顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
生徒会室に寄ったり家庭科室に行ったり、僕の多いとは言えない交友関係をルカに紹介しつつ校内を巡り──。
「……さま、れい、さま」
暗く肌寒い教室。目を閉じ腕を組んで椅子に座っていると横に座っていたルカに揺すられ、小声で注意される。
「ここからが怪談の良い所。聞かねば勿体のうございまする」
「怖いの嫌なの」
ルカが興味を持った三年生の出し物の中で一番評判のお化け屋敷は非常に凝っていた。
二分割された教室の前半がお化け屋敷、もう半分が演劇風怪談という二部構成。時間がかかるもののクオリティが高く二回見たくなる──という前評判だったのだが。
これが中々に恐ろしかった。
前半のお化け屋敷パートが前振りというか、後半聞かされる怪談の解像度を上げる仕掛けが散りばめられていたのだ。
物語の舞台は江戸時代、賑やかな町人に出迎えられたと思えば血の付いた小屋やらすすり泣く女やらが現れ始め──やがて客席に案内される。
「いよいよです、子を亡くした女の執念なのです。儀式なのです」
ルカが耳元でボソボソ囁く……やめてくれ。
ストーリーはシンプル。子を亡くした母が子の亡霊を名乗る者に唆され外法に手を染め子を甦らそうという話なのだが……。最初は善人、被害者に思えた母親の過去の悪行が徐々に明らかになり因果応報の物語へとすり替わっていく。悪因悪果というやつだ。
観客が感情移入した母の視点にバイアスがかかっていたのだと気が付く頃には全て手遅れで、取り返しのつかない物語へと切り変わった瞬間に僕は目を閉じた。
ちなみにこの話、入口で貰ったパンフレットで見たところ会長さまが執筆したらしい。
因果応報だろうと人が死ぬのも血が出るのも人が悲しんでいるのも苦手なのだが、それ以上に構成がしっかりし過ぎていて恐怖から目を逸らしてしまった。見事なものだ。
最初に明るく出迎えてくれた町人が死に、母も破滅していく。
そして何より僕の心を折るのが──。
「──」
子の亡骸役の薄っぺらい身体をした髪の長い少女が青白い化粧をされ、怪談の臨場感を煽るように口から血を流し和室を模した壁にもたれかかっており……。
あれ、うちの部長っ!
我らが園芸部部長、
僕にとってあの人のあの姿は……血の気が引くどころではない。
ただでさえ虚弱で血圧低くて鼻血出すだけで貧血起こす惰弱極まりない部長をあんな扱いにするなんて。ちょっと守銭奴で小賢しくて人をなめ腐っているだけのいい人なのに。
あの人普通に生きてるだけで死にそうなんだからもうちょっと手心を加えても……。
きっとクラスの人たちの不興を買い真っ先に屠られたんだ。
なるべく怖い話が耳に入らないように気を逸らしていると演出なのか窓ガラスがガタガタと風で揺れ、流れていたBGMが大きくなっていき、祭囃子の笛の音が不気味に広がっていく。わらべ歌みたいに、こういう本当は怖くないはずの音が怖く聞こえる演出には寒気がする。
祭囃子に紛れて子供の笑い声が聞こえる。これ、部長の声じゃなくて恐らく本当の子供の声だ。そして──。
女の発狂したような嘲笑が幕引きの合図となり……。
怪談は幕を下ろした。
後味は最悪だった。
怪談が終わり拍手と安堵の息が漏れ聞こえる。開けられたカーテンから差す日の暖かさが冷房で冷えた体を温めてくれる。はぁ、怖かった。あとでもう一回見ようかな。
とりあえずアンジェにもここ教えて感想会しないと。
「素晴らしい劇でございましたっ、子を失った女の復讐譚に思わせ……女に感情移入させてからの裏切り。呪術師の女、その強すぎる力が故の悲劇。わかりまする。ルカでしたらいっそ村を沈めたるのに」
「怪談に怪獣は出ないの」
「礼さま、この脚本の方はお知り合いではございませんか?」
「……えと、ほらあそこの賢そうな女の先輩」
「挨拶してまいりまするっ」
ルカが会長さまの元へ駆け寄っていき、僕の目は舞台セットに寄りかかったままの部長に向く。あの人、ずっと寝てたな……。薄着に何か掛けるものでもないかと考え、自分が『はもり我慢大会』の衣装を着たままだった事に気が付く。
「部長。もう終わってますよ」
「なんだ。来てたのか、
パチッとアーモンドを思わせる形の瞳と目が合い、その薄っぺらい身体の上にマントをかける。
相変わらず長いもふもふと絨毯のように広がった栗色の髪を避けつつ隣にしゃがみ込む。この貧弱極まりない痩躯こそが綾野礼のご主人なのだが、我ながら変なのと知り合う宿命を背負っているようで辟易とする。
……ま、虚弱ゆえに学校に居ない事も多いけれど、最後の文化祭には参加出来たようで何よりだ。
「お前のクラス人気みたいじゃないか。噂はかねがね。闇に乗じて種は売れたかな?」
「部長が言ってた売り方試したら何人か買ってくれましたよ」
「重畳だ。園芸部たるもの花の扱いは上手くないとな」
「部長はどうでした?」
「この少女然とした満面の笑み、不安そうな顔を駆使して存分に売り上げたとも。今年の売り上げレースも私が勝ちに違いない……と、思いだした。後輩、お前が言っていた人に会ったよ。ほら、一目でわかる不審者が来るかもと言っていただろ?」
部長は身体を起こそうとするが、腹筋が足らずに再びバタンと寝転んだ。
「ああ、茉莉花ちゃんと会いました?」
「場違いな美人だったから声を掛けてみれば生徒会からのグループメッセージにあった赤いリストバンドをつけられた要注意人物でね。これは聞きしに及ぶ茉莉花ちゃんだと確信した。隣にいたのがスコティッシュさんだろ?」
「はい、そんな感じの名前です」
あの二人が揃っている所を想像すると、確かに人目を惹くなと頷ける。妹のついでではあるけれど、せっかく来たのだからこの文化祭を楽しんでくれていれば良いけれど……。
「……そうか。安心したよ」
部長が僕を見上げ、そうこぼした。
「お前にもようやく友だちが出来た」
部長は僕の学校での交友関係を把握しているはずだが……その上での発言だった。
部長から伸ばされた手を掴み、身体を引き起こして背中を支える。
「……私もあとしばらくで卒業だ。一つ心配事が減った」
「そんな事言わず留年して下さい」
「出席日数は非常に怪しいけれどオツムの出来が良くてね。東京か京都にでも行けば、こっそり卒業させてくれるらしい」
「マスコミにリークします」
「幸か不幸か私の場合は『病弱な学生奇跡の復活。最高学府へ挑戦』と美談になるんだ。ところで後輩。そちらの子はご家族かな?」
部長と話しているとルカが戻って来ていた。手にはパンフレットと脚本が収まっており満足した様子で、僕らの視線が集まった事に気が付くと背筋を伸ばした。
「神釣留火と申します。遠縁ではありますが、兄がお世話になっております」
「これはご丁寧にどうも。私は円寿柘榴。綾野のお友だちだ。気安くザクロちゃんとでも呼んでほしい」
ルカは深々と丁寧に頭を下げ、部長は普段通り飄々としている。
二人とも小柄で日本人形と西洋人形が並んでいるみたいだが、きっちり小奇麗なルカと比べて敬愛する部長さまはいささか小汚い。まったく、部長を死体役にするとはなんたる不敬か。
「部長。口元の血のり、拭きましょうか。化粧失敗した子供みたいですよ」
「事実に基づく極めてリアルな装飾だよ」
「余計にやめて下さい」
「なら後輩に任せるよ。私は肉体労働で疲れているんだ」
「寝ていただけでしょ」
ポケットから取り出したハンドタオルで部長の口元を拭い、ぼさっと広がった長髪を手でならしていく。本当にこの部長は手がかかる。まったく。
「……なにこれ。兄さま、メロついとるの?」
「メロ……なに?」
ルカの世迷言に構っている場合ではない。うちの部長の気の抜けた姿など余人に晒して良いものでは無いのだ。部長の身なりを手早く整える。
「話戻りますけど仮に進学するにしても部長は生活力も生命力も無いんだから近所の東大にしてください。どうしてもと言うなら送り迎えくらいならします」
「お前はうちの親と同じ事を言うな……。私も華の大学生活、盆地で四畳半での神話的一人暮らしには憧れがあるんだが。そんなに心配か?」
「心配ではないけど。でも、安否は気にかかるので念のため僕も西のNSCに転校する事にします」
「後輩には東のお笑いの方が向いていると思うが。というか、付いてくるわりに若干距離がないかそれ……」
「神戸の田舎から通います」
「……はぁ。わかった。可愛い後輩のおねだりだ。それなりに尊重しよう」
送り迎えは、うちの二人乗り自転車もあるけれど部長にペダルを漕がせるわけにはいかないし……自転車に子供用の座席取り付ければいいか。
「ただ。一つ、都内進学の条件として。私は一度バイクという乗り物に乗ってみたい」
「バイク……危ないですよ?」
「送り迎えではなく経験としてね。走るのは、そうだな、北海道あたりで熊以外いないような安全な直線でいい」
「それ危険の最たる例」
部長がまさかバイクに興味があるとは。
そんな僕の考えが眼差しから溢れていたのか、部長は補足するように目元を和らげた。
「北海道ツーリング。入院時代の憧れなんだ。お前が七月にツーリングしたという話すごく羨ましかった」
「なら……すぐに免許取りに行きますけど」
「いつか、でいい。それより後輩。いつまでも私に構っていないでルカさんを案内してあげなさい」
部長の目がルカに向けられる。ルカは興味深そうに僕らを見下ろすだけで退屈している様子は無かったけれど……部長が言うのであればそのようにしよう。
「保健室まで運びましょうか?」
「これで最近は調子が良いんだ。医者にも外に出て体力をつけなさいと言われるほどでね、あまり甘やかしてくれるな」
「とりあえず身体冷えてるから少し教室の外で温まって下さいよ?」
「はいはい」
面倒臭そうに返事をする先輩を持ち上げ、客席に座らせると──。頭をぐいと掴まれ耳元で囁かれる。
「お前は、もう少し不愛想でいい。馴染もうとするな」
「……妹が来てるんで。あと少しだけ」
他の誰の耳にも届かない、ささやかな忠言を跳ねのける。
「……それじゃあ、仕方が無いな」
労わるような視線を向ける部長を置いて教室を出ると、身体がじわっと汗ばんだ。
ホラーの演出で教室内の温度が低かったのかもしれない。
もしくは……。
僕が部長と話している所を親類縁者に見られたという気まずさで汗が溢れているのかもしれない。これまで部長を前に尻尾を振る姿は極力人目につかないようにしてきたのだが、よりにもよってというヤツだ。
「兄さまは、ああいうんが好みやんな」
そういうのでは無いというのに冷やかすような視線が突き刺さる。
「線が細くて儚げで、賢くて遊び心があって。やんな」
「その、やんなって言うの止めてくれる?」
「でも身体弱いのは嫌、やんな?」
「だから、やんなって言うの止めて。あの人はただ、僕が学校に来る理由を作ったってだけの人。それ以上ではないよ」
「理由?」
「雑草抜きと水やり」
授業をさぼって帰ろうとした時にかけられた些細な一言が意味を持つ事もある。
ただそれだけの話だ。
「ふーん。これ、誰かに話してええの?」
「だめ。でも、まあ、ルカと──覗き見していた妹には見られて良かったかもしれない」
「……エリィ?」
「キミらに、僕の世界を見せられて良かった。あれこれ巡って、けっこう楽しそうに見えたでしょ?」
廊下の曲がり角からこちらをひょっこり覗く妹とサマナッツの元へ向かい、妹の鼻先にトンと触れる。
妹は戸惑うような、ムッとしたような、知らないものを見るような──。おおよそ不思議なモノを見る目で僕を見上げている。
そんな妹とサマナッツの背中を押し階段を下りていく。
妹とも少しはこの文化祭を回ってやろうという、細やかな心配りというやつだ。
せめて文化祭が終わるまでは──。
周囲からは賑やかで楽しそうな音が聞こえてくる。
静けさの中には程よい疲労感が漂っている。
そんな世界を、見せていく。
そうして一通り文化祭を回り、程よい時間になったので見送りがてら一階の玄関近くの廊下を通ると。妹がくるりと振り返った。
このまま何も言わずに帰ってくればいいというのに。もしかしたら妹なりに何か思う事があったのかもしれない。
妹の瞳と視線が重なる。
改めて。この妹は一般社会に紛れ込むには異質な存在感だ──が。
それでもやはり、妹は充分にこちらで生きていけるように思えた。もしかしたら僕が、必要以上にその異質さを捉えすぎているだけなのかもしれない。
少なくとも妹は、心からこちらの世界を楽しむ才能がある。
「レーは、学校、楽しい?」
その眼で問われると、すぐには嘘が出てこない。
「そりゃあもちろん──」
・・・
去っていく妹達の背中を見送る。
妹の単純な質問を前に、僕は何と答えたっけ。……どちらにせよ、あの子が良い思い出を作れたのであれば僕が妹から奪った『普通』を一つ返せたかもしれない。
「…………はぁ」
周囲の不愉快な喧騒から逃れるように校舎裏へと移動し、休憩用の椅子に座り込むと──貼りに貼って更に塗り固めた文化祭特別仕様の僕がいよいよ崩れるのを感じた
見知った横浜さんあたりは勘づいていたかもしれない。部長にしてもそうだ。
酒は適量なら良いけれど飲み過ぎたら吐いてしまう──みたいな。
ある意味では、飲み過ぎてしまったような吐き気。
水龍だネッシーだ蟒蛇に名を連ねる者としては恥ずかしい限りだがつまりはもう限界が近い。
この喧騒──、楽しく賑やかな空気で気分が悪い。
ここは、僕の居るべき世界ではない。
『レーは、学校、楽しい?』
反芻。
まさか。
ここは少し愛想良くするだけでどんどん知り合いが増えていって、勝手に重くなって不自由になる嫌な場所だ。
楽しい訳が無い。
これが楽しいだなんて……困る。
この優しい世界は何の意味も無く崩れるのだから、夢を見せられては困る。
この『綾野礼』の原風景は安らぎと楽しさが容易く崩れる瞬間を切り取ったもの。
期待をさせられては困る。
そんな自分の世界にようやく折り合いをつけたここ最近だが、根柢の恐れは消えなかった。消えるどころか、どこの誰が、いつ壊れるとも知れないモノを大事にするんだ。大事に抱えるものが増える程、不安が増す。
この空気に馴染もうとするほど住んでいる世界が違うのだとまざまざと見せつけられた。
割れた食器は、元通りにはならなかった。
昨日の帰り道に見たあの親子が、脳裏から離れない。あの、運よく幸せなだけの親子が──。
エリちゃん。キミたちに
どうせ何の意味も価値もないようなタイミングで砕けるとだけ、信じている。
それにルカ。お前は生まれた意味がどうとか言ってこちらに来たけれど。
人間に生まれた意味なんて無いよ。
……いや、訂正。お前には、あるだろう。でも何の意味も無く死ぬ人もいる。
何の意味も無く生まれ死ぬ人、なんと哀れだろう。ニュースに出て来るだろう、ただ数字としてだけ消えていく哀れな人間。
だから、意味なんてあってはならない。
なんの天稟も持たず生まれた奴はあっさり僕の前から居なくなってしまう。
だから……特別じゃ無い奴は嫌いだ。平凡な奴は嫌いだ。
こんな普通の学校に居る奴なんて皆普通に決まっている、皆──みんな、大好きなのに。
無価値と評さねば、息苦しい。
だから。
……だから、これまで通り名も無き学校の名も無き人々に戻ってくれ。
「──でもエリなら、僕よりもっと楽しいはずだよ」
先程妹に返した言葉を口の中で呟く。
エリちゃん、僕はキミならきっとこの世界に住めると信じている。だから、見て欲しかった。もしこれでキミの世界が広がるのなら、それはこの上ない喜びだ。
この世界。僕はもう、充分楽しませて貰った。
僕にはもう、充分だ。
もう、充分。
だから人間に紛れた竜の子は森に帰ります。川に還ります。僕が在るべき地の底に沈みます。
贅沢は言いません。祠にはドラムとオモチャとポケットラジオと切手の貼られた手紙と鉛筆と話し相手を供えてください。出来ればパソコンもください。真野先輩と部長は週に一回僕の様子を見に来てください。一日おきでもいいです。
「……癇癪はあかんよ。あんたが泣くと頭痛がするんやから」
いつの間にか戻ってきた留火の声が耳に届く。
顔を上げその顔を見れば、無性に気分が落ち着くような感覚があった。同類、同胞、人の群れには馴染まない異物。
「最近はなんだか楽しくて。文化祭もさ、けっこう楽しみで、楽しかったから。明るく楽しい『綾野礼』を頑張り過ぎたから……ちょっと疲れた。僕には過ぎた贅沢でした」
閉店ガラガラ。
それでは今回知り合った皆さまさようなら。
この時より、綾野礼は文化祭特別仕様から通常仕様に戻らせて貰います。