部室でダラダラした後に帰るのだが、残念ながら今日は宿題があるのでステイだ。
手を洗い片づけを済ませ渡り廊下に座ると、普段の放課後からは聞こえてこない賑やかな声が校舎のあちこちから響いてくる。楽しい雰囲気なのは良い事だ。
「さて、やるか」
スマートフォンでボレロの動画を流しながらドラムスティックでバケツを叩くこと数分。
横浜さんを含む吹奏楽部の男女が四人ほどやって来た。動画内の大合奏と比べると随分と質素な人数で盛り上がりに欠けそうだ。
フルートにホルン、トランペットにクラリネット……オーボエ? どれも大きな音が出る楽器だという知識しかないけれど、そもそもの大前提に疑問が湧いてくる。
演奏しながら歩くって、危なくない?
さらっと簡単な自己紹介を済ますと雑談もそこそこにボレロを合わせる事になる。
「横浜さん。僕、もうちょっと喋ってもいいんだけど」
「駄目。ほら、スネアからなんだから構えて」
「みんな楽器で僕だけバケツなんだけど」
「それはごめん」
鼻息を漏らしつつドラムスティックを構えると、横浜さんをはじめとした吹奏楽部員達がすっと僕に視線を集中させる。なんだか指揮者になったようで悪くない気分だ。
気持ちの良い風が吹いたところで、動画で聞いた通りのテンポでバケツを叩き始める。
吹奏楽部はすでにボレロを演奏した事があるようで僕が一定のリズムを叩いている間にどんどんと曲が勝手に進んでいき──。
僕の意志とは関係なく、なんだか勝手に盛り上がって曲が終わった。
十五分ほどの曲のはずだけれど、せいぜい三分ほどで終わってしまった。楽器の数が足りないからだろうか。
フルートに口を付けている横浜さんを見上げ進言する。
「横浜の姉さん、自分、まだやれます」
「急にやる気じゃん。校内歩くだけだしこんなもんでいいかと思ってたんだけど。ね、みんな」
横浜さんの問いに吹奏楽部員が頷く。なんならよく叩けていたと褒めてさえくれた。あまりに一定のリズムで頭がこんがらがった状態で叩いていたのに……。
つい一人で反復練習を始めてしまう。
「そんなに練習したいの?」
「こう……、そう躾けられたというか。ミスしたら問答無用でもう一回じゃないの?」
「即席チームにそこまで求めないよ。ま、綾野がやる気ならもうちょっと詰めてもいいか。私もどうせやるなら聞けるものにはしたいし」
「なら、最後のシンバル好きだからシンバル追加してほしい」
「確かにシンバルあると締まるよねぇ。じゃあ移動先の終点決めてシンバルに待っててもらって、最後のタララー、テテテテデンで派手にやってもらおっか」
などと話していると、吹奏楽部の面々も各々やりたい演出があるのかあれこれ言い始めた。横浜さんの気まぐれで始まったレクリエーションとはいえどうせやるのならと欲が出て来る。
僕もあと四日もあればとりあえず曲の流れくらいは憶えられるだろう。
・・・
「それじゃあ、また明日」
通して二回ほど演奏しつつボレロについてあれこれ話し終え、ボレロ隊は解散となった。帰り支度をするために園芸部のプレハブ小屋に向かうと……。
「パイセン、うちのクラスもう駄目かも」
ぐでっと長テーブルに突っ伏したギャル後輩は園芸部が文化祭で売り出す植物の種セットを小袋に詰めながらしょぼくれていた。制服に着替えたその姿は派手目な女子の雰囲気こそあるものの、内職に精を出すあたり律儀な後輩だ。
「文化祭で揉めてるの?」
「そー。飾りつけ拘りたいタイプとそうでもないタイプでギスってるからここで現実逃避中」
「何やるんだっけ」
「メイド喫茶」
「うわ、安易。実は色々とやる事の多い飲食に手を出すとは、憧れとノリだけで決まったと見た」
「まじそれなんだけど。飲み物とかの手配も衣装の準備も教室の飾りつけもすっごい大変でさー。何かいいメニューない?」
「手品とか」
「いやそういうスペシャルメニューじゃなくて簡単な料理、みたいなの」
料理ねぇ。
ギャル後輩の正面にパイプ椅子を持って来て腰を下ろし、喫茶店のメニューを思い浮かべる。
「ちなみに今は何を出すつもりなの」
「ドリンクくらいしか決まってない」
「ここだけの話。うちの学校、自動販売機あるよ」
「うっ」
色々な面での準備不足。生徒会曰くこれは一年生が陥りがちなパターンで、こういう経験をするための文化祭なのだとか。現に僕らのクラスが早い段階で準備を始めたのも各々が一年生の時に経験した失敗を踏まえた上での事だろうし苦い経験をするのはある意味織り込み済みの教育カリキュラム──らしい。
「ギャル後輩は調理担当?」
「ぼんやりそんな感じ。メイド服も着るらしい」
「シフトも考えてなさそう」
「ぐぅぅ」
さて。後輩をいびるのはこのくらいにしておくか。何だかんだと仲良くしてきた訳だし、力になれる部分は力になってやろうではないか。
リュックからノートを取り出し、いくつかデザートのレシピを書いていく。
「なにそれ?」
「火を使わないメニュー。ちなみにカセットコンロ使う場合は事前に生徒会に許可とって動線の確保と発火リスクが無い事を証明しないとダメだからね」
「火とか大丈夫かなぁ」
「とりあえずゼリー系なら火使わずに出来るけど……。コーヒー牛乳でもブラックコーヒーでもリンゴジュースでもいいから一リットルの紙パック買ってきて、半分取り出してレンジで二分くらい温めてゼラチン二袋を温めた方に溶かして入れて、そのゼラチン入ったやつを元の容器に戻して冷やせばゼリーの出来上がり」
「めっちゃ簡単じゃん」
「で、それにさくらんぼでも添えて……いや果物は高いから適当なスプレーチョコとかお菓子を刺しておけば文化祭の出し物としては十分じゃない? 原価六十円で一人分用意出来そうだし」
「おお。一品できた」
相手は小学生くらいの料理スキルと思った方が良さそうだ。
「ただ作るのは簡単だけどかさばるから冷蔵庫とかのスペースは事前に確認しなよ? 保冷剤入れたクーラーボックス用意してもいいし」
「いつになく頼りになる。キュンです」
「そのキュンもらってポン」
「なにそれ」
「で……あとは火を使って良いんだったらフレンチトーストでも作ればいいし。クラスで一人くらいは料理する人いるでしょ?」
「探してみるっ」
ある程度料理に慣れていると簡単に思える作業工程でも、料理初心者だと難しく感じる事もあるからレシピ選考はわりと難しい。妹でも出来るような簡単なレシピを思い浮かべる。
「あとは……炊飯器で出来るケーキってのもあったっけ。高い炊飯器だと作れなかったりするから要確認なんだけど。ま、これは学校で何個も作るの時間かかるから数量限定メニューとして置いておくと良いかも。ホイップクリームと溶かしたチョコでもかければそれなりに見栄えは良いはず」
「ゼリーと、フレンチトーストと、ケーキ。なんだか希望が湧いてきた」
「部室の裏側の日陰に生えてる葉っぱ。あれセルフィーユだから持って行っていいよ」
「せる……自撮り?」
「セルフィ―ではなく。ほら、ケーキ屋さんのケーキに乗っかってる葉っぱあるじゃん」
「雑草かと思ってた」
スマートフォンを弄り、おそらくクラスメイトに連絡するギャル後輩は嬉しそうだ。
「ありがとパイセンっ、うちのクラス来たらサービスするからねっ!」
「いやいらない。」
「あと。今からちょーっとうちらにデザート作り教えてくんない?」
「……」
「お願いしますっ綾野先輩っ」
ギャル後輩が頭を下げつつパチンと手を合わせる。非常に面倒くさいのだけれど、仕方ない。後輩の面倒くらいはみてやるか。
「やたっ」
スマートフォンを取り出しお料理研究会の大場に家庭科室の使用状況を確認する。これも乗りかかった泥船。ボレロに続いてやる事が増えてしまった。
そうして──。
寂れた教会に訪れる頃には夕日が沈もうとしていた。
・・・
教会の中は薄暗く、天井の輪郭は見えない。
礼拝堂に並ぶ長椅子の背を撫で歩き、先頭まで辿り着くと長椅子にごろんと寝転がる。
スマートフォンを眺めれば18:15の表示。
ここには家主であるアンジェにお土産を渡しに来ただけなのだが、いざ辿り着くとついダラダラと居座ってしまう。帰りが遅くなると妹にネチネチ小言を言われる上に今日は母親が夕ご飯を作ってくれるらしいのでそろそろ帰るつもりではあるものの……。
昨夜遅くまで連れまわされた上に学校でもまあまあ忙しかったので身体が休息を欲しているのだった。長椅子で寝転がるのも致し方ないのだった。
「はぁーだるぅ、課題提出物サムネイル作り。今週あったこと話そうにも身バレする予感しかないし……」
通路を挟んで反対側の長椅子からはパタパタと鳴るタイピング音と愚痴が聞こえてくる。企業Vtuberとしてのデビューから一か月以上経過したからか、アンジェさんのトークデッキが薄くなってきた様子。皮肉の国からやってきた根っからの陰であるアンジェに能動的な趣味はないのでトークに偏りが生まれるのは当然なのだった。
「礼さん、なにか私も使える面白い話とかあります?」
「簡単コーヒーゼリーの作り方とか。前にここでやったやつ女子受け良かったよ」
「女子?」
「後輩」
「ほーん? まあ、別に、誰に教えていたっていいんですけど。というか温めてかき混ぜるだけのデザート作りって楽しいですか?」
「僕はアンジェとコーヒーゼリー作るの楽しかったけど」
「ふーん? そうですか。へえ。なら、試しに話してみますか」
それにしても面白い話か。
そう言われると頭も動いてくる。
身体を起こしアンジェの隣へと移動。
ワンピース風の白いルームウェアを着ているアンジェはやや伸びた髪をポニーテールに纏めており、普段よりも表情が明るく見える。
「ん? ああ、これですか? 学校でヘアゴムを貰ったので活用してみたんですけど。……似合ってます?」
「そりゃあもちろん」
「ふっ。家に女が二人いるだけあって条件反射で褒めるように躾けられてますね。ふふっ、悪い気はしませんけど」
僕の言動への信用が足りていない。
日頃からもう少しポイ活しなくてはならないようだ。やりますか、スコポイ稼ぎ。
「そういえば。もしかして今朝はリリーさん家にいました?」
「居たけど。なんで?」
「礼さん、たまにヘアセットした形跡あったり綺麗な格好している時があって不思議だと思っていたんですよ。でも、よくよく思えば礼さんが自発的にそんなことする理由なんて一つしかないかなと閃きました」
「……」
母親の目があるから身だしなみを整えている事がバレている。
「お母さんがいる日はドライヤー使っておでこが見える髪で、いない日は寝起きのまま。でしょ?」
「……」
「ほら。正解」
付き合いが長くなるほど理解が進んでいく。
僕がアンジェの性格をおおよそ理解出来ているように逆もまたしかり、か。髪をかき上げ、髪を雑に撫でる。改めて言及されるとなんだか恥ずかしかった。
「ふっ、情緒が育ってますね。くっ、ふふっ。あははっ」
「……」
人間の外見なんて誰もさして違いがあるとも思わないけれど、普段とは違う髪型のアンジェを見る限り母親があれこれ口うるさかった理由が少しは理解出来る。
「あ、そうだ。アンジェ。面白い話をすっかり言い忘れてた」
「なんです?」
「そう、これは一通の手紙から始まった、とある村の話──」
・・・
「愉快な血筋……。ほら、竜の子。雨降らせてみてくださいよ。雨」
僕からすれば面白い田舎の一族の話をしただけなのだが──失念していた。外から見れば僕その一族の一員じゃん。アンジェなど笑うどころかどうバカにしようかと真剣な顔を浮かべているじゃないか。
一番の問題のルカに関しては多少ボカしたけれど、もしかしたら一族そのまま口外しない方が良かったのかもしれない。話題を変えなければ。
「……アンジェさん」
「なんですか、竜の子」
「僕の母親ってアンジェの学校の生徒だったらしいよ」
「ふーん?」
こいつ強引に話題を変えたな、みたいな表情を浮かべつつアンジェは一瞬宙を見つめ、頷いた。
「そういえば以前、理事長先生から伺ったことがあります。十年以上昔の生徒を憶えているなんて凄いですよね」
「理事長先生ってホグワーツの教頭っぽい人だっけ」
「はい。理事長先生に頼まれて昔使われていた化学準備室を片付けていた時に偶然写真立て見つけて。理事長先生が懐かしそうに教えてくれました。由緒正しき女子校には似つかわしくない、明るい子だったそうです」
「へぇ」
アンジェはくすりと笑った。
理事長先生。確かアンジェの後見人の……ルチアさんだっけ。いつか遊びに来なさい、みたいなことを言っていたようないないような。
「興味あります? 女の子だけの学校」
「頷きにくい聞き方」
「案内しましょうか。礼さん、意外と制服似合うかもしれませんし。どうにか紛れ込めるかも」
「なんで騒ぎになりそうな方法提案してるの」
「最近私の学年で密かに流行しているマンガで女子校にこっそり男の子が編入してくるお話があるんですけど。もしかしたらウケるかもしれません」
「誰に? 警備員?」
「……話を脱線させておいてなんですが、何の話してましたっけ」
「意味の無い話しかしてないよ。いつも通りね」
とは言ったものの、自分がどうしてアンジェの学校の話を口にしたのか脳内で検索をかける。いくら僕とは言え何の脈絡もなく女子校の話題を出すとは思えない。
「あ、そうだ。アンジェのとこさ、今週末とか来週とかって学校見学やってる?」
「いえ、十一月に最後の相談会があるくらいで学校行事としては特に何も。まさか礼さん本当に興味が?」
「僕じゃなくて、僕の親戚のルカってのがアンジェの学校に興味あるっぽいの」
ざっくりとした概要を説明する。
「なるほど。おおよそ話は理解ましたが……。あ、ちょっと待ってください。マネージャーから急ぎのメッセージが……」
ノートパソコンをパタパタといじるアンジェを横目に、神釣家に泊まった日の夜を思い浮かべる。ルカが見せてきた見学予定の学校の中にアンジェの学校の名前があったのだが。
あの世間知らず、とりあえず学校に行けば見学させて貰えると思っているんじゃあるまいな。
…………。
いや違うか。
本当にどうでもいいだけなのだろう。
「あのドラゴン……僕に全部任せるつもりだな」
だから前もって見学予定の学校を僕に見せてきたのだ。
『もう、自分の事なんだからね!』とか『お母さん知りませんよ!』とか『雑巾必要って朝に言わないでよ!』みたいな世のお母さま方の気持ちが大いにわかる。なんなら妹に対してもこんな事思っていなかったか僕。
ルカなりに甘えてきているのは一歩譲って良しとするけれども──。
立ち上がると深い溜息が漏れ、腰に手を当てグッと背中を伸ばす。
「やっぱり精神的に自立している人間が良いよ。真野パイとか柚乃さんとか吉野さんとかさぁ。元バンドマンは精神的には自立してるけど金銭的には自立していませんけれども。たはは」
「怖っ。いっそ怒ればいいのに」
「怒るほどではない」
ただ、見て見ぬふりは出来ぬけれども僕の気質はマイペースにちまちました作業を好むネス湖の竜なのだ。人の役には立ちたいとは思うものの、いざ面倒ごとがあると本当に面倒くさいのだ。
未だノートパソコンとにらめっこしているアンジェをよそに、礼拝堂に置かれた電子ドラムの電源を入れボレロのリズムを叩く。
これも一つのデトックス。一定のリズムを叩くと気分が整う。息を吐き出しながらドラムスティックの先端の感触を確かめ音に集中すると、雑念が薄れていく。
「あ、そのリズム聞き覚えあります。のだめの劇中で流れてました」
アンジェがボレロのメロディを口ずさむ。一度聞けば記憶に残る名曲だけあって多くの作品で使われて──。
それってつまり……誰もが知る曲だからこそ僕が叩くのミスしたら誰しもが『あ、ミスしたな』と気付くのではなかろうか?
あーあ、嫌な事に気付いちゃった。
「……あ、リズムが乱れたわよ。やり直し」
「せーれんみたいに言わないで」
「学校見学ですけど」
ノートパソコンから視線を上げたアンジェと目が合う。
「事前に連絡頂ければ、簡単な見学くらいなら大丈夫です。なにせうちの学校、新入生大募集中なので。特に、寄付金包んでくれそうなお嬢様は大歓迎です」
世の中、お金なのだった。
頼めば何だかんだと言うだけで頼み自体は聞く男なのだった。
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