顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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連休ということで連投です。先に短編を読んでいると楽しいかもしれません。


撮影日和

 三十分ほど踊っていた妹は疲れ果てたようで僕とソファの背もたれの間に挟まり寝始めた。

 さて、僕は僕で、これからどうするかなとスマートフォンを眺めていると。

 

「ん?」

 

 ピコン、と通知。悪魔のマネージャーこと吉野さんからメールが入っていた。

 家族からはSMSで連絡が来ることが多いし。学校の小林や大場、ギャル後輩だったりからはSNSでの連絡が多い。社会人って、まだメールなんだなぁ。

 件名には『例の件について』と記されている。具体的な内容が書かれていないあたりメールを開かせたいという意図が隠れている気がする。

 

『どうも、吉野です。お久しぶり。

 あ、一応お願いなんだけど、どうせマリリ案件だろ、とメール読むの止めないでほしい』

 

 そこまで読み、メールを消去しようとしていた手が止まる。

 さすが悪魔の眷属。心を読むのはお手の物らしい。続きを読み進める。

 

『本題なんだけど、先日のドッキリ動画。その収益配分に関しての連絡なんだ。スパチャの額と再生数からおおよその収益が出て、本来であれば二か月後くらいにアルバイト代としてお金を渡すことになるんだけど。今、マリリが「どうせならすぐ渡した方が喜ぶでしょ。先に渡してあげたら」と言っているんだけど。どうしようか? お返事、待ってます』

 

吉野さん経由で来るとは。もしかしてもう僕への付きまといは飽きたのかな。

 それは素晴らしい……と思ったけれど、マリリからの連絡はブロックしていたんだった。

 

「……お金か」

 

 あの放送で乱れ飛んでいたスパチャを思うに夏期講習代くらいにはなるかもしれない。

 なので早速返信。すると二分ほどでレスポンスがあった。

 

『いやぁ。早いねぇ、返信。――了解しました。振込だと明日以降になるけど、もし今日時間があれば手渡しするよ?』

 

 音声入力でもしたかのような文体に微妙な違和感を覚えつつ時間を確認。

 今から出かけてお金を受け取り、それから教会に行けば時間を有効に使える気がする。

 スッスと前向きな内容をフリック入力をすると。

 

『それじゃあ、良ければバックスターカフェにしない? ドリンクとお菓子におススメがあるんだってさ。綾野君の家からそう離れていないはずだけど。実はまだお昼ごはんこれからでさ』

 

 クロスバイクでなら直ぐに行けそうな場所の位置情報が送られてくる。ペイントパレット社の近くという事は道のりも何となく憶えているけれど……バクスタか。

 バックスターカフェ、略してバクスタ。普段は立ち寄らない、ほんのりお洒落な雰囲気の店だ。

 芸能関係者から喫茶店で現金を受け取るという絵面は若干の犯罪臭、というか揉み消し臭を感じるけど。

 ぐっ、と僕の身体をホールドする妹の腕をぺチンと叩いて立ち上がる。

 用事はさっさと済ませてしまおう。

 

・・・

 

 休日という事もあり指定されたバックスターカフェの近くは賑わっていた。普段は縁のない場所と言うこともあり少し気後れするが、それ以上に暑さが不快だった。

 

「……暑」

 

 ムシムシとした空気に汗が出る。クロスバイクを近場の駐輪場に停めて喫茶店まで戻ると、目当ての人が視界に入る。

 テラス席でアイスカフェラテを片手にホットドッグを持つ吉野さんを発見。

 通りがかる女性は吉野さんをチラっと見ては表情に花を咲かせている。長身の優男は何をしても様になるらしい。ちょっとしたドラマのワンシーンみたいだ。

 

「あ、おーい」

 

 僕を発見した吉野さんが笑顔を振りまく。

 

「お久しぶりです」

「久しぶり、綾野君は何か頼む? 好きなの言ってくれて良いよ」

 

 どうしよう。お金を貰ったら即帰ろうと思っていたけど、ちょっと喉が渇いている。

 

「飲み物くらい自分で買いますよ」

 

 店内に入りアイスコーヒーを注文。せっかくなら呪文みたいな長さの名前のドリンクに挑戦したかったけれど勇気が出なかった。見慣れないサイズ表に悩みつつ大きめのサイズを選択。見つけやすいようにテラス席に居てくれたのだろうけれど、こうも暑いと店内で涼みたい気分だ。

 アイスコーヒーを受け取り吉野さんの元へ戻る。

 

「ここ、最近改装したらしいよ。外観もお洒落になって事務所でも気になるって子が多いってマリ……茉莉花が教えてくれたんだ」

「どおりで、居心地が悪い気がしました」

「ちなみに茉莉花はさっきまで一緒だったけど、今は事務所でサインを書くのに忙しいから安心して」

 

 茉莉花と言い直したのは、一応そういう身バレみたいなのにも気を遣ったのかもしれない。芸能事務所だけあってしっかりしている。

「たまにはいいよねぇ。こういう甘いやつも。ほら、これキャラメル入ってるんだ」

 

 目の前の成人男性の飲み物はどうでも良いんですけど。

 喉が渇いていたのでストローも使わずゴクリとアイスコーヒーを飲むと、香りが良くてクリーム等が入っていなくても十分満足できる味わいだ。

 

 

「スコーンもおススメなんだってさ」

「へえ」

「新作の三種のソースが映えるとかなんとか。テイクアウトも出来るみたいだよ」

 

 雑談が始まってしまったので何ターンか会話をこなし……。

 

「吉野さん、さすがに僕も自分からお金の催促はしませんよ?」

 

 と言うと、吉野さんはクスリと笑う。

 

「ソレ、催促してないかい? いやあ、仕事柄若い女の子と喋る事はあっても男子高校生と喋る事なんてないからさ。ついね」

 

 コミュニケーション能力が有り余っているらしい。

 

「という事で、こちらをどうぞ」

「お」

 

 吉野さんはカバンからお年玉用のポチ袋を取り出すとススっとテーブルの上に置いた。

 

「中、見てもいいですか?」

 

 どうぞ、とジェスチャーをされたので遠慮なくポチ袋の中を覗くと。

 千円札……千円?

 

「あ、ちょ、そんな目をしないで。いや、理由があってさ。ちょっとボクがどうかしていたというか。ご存知だとは思うけど、先日の一件で近頃ゴタゴタしてたり案件重なったりで忙しくてさ。仕事続きで頭が回ってなくて、ってのは言い訳か。あはは」

 

 仕事続きと言うだけあって、良く見ると吉野さんの目元には薄く隈が出来ている。

 

「さすがに高校生に万札が入った分厚い封筒渡すのはマズイかなって連絡した後になって気がついたから、とりあえずそれはお気持ちということで」

 

 現金たっぷりの封筒。確かにソレを貰ったらと思うとちょっと怖いけれど。

 口ぶりから、この千円は吉野さんのポケットマネーと言ったところかな。

 

「それでポチ袋ですか」

「甥っ子に渡したのが余ってたんだ。で、これを受け取って欲しい」

 

 吉野さんはカバンからマリリが描かれたクリアファイルを取り出し、そこから一枚の用紙を僕に差し出した。

 

「ウチのタレントにも渡すやつなんだけど。そこに口座書いてくれれば送金するという事で一つ」

 

 アルバイトを始めた時もこういうの書いたっけ。

 何万くらい送られてくるのだろうか。十万とかかな。

 

「直接渡してくれてもいいし、郵送してくれてもいいから。ほんとゴメンね」

「いえ、お気になさらず。マネージャーって大変なんですね。お疲れ様です」

 

 今日の所はこの千円を英語のレッスン代と思えばいいや。

 

「ははは。気遣いが染みるなぁ」

 

 しみじみと頷く吉野さん。

 教会での勉強用にリュックを持って来ておいてよかった。貰った用紙を曲がらないように教科書の間に挟み込む。

 

「仕事ってそんなに忙しいんですか?」

「ゴタゴタ以外でも注目の業界だからね。競合他社も出て来たりしてさ。サラリーマンとしては悩ましいところではあるかな」

「なるほど」

 

 ゴクリとアイスコーヒーを飲む。

 

「もしかして興味あったりする? ウチには2Dモデルのストックも幾つかあるからすぐデビューも出来るよ?」

「2Ⅾ……。そういうのって中の人に合わせて作るんじゃないんですか?」

「昔はそうやってたけど。良くも悪くも外側には慣れるし馴染むからね。後から衣装も増やせるし。前もって色々なキャラを用意しておいた方が結果的には効率が良いってのがウチの判断かな。サムライ、忍者、天使に堕天使、魔法使い。ゲームのジョブみたいに揃ってるよ」

 

 形骸的な初期設定。エリオットが『お姫様』をやっているようなものか。

 

「僕に配信業は荷が重いですよ。シングルタスクなんで」

 

 実況しながらゲームだなんて脳の処理能力が足りなくなりそうだ。

 

「話題性は十分だと思うけどなー、同時期にデビューする子と仲良くやれればそれだけでファンもつくだろうし。というか、上手く手綱を握って欲しい子がいるんだけど」

 

 某マリリの事を言っているのだろう。

 

「そっちがメインじゃないですか」

「イエス」

「というか、あの人の手綱を取る自信なんてありませんよ」

「綾野君の前だと良い子にしてる方なんだけど」

「あれで、ですか」

「あれで、ね」

 

 吉野さんと視線が重なり「あははははははは」と二人揃って大笑い。こんなところを見られたら僕はともかく吉野さんはさぞ文句を言われる事だろう。

 テラス席の前を黒いパーカーの人が通りかかり、笑い声を抑える。

 

「最近、小さい事務所にいるって人と知り合ったので。ちょっと気になっただけです」

「あぁ……小さい事務所ねぇ」

「?」

「いや。最近増えたなと思ってさ。大人としては養成所ビジネスみたいに若者の夢と信頼を裏切るような事はしたくないなって」

 

 どうにも思う所があるらしい。

 

「配信経験者に2Ⅾモデルとアカウントだけ渡してそれっきり、みたいなのもあるみたいだし。ワンチャン跳ねれば良い、みたいな話は珍しくはないから……。デビューするならウチが良いと思うよ」

 

 最終的に勧誘された。

 

「怖そうな世界なので、デビューは無理です」

「しまった。いらない事言っちゃったか。うん、いや、でもとっても楽しい業界だからデビューだけしよ? 少しでいいから」

「嫌です」

 

 取り繕う吉野さんにノーを突き出す。

 

「今なら色んなデザインの2Ⅾモデルを選び放題っ、優しい先輩もついて来る!」

「優しくて親切で、ほんのりおかしい先輩ですか」

「それそれ!」

「嫌です」

 

 再びノーを突き出す。

 

「ですよねー。はぁ、デビルズサモナーレイが実現したらマリリのボイスも歌も取り放題になったろうになぁ」

「例え悪魔を召喚できても僕じゃ使いこなせないですよ」

「ははは、重い契約迫ってきそうだしねー」

 

 ――というかデビルズサモナーレイって何だ。

 

 話がひと段落したところで氷の入ったカップをぐらぐらと揺らす。

 アイスコーヒー、つい大きいサイズを頼んじゃったからもう少し話す時間あるな。何だかんだと勧誘はされるものの、吉野さんと話すのは悪くないし……。

 吉野さんを見れば表面のケチャップが乾きつつあるホットドッグを口にしており――すっと人影が横切る。

 

「……ここ、人通りが多くて落ち着きませんね」

 

 先ほどからテラス席の前を多くの人が行き交っている。特にあの黒いパーカーの人、何度が通りがかっているし、お洒落系SNS『ブイスタ』に上げる写真でも撮りたいのかな。

 

「茉莉花が是非この席にって教えてくれた場所なんだけど。正直、中の方が過ごしやすそうだよね。女の子は実用性よりも見栄えの方が大事ってことなのかな」

 

 店の外観は確かに綺麗で写真映えしそうだ。

 

「おしゃれは我慢みたいなやつですか」

「それそれ。映え、みたいな。ほら、店の中の子もとりあえず写真撮ってるし。ブイスタって綾野君はやってる?」

「後輩に言われてアカウントは作りましたけど全然使わないですね。僕にはスィッターが合ってるみたいです」

 

 Xitterと書いてスィッターと読む、昔からあるSNSでインドア派だったりサブカル関連の情報を集めるなら依然として人気のアプリで僕は主にコレを使っている。

 

「分かるなぁ。あ、でも意外なことに茉莉花は最近カメラ買ってたよ。大きいのと小さいの。なんだっけ、可愛い写真撮るとかなんとか。あれで意外と女子だったんだねぇ。良い感じの写真撮ってファンの方に見せたり、動画製作だったりに使ってくれればいいけど」

「あんまり可愛いもの撮る人とは思えないですけど」

「ね」

 

 身内にそう言われるとは普段からどう思われてるんだあの悪魔。

 再び黒いパーカーの人が前を通る。髪の長い女の人。帽子を深く被りマスクをつけており顔は良く見えない。この席が空くのを待っているのかもしれない。

 

「どうかした?」

「いえ、さっきから前を通る人いたんで、ここで写真でも撮りたいのかなって。ほら、あの人」

 

 僕の視線を追うように吉野さんが後ろを向く。

 

「あー、じゃあ移動しよ……ん?」

 

 吉野さんが止まる。

 

「…………あぁ」

 

 吉野さんがホットドッグを持たない手で頭を抱えた。

 

「どうしました?」

「ごめん、ちょっと待ってて」

 

 吉野さんはレジへ向かうとすぐに戻って来た。

 

「これ、あのー、良ければどうぞ。ここで使えるプリペイドカードとスコーンのセット」

「なぜ」

「お願いだから貰って欲しい。ほら、今日は手間取らせちゃったし」

「いやいや、あ……んん。じゃあ、はい、どうもです」

 

 あまりに切実な目に負けて、プリペイドカードとスコーンを受け取る。

 

「あ、でも、この店のを渡すのもどうなんだ?」

 

 アイスコーヒーをゴクリ。自問自答する吉野さんの行動の意図を考えてみる。

 

「…………あぁ」

 

 あの黒パーカーの正体に心当たりがつく。髪型で意識が逸れたものの、服装や体格はどうにも見覚えがある。そろそろガス抜きをしてやらないとまた襲われるのかもしれない。

 

 




ということで、撮影日和でした。


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