顔だけは良い妹が何故かバーチャルアイドルをやっているらしい 作:hikari kawa
『今週もはじまりましたグレゴリーのオールデイジャパン』
『ということでワンワンニュース! ワン、ワンワワワンワンワン、ワンワンワワワン』
『なんですかそれは』
『風の谷のワウシカの曲ですけど』
『ワウっ! ナウじゃなくて?』
『世間ではワウシカが主流のはずですが』
『聞いたことないっ』
やっぱりツッコミってテンポが大事だな。
『ではさっそく今週起きたワンちゃんたちの可愛らしいニュースをお届けします。ワンちゃん、台風の中散歩する犬にドン引き!? これは面白い写真ですねー』
『……その写真、古くない?』
二十時過ぎ、教会から家に帰りベッドに寝転び、すっかり聞き逃していたオールデイジャパンをタイムシフト機能で再生する。
僕としたことが何日もオールデイジャパンを聞き逃すとは……。
「でも、まぁ」
代わりと言ってはなんだが、妹の問題は解決しつつある。アンジェがいるなら心強い。人間性はともかく頼り甲斐という意味では僕の友人知人の中でも最高峰。
一安心して肩の荷が下りる。
とりあえず横浜さんちの妹ちゃんには教会の住所を教えるとして――。
ピコン、とラジオの音声を阻むような通知音が聞こえた。どうせマリリだろうと思いつつ念のため目を通してみるとメッセージが届いていた。
『あの。どもっす。ユズリハなんですけど、憶えてますか?』
忘れてたー。
エリオットのママ、ユズリハさん。
スランプでイラストが描けず、話を聞いてやって欲しいと妹に頼まれた相手。
仲直り大作戦よりこっちの方がよほど優先すべきなのだろうけれど、僕に出来る事なんてこっちこそ本当に無いからなぁ。イラストが描けないなら描けないで代役を立てるのであれば、それは会社の仕事だし。僕に絵のアドバイスなんて出来るわけも無いし。
「……んん」
ラインオーバー。
妹が所属する微妙に信頼できない会社がどの程度把握しているのか……。ひとまず返事だけしておくか。
『憶えてますよ』
とメッセージを返し、あまりにも愛想の無い文面だったので先ほど妹から送られてきた『エリオットスタンプ2』の中からエリオットがウィンクしているものを選んで送信。
すると。
『あ、それ使ってくれてるんすね! さすがエリオットのお兄さん!』
どうやら相手を委縮させない返信に成功した。
『それで、なにか僕に話したいことでもできましたか?』
メッセージでのやり取りは気を遣うけれど、テキトーに返事するだけでお悩み解決するのであれば面倒くさがらず付き合うか。
『実は付き合って欲しい場所がありまして』
場所。おでかけ……。おでかけかぁ。
『夏っぽい場所が描きたくて。でも、自分の中にその光景が入って無くて……』
ポン、と位置情報が送られて来る。
『ここなんですけど。一人じゃその、一応うら若き乙女なので物理的に怖いといいますか』
「……怖い場所」
そこは、いわゆる心霊スポットだった。
・・・
「わぁ、なんかワクワクするっすねぇ」
クロスバイクと電車を使い移動すると時刻はすでに二十一時過ぎ。
僕は東京とは思えない暗さの中にいた。
「……はぁ」
補導されるのも嫌だから『塾です』と言い訳するための参考書をリュックに詰めて来たのだが。そのお陰で身体も気持ちも重苦しい。
都心部の、とある公園の中に造られた人工山。旧日本軍の研究施設があった場所だとか、百を超える人骨が出て来たとか幽霊の声が聞こえるだとか……。変な言い方だが、ライトに楽しめる観光心霊スポットらしい。
日中の光景はスマートフォンで見れたものの、夜になるとまた中々の雰囲気だ。はぁ、月曜の夜にわざわざ肝試しなんて何をしているんだ僕は。
「ここホントに新宿なんすかってくらい明かりが少なくて。すぅ、はぁ、このジメッとした匂いがリアリティあるっす」
「現実だからね。もう帰ろっか」
「来たばっかじゃないっすか。おぉ、もう、舗装された道から土の上です。この階段を上った先にオバケがいるんすかねー」
「幽霊ってそんなウェルカムなの?」
暗い景色の中、湿気と草木の青臭さが混じり――ワクワクする気持ちは少し理解できる。
非日常、というやつだ。
ここの空気、街灯に見守られたアスファルトの上とは随分と違う。
近くに車道があるというのに、この妙に静かな雰囲気に気圧されてしまう。こういったものに特別な気配を感じてしまうのが心霊現象の一歩目なのかもしれないな。
幽霊の正体見たり枯れ尾花なんて言葉は有名だけれど、木々の葉が風で揺れるだけでゾワッとする不安感は普段は気がつかない暗闇への恐怖だ。
「レーさん、息止めてください。シューってしますよ」
「ん? ああ、ありがと」
リュックを背負い、半袖Tシャツにハーフパンツというラフな格好のユズリハさんは僕に虫よけスプレーをかけて、次に自分の身体にも吹きかけた。
「準備いいね」
「ここ、一度来てみたかったんで」
タタッと先行するユズリハさんに渋々従い、その背中を追う。
幽霊。
さすがに目に視える形で出るとかは無いだろうけれど、はぁ、怖い怖い。
恐怖感と妙な高揚感に導かれるように、二人して山頂へと向かっていく。足元の土の感触、虫の鳴き声、暗いというよりは真っ黒い景色。後ろを振り返りたく無いような気持ちが沸いて来る。怖い映画を見た後、家の中でも何かがいるような――そんな気分だ。
どうか、ここでは現れないでくれ。
「お、唐突に教会発見。雰囲気ありますねー」
「ほんとだ。怖っ」
ユズリハさんが持つ懐中電灯の光に教会の先端が照らされる。
教会の周囲は石造りの壁があり重厚な雰囲気だ。
ただの公園かと思えばこんな不自然な建物があるとは、訳アリ感が増す。近所にシスターが住み着いている廃墟があって良かった。アレに見慣れてなければ相当ゾッとしていたことだろう。
「ちょっとレーさんライト頼みます。写真撮るんで」
ユズリハさんは本格的なカメラで撮影するわけではなく、スマートフォンでパシャパシャと周囲を撮影していく。
「レーさん知ってます? ここ、殺人事件の現場なんすよ」
「ひっ」
「なんちって」
「……」
ユズリハさんは冗談として言っているけれど。ここ、なんなら今この瞬間に不審者が現れてもおかしくない場所に見えるんだ。サスペンスドラマで使われてそうな場所だし、自分が胸を貫かれて血を流して倒れている場面がリアルに想像できる。
「よし、オッケー。良い感じっす、次行きましょっ」
イラストレーターの作品作りに参加するという貴重な機会なんだ――という風に自分を誤魔化し重い足を動かす。
「ふふ、レーさんってほんとに怖いとこ苦手なんすね」
「知ってるなら誘うな……」
「わたしエリオットの配信は殆ど見てるんでレーさんのこと、けっこう詳しいんすよ」
出会って二回目のわりにフレンドリーな理由を知った。
「配信中にそんな僕の話してるの?」
「エリオットの非公式wiki。レーさんの項目あるくらいには喋ってます。レーさんの年齢知ったのもwikiっすね」
恐ろし過ぎるだろ。
「そうそう、この間お二人が来た時に描いた絵もけっこう評判良いんすけど。見ました?」
「いや。もうSNSは殆ど見てない」
「おー、調子に乗って自分が前に出て行っちゃったりしないんすね」
「調子……あの、もう既に妹の配信出ちゃったんですけど」
「んー、あれはギリセーフじゃないっすか。面白かったっすよ」
「SNSのコメントとか怖くて見れないよ。素人の出たがりはイタい感じになるって教えられてるし」
「ははっ良い教育じゃないっすか。親御さんが教えてくれたんすか?」
「いや深夜ラジオ」
「育ち悪っ」
お。ユズリハさん、けっこう面白い人かも。
「あ。……すみません。ずけずけ言っちゃいました」
「え、なんで謝るの」
「だってレーさん黙っちゃったんで。私、昔からそういうとこあって。余計なこと言っちゃうっていうか」
「そんなの気にしないよ。むしろノリが合いそうで安心したくらいだから」
ユズリハさんは初対面の印象よりもずっと軽快なノリの人なのではなかろうか。なんだか不思議と気楽に話せるというか。もしかしたら気が合うのかもしれない。
「……いなぁ」
「え?」
聞こえない程度の呟きがユズリハさんの口から漏れる。
「さすがはあのエリオットのお兄さんだって思っただけっす。ふふ、wikiも頼りになるもんすね」
「またwikiか」
「レーは何言っても怒らないって」
「家に帰ったら配信で僕の名前を出すなって怒ることにするよ」
「ふふっ、こういう感じかぁ」
暗い中、先行するユズリハさんが僕を見下ろし微笑む。
「わたしの中のエリオットと、今のエリオット。ちょっと近づきました」
・・・
その後。
夜の公園にポツンと浮かぶトイレの異様な怖さに気絶したり、遠くから聞こえる大学生の叫び声に驚いたり、ユズリハさんが「れ、レーさんの後ろ。女の人……いませんでした? ショートカットの……まさか、生霊?」と何度も脅かしてきたりして精神を擦り減らし――。
「おー、山頂っす」
標高四十メートルかそこらの頂に辿り着いた。
「なにも見えないけど、不思議なもんで達成感はあるね。空気が美味しい気がする」
「そうっすね、ここじゃあ視えないか。ただ、チラチラ街の明かりがあって、これはこれで趣深いっす」
ユズリハさんが何度か周囲を撮影する。
頭上には僅かに瞬く星。
四十メートル分近づいたからか、普段よりは星が見える気がする。
「わたし、出身が青森なんでこういう時は星の数が物足りないっすねー」
ユズリハさんも夜空を見上げる。
「ユズリハさんって引っ越して来たんだ」
「レーさんはずっと東京っすか?」
「うん。一回引っ越したりはあったけど、それも自転車で行ける距離だからずっと同じ場所にいるようなものかな」
ずっと同じ場所……。
そういえば、最近はあの場所、行ってないな。
何の変哲もない道路の記憶が脳裏に過ぎる。
「レーさん、どうかしました?」
「あ。いや、個人的にここなら幽霊出るんじゃないかって思ってた場所があったなって」
潰れたライブハウスと遠くにケーキ屋があるくらいの特徴しかない道路と歩道。
つまり、僕が死にかけた場所。
「まじっすか。行きましょうよそこっ」
「いや。出るかなーと思ってたまに行ってたんだけど。ここ三か月くらいは行ってないんだ。たぶん、あそこには出ないよ」
というか、習慣のように行っていた場所。いつから行かなくなったんだっけ……。
「というか怖い怖いと言いつつ行ってるじゃないっすか。饅頭っすか?」
「いやいや、怖いと言っとけば出るだろみたいなことは、まあ、試すだけね」
「ほんとにやってるんかい」
「んー何と言うか。ただ……」
「ただ?」
「確かめたい……みたいな。出るも出ないも、確証が欲しいというか……」
だめだ、何と言ったものか分からない。
「というか。ユズリハさん、こういうの好きなの? オカルト的なやつ」
夏っぽい場所が見たいというより、ただのオカルトオタクなのかな。
「あはは。まー、その、嗜む程度に。でもこういう場所一人で行くとお母さんが心配するんで最近は中々機会がなくて」
「最近?」
「中学時代が反抗期だったもんで、今は母の心配が分かるというか」
「なるほど」
そりゃあそうだろう。身の安全という意味じゃあ幽霊よりも人間の方がよほど怖いし。
「ちなみに今日は何て言って出て来たの」
「お母さん看護師なんすけど、夜勤の時がありまして」
「不良娘」
「うっ」
「お母さんの言う事くらい聞いた方が良いよ」
「うへ、同年代に諭されるとダメージあるっす」
仕方ない。僕と別れた後に何かあったら嫌だし、帰りはマリリ訴訟用貯金を崩してタクシー呼ぶか。
「えっと、じゃあそろそろ下りますかね……うわっと」
「おっ、危な」
転びかけたユズリハさんのヒンヤリした肘を掴む。運動不足なのかムニムニしてるな。
「あ、ありがとうございます。ふぅ、こういう時にいっそ門でもあれば便利なのに。即、帰宅的な」
「門?」
ユズリハさんが口にする『門』とは一般的な意味ではなさそうだ。
「いわゆるゲートっす。ここではないどこかへ繋がるやつ」
ああ。ゲームで隠しボスがいるダンジョンへの入り口みたいなやつか。
「それって都合よく望んだ場所に出れるの?」
「いつの間にか迷い込んで、いつの間にかどこかに出るのが定番っすね」
「じゃあダメじゃん」
「ははっ、そうでした。一瞬で移動出来ても目的地が決められないんじゃやっぱ役に立たないっすよねー。ほんと欠陥ギミックっす」
先行するユズリハさんがどんな表情で喋っているのかは分からないけれど、声色的に、ユズリハさんの興味はそのゲートとやらに在りそうだ。門か、そういうのって確か……。
「あ、神隠しか」
思い出した単語を言うとユズリハさんが立ち止まった。
「知ってるんすか?」
「昔、僕の母親がよく調べてたから一緒に見てた。西洋のチェンジリングとか中国だと仙人がなんとかとか。別の場所に行くタイプのお話で、門ってのがたまに出た気がする」
「あー、やっぱり嫌よ嫌よで詳しいじゃないっすか」
「色々調べた結果、現代的な解釈だと口減らしが妥当だろうって結論になったけどね」
「ロマンがないっすよ、それ。無いと思ってても在るってのが質の悪いとこなんすよ?」
ユズリハさんが再び歩き出す。
「……ちなみに。もう興味はないんすか」
「母親が飽きたって言って、それっきりかな」
図書館でパタンと本を閉じた母親の姿を思い出す。
「お母さんは見つけられなかったんすか、門」
「必要なくなったってさ」
小学生の時だからあんまり憶えて無いけれど、必要なくなったと言った時の母親は清々しい顔をしていた気がする。
「羨ましいっすねー。私も卒業したいなー」
「夜に一人で出歩くのは辞めた方が良いと思うけど、オカルトが好きなのは別に良いんじゃないの?」
「好きって言うか。まあ、何て言うんすかねー。疑問というか、確かめたいというか。ふふ、さっきのレーさんと同じこと言っちゃいました」
ユズリハさんは考えるように立ち止まると、無言のまま再び歩き出す。別段ユズリハさんの沈黙に気を遣って何かを喋ろうとは思わないものの、この闇の中二人無言で歩くというのも不気味だ。
そうしてしばらく階段を下りていると。
「一つ、提案なんすけど。もうちょっと私の不思議探しに付き合ってくれません?」
ユズリハさんが懐中電灯で顔を照らしながら振り返ると、彼女の茶色いはずの瞳が輝いて見えて不気味だ。
「嫌だよ。気付いてないかもしれないけど、幽霊とは別に、ふつうに怖いの苦手なんだ」
「そこは気付いてます。レーさんここのトイレ見て立ったまま気絶してたじゃないですか。ではなくてですね、その、じゃあ、付き合ってくれたらスランプとか無視して死ぬ気で最高のエリオットの記念イラストを描くとお約束しますのでなにとぞ」
僕には何の得もない交換条件だ。というか。
「そもそも企業との約束を果たせていない上に気合で描けないからスランプなんでしょ」
「うわエグ。言葉の切れ味鋭すぎぃ……」
ユズリハさんのライトアップされた顔がズーンと落ち込む。
「やっぱ、私の言うことって信じられないっすよね」
か細い声は同情を誘うような響きだ。
「いや。信じるとかは抜きに。行きたいところがあるなら付き合うよ」
「え? でも嫌だって」
「嫌だって言っただけで行かないとは言ってないから……テストも終わってしばらくは暇だろうし」
「お、おう。……これもwikiに書いてあったな」
ユズリハさんがボソボソ呟く。
もちろんユズリハさん自体には面倒な女の気配はするけれど、そこは踏み込まなければ大丈夫だろう。
というか、なんというか……今日は楽しかった。普段同じ場所で同じような事をして生きているからか、随分と刺激的な夜だった。だから、連れ出される分には断りはしないだけだ。
「まぁ、なんだ。ユズリハさんってエリちゃんのママなんでしょ」
「一応そうっすね」
「なら兄の僕にとってもママなわけだ。ユズリハさんが生きてるうちに親孝行をするよ」
立ち止まったユズリハさんを追い抜き、スマートフォンのライトで道を照らす。
――門。もし見つけられたらリリーは喜ぶのかな。
いつか母親から聞いた、ここには無い白い景色に思いを馳せる。
「あ、えと、あはは、なんだか照れるっすね。この歳で二人の子持ちかぁ」
トントンと階段を降りる足音が聞こえる。
これで隣に並んだのがユズリハさんでは無かったら怖すぎるなと恐る恐る視線を横にずらすが、そこには姿かたちのあるユズリハさんが並んでいた。
目が夜に慣れたからか、どこか満足げなユズリハさんの表情が見える。
「と、というか生きてるうちにって。私ぜんぜん元気なんですけど」
「納期を守れないイラストレーターって死ぬ直前かなって」
「う」
「だから、月末まではよろしくお母さん」
「命日決まっちゃった」
不思議探し、中学生のいざこざよりはよほど楽しそうだ。
ということでユズリハさんの回でした
いつもコメントありがとうございます!
誤字報告も助かるラスカル!
今週から週3投稿で次話水曜投稿です、よろしくお願いします