顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい   作:hikari kawa

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悪魔との契約は慎重に

 土砂降りの雨。

 下校途中にポツポツと降りはじめ、家に着く頃にはむせ返るほどの雨の匂い。鈍い灰色の空は分厚い奥行を感じさせる。

 

「うえぇ、ビチャビチャだ」

 

 洗濯機にスニーカーを突っ込み脱水を開始し、服を着替えてドライヤーで髪を乾かしてようやく一息つく。夕飯の準備をする前につかの間の休憩だ。この天気じゃ買い出しもいけないから有り物で……。

 

「あ、そうだ。その前にツインファミ。どこ置いたっけ」

 

 忘れる前に用事をすませてしまおうと、ツインファミを探しはじめる。

 だが、リビングにも無し、自室にも無し。父の部屋にも無し。と言う事は。

 隣の部屋にノックもせず入る。どうせこの時間は寝ているんだ。

 

「……汚い」

 

 前にこの部屋の掃除をしたのは三週間前。

 三週間でここまで汚れるか? 

 ペットボトルは床に散乱し、エナジードリンクは段ボールに入ったまま六箱重なっている。なにより部屋の空気が籠っているのが耐え難い。妹が好む柔軟剤の匂いがムンムンしていて気分が悪くなりそうだ。

 窓を開けよう。

 雨は絶えず降っているものの幸い風はあまり吹いていない。多少窓際が濡れたところで気が付く妹でもあるまい。遮光カーテンを掻き分け窓を開く。

 

「エリちゃん、部屋くらい自分で片付けな。おーい」

 

 ベッドではなく机にもたれ掛かって寝ている妹に声をかける。

 

「おにぃ、れー」

「はい?」

「んー」

 

 こんな寝起き悪かったかこの妹。ロングTシャツ一枚の姿はなんともだらしない。

 

「僕のツインファミどこ。使いたいんだけど」

「……あっち」

「部屋が汚くて見当たらない。っていうかこれ、無いと思ってたジャージ。ここにあったのか。それにコレも……。お前はサンダルを咥えていく犬か」

 

 他にも最近見ないと思っていたマンガや中古で買ったクラシック音楽のCDやら僕の私物が続々と妹の部屋から見つかる。他にも少年が好みそうなオモチャやロボットも沢山転がっていて足の踏み場もない。

 

「……借りただけ」

「借りたら返す。あと寝る時はベッド」

「っさい」

「はぁ。片付けるからな」

「れー」

 

 仕方ない。久しぶりに掃除をするか。

 隣の部屋でゴキブリが発生してもらっても困る。特に危険なのはエナジードリンクだ。飲み終わったかに見える缶も振ればピチャ、と僅かに水音を発している。はぁ。

 ひとまず妹をベッドへ投棄、大きなゴミ袋を用意して分別開始。そしてフロアモップでフローリングを軽く掃除した後に掃除機で本格的にハウスダストを吸引開始。

 ああ、なんだか鼻がムズムズとする。マスクを着けておけばよかった。

 ――そうして掃除を開始する事一時間。ようやく部屋に清浄な空気が蘇り始めた。

 

 

「ごそごそ、っさいなぁ」

 

 ようやく目が覚めたらしい妹が起き上がる。

 

「レー。何してんの」

「拭き掃除」

「めんどくさがりの癖に一度始めると……。はぁ、やれやれ。どうせ何かやるならご飯毎日別のにして。一回作るとずっと一緒なのイヤ」

 

 なんだコイツ。生意気すぎないか。

 

「カレーは終わったろ」

「サラダだけ生活もいや。一気に大量生産しないで」

「じゃあ自分で作ってください」

「……」

 

 無視してゴロンと横になる妹。負け戦はしないタイプと見える。

 

「まあいいや。もう夕方だけど……ご飯は、掃除で疲れたからレトルトかパスタな」

「ん? 夕方。……夕方?」

 

 横になったかと思えば急に起き上がった妹。

 

「あ、あわわあああ」

 

 震える妹。

 起きてそうそうパソコンの前に向かっている。ようやく自分が無駄にしている時間に気が付いたのだろう。

 

「ふう。とりあえずこれでよし。エリちゃん何度も言うようだけど自分の部屋は自分で……。あ、見つけた」

 

 掃除に夢中ですっかり忘れていたけれど、ツインファミを探していたんだった。何故かエナジードリンクの空き箱の中にしまわれていたツインファミを取り出す。

 

「ど、どどどど、あわわ」

 

 壊れた妹は放置でいいか、と部屋を出ようとした時。

 

「ん、DM?」

 

 スマートフォンが震えた。

 

 

・・・

 

 

 バーチャルアイドルは今やネットサーフィンをしていれば見ない日は無い。興味があるかどうかはともかくとして、最近ではテレビの方にも露出があるとか。

 その中でも特に目を惹く存在が幾つかあるのでピックアップ。まずは。

 ラインオーバー株式会社。

 バーチャルアイドルのマネジメントをかなり早い段階から始めたバーチャルアイドル事務所の草分け的存在。

 所属アイドルの数は十五名ほどと少数だが社長がやり手らしく、活動の幅を大きく広げており、妹もここに所属しているのだとか。

 そして次に『妖精の頂』という集団。会社では無いらしい。

 アイドルという枠組みで活動している訳ではないが、カルト的な人気を誇る【妖精】たちの集まりらしい。一度行われたライブイベントでは集団失神事件が起き、警察騒ぎ。

 以降はリアルイベントは無いものの配信サイトを中心に人気を伸ばしている。中には過激派のファン通称『妖兵』がおり、界隈では厄介者あつかいされているとか。

 

 最後にペイントパレット株式会社という芸能事務所。

 三年ほど前にバーチャルアイドル業界に参入したという。

 マリリことマリス・リリス・リードというトップアイドルをはじめとした総勢50名を超えるバーチャルアイドルを抱える大所帯。玉石混交ではあるもののマリリを含めた上位五名の人気が凄まじくバーチャルアイドル業界を席巻している。

 らしい。

 すべて真野先輩の受け売りだ。他にも個人で活躍している人も沢山いるらしく、世はまさにバーチャル戦国時代……だとか。

 そしてなぜこんなことを調べたかと言えば。

 

『やっほーマリリだよっ!

 ♯マリリ祭りへの参加、ほんとうにありがとーっ

 この度 ふぐり様 案

〈バーチャルアイドルの実母おかん、いつの間にかアイドルデビュードッキリ〉を採用させていただきましたっ!

 このダイレクトメール下にあるリンク先に住所を送ってくれればお礼の品を送るからね!

 今回はなんとマリリのおっぱいマウスパッド! やったねっ

 そしてそして、良ければふぐり様と一緒にこの企画を進めたいなって考えてます♡

 興味があったらこのDMに「興味ありです」って返信してね、もちろん都合がつかなければ我慢するけど、マリリは一緒に楽しい企画をつくりたいな~

 それじゃ、冥土の土産に連れてけマリリ!

 ばいばーいっ』

 

 というスパムのようなDMがマリリ本人のアカウントから届いたからだ。

 

 なんでもマリリはマリリ祭りの参加者にはこうしたファンサービスを行っているらしく、今回は僕の送った案が採用されたらしい。ラジオに投稿したメールが読まれるようなものだろうか?

 

「マリリ、ふぐりなんて口にするもんじゃないぞ」

 

『ふぐり』というのは僕が良く使う名前でラジオネームもこれ。意味は金玉。ラジオネームなんてこんなものでいいのだ。

 最初はマスプロという名前にしていたのだが、親しみが無い響きだったのでしばらく使った後に『ふぐり』に変えた。

 ちなみに妹は大量生産マスプロ料理を嫌がる。小皿で沢山の料理を一口づつ楽しみたいらしい。

 贅沢な奴め。

 

「んー。とりあえずおっぱいマウスパッドは貰うとして」

 

 男子高校生だもの。

 

「参加かぁ」

 

 キコキコとオフィスチェアに寄りかかりながら部屋の天井を眺める。

 面倒と言えば面倒だし興味があると言えばある。

 

「……いや、違うか」

 

 新しい場所に踏み出す勇気が出ないだけ。やはり僕は保守的なのかもしれない。

 ふと、珍しく静かな隣の部屋を眺める。

 なんでも出来る才能があるのに何もしない妹。あいつはどうして、バーチャルアイドルなんてやっているんだろう。

 そんな疑問が『興味ありです』と入力させた。




この日、都内にある某芸の事務所で拳を天に突き出し勝利を確信した謎の美少女Mがいたとか。二人の縁を、礼はまだ知らない。
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