顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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どの道にも、どのみち。

「見てー、レー。このカイゼルの頭と胸と肩。エリが作ったんだよー?」

「知ってるよ」

 

 ソファに背中を預けた妹が組み立て途中のカイゼル・ファントムを手に持ち、あらゆる角度から眺めている。面倒くさがりで思慮浅く短絡的な妹がこうしてコツコツ作業を飽きずにやっているのは正直なところ意外だった。

 てっきり開始五分で丸投げされるのではと思っていたけれど。妹なりに成長しているという事なのかもしれない。

 作業は一端中断だけれど、帰ってきたらまた手伝ってやろう。

 

「それじゃ、僕はタダ飯を食べに出かけるけど。エリちゃんも一緒に行く? 焼肉だよ」

「んー。うちに……トネリコ呼んでいい?」

 

 エリーゼが家に友達……。

 

「い、いいよ。どうしたの急に」

 

 思わぬ言葉に慌ててしまう。

 

「このあいだの打ち上げってやつ。家でお好み焼き」

 

 エリーゼが家に友達……。

 お菓子とかジュース家にあったかな。とりあえず妹の頭を撫でておこう。よーしよしよし。

 

「家で遊ぶだけなんだけど。エリのことなんだと思ってるの」

「ポンコツ駄目ユニコーン」

「ユニコーン?」

 

 寝転ぶ妹に見上げられる。

 

「昔見た映画のハリソン・ポタージュと健さんの意思ってあるじゃん」

「うん」

「そこでユニコーン出たの憶えてる?」

「ああ。でもあれきっとただの馬だよ。動いてるシーンなかったもん」

 

 低予算映画だからかその辺りは仕方ない。

 

「エリちゃんの髪、その時のユニコーンの尻尾の色に似てるんだよ。ユニコーンがツノ折られて死んでたシーン思い出してみ?」

「……なんかイヤなんですけど」

 

 長年の既視感というか、何かに似ている気がしていた妹の髪色が判明した。白金の髪色をベースに光が当たると虹色がかった色味に変化する。

 エリちゃんの髪は映画の中で死んでいた馬の尻尾の色だったのだ。

 

「じゃあ、出かけるから。トネリコさん来るならカイゼル片付けな」

 

 プラモ作りに夢中になってたからか、沈んでいた気分が少し浮上していた。これなら肉も食べられそうだ。もうバクバク食ってやろう。

 

「レー。出かける前にホットプレート出して」

「ああ。はいはい」

 

 自分で出せよ、と言う前に身体が動いていた。ついでにサラダ油とボウルと油跳ね用の新聞紙を用意しておこう。一応トネリコさんにも連絡しておかないと。

 出かける直前になってバタバタとしていると――。

 

「ねえ、レー」

 

準備を手伝う事無く、ソファに寝転び僕を眺めていた妹に呼び止められる。

 

「なに」

「女なんて、星の数ほどいるんだよ?」

「やめろ。振られてはいない」

「ふっ。ふふっ、あははっ」

「笑いすぎだろ」

「レーはどういうルート通ろうと、けっきょく戻って来るんだよ」

「はぁ?」

「なんでもなーい。いってらっしゃーい」

 

 クスクスと笑う妹に見送られ、家を出る。

 

「それにしても」

 

 エリーゼが家に友達……。

 とりあえず母に『エリーゼが家に友達呼んだ』と報告しておこう。

 

・・・

 

「あっやのくーんっ、もっと食べちゃってよ、あ、店員さんレモンサワーありがとーございますっ、じゃあもう一回、かんぱーいっ」

「フラれたアヤノンにかんぱーいっ」

 

 顔を赤くした上機嫌の吉野さんが本日何度目かの乾杯の音頭をとると、ゴクリとレモンサワーを飲み込んだ。

 我が家から徒歩二十分ほど。

 駅近くの雑居ビル2階にある個室完備の焼き肉店では一人の陽気な酔っ払いが誕生していた。

「そんなに飲んで大丈夫ですか、吉野さん」

「だいじょー、ぶいっ」

 

 オジサンダブルピースが炸裂する。

 

 楽しく酔っているのならいいけれど。吉野さん、こんなにはっちゃける人だったんだな。

 

「ね、わたしが居た方が良かったでしょ?」

「呼んだ覚えはないけど」

 

 四人用の座席。

 吉野さんの対面には僕と、何故か当たり前のように参加しているマリリが座っている。

 

「ま、焼肉は人数いた方が楽しいからいいけどさ」

「素直じゃない奴め」

 

 マリリが皿に残った牛ハラミを焼き始める。

 食べ始めて二時間ほど、そろそろ良い時間だ。〆の冷麺をツルツルと啜りつつ、何だかんだ楽しかったひと時が終わるのを名残惜しく思う。

 今日は来る前に何とも気が重い一件があったものの、やはり人間美味しいものを食べると気分が回復するもので、いっそアンジェも連れて来てしまえば良かったかなと思わなくもない。

 大抵の悩みって食べて寝れば忘れるし……いや嘘。思い出したらしばらく引き摺りそう。

 

「はい、どーぞ」

 

 マリリが焼いた牛ハラミを口に入れると、マリリは感無量といった表情でコクコク頷く。

 

「あはは、マリリが焼き肉奉行してる。あやのくんの前で良いとこみせたいのかなー。ねえねえ、どうなのかなー?」

「……酔いが醒めたら憶えとけよ」

 

 吉野さんを鬱陶しそうに睨むマリリ。

 

「あやのくんもさー、やっぱ貰ってあげてよー。悪くない物件だよ?」

「せめて優良物件とか言ってください」

「んー。優良というか、訳アリお得物件みたいな、あははっ」

「人を事故物件みたいに言うんじゃないっ」

 

 再び焼きあがったハラミを取り皿に乗せられる。うー、流石に食べ過ぎた。二人してドンドン食べさせてくるから立ち上がるのも一苦労だ。

 

「くぅー、アルコール美味いっ」

 

 まるでコマーシャルみたいに良い表情でサワーを呷る吉野さん。普段しっかりしている印象があったけれど、こうしてストレスを発散しているのかもしれない。

 

「あと何年かしたらあやのくんともお酒飲めるねー」

「その時まで付き合いがあるかは不明ですけど」

「寂しいこと言わないでよー。まだ東京いるでしょ?」

「進路次第です」

 

 ここで地方に行きますとでも言ったら隣のマリリの反応が怖い。こっそり動向を悟られずに逃げ切らなければ。

 

「就職ダメだったら言ってよ、ウチのマネージャーは人員不足だから即日採用っ、バーチャルタレントでも可、ねマリリ」

「バカだな吉野。茉莉花ちゃんの元に永久就職すれば解決でしょーよ」

「そっちかー、あはははっ、う、げほっ、あははっ」

「……弱いのにどーして酒が好きかなぁ」

 

 マリリは呆れながらウォーターピッチャーを手に取り、吉野さんの為に水を注ぐ。

 なんだかこの二人、兄妹みたいな雰囲気だ。

 

「どうしたのあやのくん、にやってして」

 

 呂律のあやしい吉野さんに捕まる。

 

「二人って仲良いなぁって」

「マリリがこーんなちっちゃい子役の頃から知ってるからね」

 

 吉野さんがカクテキを箸でつまむ。

 

「あたしちゃんとカクテキを一緒にするんじゃない」

 

 そういえばマリリって元子役だったっけ。マリリの過去に一切興味が無かったから調べた事も無いけれど、もしかしたら見た事のあるドラマや映画に出ていたりするのかな。

 

「ちなみにその酔っ払い、昔は顔の良い大根役者だったんだよ。演技の伸びしろがゼロだったからいつのまにか裏方に回ってたけど」

「元から向いて無かったんだよぉ。それに、マリリにも悪いことしちゃったからなぁ……」

「余計な事はいいの」

 

 マリリと目が合う。

 

「気になる?」

「気にならない」

「そーいう奴だよキミは」

 

 普段であればそのまま話始めるだろうに、マリリはハラミをタレにつけて口に運んだ。

 人に歴史ありというか、どんな人間でも言いたくない事や聞いて欲しい話があるのだろう。

 口に出すべき言葉。出さない方が良い言葉。

 そんなのは誰にでもある。教会のシスターがまさか僕にあんな風な感情を持っていたとは思わなかったけれども。はは。

 

「もうお腹いっぱい?」

「もうひと切れも食べられないかも」

 

 冷麺の皿にひっそりと残るキュウリの切れ端すら食べるのが億劫だ。

 

「なら帰ろっか。デザートは、帰りにコンビニ行こ? 歩いてるうちにお腹すくかもだし」

 

 マリリは僕の手を引き立ち上がる。吉野さんは置いて行くつもりのようだ。

 

「んえー、もうちょっとだけ、二次会も、ちょっとだけ行こ? カラオケ行こーよ、タンバリンやるからさ?」

「夜に高校生を連れまわすんじゃない。じゃ、支払いよろしくー」

「ご馳走様でした、美味しかったです」

「そんなぁー」

 

 置いてくのは悪い気もするけれど、このままカラオケに連れていかれたら口から肉が飛び出てしまいそうだ。

 吉野さんに頭を下げ、マリリに腕を引かれ店を出る。

 

・・・

 

「はー、もう動きたくない」

 

 店から出るも足取りは重く、歩幅は狭い。明日の朝食は抜いても問題ないくらいお腹がパンパンだ。

 

「タクシー乗ってく?」

「いいよ、ゆっくり歩いて帰るから」

「じゃあ一緒に行っちゃおっと」

 

 アプリを起動しタクシーを呼ぼうとしていたマリリが僕の隣に並ぶ。

 

「先帰ってよ。送るの面倒だし」

「送ってくれるんだ?」

「腹ごなしにね」

 

 折り畳み傘を持って来ていたものの、どうやらその必要は無かったらしい。これならクロスバイクに乗ってくれば良かった。

 手を繋いで来ようとするマリリと攻防を繰り広げつつ、ゆったりと歩き始める。

 

「くぅ、引っ越してきて良かったぁ。というか、もっと近くにすればよかった。撮影ありきで考えてたから見通しの良い場所選んじゃったけどこんだけ茉莉花ちゃんのこと受け入れてくれるって……。言っておいてよアヤノン!」

「うお、独り言かと思ってたら喋りかけてきた」

「ねー。どうしてキミはそんなに茉莉花ちゃんと相性が良いの?」

 

 凹凸の組み合わせがあったとして、僕が凸ならばマリリは不定形のスライムだ。相性というのであればマリリが一方的に覆いかぶさっているとしか思えないのだけど。

 ものは試しだ、マリリが喜びそうな事を言ってみよう。

 

「マリリって面倒見よくて話してて楽しいから、嫌いにはならないよ」

 

 視線を合わせぬまま、隣に並ぶマリリに語りかける。

 

「おほっ、どうしたの。確変おこった?」

「でも、マリリってストーカーで変態で盗撮魔で覗き魔で、熊みたいな異様な執着心を示すから好きでも無いよ」

「情緒が滅茶苦茶になりそう」

「だからさ。多分、一番なにも気を遣わないで接する事が出来るのかなーとは思う。マリリといると楽だよ」

 

 嘘のない言葉を口にすると。

 

「……」

 

 マリリが沈黙した。しまった、褒め過ぎたかもしれない。

 

「…………」

 

 恐ろしいほどの情念が込められた視線を向けてくるマリリが怖かったので無視しつつ、チカチカと点滅する横断歩道を前に立ち止まる。今走ったら口から肉が飛び出しそうだ。

 

「魂まで食べちゃいたい」

 

 ようやく喋ったかと思えば物騒な事を口にするマリリ。恐る恐る視線を向ければ、赤信号を映しているからかマリリの瞳がまるで悪魔のように赤く灯っていた。

 

 妖精がいるのだから悪魔がいたとて不思議では無いけれど――。

 

 パッと信号が変わるとマリリの瞳も元の色合いに戻る。よかった、目が発光しているマリリは居なかったんだ。

 再び歩き出しながら、先ほどマリリが言っていた事を考えてみる。

 なぜ『茉莉花ちゃんと相性が良い』のか。

 相性が良いつもりは無いけれど、受け入れてはいるかもしれない。それはきっと、これまで出会った人間の中で一番フラットに対応できるからだ。傾かない天秤みたいに、好かれようとも嫌われようとも思わないから、自分のままで接する事が出来る。

 

「あーあもう襲いそう。……逃げろアヤノン、わたしちゃんの理性が残っているうちに」

「ふっ、ふふ」

 下らない事を言うのでつい笑ってしまう。

 どこまでが冗談かは分からないものの、僕はこのおもしれー女を完全に拒絶することは出来なさそうだ。

 

「あ、素で笑った。今日は楽しかった?」

 

 マリリの表情が優し気で友好的な笑みに変わる。

 

「お陰様で楽しかったよ」

「なら良かった。私の慰み者に……じゃなかった、わたしに慰めさせてくれないなら、悲しそうな顔とかしないでよ?」

「してないよ」

「どのルート辿ろうとアヤノンの人生はマリリENDではあるけれど。あんまり自由にさせて怪我しちゃうなら家に閉じ込めちゃうよ」

「やめてよ」

「犬はね、人の感情が匂いで分かるらしいけど。実はわたしは人の目を見れば大抵の事はわかるんだ」

 

 本格的に悪魔じみてきたな。

 

「だから。あんまり心配させないでね?」

 

 ――ああ、いつもこんな風なら良いのに。

 少なくとも今の言葉は、嘘偽りない慈愛のように思えた。

 

「わたし、あやのんの為なら何でもするから。全肯定悪魔だから、困ったら言ってね?」

「対価がどうこう、上下関係がどうのって言ってなかったっけ」

 

 悪魔と言えば契約。それはバーチャル悪魔とて変わらなそうだけれど。

 

「そーいうの、わたしには向いてないかなって。もし、そういう取引を持ち出されてもなんかイヤだし。たぶん、断っちゃうよ」

「……」

 

 ここに来てマリリは初めて見せる綺麗な笑顔を僕に向ける。

 これだけ喋っていてるマリリですら、知らない一面があるのか。もしかしたら本当に優良物件なのかもしれない。

 

「じゃあ僕が何でもするからお願いがあるって言っても――」

「はいはいはいはいはい! するするするするっ!」

 

 よかった、いつものマリリだ。

 






次は金曜日ごろです。

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