顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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おかえり、綾野礼 2

 

 母、夏生に連れられて行く上水流村での川遊びが好きだった。

 川に近づくと魚がバシャバシャと慌てふためくのが面白かった。水面に寝転び流されていくのも楽しかった。爺ちゃんが垂らした疑似餌を水の中で見るのも楽しかった。疑似餌はキラキラと綺麗で、テンション上がる。尻尾が生えていたら振っていた。

 神釣に留火が生まれてからは、なんだか水遊びが以前より苦手になっていた。具体的な記憶は薄いけれど、こう、自分より上位の存在が出てきて自重したようなものだと今では思う。怖かったのだ。

 でも、その上で留火という自分と似たような大きさの人間が物珍しくて嬉しかった。

 それからしばらくの時間が過ぎて。

 上水流に遊びに来ると夏生はフィールドワークと言って歩けるようになった留火と僕を連れてあちこち探検しては写真を撮ったりした。留火は当時から言葉が達者で大人びたところがあったので、幼い僕からすると理解出来ない難しい話を夏生としていた。

記憶を深掘れば……留火の方が夏生に何か教えていたような気がする。僕は大人しく二人の後を付いて歩いた。犬の散歩みたいなもので僕は上水流を歩くだけで楽しかったが、今思うと夏生は自分のルーツに興味があったのかもしれない。実際、龍神信仰のある村に関わりある血筋というのは面白くはある。

 神を釣り上げた一族。

 なんだか作られた物語過ぎる気がする上に僕と留火の祖先がそんなちゃんとした記録など残さないだろうけれど。

 ──ペラ、と古めかしい紐綴じの古文書をめくる。

書体が古い上に達筆で読み取れる情報が少ない。

 

「……もう少し古文の勉強しておけば良かったな」

「れーたん。もみじとえほんよも」

「キミはお風呂でしょ」

「や」

 

 文化祭及び打ち上げ及びルカ、妹、東京都から逃亡した綾野礼(17)は現在新神戸からしばらく車に乗らねば辿り着かないとある武家屋敷の客間で寝転がっていた。

 家出という見方も出来るかもしれない。神釣家の人々は驚きながらもあっさり家に迎え入れてくれ夕飯を用意してくれ──今に至る。

 暇つぶしかつ現実逃避がてら倉庫にあった古めの雑誌を引っ張り出し畳の上でペラペラページをめくるも、内容はいまいち理解出来ない。

 

「おそらに、りゅーが、おいまちた」

「……い、じゃなくて、り、ね」

「おり、まち、た」

「そんな感じ」

 

 絵本は何度も読まれた痕跡がある。紅葉ボーイのお気に入りなのだろう。

 ちらりと横目で絵本の中を見る。

 妙に見覚えがある上手くは無いが味わい深い絵柄。子供の頃に見たような……。

 紅葉ボーイの音読に添削を加えていると障子戸が開く。

 

「よう出来とるやろそれ。ねぇね、やのうてルカが描いて製本して貰ったんよ。ほらー紅葉、お風呂入ろ」

「や。……やぁっ! れーたんといるっ、やぁぁぁ……」

 

 承子おばさんに抱えられ騒がしいのが去っていき、視線が絵本に移る。

 製本とはまた豪華な事だけれど、ルカの事だ。弟の為に張り切って用意したのだろう。

 興味が湧き、絵本のページをめくる。

 遥か空に悠々と浮かぶ大小二匹の竜。

その片割れ、小さな竜が大地に降りる描写から物語が始まる。

 大地に降りた竜は雨雲と暴風を纏い、人間の村々を襲い遊んでいたが──。

そこにさっそうと現れた着物を着た少女に一方的にゴツンと調伏されて地に落ちた。

 

「乱暴だ……」

 

 それになんだか無性に腹立たしい。

 絵本を読み進めていく。

 少女は強い力を持っているようで、竜どころか土蜘蛛、鬼、鵺、ゴジラ、たぬき、あらゆる妖怪変化を倒し倒し時には滅ぼし、それはもう鱗に震えが走るほど恐ろしかった。

 てっきり竜が主役の物語かと思えば、どちらかと言えば少女の冒険譚の様相。

 日本の歴史では度々女傑と呼ばれる女性が活躍するが、メイドバイ神釣留火のコレもそういう物語らしい。

 何ページか妖怪怪獣大決戦が繰り広げられ、ようやく少女は村に戻る。

 村では冒頭でしばかれた竜が川に浸かっており、たまに少女の言う通り雨を降らせ過ごしていた。

 竜は少女が怖かったに違いない。

 そんなある日、少女も成長し──一人の女として恋をした。

相手は村のほっそりとした小器用な男だった。

 

「恋愛パートあるんだ……」

 

 何ページか川や森、スカイツリーや原宿でのデートが描かれる。……何か時代背景がブレはしたものの、それはもう幸せそうに見えた。

 しかし。

女は子を宿す事は無かった。宿しても、流れてしまったようにも見える。

他の村人が子を成す傍ら、女はそれを見つめるだけだった。

 文字には書いていないが、絵から女の強すぎる力が原因のように受け取れた。

 川に身を浸す女は小舟を浮かべ、流れていく小舟を見送っている。

 以来、女はたびたび川を訪れ、旦那の作った疑似餌を握りしめ、川を眺めた。

 そして竜は、その女をじっと眺め、哀れんだ。

 

「『おんな、それはさておき、そのきれいなさかなをおれにくれ。さすれば、ねがいをかなえよう』」

 

 ……一応、哀れんでいたはずだ。

 だがその上で竜は女よりも女の持つその綺麗な細工の施された疑似餌が気になって仕方がなかった。

 絵本に描かれる竜はどうにも間抜けな顔をしており、この偉大なる──ん? いや、竜という強大な生物として描くにはいささか不敬にすら思える。舌を出し、よだれを垂らし、尻尾を振る竜はそれはもう飼い犬の如き情けの無い姿で眩暈がする。竜たるもの、もっとこう、あるだろ。

 ページをめくる。

 竜が女に、女の腹に溶け込むような絵だった。

 

「……」

 

 ページをめくる。

 腹を大きくした女がやさしく微笑んでいた。

 ページをめくる。

 女によく似た女の子が生まれていた。

 ページをめくる。

 竜を、水龍を模した像が作られていた。長い時を経て、信仰されるようになった描写だろうか……。

 

「──こうしてもみじのすむ、むらがつくられたのです。めでたし、めでたし」

 

 絵本には何か教訓めいたものが描かれているものだと認識しているが、この本は竜なり土蜘蛛なり妖怪のような大怪獣と戦うアクション性に重きが置かれているようだ。あの紅葉ボーイであれば喜ぶだろう。

 しいてこの絵本から受ける教訓を考えるのならば──。

不用意に自分の住処から離れず、大人しくしていれば、痛い目を見ない……かな。

 僕も、夏生も、ずっとこの村に居れば良かったのに。

 絵本を閉じ息をつく。

 ルカ制作の物語は僕が何となく知っているこの村の話とは少し違ったようだけれど、ルカの方が冒険譚としては派手で面白かったように思う。

 神を釣り上げたどころか殴り倒していたけれど、事実は小説より奇なりという言葉があるように……。いや、この場合は小説より現実は奇なりか。

 

「……ん?」

 

 混乱して来た。

 頭の奥が妙にむず痒いというか、ルカの物語の方に信憑性を感じているようだ。

 風呂場の方から聞こえる紅葉ボーイの泣き声を聞きつつ仰向けになり、天井を見上げ改めて絵本を開く。

 改めて──弟の為に丁寧に描かれた、良い絵本だ。

 神釣の女は昔から強かったらしい。その上、竜まで取り込んでしまえば最強というか、設定盛り過ぎで清々しい。

 ページをめくり、女が川に浸かっている場面を眺める。

 ……もう一つ教訓を見つけた。

 どれほど強い力を持っていようと叶わない無情がある。か弱い人間の手細工が結果的に竜を手懐け、村の繁栄に繋がったようにも読める。

 

「繁栄は、してないな」

 

 むしろ衰退している。神釣の女傑の英雄譚の末路。

 親しくも恐ろしいドラゴン娘に出涸らしのご子息に品行方正の僕。どんな力を持っていようとも、いずれは。

 

「れーたんっあそぼっ」

 

 風呂上がりのべちゃっと暖かい塊に抱き着かれる。

 パジャマを着ているがまだ微妙に濡れているじゃないか。

 

「紅葉待ち、もう、そないにぃにのこと好きなん? なんやそういうフェロモンでも出とるんやろか。な、礼くん」

 

 やや濡れた半袖シャツ姿の承子おばさんが現れる。自分が風呂に入る前、先に紅葉ボーイだけ風呂に入れたのだろう。

 

「……まぁ、神釣の人間は僕のこと好きなんで」

「言うわ。ほな、あとはよろしゅう。水龍さま」

「え」

「歯、磨いてあげてな」

 

 承子おばさんは障子戸を閉じ、無情にも去って行った。

 客間の中には僕と二歳児だけが取り残される。勝手なイメージだとこの年頃の子供は他の何よりお母さんが好きなイメージがあり、お母さんが離れたら泣き出すものだと思っていたのだが……。

 紅葉ボーイは承子おばさんを追う気配もなく、僕にくっついている。

 

「……紅葉きゅん。なんで僕のとこ来るの?」

「なんでー?」

「お母さんの方が、好きじゃないの?」

「ねぇねみたいなの、れーたん」

「……」

 

 質問の答えになっていない上に嬉しくない感想を受け、紅葉ボーイを抱き上げグルグルと回す。

 物としては重いけれど人間としてみたらあまりにも軽い。

 キャッキャと喜ぶその姿はあまりにも無防備で、生きているのが奇跡のようで、ひどく恐ろしい。やはり、子供というのも好きじゃない。

 グルグルと回るのを止め、紅葉を掲げ見上げると、不意にその幼い顔が揺らいで見えた。

 ……きっと僕が急に手を放すなど思いもしないのだろう。

 ……障子の向こうに消えた母は、すぐに会える存在なのだろう。

 

「れーたん。いたいの?」

 

 小さな手に撫でられる。

 不愉快だった。

 暗雲を思わせる髪ではない、照明に透ける茶色味がかった細い子供の髪。雷雨の前触れのような暗灰色とは無縁のまんまると愛らしい瞳。

 神釣とは思えない……普通の子。浅はかな上っ面の持論を持ち出せば、無意味に産まれた人間。

 その顔を、じっと見つめる。

 留火にも、大ばあさまにも、そして僕にもまるで似ていない。

 

「れーたん? うう、うぇ」

 

 押し黙る僕を前に不安になったのか、紅葉の目に見る見るうちに涙が浮かびポロっと落ちた涙が僕の顔に落ち、掲げるように持ち上げていた紅葉を壊れないように抱きしめる。その体温の高さに鳥肌が立ったけれど、嫌な感じではなかった。

 

「……まったく、こんなことで泣かないでよ。大丈夫…………そうじゃない。そんなこと、……あるわけがないのに」

 

 ここに在る。それだけを望む。

 僕は夏生と一緒に死にたかったけれど、夏生は、そうではなかったのだろうと腑に落ちる。

 何か呪いのような願いでも使命でも告げてくれれば楽だったろうに──。

 紅葉の小さな手が僕の頬に触れる。自我があるかも怪しい瞳はあまりに無垢で、鏡のように僕の顔を映した。

 そう、こんな感じで、夏生は目に焼き付けるように僕を見て音にならない言葉だけを残した。

 たぶん、きゃわいい、とでも言っていたのだろう。夏生は、軽い性格だった。

 

「紅葉。ちみは……。じつに愛らしい」

「あいしい?」

「普通のキミが大好きってこと」

 

・・・

 

 爺ちゃんと紅葉と共に武家屋敷の裏に回り、ハチミツを木に塗ってカブトムシが集まらないかと試したり。

 近くの川に行って渓流釣りを楽しもうとしたら魚が飛び跳ね過ぎて、ただの水遊びをしたり。

 新神戸にあるハーブ園でロープウェイに乗ったり。

 異人館という異国情緒溢れる観光地を巡ったり。

 大ばあさまのコレクションの怪獣映画を神釣家の面々と鑑賞したり──。

 そんな日々を過ごしていると。

 

「別にうちはええんやけど。礼くん、そろそろ帰らんでええの?」

 

 大テーブルに集まり神釣家の面々と朝食をとっていると、おかわりの白米をよそってくれた承子おばさんにそんな事を言われた。

 頭の中にカレンダーを思い浮かべ、数を数える。

 どうやら僕が現実世界から脱走して六日ほどが経過しているようだ。

 我ながら田舎生活を満喫しているというか図々しいというか、承子おばさんの言う事ももっともである。

 

「まあ仕事の最中に紅葉の相手してくれて助かるし、礼くんが居たいならいつまでも居てくれていいけどね。ルカはルカで帰ってきそうにないし」

 

 恵介おじさんは呑気な様子で、その他の面々も同じような様子だ。

 僕は僕でアレだが、ルカも東京生活を満喫しているらしい。あいつ、学校の出席日数とか考えて無いのかな。いくら後は卒業するだけの三年生とはいえ学校をサボるのは良くないだろうに。

 

「……礼。お前、こっち帰って来てから調子はどうや」

 

 鮭の切り身に箸を伸ばすと上座の大婆さまから声がかかる。

 調子というなら絶好調。気分も晴れやかで我ながら起き上がりこぼしのようなへこたれない図太いメンタルで感心する程だ。

 この竜の化身たる綾野礼。やや繊細な部分はあるものの愛情たっぷり受けて育ったので立ち直りはそこらのメンヘラとは一線を画すレベルで早い。なんなら、上水流に来るどころか羽田空港について空に飛んだ時点で気持ち自体は晴れつつあったのだが……。

 いささか思い切りが良過ぎたかもしれない。

 約一週間ほど姿を消した結果、何人からチクチク言葉を受けるか想像するのも恐ろしい。バイトも休んだ。清廉との練習もすっぽかした。アンジェの英会話レッスンもさぼった。柚乃さんとのマイ・クラは大ばあさまのパソコンを借りて楽しんだ。

 なんだか帰るのが怖くなってきた。

 

「けほっ、けほっ、調子悪くなってきたしもう少しここで遊ん、休んでもいいかも」

「せやのうて、こう、何となくで大雨降らせたくならんか?」

「いや? そんなこと思わない、というか思っても降るわけないじゃん」

「……」

「降る訳ないじゃん」

 

 訝しむような視線が四方から向けられる。

 僕が先週の土曜の夜に上水流に到着した頃は随分と天気が荒れていたけれど、ここ数日は眩しいほどの快晴で暑いほどだ。

 大雨ねぇ。

 そう言われると──。

 

「あかんぞ。降るかなぁやない」

「いや僕って最近妙に竜の子の自覚は芽生えてきたものの実のところネッシー説あるから。残念ながらか弱きパチモンなの。あまごいは覚えて無いの」

 

 これで綾野雨竜とか竜弦とかヴリトラとかリヴァイアサンとでも名付けられていたらその気にもなるけれど。所詮作り物の都市伝説……。少なくとも意のまま気のまま暴風纏う、あの絵本のドラゴンでは無い。せいぜい見かけたらちょっと嬉しいUMAくらいの異常性しか持ち合わせていない。

 ……そう。

 正直なところ、多少は、変わったところはあるとそろそろ認めた方が良いかもしれないけれど。

 それでも──。ソレに価値があるとは思えない。

 さほど好きでもない現実の方に……愛着をおぼえている。

 

「名は体を成す……夏生の慧眼に感謝やな」

 

 大ばあさまはため息と共に気の抜けたような笑みを浮かべた。

 そしてテレビのリモコンを握ると、ピッと電源を付ける。

 

『こちら汐留からお送りしております。現在関東地方は連日の強風と雨に見舞われており非常に不安定な気候となっており立っているのも──』

 

 画面には防災ヘルメットとビニール傘を持つリポーターの姿。

 雨はそれほどに見えるがとにかく風が強いようで大変そ──。

 

『あ、エリィ。はじまりました、テレビ中継でございまするっ』

 ぶふっ、と恵介おじさんが咳き込む音が聞こえた。

 

「ねぇね!」

「ほんまやねぇ。可愛い服着て羽伸ばせてるみたいで安心したわ。ほら恵介、録画せな」

「え、あ、うん」

 

 朝っぱらからニュース番組の生中継にチラッと映り込むのは神釣留火。

 着物姿とは縁遠いすっかり東京の女子中学生らしい装いで──傘をさす事も無く濡れる事も無く、画面の端っこでピースサインと笑顔を向けておられる。

 その表情には嘘偽りなく、楽しさが浮かんでいる。きっとニュースを見る殆どの人には暇な子供が映り込んでいるようにしか見えないだろう。

 でも……。

 

「ほな、礼。そろそろ帰って、嬉しょん振りまいとる留火を連れ戻してくれや」




 
 ※この物語は八月半ばの関東を揶揄するものではありません、の回でした。
 読んでいただきありがとうございます、いつも感想、誤字報告ありがとうございます! 高評価もぜひよろしくお願いします!
 リオネット家のyoutubeチャンネル→ https://x.gd/Q9kC3
 作者のX→ https://x.com/hkrkwmsg
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