顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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おためしアルバイト

「エリさぁ、アルバイトしようかな」

「は?」

 

 本日の夕飯は、すりおろした大根を入れたみぞれ鍋。家族四人が家に揃うのも珍しければ妹が部屋から降りてくるのも珍しく、父母共にそわそわしながら食事の準備していたのだが──。

 

「え、ええと。エリちゃん? 何か言った?」

 

 母親は唖然とまばたきを繰り返し、父親は箸を落とし、僕は豚バラ肉をかたまりのままボトンと鍋に落としつつ妹に確認した。

 

「だから。アルバイト。なんか配信とかでもあまりにも一般常識が無いみたいなこと言われるし、レーもエリを社会復帰させようとするし」

 

 妹はぶつぶつ言いながらおたまで豚バラ肉をほぐしている。どう考えても本心を隠しているその態度に僕と父母は目を合わせ──。

 

『いや、まず学校行けよ』

 

 そう思うのだった。

 未だ寒さの訪れない季節。鍋が煮える音だけが耳に届く。

 ま、まあ今日は保護者が二人揃っているので僕は黙っていても良いだろう。僕は一足先に落ち着きを取り戻し、湯気立つ鍋の火を調整しつつ父親に目配せをすると、父親は覚悟を決めたかのように頷いた。

 

「ええとね、エリちゃん。それはまた……。良い事だとは思うけどね。父さんとしては……。いや、でも父さんもちゃんとしている人間とは言えないから。ええと……礼」

「いやしっかりしてくれ」

「んん……ごほん。あのね、エリちゃん。まず、アルバイトは。偉いね、自立心が育ってる。うん、偉い」

 

 父親がふわふわした発言ばかりの理由も理解出来る。なにせインターネットの世界で生きている妹が何の気まぐれか社会に関わろうとしているのだ。早計に無下には出来ない。

 ふと母親を見れば……未だおろおろしていた。役に立たないな!

 

「じゃあなに? エリはずっと家にこもっていてもいいってこと? 今後、エリが引きこもっていても文句言わない? おとーさん、今日がラストチャンスだよ?」

「それは性急じゃないかな」

「なに。バレーの話?」

「ハイキューではなく。あのねエリ。その……どうして急にアルバイトするなんて言い出したの?」

 

 母親に鍋を取り分けつつ静観する。

 妹と父親は意外と仲良くしているのだがその一方、妹は完全に父親を舐め腐っているのでどうなる事やら。

 

「なんでおとーさんにそんなこと言わないといけないの」

「な、なんでかぁ。それはほら一応家長というか」

「かちょうってなに?」

「一家の大黒柱……的な」

「あー。なら多分だけどエリが一番稼いでるよ。おとーさん、今年いくら稼いだの」

「ゔ」

 

 やめなさい。鍋が冷え切ってしまう。

 

「ねえ、いくら? ねえ、おとーさん、いくら?」

 

 背中を丸める父の左右から妹が顔を出し煽り散らかしている。

 ……稼ぐ、か。

 年不相応に稼いでいるであろう妹がアルバイトに求めるものはお金では無いだろう。だが、うちのエリちゃんはお金の大切さを知りたいとか社会に貢献したいとかそんな殊勝な人間では無いので……本当に何で突然アルバイトなどと口にしたのだろう。

 きっと明確な理由があるはず。

 妹と父親の分の鍋を取り分け──閃く。

 

「エリちゃんさぁ。ルカが来るから実績作ろうとしてない?」

「……」

 

 父親に年収マウントを取っていた妹の動きが止まる。

 

「ルカが来た時に何か自慢したかったんでしょ」

「ち、ちがうし」

 

 ……ルカ相手にイキリ散らそうとしていたらしい。

 妹はうっかり妙な業界に進出してしまっただけで育ちは僕と同じだ。心の中には一般的な価値観がある。今の自分に後ろめたさを感じているのかもしれない。

 だからこその、アルバイト。

 思い当たる節があり記憶を辿る。

 去年の秋ごろの話だ。

 僕とエリちゃんは冷戦状態でアルバイトを始めた事は教えていなかったものの、夜に帰って来た時につい「どこ行ってたのって。アルバイトだけど。アルバイトって労働の事ね。ま、僕も給料貰ってほぼ大人ですわ」とマウントをとった憶えがある。

 去年の今頃には妹はVtuberとして活動し稼いでいたはずではあるものの、兄である僕が妹の世界から一歩遠ざかったのは記憶に新しいのだろう。

 もしかしたら妹にとってアルバイトは大人の世界の象徴なのかもしれない。

 だからこその労働宣言。

 

「そういえばエリちゃん、僕がアルバイト始めたって知った時ショックで寝込んだっけ」

「かっ、かかっ、関係ないし」

 

 直径一センチほどに縮こまった父とバトンタッチし妹に声をかける。

 

「で、アルバイトってどこで働くの」

「レーのとこ」

「いや、もう募集してない……けれども」

 

 中学生の時に体験学習でスーパーの品出しをさせて貰った記憶が蘇る。

 労働基準法についての知識はまるでないものの、一日くらいアルバイトを体験させるというのは悪くないどころか良い社会経験になりそうだ。ただし、身バレがどうとかは無視するものとする。

 総じてやや面倒な話ではあるものの……仕方あるまい。これも出来の良い兄の務めだ。

 

「……エリちゃん。じゃあ、その。これから店長に聞くだけ聞いてみるんだけど。もし許可が下りてしまったら。ちょっと体験労働してみる?」

「いいのっ?」

 

 妹の周辺がパッと華やぐ半面、僕の胸中は一般社会で妹がどれだけ通用するのか不安で仕方がなかった。

 もっとはっきりと表現すれば──。

 大変な一日になりそうだなと、腹をくくった。

 

・・・

 

「いらっしゃいませ!」

「……」

「……」

 

 午後十八時十五分。

 東京は秋葉原、神保町寄りの雑居ビル二階、ガレージイイダという模型店に機嫌が良さそうな妹の声が響く。

妹がアルバイトをしたいと言い出した翌日、個人経営店の緩さゆえに即日許可が下りてしまった労働体験会は店内に異様な雰囲気を演出している。

 妹は黒髪のかつらをかぶる事もなく、マスクで顔を隠す事もなく、半袖の白Tシャツにジーンズ、そして従業員用のエプロンを身に着けてレジに立っている。

 今日の従業員はいつも通り僕と真野先輩で妹の両脇に控えているのだが……。

 一度妹を見た事があるはずの真野先輩は「あ、駄目だな。なんか、息苦しいわ」と声を漏らすと最近買ったと自慢していたゲームコラボ商品の眼鏡のレンズをエアブラシで黒く塗り潰しどうにか平静を保った。いや、正気を失っているのかもしれない。せめてクリアーブラックで塗れば前も見えただろうにレンズは真っ黒、視界ゼロだ。

 

「いやぁ、妻にもうプラモ買うなって言われたんだけどここに来るとつい──あう?」

 

 ガレージイイダの店舗近くで務めている常連のおじさんは戦車のプラモデルを両手に抱えレジまで持って来ると──野太い萌え声を口にしたのち固まった。

 度を越した美少女が目の前に突然現れたかのような茫然自失。わかりやすく言葉を失っている。

 

「あ、これしってる。ガルパンのやつだ。エリ……私もねぇ、買うだけ買ったよ? でもさー、戦車って新しいやつの方が強くてかっこいいじゃん。アニメにもひとまる式とか出たらいいのにね?」

「あゆぅ」

「そうだ、このバイクのプラモもかっこいいから一緒に会計してあげる。小銭は面倒だから電子マネーかクレジットカードのタッチ決済にしてください」

 

 常連さんは奇妙な声を上げながらカクカクと頭を動かし、買う予定に無かったプラモ四つを追加でタッチ決済で買わされ──。

 

「はい、帰っていいよ。ありがとうございましたー」

 

 レジから追い払われた。本日十五人目の被害者だ。

 平日の夜とは思えないほどハイペースで商品が売れていく。

 

「いらっしゃいませー」

「ひゅっ」

 

 大学生らしき眼鏡をかけたお兄さんがレジにやってきた。手に持っているのは美少女プラモデルと美少女プラモに着せるであろう1/12スケールのドール用衣装二着の計三点。

 

「へぇ、かわいいの買うんだ。でもそれだけだと女子受け悪いからエ……私がカモフラージュ用プラモも用意してあげる。シルエットマシンが一点、オーバーマンが一点。作業用レイバーが一点。あと、これとこれもおすすめ。はい色々あわせて八点で三万五千百八十円です。小銭は面倒だから電子マネーかクレジットカードのタッチ決済にしてください」

「にゅん」

「ありがとうございましたー」

 

 これ後日詐欺とかで捕まったりしないか。

 客足が一度途絶えると妹は店内をぐるりと回り、妹好みのプラモデルを幾つも積んでレジ内に持ってきた。元から男の子が好むロボットやら乗り物やらが好きな子なので、好きなものばかりに囲まれた店内は楽しいのだろう。鼻歌を響かせ機嫌が良い。

 

「真野。ずっと立ってるだけだけど、ちゃんと働いたら? エリはものすごく売り上げてるよ?」

「いや、はい、本当に凄いというか後が怖いというか。恐れ入ります」

 

 妹は自分から僕を奪った人間として真野先輩を敵視しているので客足が途絶える度に真野先輩をいびっている。

 視界を失った状態の真野先輩は妹と喋る事自体は慣れたようだが、未だ身体は緊張しているように見える。いっそ妹と真野先輩が結婚でもすれば真野先輩が僕の兄になるのだからお得なのだが、客観的にどう見ても反りが合っていない。

 真野先輩の好みのタイプは甘々爆乳メガネっ子だ。

 

「エリちゃん、真野先輩いびっている間にお客入って来たよ」

「あ、はーい。いらっしゃいませ―」

 

 一つ意外だったのは妹の態度。

 思ったよりもアルバイトが出来ているというか、僕の想定が低すぎたのもあるけれど本当に最低限のレジ業務であれば普通にこなせている。しいて難点を上げるならば相手の言語能力と判断力を奪っているだけだ。

 

「いらっしゃいませー」

「ぎゅっ」

 

 模型店はお客さんのほとんどは男性客なのだがたまに女性客もやって来る。最近だと往年の走り屋マンガの続編がアニメ化され、その登場人物が乗っている車を買っていくお姉さんが多い。

 

「……」

「……」

 

 妹は二十代半ばくらいのお姉さんの目をジッと見つめると、お姉さんも妹に目を奪われ身体を硬直させ、呼吸を止めた。

 

「エリもこれ出てくるアニメ見てるよ」

「ほっ、はう」

「どのキャラ好きなの?」

「はぁ、はぁ、ええええと、こ、ここれに乗ってる」

 

 推しキャラの事を思い出し、理性が戻って来たのかもしれない。本日初めて会話が成り立つお客さんが現れた。

 

「じゃあ劇中に近い色の缶スプレー用意してあげるね。あと、こっちはエリのおススメのアニメのロボット。それに……」

 

 妹はお姉さんを手招き顔を近くに寄せ──ニコっとスマイルをサービスすると。

 

「ぬぅぇえっ!」

 

 お姉さんは奇声を上げると胸を押さえしゃがみ込んだ。

 

「三点で五千五百五十円に……あ、555が並んだからファイズのプラモも付けるね。会計変わりまして八千五百五十円です。小銭は面倒だから電子マネーかクレジットカードのタッチ決済にしてください。はい、ありがとうございましたー」

 

 真野先輩が袋詰めした商品を持ち、よたよたとレジから回れ右したお姉さんの背中を見送りながら妹の背中を叩く。

 

「なに最後のサービススマイル」

「推しキャラよりもエリのこと好きにさせちゃおうかなって」

「やめなさい」

 

 本人としてはただのイタズラなのだが普通に考えてスマイル一つで成人女性の膝をガクガク震わせる行為は悪質だ。この妹を現世に放ったらどうなる事やら…………。

 

「ねぇ、エリアルバイトちゃんとできてる?」

「……初めてにしては良くやってるよ。偉いねエリちゃん」

「へへ」

 

 頭の中ではあれこれ問題点に気付きつつも、結局つい甘やかしてしまうのが僕なのだった。

 せめて押し売りは控えるように言うべきかもしれないけれど、結局買ってるのはお客さんだしな。なんなら僕も似たような事やった憶えがある。

 ……まぁ全ては時間帯責任者の責任。綾野兄妹は真野先輩に言われるがまま商売に励んだに過ぎないのだ。そうなのだ。

 

「なんか今寒気がしたんだけど。あの、綾野兄妹。くれぐれも良い子にしてよ?」

「僕はいつも良い子じゃないですか」

「エリもこんなに一生懸命じゃないですか」

「そうだけどさ。合法間違いなしのはずなのに悪い事している気分というか。ほらあちらをご覧ください、棚。棚の空き具合。普段の数倍、なんなら十倍くらい売れてる気がするんだけど」

「ふだんのえーぎょー努力が足りないね。エリがコンサルしてあげる」

 

 そのコンサル、顔頼り過ぎないか?

 妹の腰をポンと叩き、ホコリ取りを持たせレジの外に出すと真野先輩は息を大きく吐きだし眼鏡を外すと眉間を揉んだ。

 

「ふぅ。あー、重かった。やっぱ義理の妹はゲームの中だけだ。これが毎日だとしたら毛根にストレスかかりそう。美少女すぎるえぐい。きつい。謎の重力感じた。内臓にダメージきた」

「でも何だかんだ慣れてきたじゃないですか」

「そりゃあ。今より生意気だった昔のどこかの誰かさんと似ているというか。口を開けば見た目と性別が違うだけの綾野少年みたいな感じだし。少なくとも初めて会った時のキミよりは社交的だから接しやすいよ」

「……」

 

 テキトーにホコリ取りをポンポンと動かす妹は、確かに僕よりは根本的にまともだ。

 もしかしたら、何か簡単なきっかけ一つでもう少しくらいは妹の世界がひろがるのかもしれない。

 しばらく真野先輩と雑談をしていると店の自動ドアが開き……。

 

「わ、エリ、ほんとに働いてるっ」

「おお。サマナッツじゃん。そりゃあエリ大人だからね。というか、え? サマナッツ働いたこと無いの?」

 

 親に連れられた妹の友人、サマナッツが現れた。

 どうやらここで働く事を知らせていたらしい。

 ふと思いついた事があるので僕もサマナッツの方に近寄り、時間が過ぎていく。

 

・・・

 

 店舗の在庫の半分ほどを売り捌き、妹の体験アルバイトは終了した。中学生の体験授業みたいなものなので給料は出ないはずだったのだが……。真野先輩から電話越しに本日の売り上げを知らされた店長から妹に特別ボーナス一万円が支給された。本当はもう少し大きめの額を提案されたのだが丁重にお断りさせてもらった。

 

「こんだけ売っても渋沢一人かー」

 

 妹はそう言いながら一万円札を蛍光灯の光に透かしてニヤニヤしている。

 ちなみに僕の給料は普段通り。梅ちゃん一人分だ。

 

「それ何に使うの?」

「大事にとっておく」

 

 人並みに可愛らしい所感を頂き、妹の両頬を両手でムニムニ揉んでやる。一万円が大金という感覚は無いだろうけれど良い経験になったのなら真野先輩の眼鏡も浮かばれる。

 

「それじゃあ二人とも、今日はお疲れ様。締め作業はやっておくから気を付けて帰りな」

「真野もありがと。今日はエリと働けて良かったね」

「……それはどうも」

 

 お言葉に甘えて、手を振る真野先輩に頭を下げ二人で先に雑居ビルの階段を下りる。今年に入ったころにはまさか妹と一緒にレジ打ちをするとは思いもしなかったけれど……悪くはない気分だ。

 店の外は既に日が落ち、髪を揺らす程度の気持ちの良い風に迎えられる。

 

「あーつかれた。今日はお風呂にバスボムいれちゃおっ」

「いつも入れてるじゃん」

 

 雑居ビルと雑居ビルのすき間に入れておいた二人乗り自転車を引き出し、ハンドルにひっかけていたヘルメットを妹に投げ渡す。

 二人乗り自転車は息を合わせてペダルを踏まないとバランスがとりずらいのだが、今日は随分と軽快にペダルが回り始めた。

 

「エリちゃん、今日はどうだった?」

「まぁー。ちょっとは、レーの気持ちがわかったよ」

「どういう意味?」

「たまには…………人間界に降りるのもわるくない」

「そっか」

 

 僕としては接客をする妹を見て何が正しいのか、どうするのが正しいのか分からなくなったけれど。きっと妹の感じた事こそが正しい。自己が確立していない中学生には妹の魅了攻撃が効き過ぎるだけで……。

 僕が過保護すぎるだけなのかもしれない。

 

「エリちゃんさ、週末。僕の学校の文化祭来る?」

「いいの?」

「良いよ。ルカと一緒に来な」

「いくっ」

 

なんと甲斐甲斐しい兄なのだろう。

いささか誰も彼もに手を伸ばしすぎな気がするけれど、こればかりは仕方がない。

後ろでペダルを漕ぐ不思議生物は……大概のものより優先順位が高い。




 
 アルバイト回でした。
 読んでいただきありがとうございます、いつも感想、誤字報告ありがとうございます!
 高評価もぜひよろしくお願いします!
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