顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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曇天/冷めちゃった

 妹たちと別れた頃には日が陰り、空には気が重くなるような灰色の雲が広がっていた。

 湿った風の匂いに急かされるようにクロスバイクのペダルを踏みしめるも、アンジェ先生との約束は十七時。残念ながら少し遅刻してしまいそうだ。

 

 急いでいるとはいえ交通ルールをしっかり守り信号待ちをしていると、ドッドッドッと大型バイクのエンジン音が後ろから隣に並んだ。

 バイク。うるさいなぁと思うと同時に僅かな憧れもある。

 漠然と、将来は一人静かな場所で暮らしたいという願望があるからか、ああいう一人で長距離移動できる乗り物は魅力的だ。

 

「よっと」

 

 信号が変わり、ペダルを踏みハンドルを切る。目的地である教会まで行くのであればこのまま国道を進むよりも細い路地を突っ切った方が早い。こういう時は自転車の方が便利だけれど――。

 

「あー、降って来た」

 

 こうなってしまえば自転車もバイクも弱い。

 本格的に降り始める前にどうにか教会の前まで辿り着くと……一台のセダンが停まっていた。

 

「先生、お待ちくださいっ」

 

 教会内から響くアンジェの声と、教会から出て来た黒いロングドレスの女性に目が移る。リリーの母親、つまり僕の婆ちゃんを彷彿とさせる年頃と容姿の人だ。背が高く、白髪を綺麗に纏めている。

 

「アンジェリカ、自身の立場をお忘れですか?」

「それは……」

「よく考えなさい。では、ごきげんよう」

 

 どうやら微妙なタイミングで来てしまったらしい。僕という奴は昔からどうにも間が悪いところがある。

 門に近づいて来た女性に道を譲ると。

 

「貴方は?」

 

 冷ややかな視線、軽口の許され無さそうな声色に身が引き締まる。直感的に『偉い人』だなと察知し、言葉を選びながら口を開く。

 

「ええと。そこの先生に英語を教わっている綾野礼といいます」

「レイ、ですか。先日はキリアンを見送ってくれてありがとう。彼も懐かしい顔を見れて喜んだでしょう」

 

 キリアン……もしかしてあの爺さん神父の名前だろうか。

 改めて目の前の人を見れば、葬儀の参列者の中に居たような気もする。

 

「私はルチア・イルミナ・ブラウン。あの子の後見人です」

「あの、何かあったんですか?」

 

 アンジェは教会から出てくる様子が無い。

 

「貴方が知る必要はありません。それよりもレイ、くれぐれも教会で妙な気は起こさないように。主は見ておりますよ」

「しませんよ」

 

 少しムッとして言い返すと。

 

「その言い方、似るものですね」

「……?」

 

 ルチアさんはフッと笑うと空模様を眺めた後、セダンの後部座席に乗り込み去って行った。

 残されたのは微妙に気まずい空気だけ。一体何の話をしていたのかは不明ではあるけれど、ユーモアに富んだ笑い話をしていなかった事だけは分かる。

 僕には関係の無い問題とはいえ「今日は空気悪そうだからまた来るよ」とか「それじゃあ先生、さっそく授業をお願いします」と言うのも具合が悪そうだ。

 クロスバイクを門の内側に停めてアンジェの元へ向かうも彼女の顔色は優れない。

 

「いつもの愛想笑いをしてくれないと僕が気まずいんだけど」

「……ふふ、ではスマイルをサービスです」

 

 アンジェは胸の前で指を組むと呆れたように微笑む。

 

「深刻な問題ではありません。少なくとも今日明日の問題ではありませんから。いずれ、もしかしたらのお話をすぐに教えに来て下さったのです」

 

 具体的な話は伝えられないまま教会の中へ招かれる。

 

「先ほどの方、私の通う学校の理事長先生なのです。怖い人に見えましたか?」

「靴を揃えて脱がないと怒りそうだなとは思った」

 

 思わず背筋が伸びる感じ。身の回りにはあまりいないタイプだ。

 

「ふふ、よい観察眼です。けれど悪い方ではないのですよ。ただ……」

 

 アンジェは視線を宙に彷徨わせ、口を閉ざす。考えが纏まらないのかもしれない。

 

「ただ、そう。天使のような役割を負っているのです」

「天使?」

「メッセンジャーという意味です。主からの知らせは例え厳しくとも、そこに愛があるはずですので。礼さんはどうぞお気になさらず」

 

 アンジェは祈るように瞳を閉じる。そして、再びこちらを見た時には普段と同じ様な穏やかな微笑を浮かべていた。

 

「向こうの部屋で少々お待ちください。着替えてきます」

 

 制服姿のアンジェは堂内の左側へ向かう。どうやら向こうに私室があるらしい。

 一人取り残された堂内は外が暗く雨が降っている事もありどことなく不気味だ。古めかしく歴史を感じさせる施設というのは重厚な空気を纏い神秘的ではあるものの、改めて眺めていれば床板は割れている部分もあったりとボロさは否めない。

 改めて、アンジェはこんなところで一人暮らしているのだなと考えつつ勉強部屋の扉を開けると、テーブルの上に紅茶の入ったティーカップが二つ置かれていた。片方は半分ほど減っていてもう片方は手付かずのまま。奥の部屋の台所までティーカップを運び勉強の準備をしていると。

 

「お待たせしました。さあ、楽しい英語の時間ですよ」

 

 柔和な笑顔を浮かべたアンジェが現れる。白いブラウスとひざ丈のスカートに着替えて来たアンジェは今日も可憐だ。初めて見るアンジェの膝から目を逸らし、テーブルの上にペンとノートを広げる。

 

「今日は二話を見れるのでしょうか。楽しみですね」

 

 楽しく苦しい英語の授業の始まりだ。

 

・・・

 

「駄目です。発音が日本人みたいです。舌を弾くように、口角を上げて喋るとソレっぽい喋り方になりますよ」

「でも」

「でもは無しです」

「あのですね、先生」

「あのも無しです。共に主への祈りを綺麗な発音で唱えられるようにならなくては」

 

 言い訳は一切許されないのだった。改宗も迫られるのだった。

 授業開始から二時間半が経過。アンジェは僕の面倒を見つつ、自身の学校の課題をこなしている。

 

「私もイギリス育ちですが、どうです日本語の発音に不備がありますか?」

「ありません」

 憎たらしいほどに完璧。アンジェの顔立ちからすれば違和感をおぼえるほど彼女の日本語は滑らかだ。

 

「私の教え子であれば完璧を目指さなくては。では、最初から。字幕を見ながらで良いのでしっかり発音を意識してみましょう」

「……はい先生」

 

 アニメ、聖女様のまなざしを教材に行われる英語の授業は過酷だ。

 すっかり一話の内容も使われる単語も覚えたものの、発音というのはどうにも苦手で二話へのゴーサインが一向に出ない。……もう英語は沢山だ。別の勉強がしたい。ガレージキットを磨きたい。

 

「いつか、英語で喋ってみたい相手が出来た時に今日の勉強が役に立ちますからね」

 

 それは実感の籠った言葉だった。

 

「アンジェは日本語で喋りたい相手でもいたの?」

「そう、ですね」

 

 暗緑色の瞳と目が合う。

 

「いえ、その、それと同じくらい私の場合は英語圏から離れたかったのかも……あら」

 

 泳いだアンジェの視線は壁掛け時計を確認した。

 

「すっかり時間が過ぎてしまいました。どうしましょう、私、これから配信の予定があったのです」

「やった」

 

 これで帰れる。

 

「やった? 礼さん。まだ帰ってはなりませんよ。最後にもう一度先ほどと同じ事をしてください」

 

 もうお腹が減ったのですけど。

 

「今日はポトフを用意してあります。さ、私は夕飯の準備をしてきますがサボってはいけませんよ」

 

 カチっとポータブルDVDプレイヤーの再生ボタンを押して立ち去るアンジェを見送り、耳を塞いでいてもBGMが脳に響き始める映像を眺める。

 

 教育ママってこういう感じなのかな。

 

 我が家の放任主義に感謝しつつ、口をパクパクと動かす。

 あぁ……今なら数学と仲良くなれそうな気がする。

 

・・・

 

 たっぷり盛られたポトフをどうにか食べ終え、懺悔室の前に並ぶ長椅子に横たわり涼んでいると分厚いノートパソコンを抱きかかえてアンジェがやって来た。

 

「寝転がって、行儀が悪いですよ」

 

 基本的に良い子ちゃんであろうとする僕にとって、こうして誰かに注意されるというのは新鮮だ。姿勢を正し、アンジェの胸元を見る。

 

「……それって、ゲーミングノートパソコン?」

 

「はい。事務所からお借りしていまして、重いですけれど持ち運べるのが便利です。これならばポケットWiFiを使ってお外でも配信出来てしまうのです」

 

 先日、懺悔室に押し込まれた時も裏にはあのパソコンが繋がっていたのだろう。

 

「今日は苦難を感じる事がありましたので配信をしてスッキリしなくては。どうか質の良い苦悩が集まると嬉しいのですが」

 

 アンジェは懺悔室の中へ入る。

 

「……趣味が悪い」

「何かおっしゃいました?」

「いいえ、先生」

 

 下手な事を言って『微笑まれる』前に帰るか。

 

「見学していきませんか?」

「音が入ったらまずいでしょ」

「そうなのです? なんだか私よりも礼さんの方が配信に詳しそうですね」

「アンジェが無警戒なんだよ」

 

 アンジェの元へ向かい懺悔室の中を覗く。ノートパソコンとマイクと照明。妹の配信環境と比べると随分と簡素だ。表情のトラッキングはノートパソコン内蔵カメラでやっているのかな。

 アンジェといい妹といいアレといい、元の顔が良いのだから素顔で配信した方が人も集まる気がするものの。その辺りは身バレの危険性も多いから一概に善し悪しは分からないか。

 

「いつも配信の前はワクワクします。人の愚かさ、ささいな悩みが私を癒すのです」

 

 カチ、とノートパソコンの電源が押される。

 

「恋愛相談も?」

「私も女子高生ですので、恋バナだって好きですよ」

「後輩がラスティの配信見てるって」

「うふふ、それは喜ばしい」

「別れさせてるのが面白いってさ」

 

 改めて思う。シスター名乗るの辞めた方が良くないか?

 

「まあ。それは誤解です。うふふっ、そう、誤解なのです」

 

 含み笑いをするアンジェは随分と楽しそうだ。

 

「礼さん。私が見たいものは恋と学業、恋と夢の間で揺れる苦悩ではなく、私という苦難に抗い乗り越える愛の姿なのです。神は乗り越えられる試練しか与えないのであれば。きっとより良い答えを選び、見せてくれるはずではありませんか」

 

 僕の先生は立派だなぁ。

 

「愛、愛なのです、礼さん」

 

 モニターの中にアンジェの表情をトラッキングしたゴッズシスター☆ラスティが現れる。

 

「ここ極東においても、愛と救いがあると示して頂けないと困ります、うふふ。さあ、恋バナと日々の苦悩を聞かせていただきます」

 

 アンジェは口に手を当てクスクスと笑い、モニターに視線をおとした。

 あまり遊ばなそうに見えるアンジェの唯一の楽しみなのだとしたら邪魔するのも野暮というものだ。配信の前に戸締りをするように促し、帰宅。

 

 ――すると。

 

「せっかく頼んだフライドチキン冷めちゃった。楽しかった? お勉強」

 

 冷ややかな表情を浮かべる妹に出迎えられた。

 




十月丸々使って「翼のない天使編」を書いて、ああそろそろ梅雨も終わって夏か。と思っていましたが現実はもう冬でした。寒い。

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