顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
二度目のボレロが始まる。
人の多さに緊張する事は無かったけれど廊下の隅に立っていた妹とルカは驚きと戸惑いのような目を向けてきており、偉大なる兄が学校行事に精力的に参加しているのが不思議なのだろう。
まったく、僕など協調性と愛想の良さで構成されている常識人だというのに失礼な話だ。
スネアドラムを肩に担ぎ、ドラムスティックを指の中で回す。
ボレロ隊の構成員は昨日の評判を受け数を増やしており、ギャル後輩は引き続き参加しており追加で軽音部の高田くんに魔法使い後輩までチラシを持って列に加わっている。あの二人はこういう賑やかしに参加するタイプには見えなかったから、きっとクラスメイトか先輩から圧力をかけられたのだろう。それぞれに声を掛けると高田くんは会釈を返し、魔法使い後輩は頷いた。頷くって何だよ、上司か。
「それじゃあ、いくよっ」
先頭に立つメジャーバンドを持った吹奏楽部の先輩が声を掛けると、既に何が行われるか知っている在校生たちがワっと声を上げ僕のクラスからも「礼さまー、がんばれー」と、ルカから仕入れたワードを使ったイジリ、もとい声援を受ける。
せいぜいご期待に沿えるよう頑張るとしよう。
調べたところメジャーバトンを持っている人はドラムメジャーというらしい。ドラムを叩くペースを教えてくれるとはなんと親切な存在が吹奏楽には居るのだろう。普段の僕などちょっとペースを崩そうものならまあまあ歌が上手いご友人に叱咤叱咤叱咤激励されるので自分でペースを保たなくてはならな…………そうか。
一人減ったバンドに必要なのはギターでもピアニストでもなくドラムメジャーなのかもしれない。きっと舞台上が華やかになる。もっとも決定権は僕には無いので儚い夢に過ぎない。
ちなみご友人こと清廉未羽。文化祭の事を教えると一般参加でバンドやりたいと意気込んでいたのだが、運良く仕事が入ってくれたので事なきを得た。
柚乃さんもそうだが高校生のうちから仕事を抱えていると平日も休日も無いので忙しそうだ。僕など文化祭で遊べる上に振替休日まであるのだから、平凡なスペックというのも悪くない。
と、そんなどうでもよい事を考える余裕を持ちつつ、スッと上下するメジャーバトンの動きを目で追い、脱力するように心を空にしてスネアドラムを小さな音量で叩き始める。
難しいフィルインもなければ鬼コーチも居ないので気楽なものだ。ここでラヴェルへの敬意だったり観衆への見栄だとか失敗出来ない背景でもあれば身体が硬くなるのだろうけれど僕にあるのはサービス精神のみ。スティック捌きに影響しそうな揺らぎは無さそうだ。
決められたルートを決められた通りに進むだけ。
叩き始めから終わりまで。昨日は出来なかったノーミス演奏で音楽室の前に辿り着きボレロは大団円を終えた。
周囲の観客の拍手が響き、ボレロの列に加わっていた面々が手元に残っていたチラシを捌き始めると役目の終えた太鼓係はすっかり手持無沙汰になり一歩二歩と和気藹々の場から離れていく。
「二日間、綾野にしてはよく頑張りました」
窓から差し込む日差しを避け人々を眺めていると、衣装のマントと帽子を取りつつ横浜さんが近寄ってきた。
「横浜さんも昨日ミスしたところ修正してて偉かったね」
「あ? 生意気言うな」
さして記憶にない小学校時代を含めおおよそ全ての学校行事を共にしてきた間柄だからか軽口は即座に咎められる。僕の取り扱いに精通しているのも考え物だ、遊びというものが無い。
「吹奏楽部は今日もミニコンサート?」
「そ、今日の方が昨日より長めだからミニでも無いけど。……そうだ。綾野。あんたクラスの打ち上げ来なよ?」
「……ふみゅ?」
「いや、あんたもう可愛い少年じゃないから。もしかして自認止まってる?」
「冗談じゃん」
「なんか思い出すと鬱だわ。綾野もうちの妹も昔は私より全然小さかったのに、ほんと可愛げが無くなった……じゃなくて。打ち上げ、これも人付き合いだよ?」
……打ち上げ。
休憩時間にそんな単語が聞こえた気がしていたけれど、気のせいでは無かったようだ。
しばし考え、横浜さんの耳元でこそこそ呟く。
「……ちゃんとした人とか良い人ばっかりのクラスは緊張する。あとなんか、変な人もいないしつまんない」
そう白状すると、横浜さんは咎める事も呆れる事も無く。
「つべこべ言うな」
片手で僕の両頬を掴み、そう言った。
竜の子たる僕になんと不敬な。姉の居る弟とはこのように扱われているに違いない。
「もしかしてまだ告白される気でいるの?」
「打ち上げで行ってみるとか何とか聞いちゃったの」
「人生最後のモテ期かもよ。人の好意を無下にするのはどうかと思うな僕」
「好みじゃないの。私は爽やかなスポーツマンではなく物静かで知的で色白で細身で切れ長の目の頼れる年上の男がいいの」
「それ僕?」
「綾野はお喋り、わがまま、寂しがり、人見知り、人間不信、社会不信、でもなぜか人間に関わろうとするガキ」
「……」
「あ、喰らっちゃった?」
「別に見た目ほどクールでもない女、スタイル良いとか褒められてるけど妹のサマナッツに完全に負けてる女、実のところさほど友だちいない女、今のところモテてるみたいだけどいざ付き合ったら思ってたのと違うと言われそうな女! 次女!」
「……」
横浜さんから繰り出されるジャブ、ジャブ、ストレートを避け……両者溜息。互いに薄くともそれなりに長い付き合いだ。自認はともかく客観視という意味なら十年近い知り合いの方が正確かもしれない。なので、やや喰らった。
「……打ち上げってどこでやるの?」
「お好み焼き屋だって。というか私そろそろ出番だから、ドラム回収させて」
「お店入ったら『綾野、料理得意でしょ。じゃあこのテーブルでお好み焼き作って。焦がすなよ』とか言って自然な形でお好み焼き係に任命して席に呼んでくれる?」
「自分で率先して来い」
「んえぇ」
ミニコンサートに臨む横浜さんは僕からスネアドラムを回収すると音楽室へと入って行った。
・・・
何はともあれこれで本日の学校でのタスクは消化。通りがかったラッシー屋さんでタピオカマンゴーラッシーを頼み、座れそうな場所を探し……。
五階の廊下の隅っこ、人気のない場所に辿り着くと僕が手配した休憩用の椅子が目についた。
非常階段口近くで横一列に並べられた椅子に腰を掛け、一息つく。お祭り騒ぎは好きだけれどゴミゴミしているのは苦手だ。夏祭りの会場近くにはふらっと行くも、混み合っていたら外周をぐるっと回って帰る、みたいな──。
「……かえる」
タピオカ用の太めのストローでズルズル黒い玉を吸い上げ咀嚼。
「……ズズ」
黒い玉を吸い上げていると、ふと全く関係ない事が頭に浮かぶ。
蛙だ。
この世界にはカエルという生き物がいる。
タピオカマンゴーラッシーの入ったプラスチック容器を見つめ、ユラユラ揺らす。なんだか見覚えのある造形だ。
「……」
繊細な性分でもないのでタピオカだろうがカレーだろうが派生した想像で食欲が減少する事も無いのだが──わざわざ想像する事では無いかもしれない。このもにゃもにゃとした触感のうちの一つがぷちっと弾けるような食感だったらどうしようと想像してしまうと……流石の僕も戸惑いを禁じ得ない。
隣の席にタピオカマンゴーラッシーを置き、背もたれに背中を合わせる。
廊下から、階段の下から、開いた窓の向こうから楽し気な音が聞こえてくる。思えばこの文化祭だけで知り合いが何人も増えてしまった。魔法使い後輩に軽音楽部の高田くん、吹奏楽部の何人か、ボードゲーム研究会の面々それにギャル後輩のクラスメイト。
知り合いが、増えてしまった。彼らはこの文化祭を無事最後まで楽しめるだろうか。
妹はこの文化祭を楽しめているだろうか。
廊下の窓から吹く風が強くなり、髪が揺れる。
文化祭が終わった後、いっそ大雨でも降れば打ち上げには行かなくて済むかな──。
「竜の子。なにかよからぬことを、考えておりませぬか?」
打ち上げは雨天決行なのだろうかと考えていると一人分のスリッパの音が聞こえた。顔を見ずともルカが一人でやってきた事が分かる。どうせ妹とサマナッツが合流でもして人見知りが発動したのだろう。それに、ここは上水流と比べると随分と人が多い。気疲れもあるとみた。
タピオカマンゴーラッシーを手に持ち隣の席を譲るとルカはちょこんと座った。
「エリちゃんはどうしたの?」
「サマナッツなる子が合流し、ルカは人見知りなので避難してきました」
「人間如きに情けない。それでもドラゴンか」
「ルカはドラゴンではありませぬ。如きものです」
「桐生ちゃん……?」
「それに、少々人酔いしました。それより礼さま、ルカもそのカエルの卵みたいなもの一口飲みとうございます」
「その例えで飲みたくなる事あるんだ」
ルカがタピオカマンゴーラッシーを興味深そうに見つめる。数年前からお馴染みのドリンクではあるけれど上水流までは届いていなかったのかもしれない。
「一口と言わずに買いに行こうか。今日くらいはご馳走しよう」
「礼さまにエスコートされる日が来るとは思いもしませんでした」
「あのさ、キミら……いや、いいや」
「キミらというのは?」
「ルカだけじゃなく僕が親切にするとみんな驚くから心外だって話」
「まぁ、ふふっ。それは失礼致しました。そうですね、竜の子は昔から何だかんだと人間に優しいところがあるのです」
「その何だかんだが余計なの」
手を口に当て上品に笑うルカを横目に立ちあがり腰を伸ばす。妹はサマナッツと楽しんでいるようだし僕はルカの相手をしてやろう。
スマートフォンをちらっと見れば妹から『ルカ、消えた』とメッセージが来ており、適当な返信を入力する。文化祭にお集まりの皆々様の事を考えれば妹とルカは一緒に居ない方が場が荒れないだろう。
「飲み物の他に気になる出し物はある?」
そう尋ねるとルカは懐からパンフレットを取り出しざっと眺める。
「ボードゲーム研究会と、三年生のお化け屋敷に行きとうございまする」
「目の付け所は良し。それじゃあ……」
目線を下げる。先刻まで横浜さんと喋っていたからか、休憩用椅子に座るルカは随分と小さく見えた。とても二歳差とは思えない。
「ルカ、手を繋いであげようか」
「いいのですか?」
「子供の面倒見るのは得意なんだよ僕」
「ではお言葉に甘えまする」
ルカは僕の腕にギュッと抱き着くと僕を見上げると楽しそうに微笑んだ。
……昔も、こんな風に見上げられた気がする。夏祭りだったか、川辺だったか。そもそもルカだったかも怪しい記憶だけれど──。
「ちょっとおおおっ、腕組むのは見逃せませんけどおおっ……お?」
ダダダッ!
と、廊下の反対側から駆け寄って来るジャージ姿の女が現れ……ルカの顔をジッと見つめると顎に手を当てた。
「いや、なんか血の繋がりがあるような。身辺調査でこんな子いたっけな……。あ、わかった。この子が例の上水流村の子かぁ。なるほどね。どおりで可愛い顔してるはずだわ。もしかしてこの血が好みなのかぁ? あ、ごめんね邪魔しちゃって。わたしちゃんは家族の時間は邪魔しない空気の読める女なので。あ、写真一枚いいっすか? はい、良いお写真撮れましたので後程お送り致します。では、失礼しまーす」
「待って。これも買って。写真代セットで、今日だけ特別に三千円でいいよ」
「安っす。お金は振り込んどきまーす、あざっす」
ポケットから取り出した園芸部特製お花の種セットを売りつけると、ジャージ姿の女は小走りで去って行った。相変わらず愉快な不審者だ。
「ルカ。東京にはああいうのが居るから気を付けてね」
僕を見上げ呆けているルカの眉間をつつくと、ルカの両手が僕の頬を挟んだ。
信じられないものを見た──。
そう言いたげな視線だ。
「今の綺麗な人、友だちなん?」
「恥ずかしながらまあまあ仲が良いけど。僕の沽券に関わるからルカに紹介するかは検討させて」
「そうですか……。エリーは今の方、知っていますか?」
「会った事はあったような。でもあんまり仲良くないよ。相性悪いっぽい」
「でしょうね。エリーは、今の方は許せないでしょうね」
「司法も道徳も許さないよ」
「でも……兄さまは許すんやろ?」
僕の身を案じているのだろうか。箱入りドラゴンにはやはりあの不審者は刺激が強かったようだ。安心させてやらねば。
「僕はともかく、着実に罰のタイミングは迫ってるから安心して」
「なんそれ」
「最初はスリーアウト制が導入されてたんだけど、まあ九回までは見逃そうって話」
「どんな人なん?」
「ストーカー。不審者、いずれ罰が当たる人」
「はぁ?」
「良い所もあるけどね。車も運転出来て……、車運転できる」
「お友だちにそないな言い方あかんやろ」
しかしマリリちゃんがどんな人か。僕らよく喋るわりに互いに一線引いているところあるからルカに言って語れるほどの事は…………。
「あとは、まあ、ちょっと面白い」
「せやろな。どんなもんかと思うてわざわざ来てみたらまたあんな……」
「……ふっ」
ぶつぶつと呟くルカを前に、つい噴き出してしまう。
「なに?」
「いつの間にか喋り方がさ。もしかしてルカ、急に偏差値上がった?」
「あほっ! これだから竜の子はあかん、すぐおもろいもんに釣られるんやから」
「別にさっきの人は心配するような人じゃないよ、多分」
「どうだか。あの子、身体丈夫なん? 運気は? 出身は? 仕事何しとるん? あんな兄さま、あんた懐く相手は選ばなあかんよ、なんかあったらどうするん」
「……小姑」
マリリが消えていった廊下の先を見つめる。妹だけでなくルカにまで警戒されるとは。見る人が見れば即座にわかる危険人物なのかもしれない。
「そんな事よりルカ、ボードゲーム見に行こうよ。ここのボードゲーム部ね、けっこう面白いのあって楽しいよ?」
「まったく。留火は知らんからな」
ルカは目を閉じ息を吐くと、パチリと目つきを切り替え僕を見上げた。
「礼さま。そのボドゲ部にはルカの好きそうなものはありまするか?」
「かさなるあにま~るって積みゲーがけっこう良い。それにね──」
ルカに校内をあれこれ紹介しながらボードゲーム研究会へと向かう。
血は争えないと言うけれど──ルカも『かさなるあにま~る』をいたく気に入り、しばらく遊ばせて貰った後、全塗装版かさなるあにま~るを購入した。
本当はこの回で文化祭終わるかと思っていたのですが長かったのでまだ続きます。
読んでいただきありがとうございます、いつも感想、誤字報告ありがとうございます! 高評価もぜひよろしくお願いします!
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