顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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アイテムロスト・ルート確定

 ああ、よく寝た。すっきりとした気分で目が覚める。

 昨夜は忙しかったから随分とぐっすり眠っていたらしい。

 開けっ放しにしていた窓の向こうには青と白が半々くらいの空が見えて、洗濯物を外に干すのに良さそうな天気だ。

 ジメジメとした空気の向こうに夏が近づいているのかもしれない。

 

「ふぁ」

 

 枕元のスマートフォンで時間を確認すれば九時五分。昨日は二十三時ごろには眠くなっていたから十時間近く寝ていたらしい。

 今日の予定は十一時から十五時までバイト、十六時から英会話プリズン収監、十九時から吉野さんと焼肉店。昨日に続いて小忙しい。

 たっぷり寝たはずが一度目を閉じると二度寝しそうになるも視線の奥のタワーマンションの一室がキラリと光るのではっきりと目が覚めた。

 

「……はぁ」

 

 スマートフォンを手に取りタワーマンションの住人に通話をかける。

 

「クロスバイクは届けてくれた?」

『ごめーん朝起きたらカーテン開いてたからさ、ずっと見てた! これからバイトだっけ?』

「十時半までに持って来て。カギはポストに入れておいて。届けたら速やかに帰って出頭して」

『おっけー』

 

 充実した爽やかな目覚めに水を差された気分だ。幸先が悪いとも言い換えられるかもしれない。

 洗濯でもして気持ちを切り替えよう。

 枕カバーとシーツを剥ぎ、隣の部屋で寝ている妹の枕カバーとシーツも回収すると。

 

「レー。今日カイゼル・ファントム出るんでしょ」

 

 ベッドに寝転んではいるものの、珍しく妹が目を覚ましていた。

 

「バイト先で頼んであるよ」

「よろしく。エリね、カイゼルのぞーけーは素晴らしいって思うんだー。フルメタルでも発売すればいいのに」

 

 床の上にロボットのオモチャを散らかしているだけあり、妹はロボット物が好きだったりするのだけど。 

 今日はガンキャリバーというアニメに登場するライバル機体カイゼル・ファントムの発売日。普段はプラモを作らない妹に珍しく頼まれたのでバイト先で予約しておいたのだ。

 

「買ってくるから雨降ったら洗濯物取り込んでよ」

「まかせて……ふぁ」

 

 一階の洗濯機に放り込み、ついでに歯を磨き顔を洗い、朝ご飯の準備をする。

 さあ。一日が始まる。

 

・・・

 

 いつの間にか届けられていたクロスバイクに跨りガレージイイダまで通勤。

 土日は十一時半から開店ということで、新作プラモだったりは十一時からの三十分で店頭に並べる事になる。

 

「おはよーございます。店の前、けっこう並んでましたね」

 

 エプロンを身につけバックヤードから出ると、真野先輩が大きな段ボールを抱えていた。ガンキャリバーのプラモの新作が出る日は店内が狭くて困る。

 

「ついにMGカイゼル・ファントムの発売だからねー。予約終わってから欲しくなって店長に頼んだら、朝十時からシフト入れられちゃったよ。見て、この段ボールの山」

 

 僕よりも早くに来ていた真野先輩はMGカイゼル・ファントムが入った段ボールを床に置き、中を確認する。

 

「僕も同じ理由ですよ。今日はカイゼル用に大きいリュック背負ってきました」

 

 赤、黒、金、というカラーリングのカイゼル・ファントムの箱絵は格好良くて購買意欲をそそられる。メカ甲冑武者なんてカッコ良いに決まってるじゃないか。

 自分用のも予約すれば良かったなぁ。店のルールとして従業員と言えども予約は一つまでなのが、せめて二つに……くぅ。

 

「十二時から店長も来るってさ。ま、こっから一、二時間はレジで手いっぱいだろうし頑張りましょーや」

「了解です」

 

 入荷した商品を店頭用と予約用に分け、店前に並ぶお客さんにカイゼル・ファントムの整理券を配っていると、あっという間に開店時間となる。

 

「いらっしゃいませー。予約商品はコチラで精算となりますー。カイゼル・ファントムはおひとり様一点となりますー。店頭在庫限りの販売ですのでご了承くださいー」

 

 真野先輩が特設レジで声をあげ、僕は通常レジであくせく商品を打ち込んでいくも来客は途切れる事無く続いている。

 

「いらしゃませー。ポイントカード、はいありがとうございます。カイゼル一点で五千八百円になります」

 

 中々のボリュームのキットだけれど飛ぶように売れていく。人気キットとなると予約も難しかったりするのでこういう時は、従業員割引もあるアルバイト先に感謝だ。

 

「ありがとうございましたー。次の方どうぞー」

 

・・・

 

「ほい、二人ともお疲れさん。これ差し入れねー」

 

 店長は僕と真野先輩に微糖の缶コーヒーと渡すとバックヤードに入っていった。今からカイゼル・ファントムを作るつもりなのだろう。

 

「いやあ、ようやく落ち着いた」

 

 真野先輩はカシュと缶を開けゴクリと飲み干す。

 店内はつかの間の無人状態となり二人揃ってホッとする。

 

「ひと昔前はプラモでこんな並ぶ事なんて無かったんだけどねー。特に割引+ポイント付与の店なんてすっごい並ぶらしいよ」

「みたいですね。あ、いらっしゃいま……ん?」

 

 店に現れたのはオールデイジャパンキャップを被りサングラスをかけ、ビッグシルエットの白シャツにハーフパンツ姿の女の子。というか妹だ。

 相も変わらず、見た目というより存在感からして周囲から浮いている。

 

「カイゼルどこ」

 

 きょろきょろと店を見渡す妹。

 

「一人で来たの?」

「待てなかった。もう製作配信とかやってるんだよ?」

 

 人の多い時間帯に外に出てくるなんて珍しい。よっぽど楽しみだったんだな、カイゼル。

 

「ええと、お知り合い?」

 

 缶を口にしたまま固まる真野先輩。

 普段店では見慣れないタイプの女子に戸惑っているらしい。

 

「妹です」

「あー。噂の」

「エリちゃん、こちらが真野先輩」

「あー。敵じゃん」

 

 冷え冷えする声色。

 妹はサングラスをずらすと、真野先輩を見てスッと目を細める。

 

「え、あの、なんで俺は睨まれてるの。え、カラコン?」

 

 真野先輩が妹の顔面に驚いている。

 

「恐らく、僕が真野先輩のせいで家から出るようになり妹に構わなくなったと思っているのだと考えられます」

「それはとばっちりだよ。えっと、妹さん、どうも真野湊って言います。お兄さんとは仲良くやらせて――」

「はあ? 仲良く? エリの方が仲良いけ……まあ、レーの目が怖いので今日の所は帰りますけど。うちの子に変な事吹きこまないように」

 

 妹とがパッとコチラに視線を移す。

 

「ね、カイゼルちょーだい。エリ、リュック持ってきた」

 

 ガラリと声色を変えるキミ、ちょっと怖いよ。

 

「そのリュック僕のじゃん……。まあ、いいや。中身移すからこっち来て。それじゃ入らないよ、多分」

 

 カイゼルと勉強道具の入った大きなリュックから勉強道具を取り出し、妹が背負ってきたリュックに移し替える。

 後から入って来たお客さんが何事かとこちらを見ているしさっさとすまさねば。

 

「ほら、さっさと帰りな」

 

 カイゼルが詰まったリュックを妹に渡す。

 

「帰ったら作り方教えてね」

「はいはい」

「真野。……顔は憶えたよ」

「エリ」

「帰りまーす」

 

 来店して一、二分。妹は去って行った。

 

「はー。綾野っち。妹って、やっぱり二次元に限るね」

「人の妹見て冷や汗苦笑いはやめてください」

「睨まれた時、内臓がキュッとしたよ。ポシェモンの『にらみつける』って意味があるんだと今日やっと理解したね。……ふぅ、寿命が縮んだ」

 

『ぼうぎょ』ではなく寿命が一段階下がってしまったらしい。

 

「ふ、造形は最高峰に見えたけど。やはり俺は女の子はリアルスケールよりも1/12か1/7に情熱を傾ける定めだな。ははは」

 

 乾いた笑いが響く。

 エリーゼ、真野先輩が生涯独身になったらお前のせいだからな。

 

・・・

 

 シフトの時間が終わる。

エプロンをハンガーに掛けて、荷物をまとめてスマートフォンを弄ろうとすると。

 

「あ」

 

 妹に渡した大きいリュックの中にスマートフォンを入れっぱなしだった事に気がつく。カギはポケットにあるものの、これは一回家に帰……。

 いやしかし、ここから家に帰ってから教会に向かうとなると時間がギリギリになるかもしれないな。この前、待つのはイヤとか言っていた気がするし。

 どうせ大した連絡も無いか。

 

「それじゃ、お疲れ様でーす」

 

 真野先輩と店長に挨拶し、アンジェの元へ向かう。

 

 徐々に灰色が増える空の下、クロスバイクを走らせ教会へ向かう。

 家からガレージイイダ、家から学校、家からペイントパレット。家から教会。家を中心と見ればそれほど距離は離れていないものの、ガレージイイダから教会まではちょっと距離がある。

 車かバイクでもあれば、もっと便利なのかな。

 

 そう思うものの幼少期に事故に巻き込まれた記憶がある分、自分で運転するってのはあまり気が進まない。自分が轢かれるのはともかく自分が誰かを轢いてしまう事だけは避けたいし。

 自発的に自転車保険に入るような僕としては、デカい工業製品への憧れよりもリスクの方をつい考えてしまう。

 

「……」

 

 縁起の悪いことを考えたせいか胸骨あたりが疼くのでついさすってしまう。ふふ、鉄パイプがほんのり刺さったんだぜ、ここ。

 トラックから十分以上に距離を取りつつ車道を走行。

 どのみち車とかは大人になってからだなぁ。

 店長が「昔はかなり安く車もバイクも買えたけど、今は電子制御部品が多くて高いのよ。むかーしのヤツは部品も税金も高いし。庶民はこうしてプラモで満足するしか無いってわけ」と車のプラモで遊んでいたけれど、車って幾らくらいなんだろ。

 

「百万とか、かな」

 

 いつか東京を離れて静かに暮らせるような場所に住めるようになったら改めて考えよう。

 来年になれば車の免許は取れるようになるけれど、マリリ曰く三十万だったっけ。合宿免許というのがもう少し安いらしいけど、それなら……。

 

「うーん」

 

 夏休みを利用すればイケなくはなさそうだけれど、三年生の夏は受験の山場とも聞くしやっぱり進学の後になるか。

 

 進学。

 

 つまり勉強だ。そんなに嫌いじゃないけれど、五教科満遍なくやるってのは大変そうだし。数学の田辺先生みたいに教科減らして……というのはより難しそうだし。やはり今から地道にやるしかないか。

 そもそも学部っていうのも、よく分からないし。とりあえず地方国立に行って静かに暮らしつつ夏と冬のワンダフルカーニバルに遊びに行くというのを近い将来の目標としている僕としては、色々と考えなくてはいけない事が多いらしい。

 

 こんな時ばかりはエリちゃんが少し羨ましいかもしれない。

 口では色々と言ってしまうものの、アレで二億円とかそのくらい稼げるならもう十分ではあるのだ。母親が放っておいているのもその辺りが理由だろう。

 あの見た目の子に僕の思う『普通』を求めるというのも酷い話なのかもしれない。

 

「……」

 

 いや、それでも。

 なぜだかエリーゼには期待してしまうんだ。

 少なくとも、いつか僕が居なくなっても生きていけるように最低限の社会性を獲得してもらわないと。

 

「……はぁ、もう少しだけ面倒見ないといけないか」

 

 いつかの未来に思いを馳せつつ、暗雲広がる方角へとペダルを踏みしめる。

 

 




 カイゼル・ファントムのイメージはこんど出るガンプラのティフォエウスガンダムです。カッコいいです。

 ということでフラグ、イベント、アイテムロストと重ねてしまったので礼くんは『シスタールート』に突入です。メンタルが不安な読者さんは防具を購入するかエピローグまで退避お願いします。

次の金曜日に次話投稿予定です。


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