顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
夢のような世界の終わり。浮かれた旅路の終着駅。
女の目の前に立つと、そんな気分になった。生まれてこの方──いや、死に損なってからずっと縁遠かった感覚に不自由を覚える。
どこに属するでもない浮遊感が失われてしまった。透明な壁が失われてしまった。初めて、人間と目があったような──真っすぐに正面から見られたような気がした。
面影を探すような目でも、哀れむような目でも、見守るような目でもなく。
ただ僕という存在を真っすぐと見つめる目。
その眼差しに自分が映ると、自分がこの世界の住人になれたような気がした。地に足がついたというよりは押し倒された形なのだが──。
安堵してしまった。
赦されたような気がしてしまった。
僕の悲しみなど何も知らない人間に──好かれてみたかったのだ。
哀れであることで愛されてきた。それが当たり前で、自分がそのような存在であるばかりに本来妹が受けるべき母からの愛情を奪ってきた。
いつだったかの冬、妹が家出した理由が忘れられない。
おかーさんから抱きしめられたい、そんなクリスマスの願い事は叶わなかった。
自分が求めてやまないものを──妹から奪っていた。
母は妹を愛してはいなかった──とは今では思わないが、母は妹への向き合い方を知らなかったし、より分かりやすく哀れだった僕を自分に重ね大いに可愛がった。
それが、当たり前だった。
その不自然に気が付いた日、あまりにも卑しい自分を嫌悪した。
……そんな僕を、だ。
目の前の女はどうやらお気に召し、ご執心らしい。
これはえらい女に目をつけられてしまったものだと恐れ慄き、なんと見る目のない奴なのだと呆れ、これほど変な人間はそう居ないと……笑った。
この世に二人と居ない度し難さ。余談だが悪魔とは、……時に竜に喩えられるらしい。
「わ、めっちゃ濡れてるじゃん。もしかして、わたしちゃんに会いたくて急いで来た感じかな。かなかな?」
小雨降る橋の上で、紺色の傘をさした霧江茉莉花の目がまっすぐ僕を見つけた。急ぐどころか身体を動かさず川に流されてきただけなのだが、コクリと頷いてみれば霧江──マリリは表情をパっと輝かせて白い歯を覗かせた。
さして好みの顔でもないのだが。冷房の効き過ぎた部屋から出た時に感じる不愉快さの奥にある安心感のようななものを……不本意ながら勝手に受け取ってしまう。
自分──。
僕は自分というものが未だによくわからないけれど。
この目に映る自分には安心出来る。
余計な設定なり情報なりが加算されていない、ただ愚者であった綾野礼だけが映っているような気がする。
最初にマリリに目を付けられたのは……僕が深夜ラジオに送ったメールが原因だったと言っていたっけ。我ながら痛恨のミスだ。大事に育てられ過ぎた箱入り息子だったので世間にこんなのが居るとは思いもしなかったのだ。
……でも。それで良かった。
不思議生物共がいる変な世界だろうと、陰気な修道女や灼熱の歌姫がいる普通の世界だろうと。
この悪魔の手の届く──この悪魔の目の届く範囲であれば、そこが居場所でいい。
「マリリ、車変えた?」
「あれは吉野。諸事情ありまして、車種変中」
少し離れたところに停まっていた乗用車にマリリが手を振るとハザードランプが点滅する。僕も車の中に入れて欲しいものの、びしょ濡れで隅田川の香りを身に纏っている可能性がある僕が乗り込むのは流石に悪い気がしたので催促はせず、マリリのシチュエーション作りに付き合う。
きっと雨の中で話したい気分なのだろう。
マリリとは文化祭の時にチラッと会いはしたものの、こうして面と向かって二人きりで会うのは久しぶりの気がする。
「というか礼きゅん、傘は?」
「さっきまで必要なかったんだけど、マリリの近くに来たら……」
「人を雨女みたいに言わないでよ。ほら。……。ほら。……。ほーらっ」
自分の傘に僕を入れようとするマリリから一歩、また一歩と離れていく。
べつに近くに居たいわけではないのだ。
「というか、わざわざ呼び出して何の用?」
「……まあ、さすがに気になるか。あのね。何と言いますか。それなりにわたくしごとと言いますか。別に礼きゅんには関係のない話ではあるものの。ちょっと聞いてほしいな、みたいな」
らしくなく歯切れの悪い、まるで普通の女みたいな事を言う奴だな。
と、思うような奴だと思われがちな僕なのだが実のところは──その通りなのである。やれやれしばらく会わない内につまらない人間になり果ててしまって。可愛がっている親戚をほっぽり出して来たのだからそれなりに楽しませてほしいものだ。
と、そんな思念が伝わったのか傘の下のマリリは口角を引きつらせる。
「いやとっておきの爆笑ネタ用意してるんだろうなじゃ無いのよ。というか外でするような話でも外に出ている場合じゃ無いんだけど。なんだかもう……良い雨だったから」
「ポエム始まる?」
「はじまりません。わたしにだってちょっとした悩みを聞いてほしい、そんな殊勝で健気なタイミングがあるの。真面目に聞いてね? こんな気分、滅多にないんだから」
見慣れない表情のマリリが傘をくるりと回す。
どうせ大した事でもなく、体重が増えたとか文化祭で撮った写真をプリントアウトしましたとかそういう──。
「わたしちゃん、週刊誌に撮られて身バレしちゃった」
「やったぁっ!」
真実味のある告白を受け、とっさに最大級の喜びが出てしまった。
「……は?」
マリリから困惑の声が出たが──わぁっ!
受験合格で大げさに喜ぶ人みたいに両手を口に当てた後、拍手をしてしまう。 わぁっ凄い、凄い! たった一言でここまで嬉しい気持ちになったのは初めてだ。やったぁっ! 落ちる小雨の一粒一粒が街灯の光を映し、少女マンガのワンシーンのように世界が煌めいて見える。
凄いっ! 世の中でこんなに盛者必衰信賞必罰を体現するバカ者がいるんだ!
「っ、ありがとう、僕、こんなに嬉しい気持ちになったの初めてだ」
思わず傘を握るその手を満面の笑みで握ってしまう。
雨に濡れた冷たい手だった。心で感情を制御する前に笑い声が溢れてしまう。
「ふ、あはは、はははっ、はははははっ! やったあ、いつかこうなれと思ってたんだ、ふ、はははははっ、わーい!」
わくわくが止まらない。両手を上げて大喜び。
こいつはどこまで面白い奴なのだろう。身内が週刊誌に撮られるだなんてそうそう経験出来る事じゃない。それがしかも盗撮魔のストーカーがこうなるとは因果応報と言う他あるまい。
はははっ──。
「ざまあ、みーろっ、いんがおーほーっ」
手拍子をして煽り始め、マリリの周囲をクルクルと回ってしまう。
「ねぇ、今どんな気持ちなの? ははっ、間抜け、やっぱりあんたほど愉快な奴も居ないな。ふふ、ははは、せいぜい悪魔らしく地獄の底で反省するんだな」
やっぱり。
こいつの
マリリの今の顔も面白い。滅多に見れない唖然とした顔。きっと無駄に回り過ぎる頭がオーバーフローしているのだろう。
マリリはなんだか話したいことがあるみたいな雰囲気だったけれどもういいや。今日はこの良い気分のまま帰ってしまおう。
最後に改めてマリリの目を見つめる。
やはり、見慣れない表情だ。もしかしたら不安もひとさじ紛れているかもしれない。僕としては血の気が引くほど大喜びして最高の気分ではあるものの。
その目をじっと見つめ、ため息が一つ。
……まったく、仕方が無いな。
「──あんたが
傘の下、印象よりも小柄だった身体をびしょ濡れの姿で抱きしめ、耳元で呟き、離れると不安の混じっていた表情が少し和らいだように見えた。
もちろんマリリと同じ場所に沈み慰めるなんてごめんだが…………せいぜい竜の尾を掴んでおけばいい。今や釣り上げる程の力は無いけれど、雨避け程度にはなるだろう。あんたが必要とするのであれば僕もここに留まるさ。
遠い上水流の地を思い出す。砕けた祠の代わりに乗せた人形を思い出す。
邪魔くさい石の祠──僕の楔。
「じゃあね、マリリ。自分の不安に夢中になっていてもいいけど僕は放っておいたら飛んで行っちゃう奴なんだから、手だけは離さないように。手綱を握られているうちは……仕方が無いから味方でいてあげる」
マリリのおでこを人差し指でトンと突き、離れていく。
「──あんたが僕の最優先。せいぜい上手く使ってくれ」
見上げた星空に雨の気配はもう無かった。
──竜はしずまない 完
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自称真面目な好青年、事実ふわふわしたちゃらんぽらん、綾野礼の着地点を巡る話でした。
Vtuberのプロフィール欄見たら姫とか海賊とか社畜とか魑魅魍魎がいる事だしドラゴンくらいは現実的に考えて居るよね、まさか企業が虚偽のプロフィールを乗せている訳も無いだろうし……の章でした。礼はVではない? それはそう。留火が癇癪起こしたのは礼が自分を置いて逃げて不安になっちゃったのが原因です。ごめんね、言問橋、ごめんねスカイツリー。
とても頑張って書いたので沢山高評価していただけると嬉しいです!
ハーメルンの場合はスパコンで計算した結果お気に入り数から見て☆10がおおよそ八千個から十万個はないとおかしい計算です。
七つのドラゴン高評価ボールが集まったら続きを書くかもしれません。とりあえずゲームで遊びたいので休眠します。『竜はしずまない』に長々とお付き合いいただきありがとうございました!
以下テンプレ。
読んでいただきありがとうございます、いつも感想、誤字報告ありがとうございます! 高評価もぜひよろしくお願いします!
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