顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
「みんなー、一日目おつかれーっ。めっちゃ盛り上がった上に儲かったので近くのスーパーでマヌカハニー買ってきたよー。一人一口舐めて、明日もがんばりましょー」
「おおおお」
大路さんの音頭に濁音がつきそうな勢いの返事が教室に広がり、クラス全員に配られたデザート用の小さいスプーンにトロリとマヌカハニーが乗せられる。
「……まず」
配られたマヌカハニーを口に含んだ面々の表情は渋い。
喉に良いらしいが、これ僕が知っているハチミツの味と違うな。薬っぽい味にうぇ、となりながらもマヌカハニーを喉に押し付けるように飲み込むと、じんわり喉に染み入った気がした。これでこのクラスは同じ釜の飯ではなく同じハチの蜜を啜った仲という訳だ。なんだか気持ちの悪い例えを思い浮かべてしまったかもしれない。
「おづがれー」
「んじゃ、また明日」
「このあとどうするー?」
「カラオケ?」
「行ぐわげねーだろっ」
などと散り散りになっていくクラスメイトの流れに乗り、僕も教室を後にする。
今日はけっこう楽しかったな。
明日は今日行けなかったところに顔を出すとして……。
階段を下りながら文化祭パンフレットをペラペラとめくる。パンフレットはペラペラめくり過ぎた結果すっかりヘタってしまったけれど、あと一日くらいはもってくれるはず。
下駄箱からスニーカーを取り出し駐輪場に向かうと──。
今日一日リュックに入れっぱなしだったスマートフォンが震えている事に気が付いた。
「もしもし」
『礼さまでしょうか。ルカでございます。いま学校が終わりましたのでこれから空港に向かってそちらに伺いまする』
「東京でまするとか言わないでよ」
『詳しい時間は後程メッセージで送りまするが、だいたい夜の六時ごろと思ってくださいませ』
「はいはい」
きわめて健全な学校生活の後にルカの声聞くと頭おかしくなりそうだ。身内がレぺゼン因習村など何かの間違いであって欲しい。
通話を切り画面が暗くなったスマートフォンには僕の渋い顔が浮かんでおり──再びスマートフォンが震えた。
「もしもし」
『あ。レー。やっとつながった。エリちゃんですけども。むかーしおかーさんに連れてかれた美容室おぼえてる? なんかそこの予約とってくれたから早く帰って来て』
「はいはい」
ペットを飼った経験は無いけれど、帰宅する前に家族から『犬の散歩代わりに行って』と頼まれたらこんな気分になるのではなかろうか。
クロスバイクを押して歩き、人通りの無い所でサドルに跨りペダルに体重をかける。
校門前には文化祭用のベニヤ板で作られた門があり、僕の学校では珍しくはしゃいだ女子がスマートフォンで撮影しながら踊っていた。やや気恥ずかしいのか動きが硬く、そんな光景はどこか微笑ましかった。誰も彼も浮かれた様子で僕自身もそんな気持ちなのか踊る女子生徒に混ざっても良い気分だったのだが、さすがにこれ以上僕の変な噂が増えるのもどうかと思い何もせぬまま校門を通り過ぎる。
学校から遠ざかること百メートルほど。見慣れた制服が途切れ、ようやく普段通りの景色が戻って来た。
普通の景色。
普通──か。
ペダルを漕ぐのを止め、立ち止まる。大通りから逸れた住宅街は穏やかで、そこで目に映る光景はいかにも普通だった。普遍的で記号的にさえ思える変わり映えの無い住宅街。何も感じる事の無い、情報など皆無にさえ思える──そんな街並みの中に小さな子供を連れた母親の姿を見つけた。
二歳児の紅葉ボーイの体格を思えば、あの子は四歳か五歳くらいだろう。
紺色の服は近所の幼稚園のもので親子は手を繋いで歩いている。
ただの親子だ。
「…………」
その何の特徴も無い光景に目を奪われた。
文字通りの無意味な感傷だ。今日あった事を、話してみたかった。そう……思うなんて不本意だ。これまで生きていてそんな事を思った事など無かったというのに、馬鹿げている。
子供は今日幼稚園であった出来事を一生懸命母親に話していた。
子供の話す面白みのない……母親はにこやかに……聞いている。
親子の姿が目に焼き付くようだ。
きっとあれが誰しもに与えられるべき普通というやつなのだろう。
『お兄ちゃんは、いいよね。ぜんぶ持っていて』
いつかの冬。
妹の言葉が今になってようやく腑に落ちた。無い物ねだりばかりで情けない。
僕は少なくともリリーとはよくあんな風に話していた。充分に、満たされて育った。
「…………今更か」
地の底まで落ち込みそうになる気持ちを蹴り上げ、我が家の引きこもりを思い浮かべる。あれこれ思うところはあるものの……。まずは楽しい文化祭というものを経験させてやりたい。その気持ちは揺らいでいない。
強く吹く風に揺られながら息を漏らし、親子連れを望む。
縁遠い郷愁には日が差していた。
・・・
白を基調とした美容室の中は入口に飾られた胡蝶蘭の香りがする。温度管理で育てられたであろう白い花弁は綺麗なもので、学校での家庭菜園ではここまで見事には育てられないだろうと感心させられる。
「礼くんもすっかり落ち着いちゃって。昔はリリーちゃんの回りウロウロしてたのに」
「よく憶えてますね」
待合室の椅子に座る僕の元に上品な香水の匂いを纏う金髪ショートカットのおばさんが近寄って来ると、飴玉をくれた。
この美容室の店長さんだ。
「そりゃあ……忘れられないわよ」
妹のシャンプーを終え戻ってきた店長さんは、セットチェアに座りスマートフォンをスワイプし始めた妹の姿を見ると溜息を洩らした。常連でもない中学生女子相手なのだからシャンプーなどアシスタントに任せるなりすれば良いだろうに随分と丁寧な対応だ。
「ふぅ、よし、やるか」
店長さんはパンパンと自分の頬を叩き「私はプロ、私はプロ、この店の顔、店長。けっこう有名な女。雑誌掲載経験有り。いけるいける」とお洒落さとは縁遠い気合を入れつつ妹に近寄った。
「エリーゼちゃん、今日はどうするぅ?」
「かわいくしてください」
「こ、れ、以上かぁ。うん、じゃあ、とりあえず整える感じで、いくね?」
僕らの家から歩いていけなくもない距離にある母親御用達の美容室。僕も小さいころに何度か連れてこられた事のある場所だが、店内は妙な緊張感に包まれている。ヘアカット中のおばさまの鏡越しの視線やヘアカット中の美容師さんのチラ見が妹に集まり、その度に店長さんの「ごほん」という咳払いで我に返る。それを繰り返していた。
「あ、エリもおかーさんみたいな感じがいいんだけど」
「リリーちゃんみたいに、ね。はいはい、じゃあ切っていきまーす。しゃあッ」
店長さんは気合と共に腰からハサミをさっと取り出した。
妹の無差別魅了攻撃はプロ意識など確固たる意志さえあれば弾けるのかもしれない。
ちなみに今日の妹は珍しく僕の服ではなく白くフリルのついたシャツに黒と紺色の柄がついたズボンを着て小奇麗であり、贔屓目で見ると可愛らしく纏まっている。
つまり、普段よりも魅了攻撃力は上昇中だ。
「はい、ナイスカット私。いいよぉ」
それにもめげず妹の髪を切っている店長さんには頭が下がる。
ワイヤレスイヤホンを付けた妹には店長さんの鼓舞も聞こえていないようだが、なんと勿体ない事をしているのだろう。
エリちゃんよ、こんな体育会系みたいな美容室中々見れないぞ。僕も一声からかっ……、一声応援してやらねば。
「店長、一本集中っ」
店長さんの背中に声をかけると「しゃあっ」と声が返って来る。店舗の外観も内装も従業員もオシャレな雰囲気なのに今日初めてこの美容室に訪れた人がこの光景を見たらきっと常連にはならないに違いない。
そうして──。
かれこれ一時間ほどの時間をかけヘアカット、再びのシャンプー、ヘアドライを終えた妹は鏡の前で満足そうに頷くと僕の元に近寄って来た。なんだか普段の二割増しでピカピカしているな……。キューティクル?
「どうっ?」
「可愛い可愛い」
「エリったらどんな髪型も似合っちゃう」
腰の上あたりで切りそろえられた髪をふぁさっと揺らすと、妹は入口近くの姿見に映る自分を満足そうに眺めた。カットのみで六千円と自分で払うことを考えると高く思える価格なのだが、こうも奇麗に艶が出るのであれば常連になる気持ちも分かる。
「店長さん、ありがとうございました」
アシスタントさん相手にレジで会計を済ませ、セットチェアに座りグッタリしている店長さんに声を掛けるとサムズアップがよろよろと浮上し、バタンと力尽きた。
・・・
妹と公共交通機関を利用するのも気が引けるが空港までタクシーに乗るのも勿体ない。
ええい、物は試しと帽子とマスクを着用させた妹と共に電車に乗り込み、乗り換え、モノレールゆりかもめに揺られ羽田空港へと向かうと思ったよりも目立つ事は無かったが、作り物のように煌びやかな髪は目を引くようで四度見、五度見される事は当たり前のようにあった。
「おねえちゃんっておひめさまなの?」
「そういう設定ではある」
「せってー?」
ゆりかもめの先頭車両にある先頭座席はコックピットのように進行方向正面に向いており、まるで自分が運転しているかのような光景を得られるのだが。妹はその座席の後ろ側に立ち景色を眺めていた。本当は先頭座席に座りたかったようだが、さすがの妹も親子連れを蹴散らす事は出来なかった様子。
現在は日曜午前にやっている魔法少女アニメの衣装を着ている女児に話しかけられていた。
車内は金曜日の夕方なだけあってキャリーケースが並んでおり、皆々様旅行に向かうのだと察せられる。今晩ホテルについて、明日の朝から旅行先を楽しむのだろう。
競馬場だったりを最後に地上を走っていたモノレールが地下へと潜ると妹は退屈になったのか僕の近くに戻って来た。
「なんか小さい人間に話しかけられた」
「それね、子供って言うの」
シートに座る僕の膝の上に乗ろうとする妹の尻をはたき仕方なく席を譲ると、隣に座っていた老夫婦から笑みを向けられる。この小競り合いを人様に見られるのは心苦しいものだ。
「ね。このままどっかいっちゃおうか」
「インドアの申し子が珍しい。どっか行きたいところあるの?」
「二人でならどこでもいいよ」
「と言いつつ?」
「沖縄とか。ハワイとか……南国?」
「沖縄なら、行けなくはないか」
不可能ではない提案をされるが明日も文化祭がある。
沖縄の前にアマチュアのお祭りで肩慣らしは如何でしょうと伝えると、妹は「まぁ、まだ暑いか」と納得した。暑い季節に行くからこその沖縄と思わなくもないが……。妹にも人並みに南国に憧れる感性があったようだ。妹の頭をポンと撫で出入口付近の液晶モニターを眺めると羽田空港第2ターミナルが近づいてくる。
そして──。
「最初の方に通り過ぎた天王洲アイルって駅さ。めっちゃ美少女みたいだよね」
誰しもが一度は思う事を口にした妹と共にゆりかもめを下りた。
・・・
十八時前。
地平線の切れ目にわずかに夕日の名残が滲んでいる。
空港内をウロウロとしても良かったのだが、妹に誘われ展望デッキで好みの旅客機を探す事に。
妹はベルーガという旅客機を探していたが、珍しい機種のようで中々見つからずに残念がっていた。一方の僕は普段こんなに開けたところで妹と過ごす事もないので何だか不思議な気分だ。
「エアバスでっか。あれってどう見てもバスというか……なに? バスに例えるというよりアレが他の何かの名前の元になるべきじゃないの」
「ド級のドみたいな?」
「そーそう、ドレッドノート級みたいな」
ド級の豆知識を知っているとは思わなかった。戦艦も好きなのかもしれない。
夕方の展望デッキからはまるで旅客機がライトアップされた展示品のように並んで見えるので中々に面白いが、僕よりも知識があるであろう妹は更にあれこれ呟くほど楽しんでいる。
「ねー、お土産コーナーでプラモ買っていい? 見てたら欲しくなってきた」
「エリちゃん買うだけであんまり作らないんだから完成品にしたら?」
「完成品はパッケージアートがないでしょ。そう、つまり、言うなればエリは旅客機を描いたイラストが欲しいのかもしれないね」
「いや知らんけど。というか旅客機のプラモデルはだいたい写真じゃん」
「さっき違うのありました」
綾野兄妹で不毛な議論をしていると──、二人揃ってぴくっと上空を見つめた。
すると、やがて轟音が聞こえてきて着陸姿勢を取る旅客機が見えてきた。
やたらと大きな乗り物が空から降って来る光景はさすがに迫力が違う、妹と共にその堂々たる着陸をジッと観察し息を漏らす。
しかし、なんだ。
あの飛行機、着陸する寸前、一瞬ホバリングしなかったか?
「乗ってるのルカっぽいね」
「時間的にはそろそろだっけ。迎えに行こっか」
展望デッキからターミナル内に戻り、5Fから1Fに降りる。
「ぱんぽんぱんぽーん」
アナウンス音を呟く妹と共に国内線出口で首を長くしていると……。
「礼さまーっ、エリー」
手荷物一つ持たない青い着物姿のルカが現れた。
妹はぼそっと「なんで着物? 田舎ってまだ洋服無いんだっけ」と口にしつつルカの元に駆け付けた。
「エリー、相変わらずピカピカとはしたない」
「ルカっ、田舎者なのに無理して標準語喋っちゃって、こそ練した?」
二人は手を握り合いぴょんぴょん跳ねてキャッキャしている。
「それほど髪が光っていては虫が寄ってきませんか? まるで自動販売機みたい」
「ルカは知らないだろうけど東京には動きやすい服どこでも売ってるからね。コンビニエンスストアって知ってる? 略してコンビニって言うんだけどそこでもTシャツって言うの売ってるから後で買いに行こうね」
「都会では自分で買いに行かねばならないのですね。お抱えの業者が家に来たりしないのでしょうか」
……これ会話か?
どうも言動と仕草が一致していないものの、二人ともニコニコしているのでケンカしている訳では無いのだが……。中学生のコミュニケーションって野蛮だ。
「ルカ、荷物は?」
放っておいたらいつまでも喋っていそうなので二人の間に割って入ると、ルカの雰囲気が先週見た時と少し違う事に気が付く。髪にはツヤがある上に、ほんのり化粧をしているっぽい。着ている着物もどことなく高級な雰囲気だ。
「ルカの荷物なら、うちの宅配ボックスに届いてたよ」
「そうなんだ」
「はい、事前に送らせて頂きました。それよりエリー、ルカはフードコーナーに行きとうございます」
「それなら上の方にあったよ。エリお寿司の気分だけど今日はルカに譲ってあげるね」
「でしたら。お蕎麦にしましょう。エビの天ぷらが乗っているのはあるのでしょうか」
「それくらいあるでしょ。そーいえば飛行機どうだった?」
「面白うございました。ふふっ、着陸する時などは緊張して、思わずりきんでしまいました」
「あー、なんか変な着陸だったかも。強風でも吹いたのかな。あ、見て。お店リスト出てきた」
二人とも身体をくっつけながらスマートフォンを見つめ、ターミナル内のお店をチェックしだす。どういう距離感の二人なんだ。
「……ま、いいか」
妹もルカも同年代の相手と喋れて楽しそうだ。
先行する二人から一歩離れ付いて行く事にする。結局二人は家に帰るまで終始喋っており──。
非常に目立つ二人組ながら、その姿は普通の女の子のようだった。
飛んできた回でした。
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